人間を生きた人生に裏付けされた確かな哲学:信心


講習や研修などに参加すると、講師の先生達はとてもお上手に教科書通りのお話をされる。

でも、何か聞いていても、空々しく聞こえる。

世の中、社会で生きることの綺麗ごとばかりを並べたてる。

でも、自分では実行出来た試しがない。

世の中はそんなものだ。

口先だけの人間。

人間は、大人になればなるほど着飾り方が上手になる

お世辞、美辞麗句、社交辞令。

大人にとって、本音なんてどうでもいい。

建前が大事。

心よりも優先される。

口では、心が大切なんて言っている。

心のなかでも、同じように思っている。

でも、心は見ることはできない。

人間は心なんて無くても生きてはいける。

世の中、そんな風に思って、建前だけを着飾って、本音は人間を馬鹿にして、軽蔑して生きている。

計算と打算と損得勘定の人生。

でも、そんな人生を歩んでいると、

「わざわいは口より出でて身をやぶる」

不注意にも、出してはいけないところで、本音がポロリ。

お国の大臣達、政治家が、たった一言で人生が奈落の底へ。

不注意にも程がある。

わざわいは口より出でて身をやぶる。

さいわいは心よりいでて我をかざる。

人間が生きているこの世界。

お金も大切。

健康な体も大切。

しかし、もっと、大切なものは、心なんだ。

人間は、生きることの毎日を重ねることで、本当に大切なものを体得することが出来る。

でも、最後の最後まで、建前に、嘘を付け足した、あまりにも軽すぎる張りぼての人生しか送ることが出来ない人がいかに多いことか。

もう、本当に大切なものを気が付いたときには、後悔だけ。

後悔。

さいわいは心よりいでて我をかざる。

無いものの人生の道の最後に、気がついても遅い。

後悔先に立たず。

心こそ大切なれ。

信心とは、信じる心。

私の心。

「自身」を信じる「自信」のことを信心と呼ぶ。

宗教哲学に基づく私の「自信」を確信と呼ぶ。

自己を確立するための基礎だ。

その基礎の上に、いろんな現象が起こる。

生きることが試される。

基礎の上に築きあげるものとは?

それは、私の宗教。

一人ひとりの人生に確かな哲学に基づき裏付けされたわたしの宗教だ。



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過去も未来も全部、「今」というこの瞬間にある


わたしが生きてきた足跡。

軌跡。

過去。

わたしがこれからを生きる未来。

明日。

現在。

「今」を生きる。

今を生きている。

わたしが、私として生きる。

わたしが生きているのは、「今」というこの瞬間。

過去も未来も全部、「今」というこの瞬間にある。

現当二世。 

去を最高の宝に変える今を生きる哲学。

過去にこだわり生きてきた。

もう、わたしの過去は、私の中で清算されたのだろうか?

でも、わたしの中で大切なことは、今を生きるということ。

今というこの瞬間のわたしを生きるこということ。

今を生きているこの瞬間こそが最も大切。

過去も未来も、全ては現実を生きるという、今、この瞬間の為にある。

大切なのは今。

生きてきた過去を最高の宝に変える。

過去の後悔を未来の希望へ変化させる。

勇気を試されている。

今、わたしという人間のこの瞬間を試されているんだ!

自分の不可能への挑戦を諦めない。

今を生きる意味とその価値。

自分の為に生きればいい。

人の為に生きることに疲れたよ。

わたしは、そんな人間じゃあない。

自分の為に生きるだけで精いっぱいだ。

自分をこれ以上、殺し続けることの毎日にいったい何の意味がある?

いや、自分を殺しているわけじゃあない。

わたしの中の苦悩。

わたしの中の葛藤。

楽しい闘い。

負けていい。

負けたっていい。

だって人間なんだもの・・・。

人間として今を生きることは、現実を生身で生きるわたしと私の折り合いをつけることの毎日でもある。

負けたっていい。

負けて勝つ。

負けも勝ちも無い。

人間として生きているわたしって一体、何なのだろう?

