人間の中にある埋める事のできない深くて暗い溝


男と女の間には深くて長い溝がある

という台詞で始まる「黒の舟歌」という曲。

サザンの桑田圭祐さんがカバーしてます。

人間の中の深くて暗い溝。

そんなものなんてできればない方がいい。

あまりに深くて埋めることが出来ないよ。

一体、この溝、どうすれば埋めることが出来るんだい?

突然、自分ではどうすることもできないほど落ち込むことがある。

誰も分かってくれない、誰にもわかってもらえない。

もう、どうすることもできないほどの暗い溝。

深く、深く、そして、暗く。

人間の中の暗闇。

耐えられないほどの苦しみ。

そこから逃げる事なんて生きている間はできやしない。


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一月七日:七草粥で無病息災


一月七日。

近隣では、クリスマスに玄関などに魔除けを兼ねて飾る輪のリースが正月を過ぎてもそのままにしてあるお宅もある。

1013年1月7日の今日は、正月の松の内の間飾っておく松飾り(門松)も一応、地域によって取り外される。

日本人は和洋折衷、なんでもあり信仰。

ただ、都合の良い他力本願。

まあ、それでもいいか。

健康に対する願い。

平穏無事を祈る。

生きる事。

今年一年、無病息災であってほしい。

人日の節句、一月七日の朝に食べる七草粥は、日本の行事食とされる。

「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ」と子供の頃に、呪文がお経のようにして覚えた材料。

正月太りなんて言われないようにこのあたりで健康的な食事に改めよう。

今年の願いを祈りに変えて。

祈りを誓いに変えて。

誓いを現実を生きる勇気に変えて。

今を最高に生きる。

桜梅桃李に生きる。

妙法。


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ひとりひとりに一つの道「桜梅桃李」:一年の締めくくり


今年もあと残すところ、今日を含めて3日。

今年の一年は、大切な年だった。

そして、来年は、もっと大切な年となる。

今を生きる。

今年はなかなか更新できなかった自己満足のブログもこの先の人生を生き続けて振り返った時には、間違いなく自分を生きた足跡、生き様が残っているはず。

桜梅桃李。

今を生きる事と同時に、わたしを生きる。

今という現実を生きる。

その難しさ。

確かな哲学に基づきわたしという人間がこの世に生まれた理由を知る。

だから生きる。

願兼於業。

そのために生きる。

わたしの秘めた思い。

積み重なる想い。

膨らむ思い。

今日も生きる。

明日も生きる。

生きる意味。

その価値。

人間として私らしく生きたい。

ひとりにひとつの道。

人生。

桜梅桃李を生きる。



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人間が出合い、別れることは宿命


人間が出合い、別れることは宿命。

いつかは、必ず別れなければならない時が来る。

しかし、生きているあいだ、決して忘れることは無い。

別れても、別れても・・・・

別れても別れても 心の奥に

いつまでもいつまでも 憶えておいてほしいから

幸せ祈る 言葉に換えて 

忘れな草をあなたにあなたに



思い出が一杯。

でも、嫌い。

思い出なんて嫌い。



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人間っていうのは育つものじゃあない、育てられるもの


人間って言うのは、いつの間にか大人になると、自分で育ったみたいな顔して偉そうに生きている。

自分の力で生きてきたみたいな顔をして、人を見下して偉そうに説教を垂れる。

馬鹿な大人。

大人になると人間は、大切なものを失う。

失い続けるものに気が付くことが、なかなかできない。

本当の大人になれない人間。

お子ちゃまな人間。

人間として、未熟な人生を生きる。

アンバランスで、偏った人生。

死ぬまで人間は、育てられるもの。

育つものではない。

育てられなくなった人間に待ちうけるもの。

後は死ぬだけ。

人間としての死。

生きる屍。

今を生きる目的の無いものは、生きている価値もない。

大切なものを失い続けた大人たち。

そして、そのあとに続く者達。


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人間が今を生きるということは不可能な任務


確かな哲学に従って生きる。

「それはあなたが決める事です。」

人間が人間として、より人間らしく生きる。

生きたい。

二度目の人生だもの。

当たり前に生きる事さえ出来ぬ人間が、当たり前に生きる。

わたしが、人間として与えられた時間を生きる。

確かな哲学を求める人間して生きることの不可能な任務。

その不可能な任務を可能にする・・・。

あんたは、誰やねん?

