人間の中にある埋める事のできない深くて暗い溝


男と女の間には深くて長い溝がある

という台詞で始まる「黒の舟歌」という曲。

サザンの桑田圭祐さんがカバーしてます。

人間の中の深くて暗い溝。

そんなものなんてできればない方がいい。

あまりに深くて埋めることが出来ないよ。

一体、この溝、どうすれば埋めることが出来るんだい?

突然、自分ではどうすることもできないほど落ち込むことがある。

誰も分かってくれない、誰にもわかってもらえない。

もう、どうすることもできないほどの暗い溝。

深く、深く、そして、暗く。

人間の中の暗闇。

耐えられないほどの苦しみ。

そこから逃げる事なんて生きている間はできやしない。


世相・雑感・コラム | [2013-09-16(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(2) |-

【傲慢】:猿にでも出来る世の中の批判をする傲慢社会


所詮、批判なんて無責任そのもので、批判されるターゲットの本当の胸の内などコンマ以下も理解しているはずなど無いのである。

批判とは、「いじめの原理」とさも似たり。

批判されたものの胸中を推し量ることなど、その当人が自殺をしたところで、その批判したもの達は知らん顔して何も無かったかのように、批判をしたことの事実は死者とともに葬り去られる。

いじめは、いじめたものが絶対に悪いと確かに「右へなれ」はできても、ネットでの批判は批判されるものが悪いとやりたい放題の袋叩きか?

ネットではついさっきまで、袋叩きにされていたものでさえ、立場が変われば、その仕返しとばかりに、言いたい放題か?

あきれる。

人間は、アホの集団とアホの集団がいれかわっているだけじゃあないか?

アホとアホがいる社会は、アホ全体社会。

この世の社会は、や(殺)るか、や(殺)られるかの社会か?


思いやりとは何だ?

思いやりが必要な哲学とは、どこにある?

己の意見が、その他大勢の意見を集約しているなんて事を少しでも代弁しているなんて事を思うなら、どれほど迷惑なことであろう。

迷惑な発信を続けることの愚かな行為の無責任の結末は、その当事者は夜逃げして、罪の無いものが責任をかぶせられる。

「猿にでも出来る世の中の批判」。

言いたい放題の垂れ流しの世界。

それは、ネットそのものだ。

「猿にでも出来る世の中の批判」。

そんなことを書けば、人間より偉い猿から批判がくるかもしれない。

「猿さん、ごめんね」。

アホな人間社会の愚かさを冷静に見つめて、その批判の反省なんて猿にでも出来る

「やっぱり、ごめんね」。

己の無責任さを反省。 m(__)m

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



世相・雑感・コラム | [2010-03-18(Thu)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

決断と選択:朝青龍の引退


潔さと悔しさの中で割り切れない決断と選択

朝青龍の引退の意味。

受け入れられない人生。

生き方を貫く人生。

まだ、まだ、その道で頑張ってほしかった。

でも、頑張っていた人に、まだ、頑張ってほしかったというのは、酷な話。

わたしは、この人の「人間らしさ」が好き。

「ヒール役」をもっと人間臭く、プンプンさせて演じ切ってほしかった。

潔さと悔しさの中で、割り切れない決断。

強さの裏に隠された人間の弱さ。

一言では片付けられないこのどうしようもない気持ち。

揺れ続ける気持ち。

生きるということは、こんなにも難しい。

一日、一秒。

この瞬間。

朝青龍の引退。

潔さの中に隠された悔しさ。

勝つことに拘らなければならない世界で、

勝たなくていい、この世間の風に負けることの悔しさ。

その割り切れなさの理由が、自分の歩いてきた人生の足跡を見ればわかる。

その足跡を今きちんと辿る時なのだと感じる。

朝青龍の引退に対して、その道を去る1つの結果を残した人への言葉。

「ご苦労様でした。」


世相・雑感・コラム | [2010-02-04(Thu)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

厄介なものを真正面から見つめていく哲学:【直葬】


『小さなお花をいっぱい飾ってもらうだけでいい。』

大きなお花を一杯ではなく、小さなお花を一杯。

本当の願いの叶わぬ思いの中での、精一杯の願い。

直葬。

人生最後の弔い。

相談できる人がいない。

迷惑をかけたくは無い。

人とひとのつながりの希薄。

人と人のつながりを持つことの負担。

人の心と精神の弱さ。

それは、生き方の弱さを示す。

人間は生きることを、生きるだけのことに費やすことに生きる。

それが人生を生きること。

それが生きることを弱くさせている。

生きること以上の、生きる醍醐味というものは?