今を生きる意味。

今を生きる価値。

桜梅桃李。

今を生きる。




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四面楚歌:生きることに必死な局面


四面楚歌か・・・。

周囲がみな敵で孤立無縁な様子。

私の心がそんな状態を醸し出しているように感じる。

四面楚歌を楽しむ。

今、大切な局面。

現実を生きるって言うことに必死。

わたしからしてみれば、過去の自分というのは現実から逃げることに必死に生きてきた。

もう、生きるのは嫌だ。

人間関係の世の中で生きることが辛い。

辛いこと苦しいことからなんとか逃れたい。

結局、行き着く場所は、みんな「死」なんだよね。

生きながらの死を生きる。

言い換えれば生き地獄みたいなもんさ。

今、現実を生きている。

生きようとして苦しんで、もがいて、悩むことの意味。

それが楽しい。

生きることは、現実を全部受け入れること。

その道理と哲学をより人間らしく生きるためのより正しさを求める己の中の信仰心に基づき実践し、実証を示す。

毎日が現実を生きる事との闘いだ。

わたしと私の闘いだ。



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現実を当たり前にありのままに生きられる哲学


物事のとらえ方というのは、とらえ方一つでその結果が大きく変わる。

でもそのとらえ方というのは、微妙に似ている場合がある。

でも、結果としては全然違うし、真逆な場合もある。

物事の本質に辿りつくというのは、なかなか難しい。

とらえ方や見方によって見え方が違ってくる。

物事の見方やとらえ方の道理によって、答えも違ってくる。

原因と結果。

現在の結果は、過去の原因に基づくもの。

未来を変えるのは、現在の結果を未来の因としてとらえることが出来るかどうか。

不幸になったことが過去に基づく結果ではなくて、そうなることは未来の幸せを築くための因なんだ。

原因と結果を追求する。

より人間らしく生きることを目指すことの過程において、物事の原因と結果を見つめ微妙なとらえ方に拘るのは、現実をより力強く勇気をもって歩いていくことの一歩の価値を高めることが出来る。

現在の結果は、自らが招いた過去の「因」。

現在の結果は、未来につながる大切な「因」。

因果具時。

『過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ』

因果応報。

こうなったことが何かの結果ではなくて、こうなったことが何かの因となる。

本因妙。

今を生きる私の哲学。



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働かざる者食うべからず


『働かざる者食うべからず』なんていう、今の世の中では、通用しない、到底、意味のない死語がある。

「働かざる者食うべからず?」

「働きたくても働くことが出来ない人間もいるんだよ!」

「働かなくても、好きなものをたべていくことだってできるんだよ!」

働こうが、働いてなかろうが、人間は食べないと生きては行けない。

これが、物として生きる人である道理。

「働かざるもの食うべからず」っていうのは、おれは働いているから食べる事が出来るんだ。 

あなたは、働いていないから、食う資格さえない。

あなたは、人間とし社会に存在する価値も無し。

「働かざるもの食うべからず」

なんてことを言う人間の今というこの世をすべての人間が生きるということについて、思いを巡らすことのない、全くセンスなしの人間の言葉だ。

まるで、奴隷社会を貴ぶ世の中を賛美するかのような時代錯誤も甚だしい。

「働かざるもの食うべからず」

こんな言葉は、他人に対して使うような言葉じゃあない。

しかしながら、生きるためには、経済的な収入が無ければ生きてはいけない。

世の中の社会経済のシステムの中では、当たり前の原理。

労働に対する対価。

その対価にもいろんなものがある。

人間が、「働くということ」に、間違ってはいけない。

私たちは、「働かせていただいてる」のだ。

サラリーマンであろうが、自営であろうが、主婦であろうが、学生であろうが、自らが働ける環境があるというそのお蔭。

生きている人間の今、それぞれの役目を果たすことを働くという。

社会、地域、世間というその場所、環境があるから働ける。

働かせてもらっている。

世の中のシステム。

家族というシステム。

働かざる者食うべからずなんて言う間違った諺(ことわざ)は、早く取っ払ってもらいたい。

働かせていただいて、そして、食べさせていただいてる。

「おれ」が働いているから家族が食べていけるのに、「美味しいもを食べていけるのは、いったい誰のお蔭だと思ってやがるんでえ!」

なんて、夫婦げんかの時に、旦那が使う常套文句、鬼の首でも取ったかのような、決め台詞を吐く最低な馬鹿男。

じゃあ、一体、だれが、あんたの食事をつくったり、パンツを洗っているんだとういうんだい?!