現実を生きることで確かな哲学を、己という人間そのものに刻み込む。

人間の中の可能性を開く。

誰もが主役になれる。

ひとりひとりの中にある不可能を可能に導くことのできる領域。

一番、簡単で、一番、難しくて、一番、最強。

人間が、より、人間になれる一番の近道の法則。



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人間が物を使用する時代から、物に使用される時代。


公衆の場で、スマートフォンの歩きながらの使用が増えている。

従来の携帯から、ウェブ操作の使いやすさが、更に発展したスマートフォン。

スマートフォンを操作しながらの、「ながらスマフォ」の危険性を知らせていた。

『ながらスマフォ」』の人間が、

「スマートフォンも持つと、世界が広がるんですよねぇ~♪」

しかし、現実に見える世界を消滅させている。

そんなことに気が付かない人間の愚かさ。

スマートフォンとは、他人の迷惑を顧みないエゴな道具にもなる。

のこぎりのバイオリンに見立てて、弓を引いて、あの名曲を歌ってやる。

「お~♪ま~♪え~♪は、 あ~♪ほ~♪かっ?!♪」

現代の文明の利器は、人間性を失わせるために開発されたものだろうか?

便利なものを得る代わりに、大切なものが消滅していく。

その功罪。

人間が、物を使用する時代からものに使用される時代。

人間が、物に使用される時代。


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寛平さ~んっ、お帰り!「ア~メマッ!」


寛平さんが帰ってくる。

今日、2011年の1月21日。

出発地点の大阪へゴールする。

大阪城野外音楽堂でいよいよフィナーレを迎える。

マラソンとヨットで地球を1周する「アースマラソン」

陸路を走り、海を渡り、その距離は、約4万キロ。

2008年12月17日に大阪を出発。

766日。

公式BLOG 間寛平 アースマラソン - KANPEI EARTH Maratho

寛平さん、お帰りなさい。

お疲れ様でした。

そして、ありがとう。


生きていてよかった。

生きるということ。

生きるということを、死ぬまで全うしたい。

全力で生きる。

寛平さんの走る姿を通して、人間が人間として生きることの大切なものを知ることが出来た。

生きるということは、進むことなんだ。

常に前へ、前へ、前進することなんだ。

自分の確かな足跡を残すことなんだ。

一歩。

そして、もう一歩。

また、一歩。

必ず、その先には、ゴールがやってくる。

寛平さんが、成し遂げようとしていること。

それは、言どんな言葉も吹っ飛んでしまうくらい。

もう、何にも必要ない。

これが、寛平さんなんだ。

寛平さん、そのものなんだ。

寛平さんの大きさに感動した。

寛平さんが残した足跡の大きさ。

勇気。

私にとって、寛平さんという存在は、大きな宝物になった。

私の大切な【場所】にいつまでも、飾り続けたい。

人間を生きるということを全うしたい。

今という瞬間を走り続ける。


寛平さんっ!おかえりっ、!

一人で走る。

一人だけの世界。

地球を一周する間、寛平さんは、ずっと一人で走り続けてきた。

でも、決して、一人なんかではない。

「アイ、アム、クレージー」と叫んで、日本から地球一周をするために、小さなヨットで太平洋を渡り始めた寛平さん。

そう、あなたは、本当に馬鹿。

その馬鹿に、大がつく、大馬鹿者。

人間として生きる最高の褒め言葉。

「あんたは、本当にあほや!」

辛い時でも 笑ってられる
そんなアンタは ホンマにアホや
先の事など 考えないまま ペース配分さえ 出来ないで走る
悲しい時こそ おどけてばかり そんなアンタは やっぱりアホや

(明石家さんまさんの歌、[笑顔のまんま] 歌詞より)