生きることの醍醐味?

それは、刹那な楽しみのこと?

刹那って何?

そうか。

人生を生きる為の醍醐味を知ることの出来る言葉というものは、既に、この世では機能を果たさない死後になっているのだろうか?

誰からも見取られずに、ひっそりとこの世から消える。

涙ながらにその願いを語り、遺書に込める老女。

決して、直葬を望んでいはいない。

しかし、その望みが、最大の人生最後の願いと、涙ながらに言い聞かせなくてはならない自らが歩んできた人生。

それは、後悔なのかもしれません。

生まれた後に、やってくるものは死。

直葬。

そこに見えるものは、人間の見えない厄介なもの。

厄介なものを厄介とする社会。

厄介なものを真正面から見つめていく哲学。



世相・雑感・コラム | [2010-01-12(Tue)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

エゴがまかり通る政治

政権?

政権って何?

あの人(O氏)の顔に、金正日氏の顔がダブるのはなぜだろう?

己の世界の中では、真実?

でも、現実の世界では嘘?

とんでもない力。

この力は、一体、どこに向うのだろう?

誰が吐いた唾?


国民が不在なのは確かである。


利用されているだけなんちゃう?


「ちゃうか?」


しかし、国民が選んだのは間違いない。

なんじゃあこりゃあ?

国民って一体、なんだ?

お前、国民のつもり?

偉そうに。


   
『名字の言』について~人生を確かに生きる

世相・雑感・コラム | [2010-01-10(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

人間は飛ぶ?!「9秒58」 世界陸上ボルトが100メートル世界新記録

ボルトが驚異の9秒58で金!/世界陸上

<世界陸上>◇16日◇男子100メートル決勝◇ベルリン五輪スタジアム
ウサイン・ボルト(22=ジャマイカ)が9秒58の世界新記録で金メダルを獲得した。昨年の北京五輪で自らがマークした9秒69のレコードを0秒11更新した。2着はタイソン・ゲイ(27=米国)で9秒71、3着にはアサファ・パウエル(26=ジャマイカ)が入った。(2009年8月17日 nikkansports.com)



ベルリンの世界陸上で北京五輪金メダリストのウサイン・ボルト(ジャマイカ)が、自己の世界記録を0秒11更新する9秒58の驚異的な世界新記録。

人間の進化と無限の可能性。

そのうち人間は、空を飛ぶんじゃないの?

世界陸上ベルリン『壁を壊せ!』ということなのですが、
「人類最速の男」の称号は、100メートルを「9秒58」で走る
人類の進化を見ることが出来る。

人間の可能性の限界という「壁」。

壁(記録)は破るためにあるという。
「壁」がある限り、人間という動物は、無限に進化し続ける。

進化は生きることへの「本能」、強い子孫を残すためのDNA。

シーズン記録と世界記録の変遷 - Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/100%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E7%AB%B6%E8%B5%B0




『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく


世相・雑感・コラム | [2009-08-17(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(1) |-

世界陸上「女子10000メートル」佐伯由香里の笑顔~話題と情報

やった!中村7位入賞!福士9位!佐伯は「人気者」!

【世界陸上】女子1万メートル決勝には福士加代子(27=ワコール)、中村友梨香(23=天満屋)、佐伯由香里(20=アルゼ)の3人が出場。中村が終盤まで第2集団で粘り、見事7位入賞を果たした。日本人の同種目入賞は99年セビリア大会の弘山晴美(4位)以来10年ぶりとなった。福士は9位に終わり、悲願の入賞まであと一歩だった。

2周回遅れとなった佐伯は最下位だったが、1メートル42の小さな体で懸命に走りきった姿が感動を誘い、ゴール直後に場内インタビューに呼ばれるなど会場から喝さいを浴びた。(スポニチ Sponichi Annex ニュース)



勝者と敗者。

結果。

勝負の世界の非情なところ。
必ず、勝者の影には、敗者がある。

結果は結果。
敗者がいるから、勝者がいる。

8月15日(土)から開催された、世界陸上の「女子10000メートル」で、初出場の佐伯由香里(さはく ゆかり 20歳)さんが、先頭より2周遅れの最下位でゴール。

身長は142センチ、31キロ。

世界陸上のマスコットの人形が、10000万メートルを走りゴールしたばかりなのに、まるでその苦しさを楽しかったかのように、明るく、人なつこそうな笑顔を振りまく日本の可愛い「マスコット人形」を抱き上げていました。

