人間の中にある埋める事のできない深くて暗い溝


男と女の間には深くて長い溝がある

という台詞で始まる「黒の舟歌」という曲。

サザンの桑田圭祐さんがカバーしてます。

人間の中の深くて暗い溝。

そんなものなんてできればない方がいい。

あまりに深くて埋めることが出来ないよ。

一体、この溝、どうすれば埋めることが出来るんだい?

突然、自分ではどうすることもできないほど落ち込むことがある。

誰も分かってくれない、誰にもわかってもらえない。

もう、どうすることもできないほどの暗い溝。

深く、深く、そして、暗く。

人間の中の暗闇。

耐えられないほどの苦しみ。

そこから逃げる事なんて生きている間はできやしない。


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ひとりひとりに一つの道「桜梅桃李」:一年の締めくくり


今年もあと残すところ、今日を含めて3日。

今年の一年は、大切な年だった。

そして、来年は、もっと大切な年となる。

今を生きる。

今年はなかなか更新できなかった自己満足のブログもこの先の人生を生き続けて振り返った時には、間違いなく自分を生きた足跡、生き様が残っているはず。

桜梅桃李。

今を生きる事と同時に、わたしを生きる。

今という現実を生きる。

その難しさ。

確かな哲学に基づきわたしという人間がこの世に生まれた理由を知る。

だから生きる。

願兼於業。

そのために生きる。

わたしの秘めた思い。

積み重なる想い。

膨らむ思い。

今日も生きる。

明日も生きる。

生きる意味。

その価値。

人間として私らしく生きたい。

ひとりにひとつの道。

人生。

桜梅桃李を生きる。



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一味違う人生の醍醐味っていうのを楽しむ


秋のシーズンは、「味覚の秋」とも言われますね。

美味しい物には、美味しいわけがある?

【名字の言】:2011年 11月6日(日)

 「柿むく手 母のごとくに 柿をむく」(西東三鬼)。たわわに実った秋の味覚に、母と過ごした郷里を思い出す人も多かろう。

渋柿は渋味が強く、とても食べられない。タンニンと呼ばれる成分のためだ。だが柿を日光に触れさせたり、ヘタの部分を焼酎につけて寝かすことで、タンニンの渋味が抑えられ、おいしく味わうことができる。「渋味」を「甘味」に――「苦」を「楽」に転じゆく人生のドラマに重ねたくもなる。

岩手・釜石市に“地域のお母さん”と親われる友がいる。89歳。これまで実った弘教は100世帯を超える。米も買えないほどの経済苦、長女の末期がんも、全て信心根本に乗り越えてきた。だが今回の津波は、自宅も、50年以上経営してきた飲食店も一瞬で奪った。


それでも婦人はほほ笑む。「苦労したから強くなれたし、折伏もできた。幸せですよ。信心のおかげ。次の目標? 震災を乗り越えて、信心の力を証明すること」。仮設住宅に住みながら、訪れる友に仏法を語る日々だ。


「苦楽ともに思い合せて南無妙法蓮華経とうちとなへゐさせ給へ」(御書1143ページ)。苦も楽も味わってこそ、人の喜び悲しみが分かる。信仰の偉大さは、そこにある。「渋」が「甘」に変わる日が必ず来る。(之)



今日の名字の言いかがでしたか?

なんで、あんな渋い柿が、甘くなるのかな?

まあ、説明はいくらでも出来るだろうけど。

昨日、その地方の美味しい特産物をつかって料理を作る番組があった。

渋柿を干すと渋みが抜けて、甘くなる。

甘い柿を干しても、更に美味しい柿になるわけではない。

美味しいものって、簡単なようなで簡単に作れないよね。

味わい深い美味しさって言うのは、一言で言えば「うまい!」なんだけど、その言葉の中には、たくさんの美味しさを表現する言葉が、隠されている。

人間の味っていうのも、人間社会の中で生きてゆく人生を重ねるごとに、酸いも甘いも、苦いもしょっぱいも味という味を全部体験して来た人は、やっぱり一味違うんだよね。

私達の哲学は、一味違う人生の醍醐味っていうのを楽しむために、苦労を苦労と厭わずに現実を生きている今というこの瞬間を、一生懸命に生きる哲学なんだね。

よく言うね。

「ただ今臨終」の精神って。



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【傲慢】:猿にでも出来る世の中の批判をする傲慢社会


所詮、批判なんて無責任そのもので、批判されるターゲットの本当の胸の内などコンマ以下も理解しているはずなど無いのである。

批判とは、「いじめの原理」とさも似たり。

批判されたものの胸中を推し量ることなど、その当人が自殺をしたところで、その批判したもの達は知らん顔して何も無かったかのように、批判をしたことの事実は死者とともに葬り去られる。

いじめは、いじめたものが絶対に悪いと確かに「右へなれ」はできても、ネットでの批判は批判されるものが悪いとやりたい放題の袋叩きか?

ネットではついさっきまで、袋叩きにされていたものでさえ、立場が変われば、その仕返しとばかりに、言いたい放題か?

あきれる。

人間は、アホの集団とアホの集団がいれかわっているだけじゃあないか?

アホとアホがいる社会は、アホ全体社会。

この世の社会は、や(殺)るか、や(殺)られるかの社会か?


思いやりとは何だ?

思いやりが必要な哲学とは、どこにある?