地球一周という偉業を成し遂げて帰ってきた寛平さんの口から出る言葉。

「こうして、ゴールが出来たのも全部、応援してくれた人たちのお蔭。」

「ありがとう!」

出る言葉は、感謝の言葉ばかり。

寛平さん、ほんとうに大変だったね。

走るということに対する己との闘い。

そして、病を乗り越えるための己との闘い。

地球を一周して、見事にゴールを果たした寛平さん。

心の底からの雄叫びは、

「ア~メマ~~ッ!」

やっぱり、あんたは、あほや。

人が心に思うことは、誰も止めることはできない。

公式BLOG 間寛平 アースマラソン - KANPEI EARTH Marathoはこちら

寛平 アースマラソン Day764




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景気をよくする【もの】、それは、【気】

新しい年。

その新しい年も、新しい毎日の繰り返し。

一日。

一週間。

一か月。

冬を越し、そして、春を迎える。

そして、季節が移り変わり、一年。

一年、一年。

一日、一日の同じことを繰り返す。

『人間生きて50年』なんて言っていた時代。

そして、今。

時代は、変化と共に移り変わり、進化を遂げる。

人間の寿命。

その進化。

進化は、人と人が暮らす人間社会の中での変化の最高の形となって、過去を生きた人間たち、今を生きている人間達、そして、未来を生きる人間たちに受け継がれていく。


日本の今年の景気はどうなるなるのか。

『景気は、「気」ですから』

ニュースのアナウンサーが、言ってた言葉が心に残った。

人間が生きるためには、気が必要。

元気の気。

気持ちの気。

現実に負けない気持ち。

気とは、思い。


この一年も、一念で生きる。

己の生きる思い。

そこに必要なものは、確かな哲学。

己の未来を信じるため今を確実に生きることの出来る哲学。

その哲学を己の中で高めることによって、更に確かな自己を求める。

変化とは、革命であり、己の中の進化。

それは、人と人が集まる人間社会で生きることなしにありえない。

切磋琢磨。

人間が人間を理解することの難しさは、己を知ることの難しさでもある。


そこに必要なものは、謙虚さ。

そして、気が付くことの出来る気。

その思い。

何度も同じことを繰り返す。

あきらめない。

すべての痛みに負けない。

過去から未来へ。

今という瞬間は、未来からあっという間に過去へ。

今を生きることの大切さは、未来を明るくする。

過去を宝にする。

過去があるから、今を生きることが出来る。

未来があると信じるから、今を大切に生きる。

己の生きる道。

一念から執念へ。

それは、現実を勇気をもって生きる気力。

それは人が人間社会生きるためにある人間として生きる中から生まれる。

気。



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道意識の変革:個人と社会をつなぐ「現実の課題」


絶対的な幸福境涯の確立。

人間社会っていうのは、相対的な場所。

自分の絶対的な価値観というものは、自分の中でしか通用しない。

絶対的な幸福感というのは、相対的な幸福感の上に成り立つもの。

一人ひとりの信仰は、絶対的な自分の境涯を高める為にある。

人間として普遍的な価値観を共有するために歴史を学ぶ。

わたしは、何のために人間として生まれてきたのだろう?

そして、わたしは、何の為に人間として死んでいくのだろう?

「歴史を学び、世界中の人々が、人間として普遍的な価値観を共有していければいい」

人間の中の争いを無くす他為に必要な事。

それは、「人間主義と生命尊厳の時代を開くために」なのだ。

信じることはどこまでも自分が試されているということ。

人間をどこまでも信じきることの出来る自分という人間をどこまで信じきることができるか?

人間と人間の関係がとても希薄な現代の社会で信じるということの意味さえ薄っぺらになりかけている時代。

信じることの大切さ。

しかし、そこには、勇気と確かな知恵が無くてはならない。

私たちが求めている信仰の目的もそこにあるのではないだろうか?

「人のグローバル化」社会への意識変革。

「人間」が生きる世界の問題。

それは、人それぞれの中の「課題」。

道理。

「人のグローバル化」

その意識変革。

個人と社会をつなぐ「現実の課題」。

「伝える」努力。

『個人と社会の「現実の課題」に応え、分かりやすく展開する努力を続けてきた』

「難解な思想を分かりやすく、現代人の考え方に配慮しながら、多くの人々が理解できるように語られている”と「分かりやすく」は、”生きた宗教”として、現実社会の中で脈動するための条件。民衆宗教の王道である。」

人に大切なことを伝えたい。

しかし、本当に大切なことを伝えるのは、難しい。

「伝える」努力なのか?

それとも、

「伝わる」努力なのか?

『個人と社会の「現実の課題」に応え、分かりやすく展開する努力を続けてきた』

このような努力がとても大切な事なのかもしれません。

人の性格というのは、なかなか変わるものでは無い。

まあ、その人にらしさを加える個性となるエッセンスにもなる。

でも、自分の性格は嫌い。

暗いし、協調性が無いし、弱虫だし。

こんな性格が個性になるのかな?

そうです。

なるんです。

桜梅桃李。

「今」を生きる。



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心を込めて叱る:利他・慈悲の精神


自己確立を求め生きる人間の中の自由自在な領域。

「盲目のピアニスト 辻井 伸行」氏。

恩人。

心を込めて叱ってくれた人。

「大倉先生が居なければ、今は無かった」。

成功とは、1パーセントの才能と、99パーセントの汗(努力)。

その努力できる才能を、「叱る」ことによって開花させた恩人。

今を求め、今日を変えよう、明日を変えよう。

現実を確かに生きることは、確かな未来を創ること。

人生を確かに生きる哲学には、今という価値を、如何にこの瞬間に凝縮し、高める事が出来るかにかかっている。

それは、確かな哲学を己の中に構築させるためには、当たり前の事であり、必然。

利他とは?