いつの間にか、人間というのは、感謝という思いを、今を生きている内に、己の人生の過去に置き去りにしていく。

一回、過去を振り返てみよう。



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明けない夜、春にならない冬


夜は、必ず明ける。

明けない夜は無い?

人間の中の真っ暗闇な夜。

自ら開かなければ、決して明ける事は、無い。

明けない夜もある。

人間の中にあるひとりひとりの世界。

みんな誰にも同じものがある。

平等。

そんなものは、嘘っぱちの方便だ。

建前だ。

現実の世の中に、平等なんてものは、実際、存在しない。

明けない夜は無い。

夜が明けることなく、そのまま死んでいく者達。

今年も生きている。

今年も、更なる、わたしの中の内なる変化を求め、謙虚に生きることが課題だ。

生きているだけで丸儲けなんだ。

そこに、わたしが今を生きる意味と価値を高めることが可能となる。

いつか、明けない夜がやってくる。

朝を迎えることない死が、やってくる。

必然。

明けない夜はある。

「冬は必ず、春となる。」なんてことも嘘っぱちの方便だ。

人間が生きることは、自然と闘うことなんだ。

人間が自然の法則に従って生きるっていうことは、不自然なことなんだ。

自然に勝負を挑む。

実行の時。

報恩に基づく感謝の真心で。

一歩。



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幸せも不幸も紙一重:誰かの為に戦う人間は強い


2011年の今年の漢字、一字。

「絆」

当然、東日本大震災で、失われた多くの命、そして、被災された多くの人達。

「頑張ろう日本!」を合言葉に、復興の為に多くの人達の真心が、結集された。

人と人との確かなつながり。

真心の結集。

それは、人間と人間が、感じあうことが出来る見えない糸。

絆。

誰かの為に戦う人間は強い。

今年の目標は、笑顔だった。

本当の笑顔を取り戻せそうな一年だった。

とても充実していた。

でも、今、そして、これから後にも、先にも、決して忘れてはいけないこと。

謙虚さ。

報恩感謝。

今、生きている。

わたしにとって、今、こうして、生きているだけで丸儲け。

なのに、本当の笑顔の裏には、傲慢という悪魔が、きらりとわたしの汚い人間の本性を剥き出そうと、にやりと薄笑いを同時に浮かべてる。

幸せも不幸も紙一重。

一瞬。

己という人間の中に、確かに存在する傲慢さと、愚かさ。

己という人間を、生かすのも、殺すのもわたし自身。

人の言葉に左右される弱いわたし。

過酷な環境であればあるほど、わたしの強さの中に潜む傲慢が牙をむく。

わたしを地獄へと引きずり落とそうとする力が働く。

謙虚に生きる。

報恩感謝の真心が、わたしの中にも確かに存在する。


どんなときにも、誰かの為に戦える人間になりたい。

わたしにとって、私よりも大切な人の為に。

己の中にある汚いエゴ。

自分の為にしか、生きることが出来ない弱い人間達。

誰かの為に戦える人間は、素晴らしい。

『常に高潔な人間とは、富や名誉や肩書きなどに基づくものではない。

感謝に基づく報恩の大切さを知るものが、心から決意し、行動を起こしていくことが出来る人間のことである。

報恩の誠を尽くすことこそが、人間として真の生き方である。』



そこにあるのは、確かな絆。

誰かの為に戦う人間は強い。

そして、尊い。

今年も一年、ありがとうございました。

来年は、今年よりもさらにきっといい年になる。

昨日よりも、今日。 今日よりも明日。

「月々日々につよりたまえ」

強くて、尊い、確かな哲学。


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自らの信心によって清々しい一日が始まる


小さな神社の鳥居の正面付近にほんのすこし空いたスペースがある。

その正面から少し下がったところに、私は、訳があって車を止めた。

まだ、朝の通勤、通学の時間。

神社の横道に沿って、この先に少し歩けば、私鉄電車の駅がある。

また、駅からこの神社を通って先を行けば、歯科大学などいくつかの大学がある。