観衆のあたたかい歓声は、勝者と同じように注がれていました。

メインキャスターの織田さん、「今度は、走りで結果を残してもらいたいですね。」というような感じで、ほとんどスルーしていました。まあ、確かに今回の結果がしかたがないですね。

佐伯 由香里選手:プロフィール


・・・ところで、朝の日曜日のテレビのバラエティー系情報番組では、「まだ、流すんかい!」という程、何度も映し出されて視聴者にはうんざりしてまいそうな、「酒井法子覚醒剤使用事件」を、まだ、垂れ流ししている。



世相・雑感・コラム | [2009-08-16(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(1) |-

【傲慢と謙虚】:ブログとトイレの落書きの関係


女子トイレ落書き700件 院生が分析

女子トイレの落書き700件を分析したドイツ・ボン大学の大学院生カトリン・フィッシャーさん(31)の修士論文が「貴重な学術資料」と独メディアで話題を呼んでいる。論文によると、落書きは「思い込みで自己主張する派」と「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」に大別される。フィッシャーさんは、「結局、人間はこの2種類かもしれない」と話している。

「自分の思いをひたすら主張する」タイプでは、哲学的な説を延々と書くなど思い込みが強いものが見られた。一方、「自分の意見はないのに他人の欠点だけ指摘し批判ばかりする」タイプでは、他人の落書きの文法の間違いを延々と表にする例も。(毎日新聞)



トイレの落書きを分析して,「思い込みで自己主張する派」と「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」の人間を2種類に分類しているわけですが、個人のブログを見て回っても、往々にして、二つのどちらかにあてはまるサイトをみかけることがあり、一応、的を得ているようにも感じます。

ということは「ブログは、くだらないトイレの落書きと同じ程度のものか?」と非難されそうですが、「結局、人間はこの2種類かもしれない」と結論付けているこの論文をどう評価されます?

私はこの二つの分類には、どちらも自分のする事はなんでも「正しい」という「傲慢さ」があるような気がします。

まず「謙虚な人間」は、トイレで落書きなどしないでしょう。

ですから、トイレという場所での落書きを分析したからと言って、その落書きで人間の全てを判断するのは間違っていると感じます。

まあ、これも、「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」の言葉になるのでしょうか?

それとも、わたしの単なる「思い込みで自己主張する派」の言葉なのでしょうか?



世相・雑感・コラム | [2009-08-15(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

努力とは、己の人生の最大の己のピンチを乗り越えるためにある


テレビの番組で、侍ジャパンが優勝したWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の試合を振り返り、実は、あの試合では、岩隈久志(東北楽天ゴールデンイーグルス)投手は試合では投げることが出来ないほど、肘の状態が悪かったのだということを、当時の山田投手コーチが誰にも明かさなかった秘話として、詳細に打ち明けられていました。

本当のプロとは、極限の時に、最悪の時に、一番苦しい時に、岩隈久志さんのように選手として、また、人間としてどんな時も己の役目を果たそうとする強い、己の中に確立された信仰に突き動かされる執念を発揮できる人なのだ。また、人生の努力の試される瞬間とは、その最大の己のピンチを乗り越えるためにあるのだと感じます。

努力と戦う執念。プロと呼ばれる人は、己の生命の中に、学習、知識、宗教、哲学を、実戦によって体で体得し、生命に刻んでいくのでしょう。

薄っぺらな観念や知識を馬鹿の一つ覚えのように振り回す傲慢な人間にだけはなりたくはありません。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。

関連記事
「岩隈」がんばった!陰のMVP!

2009年8月3日の今日の「名字の言」

東北楽天ゴールデンイーグルスの野村克也監督がプロ野球の門をくぐって3年目のこと。人の何倍も練習したが、打率3割を超えられない。その頃、野球に関する、ある論文に出あう。

ぐっと引かれた部分があった。相手投手の動きを見よと。直球か、変化球か。球種ごとに投手には癖がある。それを見抜けば――「努力」プラス飽くなき「研究心」。そこから壁は破れた(『野村主義』小学館)。

私たちの友好対話にも必ず相手がいる。自分が言いたいことだけでなく、相手が聴きたいことに、思いを巡らせられるかどうか。

池田名誉会長の対話に印象的なシーンがある。1990年7月。相手はソ連の最高指導者ゴルバチョフ氏。その数日前、氏は、領土問題だけに固執する日本の政治家に不満を露わにし、初来日の見直しまで口にした。暗雲が漂った。

名誉会長は席上、氏が命を懸けた改革(ペレストロイカ)の真髄に迫り、日ソ友好を語り、日本の春秋の美に触れた。有意義な語らいに共感した氏は「明春の訪日」を明言。ニュースは即座に世界を駆け回った。

