天網恢々疎にして漏らさず


今の私の姿は、過去に積んできた、すべての原因の結果。

「天網恢々疎にして漏らさず」

世の中見てると、お天道様の網は穴だらけに思えるかもしれない。

けれど、見えるものだけが全てではない。

自分が吐いた唾は、必ず自分に返ってくる。

自分が生きていく人生の上で、必ず背負わなければならない!

その事に、はやく生命で気づける人は、この世に生きている間、生きてきた過去の人生よりも、今を、未来を幸せに生きていける。




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自身の過去の不幸を語るということ


自身の過去の不幸を語る。

語ることによって、人に生きる勇気を感じてもらえる。

自身にとっても前向きな告白であると思う。

でも、人に同情を買っておらおうとして、自身に味方してもらおうとして、自身の過去の不幸をひけらかすと言う心。

それは、自分の不幸を自分以外のものの責任にすり替え、擦り付けて自分に言い訳しているだけなのだ。

しかし、それは単なる気休めにしか過ぎない。

自身の心の平静を自身以外のものに頼ろうとしているのだから。

そして、その心の傾向性が、本来、自身の中にある「目覚めさせるべきな大切なもの」、「強くて、大きなもの」を気付かなくさせてしまっているのだ。

強く言いたい。

あなたの過去の不幸は、誰の責任でもない!

ましてや、あなたの家族である両親のせいなどと思うことなど、決してあってはならないと思います。

すべては、あなたが遠い過去から背負ってきた「原因であり結果」なのだ。

と言うこと分かって欲しいと思います。



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【ひとしずく】愚人に褒められたるは、第一の恥なり

世界に一冊のメモ帳

「愚人に褒められたるは、第一の恥なり。

愚人に憎まれたるは、第一の光栄なり。」

つまらぬものに褒められて有頂天になって喜ぶような

馬鹿門にはなりたくない!

自身を低くし不幸へ向う入り口だから。

愚かなものに、悪口を言われるほうがまだ幸せである。

人を見抜いていく命が大事!

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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【ひとしずく】何事にも感謝

世界に一冊のメモ帳

何事にも「感謝」できる心を持った人は、

もうすでに生きていることに、十分大切な意味を感じているだろうし、

又、幸せに生きていける条件を備えた人だと言える。

人生を幸せに生きるためには、

人生を幸せに生きるためには、結果よりもいかに結果に向う過程を
楽しめるかどうかにかかっている。

成功したことよりも、失敗したことをどう「楽しめる」か?

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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【ひとしずく】知ることから始まる。

世界に一冊のメモ帳

行き詰まった時こそ、

知る、知る、知る。

知ることが集まって、知恵となる。

知恵、知恵、知恵。

知恵が集まって、英知となる。

そこに確かな哲学によって、人間として生き行く為の英知となる。

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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【ひとしずく】自らの意思で毎日を生きる

世界に一冊のメモ帳

道具の奴隷になってはいけない。

人の奴隷になってはいけない。

己が全ての主役なのだ。

誰も私を支配するものはいない。

まして道具などに支配されているようでは、
人間が人間であることの意味まで失ってしまうではないか!

私は、自分で生きているのだろうか?

自らの意思で毎日を生きているのだろうか?

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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【ひとしずく】もっと広いところへ!

世界に一冊のメモ帳

「わたし、ひとりが生きてきた環境のなんと狭いことか!」

「心の引きこもり」からサヨナラ!

もっと広いところへ!

もっともっと広い所へ!

広い場所を求めて!

そうしなければ生きていることが勿体無い!