己の意見が、その他大勢の意見を集約しているなんて事を少しでも代弁しているなんて事を思うなら、どれほど迷惑なことであろう。

迷惑な発信を続けることの愚かな行為の無責任の結末は、その当事者は夜逃げして、罪の無いものが責任をかぶせられる。

「猿にでも出来る世の中の批判」。

言いたい放題の垂れ流しの世界。

それは、ネットそのものだ。

「猿にでも出来る世の中の批判」。

そんなことを書けば、人間より偉い猿から批判がくるかもしれない。

「猿さん、ごめんね」。

アホな人間社会の愚かさを冷静に見つめて、その批判の反省なんて猿にでも出来る

「やっぱり、ごめんね」。

己の無責任さを反省。 m(__)m

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



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決断と選択:朝青龍の引退


潔さと悔しさの中で割り切れない決断と選択

朝青龍の引退の意味。

受け入れられない人生。

生き方を貫く人生。

まだ、まだ、その道で頑張ってほしかった。

でも、頑張っていた人に、まだ、頑張ってほしかったというのは、酷な話。

わたしは、この人の「人間らしさ」が好き。

「ヒール役」をもっと人間臭く、プンプンさせて演じ切ってほしかった。

潔さと悔しさの中で、割り切れない決断。

強さの裏に隠された人間の弱さ。

一言では片付けられないこのどうしようもない気持ち。

揺れ続ける気持ち。

生きるということは、こんなにも難しい。

一日、一秒。

この瞬間。

朝青龍の引退。

潔さの中に隠された悔しさ。

勝つことに拘らなければならない世界で、

勝たなくていい、この世間の風に負けることの悔しさ。

その割り切れなさの理由が、自分の歩いてきた人生の足跡を見ればわかる。

その足跡を今きちんと辿る時なのだと感じる。

朝青龍の引退に対して、その道を去る1つの結果を残した人への言葉。

「ご苦労様でした。」


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厄介なものを真正面から見つめていく哲学:【直葬】


『小さなお花をいっぱい飾ってもらうだけでいい。』

大きなお花を一杯ではなく、小さなお花を一杯。

本当の願いの叶わぬ思いの中での、精一杯の願い。

直葬。

人生最後の弔い。

相談できる人がいない。

迷惑をかけたくは無い。

人とひとのつながりの希薄。

人と人のつながりを持つことの負担。

人の心と精神の弱さ。

それは、生き方の弱さを示す。

人間は生きることを、生きるだけのことに費やすことに生きる。

それが人生を生きること。

それが生きることを弱くさせている。

生きること以上の、生きる醍醐味というものは?

生きることの醍醐味?

それは、刹那な楽しみのこと?

刹那って何?

そうか。

人生を生きる為の醍醐味を知ることの出来る言葉というものは、既に、この世では機能を果たさない死後になっているのだろうか?

誰からも見取られずに、ひっそりとこの世から消える。

涙ながらにその願いを語り、遺書に込める老女。

決して、直葬を望んでいはいない。

しかし、その望みが、最大の人生最後の願いと、涙ながらに言い聞かせなくてはならない自らが歩んできた人生。

それは、後悔なのかもしれません。

生まれた後に、やってくるものは死。

直葬。

そこに見えるものは、人間の見えない厄介なもの。

厄介なものを厄介とする社会。

厄介なものを真正面から見つめていく哲学。



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エゴがまかり通る政治

政権?

政権って何?

あの人(O氏)の顔に、金正日氏の顔がダブるのはなぜだろう?

己の世界の中では、真実?

でも、現実の世界では嘘?

とんでもない力。

この力は、一体、どこに向うのだろう?

誰が吐いた唾?


国民が不在なのは確かである。


利用されているだけなんちゃう?


「ちゃうか?」


しかし、国民が選んだのは間違いない。

なんじゃあこりゃあ?

国民って一体、なんだ?

お前、国民のつもり?

偉そうに。


   
『名字の言』について~人生を確かに生きる

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人間は飛ぶ?!「9秒58」 世界陸上ボルトが100メートル世界新記録

ボルトが驚異の9秒58で金!/世界陸上

<世界陸上>◇16日◇男子100メートル決勝◇ベルリン五輪スタジアム
ウサイン・ボルト(22=ジャマイカ)が9秒58の世界新記録で金メダルを獲得した。昨年の北京五輪で自らがマークした9秒69のレコードを0秒11更新した。2着はタイソン・ゲイ(27=米国)で9秒71、3着にはアサファ・パウエル(26=ジャマイカ)が入った。(2009年8月17日 nikkansports.com)



ベルリンの世界陸上で北京五輪金メダリストのウサイン・ボルト(ジャマイカ)が、自己の世界記録を0秒11更新する9秒58の驚異的な世界新記録。

人間の進化と無限の可能性。

そのうち人間は、空を飛ぶんじゃないの?

世界陸上ベルリン『壁を壊せ!』ということなのですが、
「人類最速の男」の称号は、100メートルを「9秒58」で走る
人類の進化を見ることが出来る。

人間の可能性の限界という「壁」。

壁(記録)は破るためにあるという。
「壁」がある限り、人間という動物は、無限に進化し続ける。

進化は生きることへの「本能」、強い子孫を残すためのDNA。

シーズン記録と世界記録の変遷 - Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/100%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%AB%E7%AB%B6%E8%B5%B0




『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく


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世界陸上「女子10000メートル」佐伯由香里の笑顔~話題と情報

やった!中村7位入賞!福士9位!佐伯は「人気者」!