駅に急ぐサラリーマンを横目に見ながら、神社の鳥居近くに止めた車の中で、用事を済ませていた。

行き交う人達。

その中で、大学へ通うのだろう、駅から歩いてきた若い男性が、私の車を止めているほぼ、正面近くで立ち止まった。

下向き加減で車の中で用事の最中だったけど、気になったので顔をあげて、私の車の正面に背中を向けて立っているその若い男性の様子を窺った。

その若い男性は、私の車を止めてる真反対にある神社の鳥居に正面から立っていることになる。

すると、鳥居の正面奥には神社がある。

駅から歩いてきて、これから大学へ通うのだろう。

その所作は、ごく自然で、彼の毎日の当たり前の日常の行動の一部であるかのように見えた。

彼は、鳥居の先に向かって、軽く会釈して参拝を済ませ、大学のある方向へ歩いて行った。

清々しい。

大切な信仰心。

拝む対象は違っても、一人ひとりの人間にとって、信仰心はとっても大切。

信仰が生活の一部となる。

感謝の気持ちが生きている人間の心の中に常に当たり前に行動として表すことが出来る。

信心というのは、一人ひとりの中にある。

口を開いてひけらかすようなものでもなんでもない。

日常の何気ない動作、振る舞いに、信仰心が全部現れる。

拝む対象は、違っても、私が見たその若い男性の行動は、自分の心をすっきりとリセットしてくれるような姿に映った。

私の信仰の中にある哲学は、今というこの瞬間を生きることに尽きる。

生きているだけで丸儲け。

生かせていただける感謝の気持ちを常に忘れない。

報恩。

今。


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人間の「生きがい」って何?


「生きがい」ってなんだろう?

時々、生きることが嫌になる時がある。

時々、何のために生きているのかわからなくなる時がある。

前向きに、毎日を、「昨日よりも今日、今日よりも明日」という思いで生きたい。

今日という日を、未来の自分のために、理想をかかげ、夢と希望に向かって、明確な目標と目的に従って生きていきたい。

人のために灯をともせば、わが前明らかなるが如し

人間として、更に人間らしく、より、人間らしく生きたい。

その願いとその思い。

でも、人間は、やっぱり人間なんだ。

弱い私の中の強いわたしとの葛藤。

人間だもの

折角生きているんだから。

甲斐がなければ、人間が生きている意味が無い。

自分の為の生きる。

人間の為に生きる。

エゴでいい。

偽善者でもいい。

わたしのため、人間のために生きてあげる。


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人間社会を生きる為の信仰


毎日を生きること。

それは、現実に生きる私という存在との闘い。

見えない私の中にある人間的な器で、どれだけ現実社会で生きる「わたしという人間」を支えることが出来るかどうか。

人間的な器をいかに大きく広げることが出来るか。

それは、もって生まれた私の宿命と宿業を乗り越えることとの戦い。

そこに必要なもの。

目には見えない大きな力。

現実に生きることをさらに高める。

生きようとする己の本能を突き動かす力。

その力の根源こそ私の信仰の中にある。

その哲学。

人間の中にある不可能を可能にする哲学。

不可能から逃げる、あきらめの発想をしか持つことのできぬ、タダの思い付きの負け犬思想を遠吠えのように語る者には、決してたどり着くことが出来ない。

不可能を不可能とあきらめる者には、人間が生きることの本質には、決してたどり着くことなどできない。

人間がより人間らしく生きることを、不可能の中から発見することを決してあきらめない。

その哲学の真骨頂。

私が今を生きていることが全て。


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麻薬のような魔法の媚薬:笑い


「笑い」ってまるで、麻薬のような魔法の媚薬。

笑い転げた後に、現実にふと、立ち返った時の静けさに感じる、妙な淋しさと一抹の不安とほんの少しの恐怖心。

「祭りの後の静けさを感じる寂しさかな。」

そんなのがあったね。

笑いって刹那なんだね・・・。

笑いって刹那なんだろうか?

