『名字の言』:桜梅桃李に今を生きる


【名字の言】は、機関紙【聖教新聞】のコラム

毎日、届けられる生命への手紙。その中の『名字の言』。

人間が生きる社会の本質を、生命の哲学に基づいて見極めていくための、珠玉の言葉が散りばめられてある「名字の言」。

「名字の言」は人生を確かに生きる幸せのひとしずくを心から生命に響かてくれる人生のエッセンスです。

仏法の視点から、さまざまな社会事象の本質を見極めていく、聖教新聞の代表的なコラム「名字の言」。「名字の言」は、聖教新聞のTOPページに長期に渡り掲載されているコラムです。

「聖教新聞」が創刊された1951年(昭和26年)の翌年から『名字の言』の連載は始まりました。

タイトルの「名字」は、法華経を修行する人の位を、6つに分けた中の一つ「名字即(みょうじそく)」を意味します。

「名字即」とは、仏法を学び、信仰に励む法華経の修行者のことです。

確かな哲学を求め、人生を生き抜く為に前向きに生きる人のもこの「名字即」の位に位置するのです。

この「名字即」を、私たちが自覚し、生命の底から目覚めることによって、私たちの中に、本来、誰もがあわせ持つ仏の生命、境涯を開いてゆくことが出来るのです。

『名字の言』のタイトルには、「妙法」という「日蓮大聖人」の仏法哲学を根本に、世の中の、様々な事象と、人間の幸福の本質を明らかにして行こうとする意義が込められています。

私にとって『名字の言』は、このブログのタイトルである生命の絶対的な幸福へ近づける『ひとしずく』のヒントを感じることの出来る人生を生きる為のエッセンスです。


人間の機関紙である「聖教新聞」の中にちりばめられた人生を前向きに生きる、全てを前向きに変えることが出来る、力強い言葉の数々。生きた言葉が、自身の心を動かし、自身を変えることの出来る生命に届く。


「聖教新聞」は、人間が、より人間らしく生きるための、生命に配達される新聞です。

毎朝の『名字の言』の記事は、今日一日の元気の源になるはずです。

いつも、新鮮な情報で、心の気づきと生きる力を届けてくれます。人間の機関紙「聖教新聞」は、インターネットの公式サイトSEIKYO online 聖教新聞社(創価学会の機関紙)からも配信されています。

※現在、「名字の言」の転載は行っておりません。上記の聖教新聞のホームページよりご覧くださいませ(2010/02)




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