【世界陸上】女子1万メートル決勝には福士加代子(27=ワコール)、中村友梨香(23=天満屋)、佐伯由香里(20=アルゼ)の3人が出場。中村が終盤まで第2集団で粘り、見事7位入賞を果たした。日本人の同種目入賞は99年セビリア大会の弘山晴美(4位)以来10年ぶりとなった。福士は9位に終わり、悲願の入賞まであと一歩だった。

2周回遅れとなった佐伯は最下位だったが、1メートル42の小さな体で懸命に走りきった姿が感動を誘い、ゴール直後に場内インタビューに呼ばれるなど会場から喝さいを浴びた。(スポニチ Sponichi Annex ニュース)



勝者と敗者。

結果。

勝負の世界の非情なところ。
必ず、勝者の影には、敗者がある。

結果は結果。
敗者がいるから、勝者がいる。

8月15日(土)から開催された、世界陸上の「女子10000メートル」で、初出場の佐伯由香里(さはく ゆかり 20歳)さんが、先頭より2周遅れの最下位でゴール。

身長は142センチ、31キロ。

世界陸上のマスコットの人形が、10000万メートルを走りゴールしたばかりなのに、まるでその苦しさを楽しかったかのように、明るく、人なつこそうな笑顔を振りまく日本の可愛い「マスコット人形」を抱き上げていました。

観衆のあたたかい歓声は、勝者と同じように注がれていました。

メインキャスターの織田さん、「今度は、走りで結果を残してもらいたいですね。」というような感じで、ほとんどスルーしていました。まあ、確かに今回の結果がしかたがないですね。

佐伯 由香里選手:プロフィール


・・・ところで、朝の日曜日のテレビのバラエティー系情報番組では、「まだ、流すんかい!」という程、何度も映し出されて視聴者にはうんざりしてまいそうな、「酒井法子覚醒剤使用事件」を、まだ、垂れ流ししている。



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【傲慢と謙虚】:ブログとトイレの落書きの関係


女子トイレ落書き700件 院生が分析

女子トイレの落書き700件を分析したドイツ・ボン大学の大学院生カトリン・フィッシャーさん(31)の修士論文が「貴重な学術資料」と独メディアで話題を呼んでいる。論文によると、落書きは「思い込みで自己主張する派」と「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」に大別される。フィッシャーさんは、「結局、人間はこの2種類かもしれない」と話している。

「自分の思いをひたすら主張する」タイプでは、哲学的な説を延々と書くなど思い込みが強いものが見られた。一方、「自分の意見はないのに他人の欠点だけ指摘し批判ばかりする」タイプでは、他人の落書きの文法の間違いを延々と表にする例も。(毎日新聞)



トイレの落書きを分析して,「思い込みで自己主張する派」と「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」の人間を2種類に分類しているわけですが、個人のブログを見て回っても、往々にして、二つのどちらかにあてはまるサイトをみかけることがあり、一応、的を得ているようにも感じます。

ということは「ブログは、くだらないトイレの落書きと同じ程度のものか?」と非難されそうですが、「結局、人間はこの2種類かもしれない」と結論付けているこの論文をどう評価されます?

私はこの二つの分類には、どちらも自分のする事はなんでも「正しい」という「傲慢さ」があるような気がします。

まず「謙虚な人間」は、トイレで落書きなどしないでしょう。

ですから、トイレという場所での落書きを分析したからと言って、その落書きで人間の全てを判断するのは間違っていると感じます。

まあ、これも、「自分のことは棚に上げて他人を攻撃する派」の言葉になるのでしょうか?

それとも、わたしの単なる「思い込みで自己主張する派」の言葉なのでしょうか?



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努力とは、己の人生の最大の己のピンチを乗り越えるためにある


テレビの番組で、侍ジャパンが優勝したWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の試合を振り返り、実は、あの試合では、岩隈久志(東北楽天ゴールデンイーグルス)投手は試合では投げることが出来ないほど、肘の状態が悪かったのだということを、当時の山田投手コーチが誰にも明かさなかった秘話として、詳細に打ち明けられていました。

本当のプロとは、極限の時に、最悪の時に、一番苦しい時に、岩隈久志さんのように選手として、また、人間としてどんな時も己の役目を果たそうとする強い、己の中に確立された信仰に突き動かされる執念を発揮できる人なのだ。また、人生の努力の試される瞬間とは、その最大の己のピンチを乗り越えるためにあるのだと感じます。

努力と戦う執念。プロと呼ばれる人は、己の生命の中に、学習、知識、宗教、哲学を、実戦によって体で体得し、生命に刻んでいくのでしょう。

薄っぺらな観念や知識を馬鹿の一つ覚えのように振り回す傲慢な人間にだけはなりたくはありません。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。

関連記事
「岩隈」がんばった!陰のMVP!

2009年8月3日の今日の「名字の言」

東北楽天ゴールデンイーグルスの野村克也監督がプロ野球の門をくぐって3年目のこと。人の何倍も練習したが、打率3割を超えられない。その頃、野球に関する、ある論文に出あう。

ぐっと引かれた部分があった。相手投手の動きを見よと。直球か、変化球か。球種ごとに投手には癖がある。それを見抜けば――「努力」プラス飽くなき「研究心」。そこから壁は破れた(『野村主義』小学館)。

私たちの友好対話にも必ず相手がいる。自分が言いたいことだけでなく、相手が聴きたいことに、思いを巡らせられるかどうか。

池田名誉会長の対話に印象的なシーンがある。1990年7月。相手はソ連の最高指導者ゴルバチョフ氏。その数日前、氏は、領土問題だけに固執する日本の政治家に不満を露わにし、初来日の見直しまで口にした。暗雲が漂った。

名誉会長は席上、氏が命を懸けた改革(ペレストロイカ)の真髄に迫り、日ソ友好を語り、日本の春秋の美に触れた。有意義な語らいに共感した氏は「明春の訪日」を明言。ニュースは即座に世界を駆け回った。

対話とは、人間が人間であることの誇るべき証しである」とは名誉会長の信念。今、師に続く勇気と智慧の対話が全国に広がる。ここから壁は破れる。(進)