現実の社会の中で生きる事。

大人としての社会人として人間が生きること。

そこに必要なもの。

心さえあれば、気持ちは通じるからなんとかなるよ。

そんな幼稚な大人の言葉に軽々しく乗ってはいけないよ。

人間として社会の中で生きることに、気持ちよりもまず優先されることは、その社会で生きるための知識と技術。

何もないものはその社会では必要とされない。

心があれば何とかなるなん幻想を抱く前に、その心を人間として社会の中でプロとして生きるために、知識と技術と経験で築き上げ、磨き上げる知恵を貪欲に勇気をもって獲得するために己の心をどこまでも向かわせる。

自己変革。

自信。

大人の人間として、必要な社会で生き切ることの出来る資格を獲得する。

何にもなくても心さえあれば、必ず相手に通じるなんていうのは、弱い人間の都合の良いエゴ。

エゴ。

エゴな哲学は人間には通用しない。

弱い人間の中に存在する傲慢。

感情と冷静の間で生きる人間。

人間、怒ったらその時点で負けだよ。

でも、負けてもいいのよ♪

「だって、人間だもの」

負けても勝つことの出来る哲学。


「死」と「生」の究極のなかで悶え苦しんだ毎日。

最近、泣かなくなった。

よく泣いた。

生きることは、泣くこと。

そんな毎日。

毎日、泣いてた日々。

過去に対する後悔の日々。

逃れることの出来ない現実。

悩みと苦しみと、生きる事と死ぬことに対する迷い。

一日、一日を乗り越えることの壁。

今、生きているわたしを持て余す毎日。

深い深いどん底。

そのどん底の中でもがく。

あふれ出る涙。

どうすることもできない現実に、行き詰るところは、涙。

わたしが今、どこにいるのかわからない。

どうしてこうなったのかと嘆く日々。

涙に明け暮れる毎日。

己の宿命に流され、涙に暮れる毎日

・・・だった。

今、泣かないわたしに気が付くことによって、泣いている自分がいる。

死ぬことへ突き進む毎日。

どん底の中で、死というものと向き合う。

明日でもうおしまいだ。

「死」と「生」の究極の選択のなかで悶え苦しんだ毎日。

わたしの人生は、大切な人と共に、一度は死んだ。

生き残ったわたしの抜け殻の人生。

二度目の人生を生きる。

それは、どん底の毎日だった。

今、わたしが、生きていることをほんの少し、味わえる。

毎日が苦しい。

そして、毎日が楽しい。

苦しくて泣いた日。

でも、今は違う。

苦しくても頑張れることが楽しい。

頑張れなかったわたしが、苦しいことから逃げずになんとか頑張っている。

それが嬉しい。

涙の意味、涙の価値。

本当の笑いを取り戻せそう。

ありがたい。

生きていることはありがたい。

桜梅桃李。

今を生きる。



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決してダメにならない哲学


あ~、今日も失敗したよ。

一つ手順が狂うと、最後までイメージ通りに、事を運ぶことが出来なかったよ。

ホントに腹が立つ。

あ~あ、もう終わりだよ。

ダメ日って誰にでもある。

「だって、人間だもの」

これって、別に、相田 みつをさんの言葉をパクッタわけではない。

本当に、わたしは、人間なんだから。

だからこそ、

ダメな日って、言わせてって・・・。

「だって、人間なんだもの」

わたしは、弱い。

わたしは、本当に弱い人間だ。

人間が嫌いだ。

私の中にある「人間嫌い」。

人間なんて本当は大嫌いなんだ。

そんな自分が悲しい。

ダメなときに、そんな自分の人間嫌いな本性が出る。

汚い私の本性が。

情けない。

情けなくって、情けなくって、涙が出る。

正義感は人一倍強いつもりでも、生来の気の弱さの上に、人間嫌いが泣きっ面に蜂。

言いたいことも言えずに精神にストレスを溜める。

そんなもんを貯めたって何の得にもならず、得にもならない利息がどんどん膨らんで、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」。

