「暗示」はいいけど、「洗脳」はダメよ!


自らに暗示をかけるというのは何かと生活において、役に立つことも多い。


でも、自らを洗脳されるようなことがあってはいけません。





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人間の中にある埋める事のできない深くて暗い溝


男と女の間には深くて長い溝がある

という台詞で始まる「黒の舟歌」という曲。

サザンの桑田圭祐さんがカバーしてます。

人間の中の深くて暗い溝。

そんなものなんてできればない方がいい。

あまりに深くて埋めることが出来ないよ。

一体、この溝、どうすれば埋めることが出来るんだい?

突然、自分ではどうすることもできないほど落ち込むことがある。

誰も分かってくれない、誰にもわかってもらえない。

もう、どうすることもできないほどの暗い溝。

深く、深く、そして、暗く。

人間の中の暗闇。

耐えられないほどの苦しみ。

そこから逃げる事なんて生きている間はできやしない。


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ひとりひとりに一つの道「桜梅桃李」:一年の締めくくり


今年もあと残すところ、今日を含めて3日。

今年の一年は、大切な年だった。

そして、来年は、もっと大切な年となる。

今を生きる。

今年はなかなか更新できなかった自己満足のブログもこの先の人生を生き続けて振り返った時には、間違いなく自分を生きた足跡、生き様が残っているはず。

桜梅桃李。

今を生きる事と同時に、わたしを生きる。

今という現実を生きる。

その難しさ。

確かな哲学に基づきわたしという人間がこの世に生まれた理由を知る。

だから生きる。

願兼於業。

そのために生きる。

わたしの秘めた思い。

積み重なる想い。

膨らむ思い。

今日も生きる。

明日も生きる。

生きる意味。

その価値。

人間として私らしく生きたい。

ひとりにひとつの道。

人生。

桜梅桃李を生きる。



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人間が出合い、別れることは宿命


人間が出合い、別れることは宿命。

いつかは、必ず別れなければならない時が来る。

しかし、生きているあいだ、決して忘れることは無い。

別れても、別れても・・・・

別れても別れても 心の奥に

いつまでもいつまでも 憶えておいてほしいから

幸せ祈る 言葉に換えて 

忘れな草をあなたにあなたに



思い出が一杯。

でも、嫌い。

思い出なんて嫌い。



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一味違う人生の醍醐味っていうのを楽しむ


秋のシーズンは、「味覚の秋」とも言われますね。

美味しい物には、美味しいわけがある?

【名字の言】:2011年 11月6日(日)

 「柿むく手 母のごとくに 柿をむく」(西東三鬼)。たわわに実った秋の味覚に、母と過ごした郷里を思い出す人も多かろう。

渋柿は渋味が強く、とても食べられない。タンニンと呼ばれる成分のためだ。だが柿を日光に触れさせたり、ヘタの部分を焼酎につけて寝かすことで、タンニンの渋味が抑えられ、おいしく味わうことができる。「渋味」を「甘味」に――「苦」を「楽」に転じゆく人生のドラマに重ねたくもなる。

岩手・釜石市に“地域のお母さん”と親われる友がいる。89歳。これまで実った弘教は100世帯を超える。米も買えないほどの経済苦、長女の末期がんも、全て信心根本に乗り越えてきた。だが今回の津波は、自宅も、50年以上経営してきた飲食店も一瞬で奪った。


それでも婦人はほほ笑む。「苦労したから強くなれたし、折伏もできた。幸せですよ。信心のおかげ。次の目標? 震災を乗り越えて、信心の力を証明すること」。仮設住宅に住みながら、訪れる友に仏法を語る日々だ。


「苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ」(御書1143ページ)。苦も楽も味わってこそ、人の喜び悲しみが分かる。信仰の偉大さは、そこにある。「渋」が「甘」に変わる日が必ず来る。(之)



今日の名字の言いかがでしたか?

なんで、あんな渋い柿が、甘くなるのかな?