【聖教新聞】 「名字の言」より




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信頼関係成り立たない心の崩壊:先生を流産させる会


愛知県内の中学校で、一年の生徒のクラスの中で起こったこと。

そのクラスの男子生徒15名ほどが、妊娠中だった担任の女性教諭に対して、『流産をさせる計画』という会をつくって、実行していたということです。

その恐るべき、犯行のその動機は、「部活動で注意されたこと」だということです。

この、『流産をさせる計画』というものが、どれほど実効性のあったものかは、記事をみれば、中学一年程度の子どもの「度を越したいたずら」の範囲にも感じます。

しかし、以前、福岡県の中学校で、「いたずらの度を越した」、学校のトイレでズボンを無理やり脱がせるなどしてのいじめで、自殺した生徒の事件がありました。(同級生3人を家裁送致 福岡のいじめ自殺問題)

「妊娠中」だった「担任の女性」

もう、何をどうすればいいのか・・・。

そこに見えるのは、一人ひとりの、生徒達(人間)の心の持つ残酷性と誰もが持つ暗い闇へ向かう心の業。

だけど、子どもが、いえ、子どもだからこそ、越えてはならないその一線。

その、一線を簡単に、越えさせる原因とは?

命、生命の大切さは、一体、誰が教え、与え、気づかせるのが役目なのか?

未来を託し、未来を創り、困難な現実が立ちはだかる未来を切り開いてゆかねばならないのは、誰なの?

地球にとっての財産とは何なの?

受け継がれてゆく、「命」と、人間の「生命」ではないの?

教育の現場の崩壊。

家庭の崩壊。

心の崩壊。

「弱いもの」を「集団」で「いじめる」。

「弱者」と「強者」の論理の中に、「心」を消失し、排除されて行く、世の中の構図。

人間の卑怯な汚い汚れた、ドス黒いもの。

人間なのかにある善と悪の判断の基準。

選択肢の中の、善悪の選択となる判断の基準の心の、あやふやな弱さ。

「弱いもの」を「集団」で「いじめる」、いじめの構造と原理。

一人の人間の弱さ、愚かさ、哀れさ。

考え付く事の怖さ、実行することの短絡さ。

欠落した生き方。

怖い。

ぽっかりあいた、その最も大切な穴を埋めることとは。

■生徒が「先生を流産させる会」 いすに細工、給食に異物
愛知県半田市の市立中学校で、担任に不満を抱いた1年生の男子生徒十数人が「先生を流産させる会」と称し、妊娠中の30代の女性教諭に対し、いすのねじを緩めたり、給食に異物を混入したりしていたことが分かった。

 同市学校教育課によると、生徒らは今年1月から2月にかけて、教諭の車にチョークの粉やのりなどを混ぜ合わせてふりまいたり、いすの背もたれのねじを緩めたりしたほか、消臭や殺菌、食品添加物などに使われるミョウバンを理科の実験の際に教室に持ち帰り、教諭の給食に混ぜたという。

 見かねた周囲の生徒が2月下旬、別の教諭に伝えて問題が発覚した。担任がけがをしたり、体調を崩したりすることはこれまでなかったという。

 学校側が事情を聴いたところ、席替えの方法や部活動で注意されたことへの不満を口にする生徒がおり、「先生に反抗しよう」という話が持ち上がったのがきっかけだったことが分かった。学校はその後、保護者を呼んだうえで生徒を指導し、生徒らも反省の態度を示しているという。

 校長は「個々にはいい子たちで、最初は信じられず、仰々しいネーミングにも驚いた。ただ軽いのりからエスカレートしたようで、計画的とまでは言えない。命の重さについて、より指導を徹底していきたい」と話している。






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イチロー選手の「苦悩からの最高の結果」-WBC連覇 侍・ジャパン

エンパイアステートビルの頂上が、ジャパンカラー(紅白)に染まる!

2006年に続きWBC連覇 韓国を破り優勝!

歓喜に満ちた・ジャパン」 

「岩隈」がんばった!陰のMVP!

・それぞれの写真を拡大してみることが出来ます。


「野茂に始まるアジアの実力。」

問われる、「メジャー大リーグの実力と現実の再評価」など、
WBCの結果からいろいろ批評されてます。


ヒーロー!「イチロー選手」の「苦悩の最高の結果」

に注目したいです。

最後に決めた、イチロー選手の、2点タイムリーヒット。

「打っちゃいました、神が降りましたねえ。」(イチロー選手)

まさに、己の中に存在するその領域。

人に魅せようとする、イチローのプロとして、
スポーツを極める姿は、

世界のエンターテイナー ・イチローへ、
「一つの壁を越えた瞬間」(イチロー選手)

世界のイチロー、世界のヒーロー。

己の中のテーマ=課題

「肉体の壁」、「精神の壁」、「心の壁」

プレッシャー。

己の悟りとなり、哲学を肉付けする。

イチロー選手の自己確立への課題の一つの答えと結果。

これは、「気づき」

「美味しいところだけいただきました。」

「天才」が、多くの人から愛される理由。

「天才」以上に、努力しているから。
己の苦しみを乗り越えて努力をする、生身の私達と同じ人間だから。

『「天才」とは、「努力」の異名なり。』と、
誰が言ったかは、知りません。

己の中で生きることの質を高る。
プロが、プロであり続けるには、その場所で、人間の質を磨き、
高めることでもあるのだ。

本当の本物のプロとしてその道を極める。
それは、人間としての道、すなわち、その人の信仰を己の中に極める。

「自己確立」

生きること。

この世で、自由に生きる。

それは、「自己確立」。

「自己確立」とは、己の信仰によって、信仰心を高めることによって、
己の哲学を究め続ける集大成。

借りたものでも、与えられたものでも無い、
己の中の「絶対的な宗教」となる。

一つの過程における完結。そして、始まり。

一人のヒーローの、一人の自己確立。
一人の宗教。

カリスマ。

一つの自己確立を築き上げる道。
一人の人間の中の、己の人間への挑戦。

自己確立。

与えられた宗教から、己の宗教へ。

「プロ」の宗教に、シェアなんてものは無い。

宗教団体なるものは、「気づき」を与える立派な「単なる空っぽの箱」。

宗教は、一人ひとりの中の信仰による、信仰心を開く修行によって
自己確立の途中、そして、結果によって己の中に永遠に完成への道を辿る。

人間の中の「自己確立」。

それは、私の中で究極の最大のテーマである。
「絶対的な自由」を意味する。

:話がどんどんズレているのですが・・・。でも、これ以上の結果は無いですね。イチローさん!、侍・ジャパン!優勝してよかったね。イチローさんの苦しみも全部報われたでしょう。
・ひとしずく幸せみつけた