「だって人間だもの」

しかし、「だから、人間だもの」

失敗だらけの一日で、ダメダメなトホホな一日だって、

だから人間なんだ。

現実に生きる己という人間をニュートラルに見つめることが出来る。

ダメな私。

でも、結構、頑張っているよ。

泣きながらでも、頑張っている自分を今、こうして感じるとこが出来る。

ダメな私。

でも、ダメな私も、それが私なんだ。

頑張ってるよ。

だめでも、決してあきらめない。

ダメなときこそ、その地点が、私にとっての今が始まる大切な時。

ありがとうって言う感謝。

ダメでいい、生きているだけで丸儲け。

ダメなとこが、わたしのいいところなんだ。

でも、決してダメにはならない確かな哲学。

ダメなときにこそ心に刻むことが出来る。

そんな哲学。


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自分本位よりも、他人本位よりも、人間本位で生きる哲学


人間はエゴな生き物。

強欲な生き物。

汚いエゴ丸出しの他人を排除することによって、己の欲望を実現しようとする。

人間が、人間らしく、より人間として生きる。

人間社会の中で生きる。

人間が学習すべきこととは?

エゴ丸出しの自分本位の生き方。

自己犠牲を強いる奴隷のような他人本位。

人間がより人間らしく確かな、人間本位の生き方。

人間本位の生き方。

難しいよね。

なんで難しい?

難しくなんかないよ。

難しいのは、そこに確かな哲学が無いからさ。




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真の宗教組織とはひとりひとりの人間の為に存在する


唯一、一人のための、一人による、一人の絶対的な幸福の境涯の確立のための宗教

一人の人間の宿命転換は、すなわち、人間革命を意味する。

どこまでも、一人の中の生命の独立自尊を目的とする自己確立をめざす己の中の宗教。

世界に一つのわたしの宗教を確立する闘い。

弱いわたしと、わたしの確かな哲学に基づき生きることの闘い。

宗教団体というものは、その組織のために存在するものではない。

宗教団体は、ひとりひとりの人間の中に、正しい哲学の灯りを灯すことにのみ、その役割を担う使命が存在する。

組織の保身のために、真実を隠すような宗教団体なら、私のが生きることの確かな哲学は、その団体には、もはや存在しない。

人間のための組織なのか、「組織のための人間」なのか。

どんなに善意から生まれた組織であっても、やがて「組織のための人間」という転倒や硬直化は避けられないのか・・・。

私は、「人間の為の組織」は可能であると信じております。


「宗教と科学、その間の壁は破れるのか」:茂木健一郎・池田大作往復書簡より



文字や言葉では、心動く感動モノで、お涙ちょうだいの美辞麗句なんていくらでも並べられる。

今、本当に試されている。

学会という見せかけの看板倒れになり果てるのか?

それとも、看板頼らず、一人ひとりの中に確か信仰の証を打ち立てることの出来る生命を開くことが出来のか?

宗教を名乗るものすべてに、一人ひとりの信仰が、今この瞬間生きていることの現実に試されている。

真の宗教組織とは、どこまでもどこまでも、

「人間の為の組織」は可能であると信じております。



信じる人間の心を信じきることができるために、己を信じることができる信仰を更に確立していかなければならない。

自分が生きるということに直結する真の宗教に人生を賭ける。

唯一、その根本の確かな哲学に基づいて生きる。

 「人民の、人民による、人民のための政治」とは、アメリカ第16代大統領リンカーンの不朽の名言。1863年、南北戦争の激戦地ゲティスバーグで行った演説である。

実は、その歴史的瞬間を収めた写真は一枚も残っていない。あまりに簡潔だったため、写真班がレンズの焦点を合わせる前に、演説が終わったからだという。時間にして、わずか2分。冒頭の名言は、その結びの一言であった(本間長世著『リンカーン』中公新書)。