まあ、説明はいくらでも出来るだろうけど。

昨日、その地方の美味しい特産物をつかって料理を作る番組があった。

渋柿を干すと渋みが抜けて、甘くなる。

甘い柿を干しても、更に美味しい柿になるわけではない。

美味しいものって、簡単なようなで簡単に作れないよね。

味わい深い美味しさって言うのは、一言で言えば「うまい!」なんだけど、その言葉の中には、たくさんの美味しさを表現する言葉が、隠されている。

人間の味っていうのも、人間社会の中で生きてゆく人生を重ねるごとに、酸いも甘いも、苦いもしょっぱいも味という味を全部体験して来た人は、やっぱり一味違うんだよね。

私達の哲学は、一味違う人生の醍醐味っていうのを楽しむために、苦労を苦労と厭わずに現実を生きている今というこの瞬間を、一生懸命に生きる哲学なんだね。

よく言うね。

「ただ今臨終」の精神って。



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決断と選択:朝青龍の引退


潔さと悔しさの中で割り切れない決断と選択

朝青龍の引退の意味。

受け入れられない人生。

生き方を貫く人生。

まだ、まだ、その道で頑張ってほしかった。

でも、頑張っていた人に、まだ、頑張ってほしかったというのは、酷な話。

わたしは、この人の「人間らしさ」が好き。

「ヒール役」をもっと人間臭く、プンプンさせて演じ切ってほしかった。

潔さと悔しさの中で、割り切れない決断。

強さの裏に隠された人間の弱さ。

一言では片付けられないこのどうしようもない気持ち。

揺れ続ける気持ち。

生きるということは、こんなにも難しい。

一日、一秒。

この瞬間。

朝青龍の引退。

潔さの中に隠された悔しさ。

勝つことに拘らなければならない世界で、

勝たなくていい、この世間の風に負けることの悔しさ。

その割り切れなさの理由が、自分の歩いてきた人生の足跡を見ればわかる。

その足跡を今きちんと辿る時なのだと感じる。

朝青龍の引退に対して、その道を去る1つの結果を残した人への言葉。

「ご苦労様でした。」


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厄介なものを真正面から見つめていく哲学:【直葬】


『小さなお花をいっぱい飾ってもらうだけでいい。』

大きなお花を一杯ではなく、小さなお花を一杯。

本当の願いの叶わぬ思いの中での、精一杯の願い。

直葬。

人生最後の弔い。

相談できる人がいない。

迷惑をかけたくは無い。

人とひとのつながりの希薄。

人と人のつながりを持つことの負担。

人の心と精神の弱さ。

それは、生き方の弱さを示す。

人間は生きることを、生きるだけのことに費やすことに生きる。

それが人生を生きること。

それが生きることを弱くさせている。

生きること以上の、生きる醍醐味というものは?

生きることの醍醐味?

それは、刹那な楽しみのこと?

刹那って何?

そうか。

人生を生きる為の醍醐味を知ることの出来る言葉というものは、既に、この世では機能を果たさない死後になっているのだろうか?

誰からも見取られずに、ひっそりとこの世から消える。

涙ながらにその願いを語り、遺書に込める老女。

決して、直葬を望んでいはいない。

しかし、その望みが、最大の人生最後の願いと、涙ながらに言い聞かせなくてはならない自らが歩んできた人生。

それは、後悔なのかもしれません。

生まれた後に、やってくるものは死。

直葬。

そこに見えるものは、人間の見えない厄介なもの。

厄介なものを厄介とする社会。

厄介なものを真正面から見つめていく哲学。



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エゴがまかり通る政治

政権?

政権って何?

あの人(O氏)の顔に、金正日氏の顔がダブるのはなぜだろう?

己の世界の中では、真実?

でも、現実の世界では嘘?

とんでもない力。

この力は、一体、どこに向うのだろう?

誰が吐いた唾?


国民が不在なのは確かである。


利用されているだけなんちゃう?


「ちゃうか?」


しかし、国民が選んだのは間違いない。

なんじゃあこりゃあ?

国民って一体、なんだ?

お前、国民のつもり?