今日の「名字の言」の言葉(09/03/24)

・既存の秩序が乱れると、現状を劇的に変えてくれる“何か”を待ち望む声が高まってくるもの。

・大切なのは皆が同じ責任感に立ち、苦境に向かって挑戦することだろう。

・大地から躍り出た衆生救済のリーダーの誇りに立ち、“私たち庶民こそ英雄”と、地域に希望の春風を送ろう。





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心の闇 - ドイツの学校で乱射、15人死亡、17歳の容疑者の犯行


17歳の容疑者中の心の闇-ドイツの学校で乱射、15人死亡

これは、一つの事件や現象ではなく、「象徴」なのだ。

彼は、「おとなしい、目立たない、控えめの子どもだった」という。

心の中の鬱積したものが、外に出すことができずに、長年にわたり積もりに積もった挙句に、おのれという自身を破壊、そして、全ての破壊へとつながる「モンスター」を生み出して行く。

この、心の中に巣くう、「悪魔」の恐ろしさ。

己の中にもその、種は、存在しているのだ。

いや、既に、もう、芽として存在しているのかもしれない。

人間の中の闇。

人間の「業」。

人間の仕業以外に、こんな、無益で、エゴで、無残で、残忍なことを出来るものがいるだろうか?

動物の本能のなせる業では無く、知能を確保した人種に与えられた、「罪と罰」。

人間の見えざる悪魔的な本能、「業」。

この世の中で、人間は、更なる、「深い業」に、磨きをかけてゆくのだろう。

これは、一つの事件や現象ではなく、「象徴」なのだ。

己の中の心の鬱積したもののはけ口。

外の世界から、体に、取り入れたものは、いずれは、吐き出さなければならない。

心が健康で無ければ、心の中に、心を健康に保つ為の「触媒」がなければ、吐き出すものもは、汚い、病原菌を撒き散らすことは、必然でしょう。

今、必要なの物は、心の闇を健康に明るく照らす「触媒」が、絶対に必要なのだということを、

世の中の、多くの目に映る現象が、はっきりと訴えているのだと強く感じます。

その触媒こそが、生命哲学なのだとも感じます。

■ドイツの学校で乱射、15人死亡 17歳容疑者射殺


【クラクフ(ポーランド南部)=金井和之】ドイツ南部シュツットガルト近郊のビネンデンにあるアルベルトビレ実科学校に11日午前9時半(日本時間同日午後5時半)ごろ、黒い戦闘服を着てライフル銃など複数の武器を持った男が侵入し、銃を乱射した。DPA通信は地元警察の話として、生徒や教師ら計15人が死亡したと伝えた。男は逃走したが、警察との銃撃戦で射殺された。

 DPA通信などによると、射殺された男は昨年、同校を卒業した17歳の少年。問題行動を起こすなど地元警察では知られた存在だったという。

 少年は教室や廊下で銃を乱射。生徒9人、教師3人を射殺して学校から逃げ、立ち寄った病院で関係者1人を射殺した。さらに、通りがかりの車をつかまえて逃走。学校から約40キロ離れた場所で自動車販売店に侵入し、従業員2人を殺害した。

 駆けつけた警察官と銃撃戦となり、少年は射殺された。この銃撃戦で警察官2人が負傷した。

 学校は当時、授業中で約600人の生徒がおり、騒然となった。窓から飛び降りて逃げる生徒もいたという。かなりの負傷者が出ている模様だ。

 また、少年の親は自宅の武器庫に、合法的に入手した20丁近い銃を所持しており、警察は家宅捜索して親からも事情を聴いている。父親は会社を経営する実業家で比較的裕福な家庭だった。

 ビネンデンはシュツットガルトの北東約20キロにある人口約2万8千人の町。実科学校は小学校を修了後、職業コースを選択した生徒・・・。・asahi.com(朝日新聞社)


●関連・その他
米アラバマ州銃乱射 容疑者が復讐リスト? 警察学校に在籍も



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コメントには礼節とマナーと心地よい一礼を


あるサイトを訪問させて頂いて、そこに書き込みされている「コメント」を見て、感じたことを少し。

そのサイトを運営されている方に対する、繁栄と感謝とエールを込めて、贈りたいと思います。

『自分に無理をして、背伸びをすると、後で、とても自分が恥ずかしくなることがある。』と、何かで聞いたことがあります。

私も、いつも、そんな見栄をはって、己を良く見せようとする癖がある恥ずかしい人間です。

己自身の人としての評価を高めるつもりで、実際には、いつも下げている成長できない部類の人間です。

でも、中には、そのようなことを論外とする、自己顕示欲と虚栄心だけの、人の心など、お構い無しの傍若無人な人(輩)もいるものだと、そのブログに書き込まれたコメントを見て強く感じました。

