人間の価値を創造する心の師:「生命」でありのままに生きる


人間は人間である。

「人間」は「人間」以外の何者(物)でもない。

人間は人間。

人間が人間として生きる。

人間が人間であることの意味。

その価値。

人間が人間として生きる意味。

その価値。

人間が、より人間らしく生きる為の思想。

価値を創造する。

今を生きる為の哲学。

限りなく高く見える山も、必ず乗り越えられる。

「心」とはそいうものだ。

全ては心。

心は自由自在。

心は「無」となることもできる

心を無にして「生命」で人間を生かす。

宿命を使命に変えることのできる法。

私はその心の「師」となる。

心は私ではない。

心の「師」こそが本来の私という「生命」なのだ。

自分に与えられた道。

自分の人生。

自分らしく生きる為の人生だ。

自らの人生を悠々と生きる。

世の中の自然を支配し、理解するための法則を物理と科学に求めたアインシュタイン。

そのアインシュタインは晩年、物理学や科学だけでは宇宙や人生の究極のものを得る事が出来ないと悟り、その根本の解決法として東洋の宗教に期待をかけていたといいます。

人間とは?

桜梅桃李。

今を生きる。



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人間なんて所詮、「井の中の蛙」


人間なんて・・・

あえて、人間なんて、井の中の蛙大海を知らず 。

所詮、「井の中の蛙」。

「井の中の蛙大海を知らず」 (故事成語)

これには、後付とされるが、「されど、空の深さを知る」、という続きがあるらしい。

また、「空の青さを知る」

「井戸の深さを知る」などとも。

だから、結局、人間なんて、みんな「井の中の蛙」なんだ。

人は、人それぞれ。

一人ひとりの価値とその権利、人間としての尊厳は同じだ。

しかし、井戸から見た空さを知ることが出来るだろうか?

そして、井戸の深さを知ることが出来るだろうか?

あえて人間なんて・・・。

結局、人に、どうでもいい御託を並べるよりも、

「人間なんて、今日できたこと、やったことがすべてやねん」(明石家さんま)ということだ。

自分が人間として、「今を生きた」事が全て。

そのために、「人」から学ぶことが大事。

人間は、死への道を生きる。

人は、生(生命)きる道(未知)を知る。

ちなみに、この世に、「神」や「仏」が存在するとするなら、「神」は、明石家さんまさんで、「仏」は私。

さんまさんの言葉に生かされ、己の心を師とするのは、私という仏の生命。

人間を生きるのが大切だ。

人間を生きるには、「思う」ことよりも「動く」ことが大切。

人間を動かすことに、余計な「思い」は必要ない。

祈って、動く。

人間が生きるということ。

ただ、それだけだ。

境涯革命。 

一生成仏。

妙法。

桜梅桃李に生きる。



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「人」の常識は「人間」の非常識


人の心は、お化けだ。

何も無いものを、有るものとして膨らます。

何も無いのだ。

あるのは、人間が生きるという事だけだ。

何も無いのだ。

「人」の常識は、「人間」の非常識。

常識が常識だと思うこと。

それは、非常識だ。


心と体は切り離すことが出来ない。

「色心不二」



人の常識は人間の非常識

切り離してごらん。

「人間」が見えてくる。

その人間自身の命、生命が輝きだす。

ニュートラルな世界だ。

無。

生きる。

生きる事。

それは、「人間が生きる」ということだ。

あるがままに生きる。

それは、己の心に支配されない生き方だ。

「心の師とはなるとも、心を師とせざれ」



命(生命)のままに生きる。

心に支配されない生き方。

それは、心を無色透明にすることだ。

不可能を可能にすることが当たり前になる。

非常識が常識に変わる。

過去も未来も、「人間が今を生きる」ことが全て。

本因妙。



ニュートラルな世界を生きる。

その「妙」。

その「法」。

桜梅桃李に生きる。



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不自由な心で自由な「人間」を生きる馬鹿な「人」


心を不自由にして、人間の自由を生きるバカな人達。

バカな人の常識は、人間の非常識。

バカの壁、心の常識を打ち破る。

「身の財より心の財第一なり」



ではない。

「命」(生命)こそが一番大事なんだ。

「心の師となるとも心を師とせざれ 」



心の師とは何だ?