慈悲とは?

その瞬間に、「鬼」にも、「悪魔」にもなれる自由自在。

憎まれようとも、嫌われようとも、鬼になって、悪魔になって、心を込めて人を叱れる人間。

利他とは言わないか?

慈悲の形ではないか?

自己確立を求め生きる人間の中の自由自在な領域。

無私なる生命。

桜梅桃李。

今を生きる。



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アーユー・ハングリー?:がむしゃら “I’m hungry!”

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『アーユー・ハングリー?』

むかし、そんなCMがあった。

ハングリーな精神。

「腹ペコかい?」

本当に必要な腹ペコを感じることの出来ない不幸。

しかし、不幸を引き寄せる「はらぺこ」だけは、感じ取る愚か者。

心の貧乏。

「貧する」ことは、大切な何かを呼び覚ますための心のもっと、もっと深いところにある。

その先に繋がる入り口を探そうとするための、人間が生きようとする「渇望」と「葛藤」を生む。

「生命」の扉を開き、その明かり灯す為の心の深いところに至る渇望と葛藤。

『アーユー・ハングリー?』

「いぇす。あい・あむ・はんぐりー。」

どこまでも強く前向きに生きる生命を持つものにとっては、願ってもないチャンスと映る。

それは、嘘でも、痩せ我慢でもない。

「がむしゃら」な心。

心の中に「がむしゃら」を、「生命」によって掘り探す。

「がむしゃら」を掘り起こす。

そして、その「がむしゃら」な精神と心で突き進む。

その「がむしゃら」は、心と生命の繋がりを更に増す。

「がむしゃら」な心は、行動を生み、知識を探し、そして、更に求める。

その「がむしゃら」によって得た知識は、生命に届き、知恵を生む。

知恵を創る。

その知恵。

生きる知恵だ。

なにものにも変えがたい、己の求める哲学と思想によって、その「がむしゃら」で得られた最高のご褒美だ。

『飽食の時代』といわれ続けて、久しい昨今。

その飽食は、飽「飾」でもある。

無駄に、無意味に飾る、たった、ほんの、わずか、5グラム程度の重さの、中身のない「張りぼて人間」を作り上げる。

何かに溢れた時代を生きることは、大切な何かを干からびさせる時代。

更に進めば、干からびてしまった大切な何かを感じ取ることの出来るアンテナさえも、もぎ取られて、それぞれの人生において、負の進化の時代(人生)を突き進む道。

私の人生にとって、飽食(飾)の過去は、今思えば、天国でも何でも無かった。

見えるものの贅沢にうつつを抜かす日々との引き換えに、気がつかぬその裏では、心と精神が病む、地獄への坂道を転げ落ちる毎日でもあったのだ。

天国や、地獄は死んだあの世にあるのではない。

生きるこの世の人生で、天国と地獄の双方を垣間見ることができる意味。

人間には、荒療治が必要だ。

アーユー・ハングリー?

「腹ペコかい?」

「本当に幸せに生きる為の大切な【もの】への欲求を感じているかい?」

「心は、本当に満たされているかい?」

己の限界の壁を打ち破るための確かな哲学と思想は、荒療治のための最高に厳しい試練を、求めれば求めるほど必然的に与えてくれる。

死ぬのか生きるのか?

そんな限界の心の境目で、ハングリーな「がむしゃら」を呼び起こす。

“I’m hungry!”

勿論、生き続けるさ!






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「The Thing 」:乗っ取られた人間が生きる世の中

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宇宙からの未知の生物によって、人間の体を次々に乗っ取り、アメーバーのように増殖していく生物のSF・ホラー映画

暮らしと生活の中で、何かあるたびに、「忙しい」を連発する時。

忙しいという文字は、誰でもわかる通り見ての如く「心を亡くす」と書く。

忙しいという思いは、誰にでも平等に与えられた時間に対する強迫観念。

時間に追われる続けることによって、忙しいと感じるその心は、時間に囚われた心を映し出す。

簡単に言えば、時間の奴隷。

言い換えれば、時間という見えない【もの】に、己の心が乗っ取られている状態。

普段の暮らしと生活の中で、日常の些事に流されて、大切なことを見失っていることなんて日常茶飯事のこと。

その日常茶飯事であるどうでもいいことの些事に、大切なことを見失っている言い分けを無意識の内に、忙しいという言葉を使って正当化しようとする人間の持つ本能的な卑怯な言い分けに、何一つ疑問の余地を挟み込めなくする人間社会の暮らし。