何かにつけて、己をひけらかし、横槍や、言いがかり的なことを、人の「土俵」で、風呂敷を広げ、己の汚い、汚物をまき散らすかのようなことを平気で出来るもの。

そのようなことを平気でされること程、こちらは、見たくないものを見せつけられたような気分で、最低、最悪なものは無いでしょう。

その土俵が、自身が大切にしている部屋であればあるほど、そのような慇懃無礼な、高慢な態度は、絶対に許せない。

その程度のことさえ気付けない、人間としての品性の下劣さ。

何かにつけ、人にケチをつけたがる、クレーマー的な発想によって、歩み寄りなどさらさらに無い、意味の無い、無駄なことに必死になろうとする行為。

恥さらし。

お前の恥を、さらすが良い。

恥をさらしながら、恥と感じないこの傲慢と高慢は、いずれは、己自身の、「墓穴」を掘る、「因」となるのだろう。

人が、興味の無い、まして、人の大切な部屋に土足で入ってくるような、節度をわきまえぬ者が、偉そうに己の勝手な言葉を並べ、まくし立てたて、説いたとしても、「出来た」大人ならば、誰が、まともに相手をするだろう。

尻尾、一振りで振り払える「蚊」が、止まるような程度のことであるにしろ、誇りと、信念と確かな生命に基づくものを、否定されることは、絶対に許せることではありません。

己の世界を、侮辱され、踏みにじる者を、許せないのは誰でも同じでしょう。

人の痛みに対する想像力と思いやりの欠如。

人に対する、思いやりの気持ちのかけらも無い者が、人の土俵で、「信仰」について吹聴することなど、何を語るというのでしょうか?

己の「恥」と「愚かさ」を語るなら、まだ、許せます。

低俗な自己満足なら、「ひとり、もぞもぞ(あるあるエロ詩吟・動画)」で十分でしょう。

言語道断と言えるのかもしれません。

「ナンセンス」では、わかりにくいですか?

人の部屋に入るには、まず、礼節と、マナー、そして、心に関わる大切な領域についてのコメントは、その場所をわきまえ、己の意見は最小限に控えるというのが、人と人の間に、対等の対話が、生まれるスタートとなるポイントだと思います。

互いをより良く、建設的に高めあう、出会いは、まず、相手を最大に尊重し、人の心を思いやる言葉のスタートから。

「大人」なら、人の大切な部屋を訪問して、「足跡を残す」のなら、気持ちの良く、一礼をして帰れるようにしたいものです。





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「恥を知れ! 」人間の弱さを愚かさ


「恥を知れ!」とは、どういう意味であろうか?

「恥」を隠すことではない。

「恥」は、恥ずかしいことでもない。

己の恥をさらけ出して、人間としての本質的な弱さと小ささ、愚かさを知ること。

「恥を知れ!」とは、「恥をさらけ出せ!」ということだ。

恥は、人間なら誰しもが、必然的に備えているものであり、その恥を恥と知ることが出来るためには、「己の中の恥を知らぬ」その恥を知るために、そのままの己の、「恥」を出せばいい。

隠すから、「恥」と知らずに、恥ずかしいと隠すから、恥とは何なのかということがわからなくなる。

恥を知るためには、恥を出さねばならない。

恥を知るとは、恥をさらけ出すと言うことだ。

気がつける者は、その恥から己を知ることが出来る。

恥の本質を知ることになる。

人間を高めることが出来る。

桜梅桃李。

今を生きる。



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お金について:信仰・奴隷・宗教


お金。

お金に操られるだけの人。
お金を操ることの出来る人。

お金儲けの道具にされる人。
お金を人間らしく生きるための道具として使える人。

お金、お金、お金という、お金に生きる。

お金ねえ・・・。

お金に翻弄されるだけの人生。
お金の中で人の価値をはかる拝金主義。

信仰、信仰。

お金の奴隷になる信仰。

お金。

お金、お金。

何だろねえ。




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大阪府知事の橋本さんは、かき回すぬか漬けが大好き

橋本さんは、何事も、引っ掻き回すのがお得意、お好きなようだ。

いい意味で。

現在、大阪府の橋本知事。

濁った泥水も、放っておけば、汚い泥が底に溜まり、表面は、きれいな済んだ上澄みになる。でも、本当の汚さを知るためには、その表面だけがきれいになった泥水をかき回すことで、再確認できる。

積極的な改革、前進とは、そんなものかもしれない。

マスコミが言う、多くの失言も、橋本知事にしてみれば、引っ掻き回すためのひとつの手段、「してやったり!」というとことかもしれません。マスコミ慣れしている分、マスコミに足を引っ張られず、マスコミを逆に操る位の手腕は、あるのかもしれません。

「ぬか漬け」の「ぬか」も、時々、かき回してやれないと、腐ってしまうといいます。

■橋下知事就任1年、支持率82%でノック氏上回る
2月6日で就任1年を迎える大阪府の橋下徹知事への支持などについて、読売新聞社は府内の有権者を対象に電話による世論調査を実施した。

 橋下知事を「支持する」とした回答は82・3%で、「支持しない」の9・5%を大きく上回った。「無党派知事ブーム」を起こした横山ノック元知事の就任1年時点(1996年4月)の支持率(64・4%)を大きく上回り、「橋下人気」の高さを示した。

 調査は23~25日、無作為に作成した番号に電話をかけ、1627世帯のうち1008人から回答を得た(回答率62%)。

 政党支持別にみると、全体の4割強を占める無党派層で79%となり、府議会で知事与党の自民支持層は92%、公明支持層も9割近い。野党も民主支持層が83%で、共産支持層も5割が支持した。

 支持理由(複数回答)では「指導力がある」(59%)が最も高く、不支持は「政策に期待できない」(45%)が1位だった。

YOMIURI ONLINE(読売新聞)




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人が生きる道を人間として楽しむ哲学


「もう、あかんわ!」と大きな声でもう一度、言えた時、

『にやり』とその言葉に、笑顔になれた時、

そのときが、どん底を越えた瞬間(とき)。

自身の壁を越えた瞬間!目の前の課題をクリアした時。

一つのことを悟った時。

生きることは、人生を楽しむこと。

生きてることを楽しもう!苦しさを笑いに変えて!