命(生命)だ。

生命とは、なんだ。

「仏」だ。

だから、決して、宗教の奴隷になってはいけない

「此の御本尊全く余所に求る事なかれ」



人の「言葉」に、人間の価値を見ることは出来ません。

現実を生きる「人間」の姿に、真実の「言葉」の価値が顕れる。

「言葉」に騙されるネットのバカな宗教活動に群がる「人」達。

「自由な心」を不自由にして生き、「不自由な人間」を、自由に生きるバカな人達。

桜梅桃李。

今を生きる。



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はやく宗教を捨てなさい:おじいちゃんの遺言


あの、おじいちゃんの遺言、それは、だれもが、「人間」を正しく生かし、活用することのできる究極の方法、マニュアルなのだ。

「宗教活動よりも、人間活動だよ!」

「宗教」は、「人間」を救うことは出来ません。

「人間」を救うのは、「人」です。

「人間」を正しく生きなさい!

これが、あのおじいちゃんの遺言だ。

「人」として「人間」を生きることにとって大切なことは何だ。

道理だ。

「人間」は、生き物だ。

宗教活動をするよりも人間活動をしなさい。

「人間」が生きる。

ただそれだけだ。

「人間」が生きるという道理。

生きる「人間」として今に定まる「人」の心。

「人」として「人間」を正しく生きる為の己の信仰に基づくわたしの信心。

そこに宗教は無用だ。

桜梅桃李。

今を生きる。



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人間:井の中の蛙大海を知らず


あえて、人間なんて・・・

所詮、みんな「井の中の蛙」。

「井の中の蛙大海を知らず」 (故事成語)



これには、後付とされるが、

「されど、空の深さを知る」、という続きがあるらしい。

また、「空の青さを知る」
    「井戸の深さを知る」などとも。

だから、結局、人間なんて、みんな「井の中の蛙」なんだ。

人は、人それぞれ。

一人ひとりの価値とその権利、人間としての尊厳。

あえて人間なんて・・・。

結局、人に、どうでもいい御託を並べるよりも、

「人間なんて、今日できたこと、やったことがすべてやねん」(明石家さんま)



自分が人間として、「今を生きた」事が全て。

そのために、「人」から学ぶことが大事。


人間は、死への道を生きる。

人は、生(生命)きる道(未知)を知る。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。




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悟りを開く究極の喜び:悟り


人間として生まれて、人として死んで行く。

究極の苦しみ。

死。

病の恐怖、その苦しみ。

老いの恐怖、その苦しみ。

死への恐怖、その苦しみ。

生老病死。

生まれることに苦しみ宿る。

人間。

それは、人間が生きていく過程において人として目覚め、私そのものである自分という生命の存在を知る。

いつしか人間は、人として生きていく。

それが人生。

やがて人生の終焉、最終章で訪れる死。

究極の苦しみ。

それは、究極の喜び。

自分という人間が人としての生命にピリオドを打つ瞬間。

「今をいきる」事が終わるその時。

人間で終わるのか。

人として旅立てるのか。

おのずと悟りを開ける。

人間として生まれ、人として死んで行く、自然の道理だ。

悟りを開くことの出来る究極の苦しみである、己の死の瞬間。

ぞれぞれの死。

悟りとは、究極の苦しみの果てに辿り着く。

歓喜。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。




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信心即生活・信心即社会の仏法:桜梅桃李


職業を選ぶ基準。これには3つある。

すなわち、美・利・善の価値だ。

しかし、この三つの価値はなかなか揃わない。

だから、自分の今の職場で全力を挙げて頑張ることだ。

「なくてはならない人」になることだ。

嫌な仕事から逃げないで、ご本尊に祈りながら努力していく内に、必ず、最後には自分にとって「好きであり、得であり、しかも社会に大きな善をもたらす」仕事に到着するはずだろう。