心を広くすることは、
私自身を広くすること。

私自身を広くすることは、
私の目に映る全ての景色が広くなること。

私の目に映る全ての景色が広くなれば、
私自身の生き方が、でっかくなること。

ちっぽけな生き方とサヨナラしたいなら、
全ては私の生き方を変えることなのでしょう。

全ては、私の生命に刻むことの出来る哲学によって。

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく



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【ひとしずく】感情に打ち勝つための理性

世界に一冊のメモ帳

感情に打ち勝つための理性。

己の言いたいことをぐっと堪えて、

聞き役に回るのは並大抵のことではない。

言いたいことをぐっと堪えた分だけ 己にいい答えが返ってくる。

理性に負けて我慢できずに、言いたいことを感情に乗せて放言すれば、

それはまたそれで、 苦しまなければならない罰として、

取り組まなければならない課題として、

結果になって現れてくる。


世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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【ひとしずく】いろんなこころの壁

世界に一冊のメモ帳

「あ~、しんど」

「あ~、めんどくさい」

そんな風に思って躊躇してやれないこと。

この壁が、私の時々、立ちはだかる壁


精一杯生きている姿が美しい

一杯!一杯!

目一杯の姿が美しい。

精一杯に生きている目に見える、

心に映る姿が美しい。

そこから、更に精一杯に両手を広げて、
そして、両足を突っ張って、

自身の心の壁を広げていく姿が美しい。

周囲の目など気にせずに目一杯生きている姿が美しい。

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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【ひとしずく】 ひとしずくの数珠繋ぎ

世界に一冊のメモ帳

全てを生きる力に変える

己の絶望を希望に変える哲学。

己があきらめて、逃げ続けてきた絶望。

全てのその要因を希望に変える。


己が生きる意味を、

そして、過去に生きて来たことに
希望を見出せずに来たこと。

いま、その全ての材料を希望へ、
生きる力へ変えるのだ。



「毒」を「妙薬」に変える哲学

今の苦しみを表に出してはいけない。

今は、出してはいけない。

表に出すことを耐える、外に辛くあたることだけは辛抱する。

でも、その苦しみは、己の中で溜めなくてもよい。

全部己の中で辛かった苦しみは解決出来る。

己の中で解決して、その苦しみが笑顔に変る。

笑いに変る。

苦しみの耐えるとは、
苦しみを乗り越えることは、

その己の苦しみを己の中で、
力に変えるために激闘だ!

己の中の私との闘いだ!

過去の私が背負わなければならなかった、
恨みやつらみは己の中でしか解決することは出来ない。

必ず解決できるのだ。

必ず、今を生きる、
そして未来を生きる宝に変えることが出来るのだ。

わたしには、全て私が飲み込んだ「毒」を
「妙薬」に変える哲学があるから。



今、この一瞬は、未来の為に

壁が高ければ、高いほど、

相手が強ければ、強いほど、

闘ってやろう、その壁を乗り越えてやろう。

今、今というこの瞬間を通して、
己をもっと、もっと高めることが出来る。

己の境涯を高める。

そして、広く、大きく現実を見渡せることが出来るように。

未来を乗り越えるために、
今を乗り越えられなければどうするのか?

今、この瞬間は、今の為にあるのでは無い。

未来の為にある。




私の生きる道。

どんな生き方でも、どんな時でも、

私の生命は、常に生きる事に前向きでありたいと思います。

「前向きに生きる道は、必ず開ける」と信じて。

限界は、自身の弱い生命が決めるもの。

たとえ、どんなに利口で、知識はあっても、
否定的な生き方は、私生きた人生最後の瞬間の
勝利の雄叫びの道を閉ざしてしまうような気がします。

知識を求め、
生きるための知恵を得て、
更にいく磨いて英知を求めていく哲学。



宗教、信仰は己の道具

宗教、信仰は己の道具にするものである。

宗教を、信仰を道具にして、人を、他宗を、
説法でその正邪を論破しようなどという考えは、
大間違いです。

それは、信仰心ないことを証明することに通じるかも知れません。

坊さんの説法ほど、まやかしにすぎないものはないかもしれません。

勿論、断定ではありませんが。



私の中での人間革命

私の中での人間革命など果たしてどこにあるのだろうか。

「私の両親はこんな馬鹿な人だったんですよ。」

そういって、

両親を誇りに思い

「自慢」できるようになるには、まだまだ。

私の中で宿命を打開しなければ・・・。

「今はこんな自慢の父と母なんです♪」といえる日。

信仰者として、道を極めた大馬鹿な私の両親。

「生き様」。

いきざまという最高の「宝」を、私に与えてくれてありがとう。



喧嘩することは、悪いことじゃあない

喧嘩することは、悪いことではない。

喧嘩することも、向き合うためならば

必要なことなのだ!