苦しさを楽しみに変えて!人生、生きてるだけで丸儲け!

苦しさを、ただ耐えるだけでは、勿体無い!

「楽しもうよ!」

生きることは、人生を楽しむこと!楽しくなければ、人生じゃない!

今、この一瞬の弱い己に、のみこまれないこと。

どんな時も一つ高い所から、もう1人の己が眺めている、そんな現在の己よりも高い生命状態を保てるように。

信仰という姿と形は、どこか外にあるものでもなんでもない、信仰とは、信仰心に目覚めた己の生命の中に存在する。


何か心にストレスを感じるのは、自身にとってのウィークポイントなのでしょう。

敢えて言うなら、心にストレスを感じる社会に問題があるというよりも、ストレスを感じる己の心に問題があるのでしょう。

己の確かな哲学が柱。

確かなもの。

確かな生き方。

確かな宝。

哲学と妙法。

己の中の中心が崩れれば、柱が崩れれば、全てが崩れる。

どうか結果の出せる戦いを!

現実の中で結果の出せる戦いを!

夢を希望を現実に変えることの出来る生命。

己の中に確かに存在する哲学によって!

悲壮感などいらん!

どんな状況も楽しめる!

どんな状況も、生きている証なのだ!

「人生、生きてるだけで丸儲け!」

全部楽しい!、全部ゲームだ!

「己を人間として完成させるゲームのなのだ!」

暗中模索でも、進むことを諦めなければ、必ず、雲間から、明るい日差しが、心の中にさす時がある。

暖かな、心地よいほんの一瞬の、一服のひと時。

夢は大きい方がよい。

見失うことが無いから。

己のなすべきことの本当の確かな道。

ガードレールも、中央線もない。

時には、反対車線にそれかけたり。

油断大敵。

その道に明かりを灯す哲学。



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日本のHIV感染者が1万人超、現実への警鐘は手遅れなのか?

HIV感染者が1万人を超えた。

ということは、

この数字として表面化していない
数字というものが当然あるでしょう。

現実に実際の感染者は
更にこの数字に対してどれだけの上乗せが
なされるのでしょう。

国の借金のように、
世界の終末時計のように、

刻々とその数字が増えていくのを
見ることが出来れば、更にその現実の深刻さを
実感できることが出来るでしょうが・・・。

同性の間を中心に局在的に広がっており、
非常に重大な問題としています。

人間が人間によって作り出した
もの。

誰がこのHIVに感染しようと、
その人に罪が有る無しにせよ、
人間として生まれた以上の
連帯責任のよなものでしょうか?

知られざる知りたくない、関わりたくない
私には関係ない。

見ない、聴かない、言わない。


都合の悪いことは、
表に出さず闇へ、深いそこへと押しやる。

そんな、己の身に感じない恐怖は、
HIVだけに限らないのかもしれません。

世の中、平和ボケ。
人が人に対して更に鈍感になっていく。
そのうち、何も感じない人間になっていくのでしょうか?

猿の惑星の猿が、ロボットになって、
ロボットに家畜されている人間が、目に浮かぶ時があります。

人間は道具を使う生き物で、
道具に使われるものではない。

でも、世の中、もう既に
道具に使われて生きている人が
多いような気もします。

自分では、道具を使っているつもりなのでしょうが・・・。

世の中、社会の深層では、知らない内に顔に出来るシミのように、

恐怖と不安の材料が、メディアで報道されている以上に、

じわじわと進んでいるのかもしれません。

●HIV:国内感染者、累計で1万人超える
 厚生労働省のエイズ動向委員会は19日、
国内のHIV(エイズウイルス)感染者が累計で1万人を超えたと発表した。
厚労省は「先進諸国が横ばいの中で日本の感染率上昇は
目立っており、啓発が遅れている」と警戒を強めている。

 厚労省によると、7~9月に報告があった新規感染者は294人で、
四半期ベースでは過去最多。
血液製剤で感染した薬害被害者を除く感染者は
累計で1万247人(男性8305人、女性1942人)に達した。
85年の最初の感染報告から5000人突破までは17年かかったが
、ここ数年でペースが急激に上がり、

03年1月以降の5年9カ月で5107人の感染者が見つかった。

毎日新聞




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麻生さん、医者は社会的常識欠落なんて言っちゃダメ!

まあ、確かに医者は、
変わり者が多いというか常識が
欠落している人が多いかもしれない。

   (記事の詳細は下記を参照してください↓)

その常識が欠落している人という意味の内容の深意は、
一般の人が思うようなこととは違うのかもしれませんが・・・。

かといって、世の中、医者でなくてもどの道の人も、
あの道の人であろうと、この道の人であろうと、
常識が欠落している人は医者だけに限らないでしょう。

自分も病院を経営しているから、
世の中の医師不足の原因として一つの理由に
なっているというのでしょうか?

変わり者。イコール、我侭な人ばかりということ?
医者が?

まあ、よく解りませんが・・・。

しかし、この放言を聞けば、大抵の人は、

「あんた人のことを言えるのですか?」と
言い返したくなるでしょう。

なんとなく、どんどんこの人の馬脚があらわれ来て、
自分で墓穴を掘り始めたような気がするんですけど。

やはり、この人の内面も麻生さんの風貌のように、
どこか総理として真っ直ぐを見つめていないような、
少し斜め上(うわ)の空をむいて、知らん顔のような、
何事に関してもそんな姿勢を感じてしまいます。

「首相の器」

常に意識していただいて、
首相になったら、ゴールだなんて
思ってもらっては困ります。

「一人目、」
「二人目、」

「さんにん・・・・。

今度の首相は、ババ抜きで決めれば・・・。

なんてことにならないように。

人の悪口を言ってる場合じゃないでしょ!