偉そうに。


   
『名字の言』について~人生を確かに生きる

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対物性愛者:フェティシズムの究極の形


対物性愛者。

私の彼は物。

物は、物であって物も、物でない。

人間は、人間であって人間でない。

究極の生命。

宿命。

お前の目に映るものは、

お前の生命のをそのまま映し出す。

過去の宿業、宿命。

幸せと感じるか、不幸と感じるか。

それはおまえ自身。

エッフェル塔と結婚を誓う。

対物性愛者

過去の記憶。

虐待。

与えられることの無かった愛情の芽生える瞬間。

苦しみの果ての愛情の発露。

己の宿業を辿ることの無い幸せ。

人に愛情を感じないことが不幸だろうか?

物に愛情を感じることが不幸だろうか?

お前の中に、絶対的な世界を持つのならば、不幸も幸せも無い。

自然な生き方。

不幸も幸せも無い。

不幸な人間が、不幸と決めるだけ。

幸せな人間が、幸せときめるだけ。

異常なる愛?

究極の愛の形?

物にとらわれるフェティシズム。

人間からの逃避?



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人間は飛ぶ?!「9秒58」 世界陸上ボルトが100メートル世界新記録

ボルトが驚異の9秒58で金!/世界陸上

<世界陸上>◇16日◇男子100メートル決勝◇ベルリン五輪スタジアム
ウサイン・ボルト(22=ジャマイカ)が9秒58の世界新記録で金メダルを獲得した。昨年の北京五輪で自らがマークした9秒69のレコードを0秒11更新した。2着はタイソン・ゲイ(27=米国)で9秒71、3着にはアサファ・パウエル(26=ジャマイカ)が入った。(2009年8月17日 nikkansports.com)



ベルリンの世界陸上で北京五輪金メダリストのウサイン・ボルト(ジャマイカ)が、自己の世界記録を0秒11更新する9秒58の驚異的な世界新記録。

人間の進化と無限の可能性。

そのうち人間は、空を飛ぶんじゃないの?

世界陸上ベルリン『壁を壊せ!』ということなのですが、
「人類最速の男」の称号は、100メートルを「9秒58」で走る
人類の進化を見ることが出来る。

人間の可能性の限界という「壁」。

壁(記録)は破るためにあるという。
「壁」がある限り、人間という動物は、無限に進化し続ける。

進化は生きることへの「本能」、強い子孫を残すためのDNA。

シーズン記録と世界記録の変遷 - Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/100%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E7%AB%B6%E8%B5%B0






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世界陸上「女子10000メートル」佐伯由香里の笑顔~話題と情報

やった!中村7位入賞!福士9位!佐伯は「人気者」!

【世界陸上】女子1万メートル決勝には福士加代子(27=ワコール)、中村友梨香(23=天満屋)、佐伯由香里(20=アルゼ)の3人が出場。中村が終盤まで第2集団で粘り、見事7位入賞を果たした。日本人の同種目入賞は99年セビリア大会の弘山晴美(4位)以来10年ぶりとなった。福士は9位に終わり、悲願の入賞まであと一歩だった。

2周回遅れとなった佐伯は最下位だったが、1メートル42の小さな体で懸命に走りきった姿が感動を誘い、ゴール直後に場内インタビューに呼ばれるなど会場から喝さいを浴びた。(スポニチ Sponichi Annex ニュース)



勝者と敗者。

結果。

勝負の世界の非情なところ。
必ず、勝者の影には、敗者がある。

結果は結果。
敗者がいるから、勝者がいる。

8月15日(土)から開催された、世界陸上の「女子10000メートル」で、初出場の佐伯由香里(さはく ゆかり 20歳)さんが、先頭より2周遅れの最下位でゴール。

身長は142センチ、31キロ。

世界陸上のマスコットの人形が、10000万メートルを走りゴールしたばかりなのに、まるでその苦しさを楽しかったかのように、明るく、人なつこそうな笑顔を振りまく日本の可愛い「マスコット人形」を抱き上げていました。