逃げてはだめだ!



世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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西川史子、踊るさんま御殿で年収4000万無いチクル

おっ!「西川」のワードで、名字だけで、グーグル検索して2番目にランクされている!

芸能人、「西川史子」(Wikipedia ウキペディアに掲載)

今日の「踊るさんま御殿」に出演してました。

私は、この方テレビで批評されているより、別の番組でコメントを聞いた時、実際は「いい人なのだなあ~」と好感を持っていたのです。でも、今日の番組中のコメントで全てが吹っ飛びました。

以下、番組での様子です。

現在、交際中の相手についてのコメントを聞いていて、「テレビで、よくも、そんなことが言えるものだなあ~」って、なんだか、可哀想な人だと感じました。相手の、プライバシーに関わることを、しかも交際相手というならば、ほんの少しのフォローさえあれば、まだ許せたのですが・・・。

話の核心は、相手の収入の4000万。とても下品に感じます。

芸能人だって、自分で自分の年収を暴露する気にならないのに・・・。

ちなみに明石家さんまさんの年収ってどれくらいか知ってますか?

・・・、尊敬するさんまの嫌がられることをココで言うわけにはいきません。

最近は、芸能人や有名人、また、企業の代表、資産家などの長者番付を見なくなりましたが、なくなったんですかね。


その、さんまさんの年収・・・、じゃあなかった、西川史子氏の交際相手の相手の収入の4000万。

笑いを取るための作り話的な話題の範囲を超えていたような気がします。

もともと、この西川史子が、「年収4000万以上の男としか結婚しない」と吹聴しており、現在の交際相手の年収にメディアが注目してどこに行ってもその点について聞かれるのだということでした。

「私も、知らないんですよ。」
「仕事は、福祉関係の仕事。」

さんまさんが、「そんな、人を助ける仕事を一生懸命していて、収入がついてこないんだ~。」

と、交際相手を人としてフォローするような発言をしているにも拘らず、そんな、交際相手の仕事などどうでもいいかのように、

「私も、今調べているんですけど、たぶん、4000万の年収は、無いと思うんですよね。」

「無いと判ったら、別れてました」、

だって。

・・・・。

????。

「叶うはずの無い夢を見てなさい!」

「金オンリーかいっ?」

この人の目には、生きていることの世の中が一体どのように映っているのだろう?

枯れている。

誰かこの人を、人として再生してあげて下さい。

この交際相手の方が、人間としていい人であることを願います。


この放送を見た、交際しているとされる、相手の男性がどんな風に感じるか。こんな発言させれて、「交際してます」なんて公表されて、「4000万の収入を調べている最中です。」と言われて、これって、本当に交際してるって言えるのかなあ?

これだけ、暴露されて好き勝手な自己中な話されれば、きっぱり、別れると思うけど。

まあ、本当に人はいろいろですけど・・・。


でも、福祉関係の仕事をやっていると言うことは、人の痛みや心を理解できるという温かい人という可能性もある。それとも、弱者を貪る、福祉を営利目的のみに起業しているような人なのでしょうか?少なくとも、この番組がバラエティー番組であるとを前提として、差し引いて考えなければならない所もあるでしょうが・・・。