もう、これ以上、マスコミに
足を引張られなことが無いようにして頂きたいものです。

当然、ストレスが溜まることは、百も承知でしょうから。

■首相「医者は社会的常識欠落した人多い」 会議後に謝罪 麻生首相は19日の全国知事会議で、地方の医師確保策についての見解を問われ、「自分が病院を経営しているから言うわけじゃないけれど、大変ですよ。はっきり言って社会的常識がかなり欠落している人が多い」と語った。

 首相はさらに「(医師不足が)これだけ激しくなってくれば、責任はお宅ら(医師)の話ではないですかと。しかも『医者の数を減らせ減らせ、多すぎる』と言ったのはどなたでした、という話を党としても激しく申しあげた記憶がある」と続けた。その上で、医師不足の一因とされる臨床研修制度の見直しなどに取り組む考えを示した。

 首相は会議後、記者団に発言の真意を問われ、「まともなお医者さんが不快な思いしたっていうんであれば、申し訳ありません」と謝罪した。首相の地元・福岡県飯塚市には、親族が経営する麻生グループ傘下の飯塚病院がある。

 首相の発言に対し、日本医師会の中川俊男常任理事は記者会見で「信じられない。総理がそんなことを言うとは思えない」と語った。日本医師会の政治団体「日本医師連盟」は自民党の支持団体。ただでさえ、診療報酬などをめぐり両者の距離が広がっていると指摘されるだけに、党内には総選挙への影響を危惧(きぐ)する声も出ている。
2008年11月19日22時45分
・記事はこちら
・asahi.com:




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泰葉、泣いて笑って爆発炎上で人間らしさを取り戻してね:動画

この人は、父林家三平のDNAを
一番強く受け継いでいる人ではないのだろうか?

   ・林家三平 - Wikipedia

積もりに積もった、
ために溜めてきたもの。

一つのことがきっかけに、
堰をきったかのように、とめどなく流れ出す感情。

この人が、人間らしさ、
自分らしさを取り戻すための
行動だったのかなあ。

人間らしい反応の、
一度にほとばしりでた結果。

こんな素直な人が、
今まで、その素直さを、
素晴らしい父、三平さんの慣性を、
ずうっと外に出せず、貯めてきたのだろうと感じました。

偉大な尊敬する父、大好きな父、
そしてその父を支えた
立派な母をかがみとして来た娘として。

自分を殺して生きてきた答え。
なのかなあ。


人って、ひとりの私の人格だけで生きるってことは、
難しいことなのだなあという思いに駆られました。

でも、まだ、まだ。

この人のエネルギーの放出は、
これだけでは収まらないような気がします。

ちょっと、聞いてて、涙が出ましたけど。

でも、やっぱり、お嬢さんなのか、
どこかに大人になりきれていない部分の
我の強さと弱さを感じました。

「ホントに、仕方がない娘だねえ。」
っていう感じ。ですか?

泰葉、泣いて笑って“終結宣言”
 元夫で落語家の春風亭小朝に対する非難で騒動を巻き起こしている歌手・泰葉が会見し、“終結”を宣言した。泰葉は小朝に対し、自身のブログで「金髪豚野郎」と激しく“口撃”していたほか、250通を越える“脅迫メール”を送っていた。発端は泰葉がプロデュースしていた来年3月の明治座公演「林家三平物語」。演出・出演する予定だった小朝がキャンセルしたため、辞めた理由を問いただすうちにエスカレートしたと説明。母・香葉子さんまでが騒動を謝罪する事態になっていたが、27日に直接小朝と電話で話ができたという泰葉はすっきりした表情。約1時間に及ぶ会見では泣いたり笑ったり毒を吐いたりしながら経緯を説明したが、最後は「小朝さんを三遊亭円朝にしてください。それが私の願いです」と主張、とことん泰葉ペースだった。
出席者:泰葉
日時・場所:2008年10月29日;アパホテル日本橋駅前(東京・日本橋)
GyaOニュース - 泰葉、泣いて笑って“終結宣言”





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もう、私には、時間がないの!

生まれた瞬間から「生」を与えられ、
そして、その瞬間から「死」へのタイムリミットに向っている。

己にとってこの世での与えれた時間が有限なのだと、
その時間の大切さに気づける人は、幸せなのかもしれない。

「時間が無いのだ!」

生きることの「意味」、「深さ」、
そして「幸せ」を今以上に、探そうとするものにとって、

そして、自覚したものにとって、
残された、時間の価値がきっと変わるだろう。

今、この一瞬を生き切ることが、
過去の宿業を乗り越え、未来を変える力に変える事が出来る。

『もう、私には、時間がないの!』
遅咲きのお笑い芸人「エド・はるみ」さんの言葉に、とても共感を覚えました。

■エド・はるみ 24時間ランニング~ッ!
「グーッ」のギャグで人気のタレント、エド・はるみ(年齢非公表)が19日、日本テレビ・読売系「24時間テレビ31 愛は地球を救う」(8月30日、後6・30)のチャリティーマラソンランナーに決定し、都内の同局で会見した。朝の情報番組「ズームインSUPER」の生放送中に、前年走者の萩本欽一(67)から直接伝えられたエドは、何も知らされておらず「100キロマラソンを走るのが夢だった」と涙ぐんで大喜びした。

・デイリースポーツonline-より転載しました。



※この記事は、過去に掲載した記事を再整理したものです。

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