観衆のあたたかい歓声は、勝者と同じように注がれていました。

メインキャスターの織田さん、「今度は、走りで結果を残してもらいたいですね。」というような感じで、ほとんどスルーしていました。まあ、確かに今回の結果がしかたがないですね。

佐伯 由香里選手:プロフィール


・・・ところで、朝の日曜日のテレビのバラエティー系情報番組では、「まだ、流すんかい!」という程、何度も映し出されて視聴者にはうんざりしてまいそうな、「酒井法子覚醒剤使用事件」を、まだ、垂れ流ししている。



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「トイレの落書き」と「ブログ」の関係


女子トイレ落書き700件 院生が分析

女子トイレの落書き700件を分析したドイツ・ボン大学の大学院生カトリン・フィッシャーさん(31)の修士論文が「貴重な学術資料」と独メディアで話題を呼んでいる。論文によると、落書きは「思い込みで自己主張する派」と「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」に大別される。フィッシャーさんは、「結局、人間はこの2種類かもしれない」と話している。

「自分の思いをひたすら主張する」タイプでは、哲学的な説を延々と書くなど思い込みが強いものが見られた。一方、「自分の意見はないのに他人の欠点だけ指摘し批判ばかりする」タイプでは、他人の落書きの文法の間違いを延々と表にする例も。(毎日新聞)



トイレの落書きを分析して,「思い込みで自己主張する派」と「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」の人間を2種類に分類しているわけですが、個人のブログを見て回っても、往々にして、二つのどちらかにあてはまるサイトをみかけることがあり、一応、的を得ているようにも感じます。

ということは「ブログは、くだらないトイレの落書きと同じ程度のものか?」と非難されそうですが、「結局、人間はこの2種類かもしれない」と結論付けているこの論文をどう評価されます?

私はこの二つの分類には、どちらも自分のする事はなんでも「正しい」という「傲慢さ」があるような気がします。

まず「謙虚な人間」は、トイレで落書きなどしないでしょう。

ですから、トイレという場所での落書きを分析したからと言って、その落書きで人間の全てを判断するのは間違っていると感じます。

まあ、これも、「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」の言葉になるのでしょうか?

それとも、わたしの単なる「思い込みで自己主張する派」の言葉なのでしょうか?




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努力とは、己の人生の最大の己のピンチを乗り越えるためにある


テレビの番組で、侍ジャパンが優勝したWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の試合を振り返り、実は、あの試合では、岩隈久志(東北楽天ゴールデンイーグルス)投手は試合では投げることが出来ないほど、肘の状態が悪かったのだということを、当時の山田投手コーチが誰にも明かさなかった秘話として、詳細に打ち明けられていました。

本当のプロとは、極限の時に、最悪の時に、一番苦しい時に、岩隈久志さんのように選手として、また、人間としてどんな時も己の役目を果たそうとする強い、己の中に確立された信仰に突き動かされる執念を発揮できる人なのだ。また、人生の努力の試される瞬間とは、その最大の己のピンチを乗り越えるためにあるのだと感じます。

努力と戦う執念。プロと呼ばれる人は、己の生命の中に、学習、知識、宗教、哲学を、実戦によって体で体得し、生命に刻んでいくのでしょう。

薄っぺらな観念や知識を馬鹿の一つ覚えのように振り回す傲慢な人間にだけはなりたくはありません。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。

関連記事
「岩隈」がんばった!陰のMVP!

2009年8月3日の今日の「名字の言」

東北楽天ゴールデンイーグルスの野村克也監督がプロ野球の門をくぐって3年目のこと。人の何倍も練習したが、打率3割を超えられない。その頃、野球に関する、ある論文に出あう。

ぐっと引かれた部分があった。相手投手の動きを見よと。直球か、変化球か。球種ごとに投手には癖がある。それを見抜けば――「努力」プラス飽くなき「研究心」。そこから壁は破れた(『野村主義』小学館)。

私たちの友好対話にも必ず相手がいる。自分が言いたいことだけでなく、相手が聴きたいことに、思いを巡らせられるかどうか。

池田名誉会長の対話に印象的なシーンがある。1990年7月。相手はソ連の最高指導者ゴルバチョフ氏。その数日前、氏は、領土問題だけに固執する日本の政治家に不満を露わにし、初来日の見直しまで口にした。暗雲が漂った。