番組としても、この西川史子の口から出た言葉の品性下劣なまでの不快に感じる言葉に、この人の顔は、テレビで2度と見たくないと思いました。

もしかしたら、全てが作り話しの方が、見る側からすれば、ほっとします。「あんな風には、なりたくない女性」が
今日のさんま御殿のテーマの一つでした。

・・・それは、

「あなたです。」

まあ、自虐的に番組中、自分でもそう言ってました。

ある意味、その交際相手との今後がどうなるのかが、注目です。

でも、ここまで書いといて、「でも、やっぱりいいひとなのかなあ~?」と言うわけではありませんが、芸能界で生きる方法として、敢えて、風当たりの強い、厳しい選択を選んでおられるのかもしれません。

人から、憎まれる役を敢えて買って出ているのかも。

芸能界で生き残る方法は、メディアによって作られた自身の「立ち位置」を、きちんと弁えて、生きる為に自己を犠牲にするということ。

よく言えば、人間としてものすごく強い人ですよね。根性がすわってるというか、なかなかテレビでそんなこといえないですよね。逆に言えば、ものすごく賢い人なのでしょう。

どちらにして、その交際相手との今後がどうなるのかは、注目してみたいですよね。

「みんな、幸せにならなにゃあ、いけんとよ!」

人を悪く思ったことに少し反省。

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく
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【ひとしずく】 只今、修行中

世界に一冊のメモ帳

その時、その時の自身の境涯の高さ、
低さを感じて己の一つの今を知ること、
そして今一瞬を高めることのきっかけにしたいと思います。

●ダメな時ほど、楽しく。ダメな時を楽しめる。そんな生命に、境涯に!

●2008/10/30
組織の為に生きてゆくのではない。
組織の為に己があるのでも無い。
組織があっての信仰では無い。

全てが、
己の中の信仰心を絶対的に高めるための道具にしか過ぎない。

全ては、
己の中に、信仰心という妙法の哲学を絶対的に高める為に存在している。

現実の道具になってはいけない。
現実に翻弄されてはいけない!

己の中の「信仰心」を確立するための全ては道具。

幸せに頼りながら生きてゆくのも人生。
幸せを与えて生きてゆくのも人生。

すべては、己の信仰心。
生命の中にある、宇宙の絶対的な大きさを求めていくことのよって人生が変る。


NO. 08/10/25

・どこでも、自身の生命から見た「信仰者」としての視点で。
  行動したこの全ての私の生命の中に刻む闘いを。
  更に生命が私自身の行動を高める為に。


・全ての事から、成長の因として、学べることの出来る謙虚さ。
 学ぶことの大切さを知る。謙虚な心の大切さを知る。


・私の中の生命の底から無限の力、エネルギーを引き出すための燃料。
 それは、私の目の前に起こること全てが燃料なのだ。
 怒りや、憎しみも、悲しみも、喜びも、弱い心も私の持っている全ての「心」。
 私が感じる全ての感情は、人として消すことなど出来ない、
 まして、自然な感情を抑える必要など無い。
 全て、私の生命を高めるための私自身と闘うエネルギーに変える。
 転換する。錬金術によって!


・「行って来ます!」
 そして、必ず、戻ってこれる場所が命にある、迷うことのない哲学。


・自身の中にわきこる醜い感情を私自身が抑える必要など無い。
  その己の弱さゆえに湧き起こる醜い感情と闘うこと激しく戦うこと。
  自身の生命の中で。己の弱さを心のなからたたき出しつくしていくために。

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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走れメロス

「走れメロス」

もう誰でも知ってますよね。

いや、知らない方もいるかも・・・。

深夜の教育テレビで
たまたまみた、「走れメロス」の物語。

ひとりの友の為に、命と引き換えに、人質になり。
その人質となった友人を助けるために、
自分が死ぬ為に、友の元へ走り続ける。

「メロス」

友の信頼と絆の話。

その互いに、互いを信じあう「心」。

その友を救うことを、ほんの少しでも諦めようとしたこと。
その友が、戻ってくることを、ほんの少しでも疑ったこと。

互いにその人間の弱さを素直に詫び、
そして、互いの人間の強さが増す。

何処までも、一度、信じた友を最後の最後まで、
命をかけて、信じる切る・・・。


人間の底知れぬ力を発揮させるもの。

それは、「自身」を信じきれるかどうかでは無いでしょうか?