これが信心の功徳だ。

それだけではない。

その時に振り返ると、これまでやってきた苦労が、一つの無駄もなく、貴重な財産として生きてくるのです。

全部意味があったとわかるのだ。

そう断言できる。

信心即生活。

信心即社会。

これが仏法の力なんだよ。

「幸福と平和を創る知恵」より




人間を正しく生きる。

人として、正しく人間を生きることは、更に難しい。

生きることに中途半端では、決して正しく、死ぬことは出来ない。

職場は、社会は、生活は、自らを成長させる人間修行の場所なんだ。

人間を正しく生きる。

人として、人間らしく生きるためには、まず、人間を正しく生かす術を人として獲得するべきこと。

その知恵。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。





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人間は死ぬように出来ている


「人間」は、己という「人」を映し出す鏡である。

生まれたら死ぬ。

人間は必ず死ぬ。

生まれたらいつか必ず死ぬのだ。

誰一人としてそこから逃れることは出来ない。

みんな同じ。

そうなるように出来ているのが人間。

逆らえないんだよ。

喩え寿命が延びたとしても。

人間、命は一つ。

人間、そうなるようになっている。

ただ、生きられればそれで良い。

人間が前向きに死んで行くのか、後ろ向きに死んで行くのか。

人間が今を生きる現実全てをありのままにとらえらえて、ありのままに受け入れていく。

ただ、それだけなのだ。

桜梅桃李

今を生きる。




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他人を否定する事から何も生まれない


他人を否定する。

そこから何も前向きな価値を創造することは出来ない。

物事には、良い面がある。

物事には、悪い面もある。

全てを肯定する。

そこからしか、自分を変えるためのヒントは与えられることは無い。

全てに一期一会。

感謝の気持ちを忘れない。

常に感謝を感じることの出来る心の視点を定め続けること。

妙法

桜梅桃李。

「今」を生きる。



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いつも笑顔でなきゃあ「ダメダメ」


 顔で笑って(^^)、心で泣いて:-(☍﹏⁰)。
 
「いつも笑顔でなきゃあ、ダメダメ」

そんなにいつも笑顔でいられないよ。

人間だもの機嫌の悪い時だってある。

なんでこんなことをしなきゃあなんないんだよ!

なんて、半ばやけっぱちになってしまうことだってある。

思うようにいかない時。

そんな時に、「妙法」がある。

今なんだ。

ご本尊は、どこかにあるのでない。

我が生命ある。

妙法。

桜梅桃李に今を生きる。




2013/12/7

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建設は死闘、破壊は一瞬、小異を捨てて大同につく:人間とは

日中国交正常化40年。

小手先の策や方法に溺れる。

建設は死闘、破壊は一瞬。

時間をかけて積み上げてきたものが、一瞬にして崩れ去る。

なんて人間は愚かなんだろう。

小異を捨てて大同につく。

過去をしっかりと省みて、しっかりと未来を見つめて、現実を判断する。

建設の為の死闘を決して無駄にしてはならない。

人間と人間。

歴史は繰り返す。



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わたしという人間の可能性をどこまでも信じて生きるんだ!