長年、営業畑で後輩を育成してきた壮年によると、着実に実績を伸ばす人材には、特徴があるという。「意外でしょうが、器用な人より、口下手な人が多いんです」。不器用な分、陰で努力する。一生懸命に語る。その真剣さが、かえって相手に響くのだという。広布の世界も同様だろう。

人の心を動かす言葉。それは、時間の長短ではない。表面的な上手、下手で決まるものでもない。そこに何が込められているのか。その一点に尽きる。

御金言に「言と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(御書563㌻)と。語る人の思い一つで、言葉の力は何倍にも増す。対話の秋。あの人に勇気と希望を。精いっぱいの真心を込めて、一人また一人、〝言葉の花束〟を贈りたい。(誠)

2011年 10月21日(金):【名字の言】より転載いたしました。





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人生、楽ありゃあ、また、楽がある:人間が人間でなくなる日


『人生、楽ありゃあ、苦もあるさ』

黄門さんって、楽なことばっかりだよね。

最終的には権威を笠に着てお決まりの印籠を振りかざす。

正義の権威。

楽しいよね。

もう、そろそろ、それくらいにしておきなさい。

まるで、あんたは仙人かい。

町の町民や百姓は、いつも苦ばかり。

楽しいことなんて、生まれてこれっぽっちも味わったことなどない。

だから、人生、楽ありゃあ、苦もあるさ。

楽しい奴には、楽しいことばかりの人生。

苦しい奴には、苦しいことばかりの人生。

「俺」だって、楽なんてないさ、苦っかりだよ。

「わたし」なんて、苦なんて無いわ、この世は天国、楽しいことばっかりよ。

タラリラリン♪

四苦八苦。

苦なくして楽なし。

七転び八起き。

八転び七起きの人間もいるよ。

世の中から苦をなくすだなんて、

それは、不可能を可能にすることなのか?

ほら吹き?

妄想。幻想。

理解不能な希望と願望。

人間の生老病死をなくせる?

人間の感情である「喜怒哀楽」から、「楽」と「喜」びだけにすことが出来る?

もう、人間の涙には、何の意味もない。

何の価値もない。

そんなことをすれば、人間には足りないものだらけになってしまうよっ。

楽しいことだらけの世界になるのなら、災難や災害なんて言葉は無くなる。

何起こっても、苦しゅうない。

家が壊れても、楽しい?

家族が死んでも楽しい?

どうせ、苦は無いのだから。

楽しいことだらけ。

でも、楽しいって何でわかるの?

楽しいことだらけの世界で、楽しいって何でわかるんだろう?

世の中は、美味しいものだらけ。

そんな中で、なんで美味しいものが、美味しいってわかる?

人間が生きてきた過去を全否定?

人間の重さは、物理の量りで量れるもの?

あなたの体重は、56㌔!

あなたの人間の価値は、56㌔です。

体の不自由なあなたは、健常者とは別の生き方を探しなさい。

あなたは障害者だ。

健常者ではない。

人間を見た目で判断?

それが世の中から苦を無くすためのモスト、ベスト、グッドアイデア?

アイディーア。

ただの切り捨てじゃん。

面倒くさいものには蓋をしろ。

世の中、合理主義でいこうよ。

考えて答えの出ない答えは、答えなんかないんだよ。

ゼロで行こうよ。

人間の歴史。

いえ、すべの生きとし生けるものの現在に至る進化の歴史をたどってみれば、阿呆のように腑抜けた楽だけの歴史に、現在の姿はあるのかな。

現在、過去、未来。

光よりも早い素粒子。

3次元から4次元の世界。

立体でシュミレーションの出来る世界は、もはや仮想空間でもなんでもない。

嘘を本当を共有できる世界。

嘘も本当もない現実。

現実が仮想で、仮想が現実。

まるで「トータルリコール」のような世界。

人間が人間でなくなる日。

猿の惑星かい!



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