人を信じる前に、己を信じられなければ、
人を信じることが出来るでしょうか?

いま、他人が信じられない人間不信が原因よって、
精神的病に陥る人がいらっしゃいます。

そこには、他人を信じられないという前に、
己自身を信じきれる強い確かな哲学が無いことに
原因の一つがあるのではないかと思うことがあります。

見た後に、

あらためて、
「人を信じること」の大切さと難しさ
を感じました。

でも、いま世の中は、そんな「大切」と思えることが、軽く思えるような
どうでもいいような、そんな話したら笑われそうな・・・。

でも、家族の「絆」ということは、よく言われいますから、
そこには、互いを信じあう、やはり「信」が必要なのですものね。

チョット、まとまりがなくなりました。

太宰治 走れメロスの話(全文)
●アニメ走れメロス "Run, Melos!" :動画


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鱒(ます)と鮭(しゃけ・さけ)とは違うのかな?

テレビで、マスについて「馬鹿なマス」と「賢いマスの違い」
に関する話題の番組を放送していました。

そして、大きくなった成魚が川に戻ってくる様子を
映し出していたのですが、


その成魚の姿を見ると、

「これ、マス?」
「これって、鮭(しゃけ)じゃないの?」

見ていて、

どう見ても「マス」と「しゃけ」は
同じものという具合に、
私の中で結び付けられてしまいました。

でも、私の中で、スッキリしません。

というわけで、ネットの検索を
使って調べてみることに・・・。

今、こうして私のへんてこりんな
この記事詠んでいただいている方の中にも、


私と同じように感じた方もいらっしゃるでしょうし、

・・・「そんなことも知らないなんて。」と言う具合に、
ここまでたどり着かずに、
とっくにスルーしていらっしゃる方もいるでしょう。

話が、本題からどんどんずれていくのですが、

ものごとを知っていくことは、
私のこの最初のように、
私の中から湧いて来た疑問を
これから解決することによって得る知識もあれば、

今この文章と言うか、記事についてきてくだっさている、
私にとって大層、大切な訪問者の方のように、
この記事を通して、「マス」と「しゃけ」についての
うんちくが不足していたとほんの少しでも、
得を感じていただける場合の知識を得る方法。

要するに、知識を得るための多少のルートの違いなんですが、
どちらの方が価値ある知識を得る方法でしょうか?

「知識を得るルートに、価値もクソもあるか!」

『価値があるのはその得た「知識」にきまってるでしょ!』

「そうですよね~。。。」

でも、ほんの少し言わせていただければ、

少しでも知識の素になる種を撒かせていただけたことにも
価値があればうれしいですよね?  

何のことかよくわからなくなってきました・・・。


「あっ、そうそう!解決しなければ。」

グーグルで、
「鱒と鮭とは違うのですか?」で語句で調べてみました。

やっぱり私と同じような疑問を感じていらっしゃる方がたくさんいるようです。

「なんだか嬉しいような、ほっとするような♪」

やっぱり、基本的には「同じ物」のようです。

もし、詳しくお知りになりたい方は、

こちらをどうぞ♪ ⇒Google 

   ●参考サイト
    ・ サケ(鮭)と マス(鱒)の違いって何ですか?

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顕彰とは?【雑感】

当然のことながら、「顕彰」は自慢するものではない。

自らの中に当たり前のこととしてその行為の結果が、世の中の人たちに認められた影の功績なのだ。その影の功績を褒めちぎれば、褒めちぎるほど、自慢すれば、自慢するほど、その顕彰の行為自体の値打ちが下がる。

