桜梅桃李・世界に一冊のメモ帳

桜梅桃李・世界に一冊のメモ帳 ホーム » 
ご訪問、ありがとうございます。  過去から現在、そして、現在から未来へ!永遠の生命のつながり。 当サイトは、個人の自由な思想と信条に基づき、生きて行くことの上での 「悩み」や「迷い」について、未熟な人間としての生き方を見つめる中で感じた、ひとしずくを記しています。

人間は、夢や希望、目標に向って懸命に努力している姿が最も美しく、その一瞬が、最高に輝いて幸せな瞬間。でも、人として生まれ、より人間らしく生きるための道を求める過程において、未熟な人間には、その瞬間が過酷で、苦しみと悩みの連続。永遠に続く迷いの世界に感じる。

感情から冷静へ、理性へ、そして、知恵と英知へ。自らの運命と幸福は、現実の中で、自らの手によって開くもの。人が、現実の世界で苦しみ・悩み・迷い生きることの意味。その意味を知るための葛藤は、人としての価値を高め、この世に生を与えられた人間として正しく生きる為の人生に、多くの答えを与えてくれる。
【サイト運営者:バン】 
     
注記:「法」や「ことわざ」などについては、独自の解釈をしている場合があります。記事は、否定的な内容に受け取られる記述もあります。しかし、否定も肯定も全て前向きに生きる為の選択肢になるものを感じていただければと願っています。誰を否定するものではなく、一人の人間の中に存在する善、その中に潜み、隠された悪を引きずり出し直視する勇気。善も悪も一人の人間が生きるために双方を合わせ持つ。今を生きる知恵は、与えられるものではなく、自らの運命と同様に自らの手によって開くものです。

【桜梅桃李・世界に一冊のメモ帳】:更新情報


桜梅桃李・世界に一冊のメモ帳

ご訪問誠にありがとうございます。

上記における当サイトの記事・情報の内容を更新、一部変更いたしました。

今後ともどうぞ よろしくお願い致します。





信じることで成り立つ宗教を信仰するために、信じることをやめる


私の今のありのままの姿。

私が全ての宿業を背負っているというのなら、生命で宿業を宿命に、宿命を使命へと転換して見せる。

毎日、毎日、現実の苦しみから逃れることはできない。

なにも恥ずかしくない、自分が恥だと思う、その恥を晒せない心。

信じることは大切だ。

でも、信じることを止めてみる。

信じるだけでは、現実を変えるには足りないのだ。

信心とは、生命にたどり着く祈りが大切なのだ。


宗教によって「人間」を救うことは出来ない。

救えるのは「人」。

宗教によって救われるのは、その人の心。

しかし、その人の心が救われても、現実を生きる人間の姿が変わるわけではない。

人間を救うのは、その救われた心によって、更に強く心を揺さぶり続けることによって覚醒される生命。

人の心が無となり、その人の人間を動かす力となる。

それこそが生命力。

その生命の力の根源こそ。

妙法。

我が自身の生命。

宇宙の当体。

南無妙法蓮華経。


人間革命とは、意識革命である。

意識を無意識に変える。

生命に革命を起す。


妙法。

桜梅桃李を生きる。


人生の病根は傲(ごう)の一字:今を生きる為の勇気に変える哲学


今を生きる為の勇気に変える哲学

1つの哲学によって、己の中の強さを感じ取れば取れるほど、

そして、更に、己自身に対して、強くなりたければなりたいと思う程、

その過程で、己を自制するということの難しさ。

実るほど頭を垂れる稲穂かな。

また、

「人生の病根は傲(ごう)の一字」

確かな強さの芽生えを感じることができれば、できるほど、

それと同時に、生命の奥に、常に潜み蠢(うごめき)だそうと、ウズウズしている「傲慢」という己自身を葬り去ろうとする虫。

己の過去の人生の失敗に潜んでいたそのものも、弱さの中に潜む傲慢。

それは、卑怯以外の何者でもない己の過去の人生。

弱い人間のなかにも傲慢。

その傲慢によって悉く、大切な人を失ってきたという事実。

しかし、強さを得ると言うことの途中においても、その傲慢と言う虫は、己を食いつぶそうと、その隙と、瞬間を狙っている。

この確かな哲学を命に刻み続けたい。

そのために、どこまでも、どこまでも、己を、己自身を戒めていかなければならない。

感謝。

「人生の病根は「傲」の一字」

その言葉は、大切な人が私に与えてくれた。

この言葉をどこまでもどこまでも私の人生を生きていく上で忘れない。

同じ志を持つ人たち、自らの幸せを求め、懸命に生きる人たち。

この世の目線を、上下にして見ようとする私の生命。

その生命を、左右に、目線を広げることに意識を集中する。

意識することを意識し続けることによって、やがては、習慣となり、私の命に刻まれる。

みんな人はそれぞれ平等なんだ。

生命の次元においては、誰もが等しく同じものを持つ。

己の未熟さには、その距離が遠く見えるのかもしれない。

また、永遠に平行線に見えるのかもしれない。

しかし、その行き着く先は、限りなく、一点につながっているのだ。

つながろうとしているのだ。

1つの哲学の集大へ向っているのだ。

大切な哲学をもってして、更に深く知るために、学び、現実を生きる。

そして、更に、現実を生きる勇気に変えていかなければならないと感じます。
2010/2/12