「正しく生きろ」と説く人間の「エゴ」:桜梅桃李

正しい事が正しいことだといえるのか?

「正しく生きろ説く」のは、あんたのエゴだ。

正しいことだから何を言ってもいいのか?

あんたの正しいことが、あんたの心の宇宙の正しさに合致しているのなら、現実の世の中の宇宙さえも、間違ったものなど何一つ存在しないんじゃないんだろうか?

世の中に間違ったものなど一つもない。

みんな精巧な歯車として現実の世界、宇宙を回している。


人に向かって自然に生きろって言えるほど、あんたは自然に生きているのかい?


あんた自身の居心地の良さに、あんたが正しく生きている証拠だなんて言う風に、人にその生き方を押し売りするんじゃあない!

そりゃぁ、その正しさは気分が、いいだろう。

しかし、その正しさが、本当に正しいのかなんてことは、だれも知らないのだ。

その正しさは、あんただけのものじゃあないよ。

正しさと正しさが受け入れらない。

なぜ?

Nobody Is Right。

誰もが正しい。

だれもが間違っている。

その答えを出せるものが、その正しさを越える。


妙法。

桜梅桃李を生きる。



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人間は不自由、人は自由:桜梅桃李を生きる

最高の世界を見つけることが出来るまでに何年?

わたしは、人間を生きているのだろうか?

それとも、人を生きてきたのだろうか?

生きるの辛いね。

病気になりそうだよ。

それじゃあ、人間を生きて見たら。

それよりも人として生きなよ。

見つけたよ。

生きるの辛いからもうやめよ。

与えられた生命で生きられるようになったよ。


本当の人生を生きられるようになったよ。

人間は不自由、人は自由。



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苦しみは悟りを開く為にある:桜梅桃李に生きる

人間が人として生きる心の苦しみは、悟りを開く為にある。

苦しみとは、生きることの上において、遠回りに見える。

しかし、それは、必然でもある。

いえ、悟りなんて、本当はそんな高尚なものでも何でもない。

諦めにも似たようなものなのかもしれない。

「当たり前」のことなのだ。

本来、苦しみなんて無いのだから。

しかし、なぜ、こんなに私は、心の苦しみに囚われてしまうのか?

そこに答えがある。

苦しみがなければ、悟りたいという想いも生まれない。

悟りを知るために、自分から苦しみを生み出しているのだ。

それが通るべき道なのだから、全て当たり前のこと。

悟りは、正しさや清らかさなどの価値観から、離れたところにあるのだ。

本当は、すでに悟っているのに、それに気づけないだけなのだ。

妙法。

桜梅桃李に生きる。



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「人間を生きるのか、人を生きるのか?」:桜梅桃李

人間として、人間を生きるのか?

人として、人間を生きるのか?

人間として、人を生きるのか?

人間として生まれ、

人と人の間を生きる。

人間は死ぬ。

そして、人は残る。

人として、人を生き続けたい。

目の前の幸せに気付かずに生きてきた人生

苦しむことも楽しむことも自由。

心が無になれば本当の意味で自由になれる。

己の弱さを強さに変えることが出来る。

強さが更に、きわまる。

人として生き方が変わる。

人間として正しく生きられるようになる。

不自由な人間を自由な人として生きていける。

何も変わらない変革。

生命に届く。

生命を開く。

人間が変わるわけでない。

もともとに備わっている力が引き出されるのだ。

自分の人生だ。

形の無いものを人間の中に閉じ込める苦しみ。

不自由な人間のなかで人としての自由を生きることの辛さ。

決して忘れない。

人間を生きようとする自らの生命に灯りがともされる瞬間。

わたしが今あるのは、わたしが生きた結果だ。

ただそれだけ。

あとは何もない。

「わたしは間違っていますか?」

「なら、そういうあなたは、今を正しく生きているという事ですね」

当たり前に生きるということを知る。

それ以上でもそれ以下でもない。

ただそれだけ。

人間が生きるという事の意味。

「人間」でいる間、「人」として、「人」を生き続けたい。

妙法。

桜梅桃李に生きる。



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人は、仏にも神にもなれる:桜梅桃李を生きる

母の姿。

それは、無だ。

何ものにも動じない。

己の生きる姿全部をありのままに受け止める。

私が生きてきた道。

振り返ってみる。

これが道なのだろうか?