自分の誇りとして、己の心の財産とすべきであって、決して、自らひけらかすようでは、本来の顕彰に至るまでの行為に不純なものを感じ取ってしまう。

そウ感じることは、極自然なことであろう。

知らぬ人にこちらから積極的に「こんなことがあったのですよ」などと、伝え話すべきものではないと思います。

公に認められたとても優れた善行であったとしても、受けた側のものとしては、謙虚にあくまでも控えめに、そして、心の中の宝に、外に出さず心に秘めて、幸せを感じる。「そういうものなのでは?」と思います。

陰の功績は、どこまでも密かに。

・・・言うと減ります。

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閉ざされていたはずの道が開ける瞬間

ストレスを他人にぶつける行為。
八つ当たりは、一番最低な行為。

己の弱さゆえに心の中の解決されないもやもやストレスを家族や他人に向ける行為。

社会の中で起こっている事件では、
最近、特にそのようなことに端を発する事件が取り分け多いような気がします。

己の達成できな出来ない心の弱さを、
出来ない限界を勝手に作り上げ、
努力することを諦めている己の弱さ。

そして、己の中で解決できない理由を、
己以外の責任になすりつける愚かな心。

己の出来る「一生懸命」を全力で尽くせたのなら、
必ずそこから新しい道が開ける。

どんなに目の前の道は閉ざされようと、
道は1本だけではない。 

とことん、どこまでも諦めず戦い続ければ、
あなたの周りには、見えなかった、
閉ざされていたはずの道が開けるであろう。

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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緒方拳さん、71歳壮絶がん死で今を、どう生きるかを考える

生きる事の意味を確かな形に己の中で築き上げていくためには、
今を、どれだけ真剣に生きているかに、よるのではないかと思います。

「過去をどう生きたか」ではなく、
「明日を、未来をどう生きるか」でもなく、

「過去を、今に、どう活かすか」
「未来の為に、今を、どう生きるか」

全てが、「今、この瞬間」の為にあるのだと思います。

いつも、そんな気持ちで生きている人は、とても輝いているでしょう。

そして、私たちが常に意識しなければならないもの、
それは、「死」。

「今をどれだけ真剣に生きて、どのように死んでいくのか。」
ということでは、ないでしょうか?

この世で、どのように生きたか。

そして、今、死際の瞬間、

己の「生きざま」を振り返り、

己この世での生きた「答え」を出す。

生きるということの、生きたことの「終着点」。

「生」も「死」も、全ては、この「今」、
この「一瞬」にあるのではないでしょうか?

先日、俳優の緒方拳さんが、亡くなられました。

緒形さんは2000年から慢性肝炎を患っており、5年前にがんに悪化した。それでも「仕事関係の人には絶対に言うな」と、家族に“かん口令”を敷き、体調が悪くなった時だけこっそりと病院に通ったが、最後まで療養入院したことはなかったという。検査や食事療法を受けても、手術に踏み切ることもなかった。転載元・中日スポーツ


といいます。

とても、俳優として男らしく、実直すぎて、すこし不器用なイメージのある
故人の人柄がしのばれるような気がします。

そして、何かしら己の中に崩れない絶対的な存在感さえ感じました。

いってみれば、俳優そのもの、役者として生きた人生であったのかなあと思います。

ふと、寅さん、渥美清さんを思い出しました。

つつしんで、ご冥福をお祈りしたいと思います。


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インターネットで感じる少しの不安

そもそも、インターネットは、地球上のコンピューターによって
有益な情報を互いに提供し合う為の、相互扶助の精神から発したものとされています。

本来、人間とは互いの不完全性を補い合うのが、
地球上に、男と女と2種類の性が存在する理由から
推測すれば、人間の本能や生理に近いものでごく自然発生的に
生まれ広がっていったのでしょう。

そのような意味では、インターネットは、
人間の「善」の意志から発生したものなのですね。

しかし、いまやインターネットは、
純粋な思いを保ち続けて機能しているといえるでしょうか?