『The Thing』

この人間社会の大方は、既に、多くの人間が、『The Thing』。

何かの【もの】に乗っ取られた人間ばかりなのかもしれません。

世の中の暮らしは、己の心が、乗っ取るか、乗っ取られるか。

見えない細胞の世界で、アメーバー的な増殖を繰り返している。

現実の更にもっと現実では、実際、見えないところで、恐怖なことが起こっているわけです。

あなたの知らない、気がつかない湿った薄暗い場所で、太古のはるか昔からゴキブリ達が増殖し続けるように。

今の世の中は、乗っ取られた人間が生きる世界なのかも。

こわやこわや。







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フィギュアスケート女子の浅田真央さんが銀メダル

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カナダのバンクーバー冬季五輪で、フィギュアスケート女子の浅田真央さんが、銀メダルを獲得されました。

オリンピックのメダルが決まった最後の演技の終了後の涙。

その意味。

金メダルでなく、銀メダルであったことは、勿論、悔しいでしょうし、残念だったに違いはありません。

けれど、浅田真央さんのコメントに、

「大きな舞台で、凄い経験ができた。」

と、オリンピックという世界の舞台で、得難い経験ができた満足感を、まだ、悔しさの残る直後のインタビューで、感想を述べていらっしゃいました。

大きな舞台。

その舞台に立つことの意味。

その舞台に立てることの意味。

その凄い舞台に、精一杯の持てる力を発揮するための自信。

その裏にある目に見えないものの数々。

表の舞台に立つための、その裏にある全ての価値。

表と裏。

裏が無ければ、表は無い。


「大きな舞台で、凄い経験ができた。」

その言葉は、彼女のこれまでやってきたことの強い自信。

そして、これからを生きて行く自信。

自分の舞台で。

「凄い」

この世で生きる人生の舞台。

その現実という舞台で、「凄い」を生きたい。

「凄い」という文字は、いつも感じるのだけれど、本当に「凄い!!!」と感じる字。

「凄かったね!わたし!」と振り返れる人生。

「凄い!頑張ったね、わたし!」と誉めてやれる自信のある人生。

己の精一杯を、出しつくせる人生。

幸せな人生。



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ルール無用の悪党に正義のパンチをぶちかませ


今年は、寅年か?

虎と、「百獣の王」のライオンではどちらが強い?

やっぱり百獣の王か?

どっちでもいい。

獣の中では双方とも強いことには間違いない。

ある場所で、聞いた、昔懐かしい歌。

アニメ『タイガーマスク』の歌。

「トラの穴」

穴とは何の穴だ?

弱いものを助ける正義のヒーローと裏切り者を仕留める悪との戦い。

勧善懲悪。

そのヒーローの出生の秘密と生い立ち。


歌。


「白いマットのジャングルに♪」

    私 : 人間が生きる世界は、どこもまさにジャングルだ。

「今日も嵐が吹き荒れる♪」

    私 : 全くだ。

「ルール無用の悪党に正義のパンチをぶちかませ♪」

    私 : 全くだ、しかも巧妙にして陰湿だ。

「行け! ゆけ!タイガー、タイガーマスク。」

    私 : そうだ! 
   
    私 : 「行け 行け トラ~のプロレスラー♪」

 私 : 「シマシマパンツを穿け!」
   
    私 : 「虎のマスクを被れ!」

    私 : 「正義の牙をむけ!」

「ルール無用の悪党に正義のパンチをぶちかませ!」

苦しみがあって、喜びがあるのかな?

喜びがあって、苦しみがあるのかな?

人間の人生。

人生苦もありゃ、楽もある。

でも、苦しみばかりの人生もある。

楽しみばかりだけの人生もある。

そう見えるだけ?

卵が先か、鶏が先か?

石(意志)の上にも3年。

石の上にも3年とは、何事も意志を持って3年、やり通せば、確かな明かりが見えてくるということ。

人間、我慢や辛抱なんて当たり前。

我慢や辛抱を堪えて、3年頑張れば普通。

そこに一生懸命が無ければ、人間として、この「石(意志)の上にも3年。」を越えることは出来ない。

「石(意志)の上にも3年。」とは、人間を誉めているわけでない。

当たり前のことなのだ。

その当たり前のことが出来ない人間の弱さを戒めているだけ。

3年、辛抱したからといって誉められるわけではない。

人間社会においては、相互の関係があって始めて成り立つ。

なにかなりたつかって? 

人間が人間に働きかける事。

人間がはたらきかけられること。

そして、その双方を一人ひとりの人間が行うこと。

人間に対して働きかける事によって、働きかけてくれた者の人間を知る。

働きかけられる事によって、働きかける事の大切さを知る。




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