道を歩いてきた。

兎に角、私の生きてきた道がある。

そして、これからを生きていく道。

人間を生きる道に必要なもの。

「真心」や「愛」「情」という言葉は、死語になってしまうのだろうか?

心は、私という人間を動かすためのだけの道具ではない。

真心、愛、情。

人を生きようとすればするほど、深くなる。

人生を純粋に生きようとすれば、そこには愛が必要になる。

人をどこまでも信じる心。

人間の未熟さ、不完全さ。

現実をより正しく人間として生きているかどうかを自己に問い続ける人としての人生を生きる。

人間として正しく生きるための人としての生き方に道理を求める。

人は、仏にも神にもなれる。

妙法

桜梅桃李を生きる。



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「生命の仏」心が無になれる絶対的な喜び:桜梅桃李

人は、それぞれ。

人の心が自由であるが故に、誤解を生む。

人間世界で争い事が起こる。

何時間もかけて捻りだした、その一言。

しかし、何も伝わらない。

言葉には、何の価値もない。

言葉とは、白紙の薄っぺらなコピー用紙とおんなじ。


人を信じることの出来ないお前の信仰に、己自身を信じきることの出来ない絶対的に確立された信心の無さを嘆け。


心が無になる絶対的な喜び

私自身を信じることが出来る。

人を信じることが出来る。

全てを可能することが出来る。

不可能を可能にする。

仏が、神とつながる宇宙。

私の心に仏の境涯が湧現する。

生命。


人の心を知ることは不可能なのだ。

その不可能なるが故に、その不可能を悟ることに信仰の極みがあるのだ。

自己確立された絶対的な幸福。

己を信じる心。

信心。

桜梅桃李を生きる。

妙法。


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人間の瀬戸際、土壇場、断末魔:桜梅桃李


妙法に南無する。

覚醒。

己の生命の宇宙が広がる。

人が無に成る世界。

命の中に仏が見えてくる。

命の外に神が顕れる。

神と仏が融合する世界。

人の生き様。

人間の瀬戸際、土壇場、断末魔。

死ぬことに必死。


桜梅桃李を生きる。

妙法。








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ありのままの姿を愛する:桜梅桃李


仏性。

ありのままに生きる。

ありのままに映し出される。

人の心に苦しみが存在する理由。

人の心に苦しみなどないと言える理由。

全てを捨て去ることを惜しむ心。

ありのままの姿を受け入れることが出来ない。

愛することができない理由。

人間が生きることにおいて、もっと大切なもの。

命。

命を捨てるほどの覚悟。

愛。

妙法。

桜梅桃李に生きる。



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決して信心ではない、単なる言葉の遊びだ:桜梅桃李

私が、わたしとして、この世に生まれてきた理由。

人間として生まれて、人として生きて、人間として死んで行く。

人間らしく生きるということは、人として生きるということだ。

その人は、わたし。

わたしらしく、桜梅桃李に生きる。

「人間らしく生きる」というのは、現実の暮らしと生活を私と言う人として生きる。

他の誰でもない。

わたし。

見聞きする現実の全て。

ただの人間なら、ロボットでも十分だ。

現実の暮らしでは、わたし達は、人間を生きているのだろうか?

それとも、人を生きているのだろうか?

ネットのブログの世界で好き勝手な御託を並べて、神や仏の如く振る舞う人間達。

指先につながった人間の脳に浮かぶ妄想の世界。

あんた達のは決して、信心ではない、単なる言葉の遊び。

頭でっかちの脳にお得意な妄想に必要なのは、何だ?

余計な事。

人は人。

人間が生まれるには理由がある。

あなたが生まれた理由は何だ?


妙法。

桜梅桃李に生きる。



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正しいと信じているから生きられる:桜梅桃李

人が生きることにおいて、何が正しくて何が間違っているかなんてこと、

本当は、誰もわからない。

正しいと信じているから生きられる。

人間が生きるという正しさの価値基準。

思想。

信念。

常識を打ち破るには、爆発させるしかない。

妄想の宮殿。

迷宮。

言葉が足りない。

人の精神が人間を越える。

可能の先に限界がある。

限界を超えたところに不可能がある。

その不可能を越えられるものは、正しいと信じているから生きられる人なのだ。

妙法。

桜梅桃李に生きる。



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役に立つ「人間」として「人」を生きる:桜梅桃李

私は、人間である。

その人間が人として生きる。

人生。

物として役に立つ人間で一生を終える。

人間として役に立つ人として人生を終える。

人間とは?

人とは?