わたしという人間。

現実のこの世を人間として生きたい。

更に、より人間らしく、どこまでもわたしらしく。

絶対的な幸福境涯の確立。

己の今という現実を生きることの連続につながる先に辿りつくゴール。

死。

死ぬこと。

「人間」として生まれて、「人間」として死んで行く。

人間が生きている間を人として生きる為の哲学。

それは、己の信心によって生命に刻まれる。

一人の人間として後悔のない人生を、死へのゴールまで生き切るための絶対的自己確立。


独立自尊の人生を。

わたしは、人として人間を生きる人生の『独立自尊を体得したい。

どこまでもわたしの中の根本の哲学に基づいて。

それは、みずからの生命に明かりを灯すこと。

それは、自らの使命に生きることに突き進むこと。

わたしの使命。

わたしの生命を無限に広げて行くための境涯革命。

わたしの人間の中の不可能を可能にする大切な宝。

わたしが人間として今を生きる価値創造。

わたしの哲学は、わたしという生身の人間が、現実の世界を人間として生きられる。

それは、わたしという人間をどこまでも、どこまでも信じきること。

わたしが私らしく生きる

煩悩即菩提。

衆生所遊楽。

楽しみたい!

誇らしく生きたい!

私は、わたしという人間を楽しむために生まれてきた。


苦楽共に思い合せて・・・。

「おとうちゃん!」

ありがとうね。

これからも一緒に生きて行こうね!

桜梅桃李。

今を生きる。




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65点の人間が完成された独立自尊の人生を歩める哲学


わたしは、ネットで釣りをする人が大嫌い!

0点なんかじゃ許さない♪

100点とるひと大嫌い♪

知っているのに ワザとまちがえる♪

65点の ひとが好き 好き 好き♪

恋人試験/松本ちえこ



「知っているのに、わざと間違える」っていうのが、とっても懐の深い大人の人間を感じる。

人間に100点満点なんて絶対にいらない。

いてたら気持ち悪いし、そんな人には、誰も近寄ってこないんじゃあないかな?

だから、知っているのに、わざと知らん顔をして

この世の道理を語る。

ええ加減の世の中で満足する。


世の中の不幸な人は、不幸のかずを数える。

世の中の幸せな人は、幸せの数を数える。

人生を生きる人間の幸・不幸なんてそんなもんだ。

幸せも不幸せも、ほんのすぐ隣にある。

今が幸せと思えば、幸せ。

今が不幸と思えば、不幸せ。

メーテルリンクのチルチルとミチルの「青い鳥」。


辛いという文字に、横棒を一本足せば、幸せになる。

簡単なこと。

幸せを数えたら、片手にさえ余る♪

不幸せ数えたら、両手でも足りない♪




昔の人は、不幸だった。

でも、今は、もっと不幸だよ。

そんなことを嘆く大人は、幸せかい?

いつの時代も、何も変わらない。

変わってなんかいないんだよ。

ホントはね♪

でも、そんなことを信じる人間はいないね。

信じるか、信じないか?

信じなくても、信じても同じことさ。

確かな哲学は真理を告げる。





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a human being 【人間】が生きる局面


a human being、現在進行形を生きる人間


確かな哲学によって、生きることは、常に、現在進行形。

Being

a human being。  

人間。

もう、この哲学の前では、過去形で語る人間にだけはなりたくない。

己の中の自己満足な過去形の話など、現実と未来を生きる哲学には不要。

さあどうする?

現在進行形の今、何かを成し遂げようとしつつあるその現実。

現実を現在進行形で、構築しようと思えば思うほど、未来を選択するために、現在を生きる事を乗り越えるための局面がやって来る。

現実に対する局面を、言い訳がましくやり過ごす、本当に必要な時に、確かな哲学を使う事の出来ない生命では、あまりにも、愚かすぎる。

局面に気がつく事さえ出来ず、確かな哲学を己の中で殺す惰性と怠慢と傲慢。

現在を生きる為の局面。

その時の選択肢はいくつあるだろう?

選択枝は多ければ多いほどいいのだろうか?

それとも少なければ少ないほど、未来を形作るための、現在を生きる進行形である、今と言うこの一瞬をより正しく、正解へ近づけるための答えを出せるのだろうか?

選択枝が多ければ、多いほど、知恵を得る。

進むための選択枝が、少なければ少ないほど、一念と執念を燃やす勇気が要る。

現在進行形を生きる人間の本当の幸せとは、人生の最後の生と死の瞬間にやって来る。



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