対話とは、人間が人間であることの誇るべき証しである」とは名誉会長の信念。今、師に続く勇気と智慧の対話が全国に広がる。ここから壁は破れる。(進)

【聖教新聞】 「名字の言」より




世相・雑感・コラム | [2009-08-03(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

信頼関係成り立たない心の崩壊:先生を流産させる会


愛知県内の中学校で、一年の生徒のクラスの中で起こったこと。

そのクラスの男子生徒15名ほどが、妊娠中だった担任の女性教諭に対して、『流産をさせる計画』という会をつくって、実行していたということです。

その恐るべき、犯行のその動機は、「部活動で注意されたこと」だということです。

この、『流産をさせる計画』というものが、どれほど実効性のあったものかは、記事をみれば、中学一年程度の子どもの「度を越したいたずら」の範囲にも感じます。

しかし、以前、福岡県の中学校で、「いたずらの度を越した」、学校のトイレでズボンを無理やり脱がせるなどしてのいじめで、自殺した生徒の事件がありました。(同級生3人を家裁送致 福岡のいじめ自殺問題)

「妊娠中」だった「担任の女性」

もう、何をどうすればいいのか・・・。

そこに見えるのは、一人ひとりの、生徒達(人間)の心の持つ残酷性と誰もが持つ暗い闇へ向かう心の業。

だけど、子どもが、いえ、子どもだからこそ、越えてはならないその一線。

その、一線を簡単に、越えさせる原因とは?

命、生命の大切さは、一体、誰が教え、与え、気づかせるのが役目なのか?

未来を託し、未来を創り、困難な現実が立ちはだかる未来を切り開いてゆかねばならないのは、誰なの?

地球にとっての財産とは何なの?

受け継がれてゆく、「命」と、人間の「生命」ではないの?

教育の現場の崩壊。

家庭の崩壊。

心の崩壊。

「弱いもの」を「集団」で「いじめる」。

「弱者」と「強者」の論理の中に、「心」を消失し、排除されて行く、世の中の構図。

人間の卑怯な汚い汚れた、ドス黒いもの。

人間なのかにある善と悪の判断の基準。

選択肢の中の、善悪の選択となる判断の基準の心の、あやふやな弱さ。

「弱いもの」を「集団」で「いじめる」、いじめの構造と原理。

一人の人間の弱さ、愚かさ、哀れさ。

考え付く事の怖さ、実行することの短絡さ。

欠落した生き方。

怖い。

ぽっかりあいた、その最も大切な穴を埋めることとは。

■生徒が「先生を流産させる会」 いすに細工、給食に異物
愛知県半田市の市立中学校で、担任に不満を抱いた1年生の男子生徒十数人が「先生を流産させる会」と称し、妊娠中の30代の女性教諭に対し、いすのねじを緩めたり、給食に異物を混入したりしていたことが分かった。

 同市学校教育課によると、生徒らは今年1月から2月にかけて、教諭の車にチョークの粉やのりなどを混ぜ合わせてふりまいたり、いすの背もたれのねじを緩めたりしたほか、消臭や殺菌、食品添加物などに使われるミョウバンを理科の実験の際に教室に持ち帰り、教諭の給食に混ぜたという。

 見かねた周囲の生徒が2月下旬、別の教諭に伝えて問題が発覚した。担任がけがをしたり、体調を崩したりすることはこれまでなかったという。

 学校側が事情を聴いたところ、席替えの方法や部活動で注意されたことへの不満を口にする生徒がおり、「先生に反抗しよう」という話が持ち上がったのがきっかけだったことが分かった。学校はその後、保護者を呼んだうえで生徒を指導し、生徒らも反省の態度を示しているという。

 校長は「個々にはいい子たちで、最初は信じられず、仰々しいネーミングにも驚いた。ただ軽いのりからエスカレートしたようで、計画的とまでは言えない。命の重さについて、より指導を徹底していきたい」と話している。






世相・雑感・コラム | [2009-03-30(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

イチロー選手の「苦悩からの最高の結果」-WBC連覇 侍・ジャパン

エンパイアステートビルの頂上が、ジャパンカラー(紅白)に染まる!

2006年に続きWBC連覇 韓国を破り優勝!

歓喜に満ちた・ジャパン」 

「岩隈」がんばった!陰のMVP!