名誉会長は席上、氏が命を懸けた改革(ペレストロイカ)の真髄に迫り、日ソ友好を語り、日本の春秋の美に触れた。有意義な語らいに共感した氏は「明春の訪日」を明言。ニュースは即座に世界を駆け回った。

対話とは、人間が人間であることの誇るべき証しである」とは名誉会長の信念。今、師に続く勇気と智慧の対話が全国に広がる。ここから壁は破れる。(進)

【聖教新聞】 「名字の言」より




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「七夕の日」実戦のなかで人材は作られる


今日は七夕の日。

「七夕 伝説」は、年に一度の織り姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)の逢瀬の日。おりひめとひこぼしは一体、どんな関係だったのでしょうか?

①見知らぬ他人同士。

②夫婦。

③恋人。

それとも・・・

④愛人関係。

答えは、③「夫婦」でした。

誰ですか?愛人関係と思った人は。

夫婦だったのですが、2人は仕事をせずに一緒に遊び呆けてばかりいたものですから、2人が会うことが出来るのは、1年に、たった一度にされてしまったのだとか。

そんなことを、介護スクールで教えていただいている講師の方から話を聞いたのですが、その介護スクールの講習も、今日の7月7日の「七夕の日」が最終日になりました。せっかく親しくなれたスクールの生徒達とも今日で最後です。

少し寂しい別れを惜しみながら、これからは皆さんは、研修生として、現場での更なる厳しい実習です。これまで許されていた失敗も、現場ではいいわけは出来ません。現場での失敗は常にそこには責任が付きまといます。

不安と更なる技術の習得の為には、越えなければならない道のりです。ばらばらに配属される彼らと互いに握手をして健闘を祈りました。生きることの全てにおいて確かなものが己の心に、生命に構築されるのは、実践があってつくられる。机上の知識など、吹けばと飛んでしまうようなもの。

「実戦のなかでこそ、人材はつくられる」。

本当の勝負はこれからなのだ。



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心が通じるロボット


「夢のロボット開発!ガンダムも、鉄人28号もびっくり」

ロボットもここまで来たかという感じです。

右手よ動け!と念じる(?)と

右手をあげて、

「間違いないと思います。」とロボット君が答えて、再度、右手を上げてガッツポーズ!

人間が頭で考えたことを、ロボットが実行してくれる。

心が通じるロボット?

ホンダの人工知能型ロボット「アシモ」のことです。

時々刻々と進化を遂げる人工知能の技術の進歩は、いかに、ロボットを人間に近づけることが出来るのか、一昔前なら、SFの世界の空想と想像のお話。

「ショートショートの神様」、作家の「星 新一」氏も、人工知能型ロボットを見れば、さぞかしびっくりされたことでしょう。

■Honda・ASIMOオフィシャルサイト


人間の、脳波と血流を読み取り、「アシモ」が動くらしいのですが、門外漢の私には、「へ~。」「へ~。」「へ~。」と、「100へえ」です。

人工知能型のロボットとして、家庭用に普及した犬型のロボットソニーの「アイボ」もありました。

この、ホンダの人工知能型ロボット「アシモ」。

活躍の場所として、将来期待されているのは、日常生活において、照明のスイッチを入れたり、車のトランクを開けたり、頭の脳でリモコン操作できるようにしたり、また、家事の手伝いや福祉に活用を期待できるということです。

未来の形が、将来、まるで、映画の「A.I.」の世界のように、現実の形となって、やってくるのかなあ?

「ターミネーター」とか・・・。 

「ターミネーター4(6月公開)」は、こちら→オフィシャルサイト

■YouTube - new version amazing robot asimo



:この世の中に、心を置き去りにしたあまり利口でないロボット型の人間なら、既に、出来上がってますけど・・・。(ぁハ、冗談)「人間は、人間ですっ!」「ロボットになっちゃダメ!」ロボットはロボットの領域で。


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