地獄と天国・天使と悪魔


己の自己確立ための変化には、必然的に、常に新しいものと対峙する事になる。

それは、己にとっての壁。

その壁を傲慢によって、己の愚かさを映しだす壁とするか?

それとも、その壁を謙虚さによって、変化を実現させるためのクリアしなければならない、己に課せられたハードルとするのか?

その瞬間にも、その無意識な選択が、己の中の哲学の現在の完成へ向うその進捗率を知るために、試されている。

この哲学の油断ならないところは、まさに、一瞬にして、己を天国から地獄へ突き落とす事が可能。

見えない己の生命のその両方を兼ね備えた天国と地獄へ振り分けする事の出来るぽっかりと開いている、その左右の矢印を示す分岐点。

見える?

見えない?

そこにさえも、分岐点がある。

哲学に基づいて、今を生きるということは、常に、変化と堕落へ、向う一瞬の生命がその選択に映し出される。

その間にある、停滞とは、堕落と何一つ変わりはしない。

確かに生きる変化を求める哲学に、中間と言うものは、無い。

中途半端な結果を望むものは、変化など求めたりはしない。

変化を求める確かな哲学には、中途半端な答えなど、ありゃあしない。 

己の持つ「天使」と「悪魔」が、そこににょっきりと顔だす。

天国と地獄。

天使と悪魔。

それらは、どこかにあるものでもなんでもない。

全部、「おまえそのもの」のなかにある。

己の変化には、不安と迷いが、襲い掛かる。

それは、天使の仕業か?

悪魔の仕業か?

それとも、地獄への入り口か、天国へむかう誘導線か?

しかし、その不安と迷いは、確かに訪れる変化の兆しと証。

変化は、不安を求める。

変化は、迷いを求める。

変化は、悩みを求める。

確かな答えにたどり着くための、確かな哲学。

その確かな哲学をどこまでも信じる。

信じる事が強ければ強いほど、天使が微笑む。

己の生命の天使の領域。

確かな知恵。

導かれた結果の知恵によって、確かな結果を「己の中」に残す。

そして、己の人間として現実を生きる自信に変え、己の信じる哲学よって、己の中で形作られる自己確立為の材料とする。

信じる哲学を己の哲学へと集大させる。

己の今の生命に基づき、その心によって、実践と検証と実証によって積み上げられた己だけの哲学。

私の生きる「道」を作り上げる。

私だけの道。

生きた証。

そこには、与えてくれたものに対する全ての報恩感謝がある。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。





変化 | [2010-04-25(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

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