・それぞれの写真を拡大してみることが出来ます。


「野茂に始まるアジアの実力。」

問われる、「メジャー大リーグの実力と現実の再評価」など、
WBCの結果からいろいろ批評されてます。


ヒーロー!「イチロー選手」の「苦悩の最高の結果」

に注目したいです。

最後に決めた、イチロー選手の、2点タイムリーヒット。

「打っちゃいました、神が降りましたねえ。」(イチロー選手)

まさに、己の中に存在するその領域。

人に魅せようとする、イチローのプロとして、
スポーツを極める姿は、

世界のエンターテイナー ・イチローへ、
「一つの壁を越えた瞬間」(イチロー選手)

世界のイチロー、世界のヒーロー。

己の中のテーマ=課題

「肉体の壁」、「精神の壁」、「心の壁」

プレッシャー。

己の悟りとなり、哲学を肉付けする。

イチロー選手の自己確立への課題の一つの答えと結果。

これは、「気づき」

「美味しいところだけいただきました。」

「天才」が、多くの人から愛される理由。

「天才」以上に、努力しているから。
己の苦しみを乗り越えて努力をする、生身の私達と同じ人間だから。

『「天才」とは、「努力」の異名なり。』と、
誰が言ったかは、知りません。

己の中で生きることの質を高る。
プロが、プロであり続けるには、その場所で、人間の質を磨き、
高めることでもあるのだ。

本当の本物のプロとしてその道を極める。
それは、人間としての道、すなわち、その人の信仰を己の中に極める。

「自己確立」

生きること。

この世で、自由に生きる。

それは、「自己確立」。

「自己確立」とは、己の信仰によって、信仰心を高めることによって、
己の哲学を究め続ける集大成。

借りたものでも、与えられたものでも無い、
己の中の「絶対的な宗教」となる。

一つの過程における完結。そして、始まり。

一人のヒーローの、一人の自己確立。
一人の宗教。

カリスマ。

一つの自己確立を築き上げる道。
一人の人間の中の、己の人間への挑戦。

自己確立。

与えられた宗教から、己の宗教へ。

「プロ」の宗教に、シェアなんてものは無い。

宗教団体なるものは、「気づき」を与える立派な「単なる空っぽの箱」。

宗教は、一人ひとりの中の信仰による、信仰心を開く修行によって
自己確立の途中、そして、結果によって己の中に永遠に完成への道を辿る。

人間の中の「自己確立」。

それは、私の中で究極の最大のテーマである。
「絶対的な自由」を意味する。

:話がどんどんズレているのですが・・・。でも、これ以上の結果は無いですね。イチローさん!、侍・ジャパン!優勝してよかったね。イチローさんの苦しみも全部報われたでしょう。
・ひとしずく幸せみつけた

今日の「名字の言」の言葉(09/03/24)

・既存の秩序が乱れると、現状を劇的に変えてくれる“何か”を待ち望む声が高まってくるもの。

・大切なのは皆が同じ責任感に立ち、苦境に向かって挑戦することだろう。

・大地から躍り出た衆生救済のリーダーの誇りに立ち、“私たち庶民こそ英雄”と、地域に希望の春風を送ろう。





世相・雑感・コラム | [2009-03-25(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

もう、私には、時間がないの!

生まれた瞬間から「生」を与えられ、
そして、その瞬間から「死」へのタイムリミットに向っている。

己にとってこの世での与えれた時間が有限なのだと、
その時間の大切さに気づける人は、幸せなのかもしれない。

「時間が無いのだ!」

生きることの「意味」、「深さ」、
そして「幸せ」を今以上に、探そうとするものにとって、

そして、自覚したものにとって、
残された、時間の価値がきっと変わるだろう。

今、この一瞬を生き切ることが、
過去の宿業を乗り越え、未来を変える力に変える事が出来る。

『もう、私には、時間がないの!』
遅咲きのお笑い芸人「エド・はるみ」さんの言葉に、とても共感を覚えました。

■エド・はるみ 24時間ランニング~ッ!
「グーッ」のギャグで人気のタレント、エド・はるみ(年齢非公表)が19日、日本テレビ・読売系「24時間テレビ31 愛は地球を救う」(8月30日、後6・30)のチャリティーマラソンランナーに決定し、都内の同局で会見した。朝の情報番組「ズームインSUPER」の生放送中に、前年走者の萩本欽一(67)から直接伝えられたエドは、何も知らされておらず「100キロマラソンを走るのが夢だった」と涙ぐんで大喜びした。

・デイリースポーツonline-より転載しました。



※この記事は、過去に掲載した記事を再整理したものです。

世相・雑感・コラム | [2008-06-20(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

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