妙法。

桜梅桃李の人生。



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人間の生命、宇宙の理:桜梅桃李

物事の道理。

自然の理。

宇宙。

全ては、宇宙の一部。

生命は、宇宙。

命が宇宙なら、人間も道理の一部。

人間として人の心にもその宇宙の理がある。

私の中の心の根っこにある棘を抜いていく作業は、死ぬまで生きている間続く。

わたしの心をまず無にする。

現実を見つめる心を無色透明、ニュートラルな鏡に近づける。

生命に近づける精度まで。


妙法はカミオカンデ。

生命に迫る。

人間の生き方に、何が正しくて何が間違っているのか。

正しい生き方なんていうものは、物事の道理に求めたところで、それは正しい選択だとは言えない。

真理ではない。

自然は、人間の一部であり、人間は自然の一部である。

人間は、物の一部ではない。

人間に必要なのは、ないものをいかに語るかという事に尽きる。

現実を実現する過程において、人は、無いものを語らずに人間を語ることなどできない。

人間がこれだけ長く生きられるようになったのは、人間が物の一部でないことを証明している。

物が人間の道具として役目を、人が人間の体を使用して創造、進化してきたのだ。

人間は、未来を変えることは出来ても、過去を変えることは出来ない。

人間は間違う。

間違うことが、更に正しさ創造する因となる、エネルギーなのだ。

間違うことはマイナスでもなんでもない。

人間が間違うことは、人間が人間として生きることの上において正しいことの一部なのである。



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生きている間に手遅れにならない人生:桜梅桃李

どうでもいいことに心は囚われてしまうものだ。

そんなどうでもいいことに感情が囚われることが無くなった。

見えない心の道理を説くことが、人間がこの世に生きる上でもっとも大切。

しかし、人間としての作業を忘れてはならない。

生きることに上において、心のつながりを保つ為に必要な、人間として心の糸を紡いでいく作業。

現実を実現する作業を自己実現という。

一番大切だ。

一番しんどい。

一番最高に楽しい。

だって、実現するための現実の舞台で主役を演じているのだから。


心の自由が現実に生きる生身の人間を不自由にする。

自分の為に生きればよい。

誰の為の人生でもない。


自分の為の人生だ。

いずれにせよその人生が終わるのは、それまで生きることを用意してきたのだ。

心に重たい荷物を感じさせているものは、自分以外の他の誰でもない。

自分と向き合うことをあきらめてはいけない。

人間の外に人の生き方を求めること無かれ。

人間の進化は、人の不可能を可能にすることにのみ、可能となる。

ローマは一日してならず。

建設は死闘、破壊は一瞬。

「宗教」と「信仰」と「信心」とは、違う。

死ぬ間際になった時に、お金なんて何の役にも立たないということが、嫌と言う程、理解しても手遅れ。

後の祭り。

生きている間に手遅れにならない人生。


桜梅桃李に生きる。

妙法。



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観念の妄想によって生きる:桜梅桃李

自分を実現するための妄想。

現実という不自由を己の自由な心によって、実現する。

私がわたしであることを実現するための現実は、舞台である。

現実は、だれの為にあるのでもない。

私がわたしらしく桜梅桃李に生きる為の場所。

観念の妄想。

その妄想が妄想でなくなるのが、わたしを実現できる現実。


現実とは、妄想の世界でもある。

みんな妄想を生きている。

不自由な体を身にまとい。


脳内モルヒネだ。

エンドルフィンだ。

アドレナリンだ。

ドーパミンだ。

脳内ホルモンだ。

脳内麻薬だ。


自由な心が可能する。

桜梅桃李に生きる。

妙法。



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無になる心によって桜梅桃李に生きられる

心を無にすることによって、わたし中の生命が輝きだす。

仏の生命だ。

わたし自身だ。

ありのままに生きることが可能になる生命。

妙法の泉の源泉へと辿り着ける。

苦しみの中でこそ、更に、その生命は輝きを増すのだ。

無になる心によって、私がわたしでることの意味を知る為に、桜梅桃李に生きられる。

絶対的幸福の生命。


苦しさの中に、楽しみを発見する。

生きることが本当に楽しい。

人生の醍醐味という奴だ。

今を生きていることに感謝。

命を与えられていうことに感謝。

大切な人に感謝。

愛されていることを実感できる。

守り続けたい。

いつまでも。

無になる心によって桜梅桃李に生きられる。

妙法。



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