有益なものと、有害なもの人間の不完全なるが故の、
人間の持つ、善と悪の2面性は、ことごとく歴史において史実とし証明されてきました。

限られた一部の人間の利益の為に、また他人を排除することを助長したり、
排他的で個人主義で利益優先の先進社会の要素をそのまま映しだしています。

個人ブログにおいても、己の不完全性を差し置いて、また、棚に上げ、
他人の不完全性の穴をこれでもかという程、非難しあげつらい攻撃する。

ネットという公のブログを、単なる個人の感情や不満の捌け口の
ゴミ箱にしているようなサイトを見かけ、少し悲しくなったりすることも
あります。

最近、「自由」という言葉をあまり意識しなくなったような気がします。
人は、普段、空気の存在を意識しないのと同じような事かも知れません。
それだけ、本来の「自由」に人が生きているからかもしれません。

しかし、自由に生きられることに対し「感謝」を忘れれば、
その自由と引き換えに、大切なものを失うのかもしれません。

行き過ぎた「自由」のその先に待ち受けるものは何なのでしょうか?

自由が人間を作り、自由が人間を破壊する。

人間が不完全である以上、永遠に、「善」と「悪」が人間の中に存在する以上、
破壊と創造を繰り返すのかもしれません。

その、先にあるものは 「・・・?」

人間とは、一体何なんだろと考えずにはいられません。

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【ひとしずく】 ありのままの姿で生きる!

世界に一冊のメモ帳

ありのままの姿で生きる!

己の価値をたかめるもの、

それは、
目に見えるもの、姿、形ではない。

目に見えない内面を充実させる力だ!

力の源を、生命で刻む作業が必要なのだ!

そこに己の価値を高める絶対的な存在へと導いてくれるのだ。

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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生きることにもう、間違った方向へ進むことは無い!

もう、間違った方向に進むことは出来ない。

正しい哲学を命に刻むことが出来たなら、
もう間違った方向へ進むことは無い。

しかし、正しい哲学を得ながらにして、
正しい哲学を命で理解するまでに私は、
一体どれだけの回り道、遠回りが必要だったのだろう。

正しいものを確信し、
「信じること」
「信じられること」
にたどり着いた。

だから、現実を変えることなど、自由自在。

目に見えない己の中の全てが変れば、
目に見える現実の世界が全て変る!

今が、幸せな瞬間に!
いつでも、どんなに苦しい時でも、
その苦しさを乗り越え、突き破り、

全てを最高の幸せな瞬間へ
幸せな世界へ変えることの出来る生命を得られる最高の哲学。

だから、もう間違った方向に進むことは出来ない!

もう間違った方向へ進むことは無い!

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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【ひとしずく】 不可能を可能にする

世界に一冊のメモ帳

走れ!走れ!

走れる時に走れ!

今は、立ち止まって己が来た道を
つまらぬ自己満足で振り返って、
無駄な時間を過ごしている場合か!

不可能を可能にするのに、

可能であることを、まずクリアできなければ、

不可能を可能にすることなど、出来はしない!

走れ!走り続けて、ゴールを目指せ!

己の中に、
これまで感じることの無かった充実感を味わえるまで!

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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生存率20%の大病の意味とは、たけしの本当は怖い家庭の医学スペシャル

昨日、
朝日テレビの『たけしの本当は怖い家庭の医学スペシャル』
で、俳優の『中尾彬』さんが大病を患って、
地獄から生還した話を見ました。

何でも・・・、生存率20%の病気でストレスや生活習慣によって引き起こされた体の抵抗力が弱まって筋肉が壊死して溶けていく病気だったとか。

その病気になるまでには、身内の親族の死や、妻の病気の看病など、心身ともに疲れきっていた矢先だったといいます。

しかしながら、それまでの本人の不摂生な生活は、飲酒、煙草、医者嫌いで健康とは程遠い生活習慣だったようです。

元気に戻ってきた『中尾』さんですが、
番組中は相変わらず、毒気のあるいいたい放題で出演者に対して発言していました。


話は変りますが、その番組中のVTRのなかで、気になる言葉がありました。
その言葉は、
『人が、一生に食べられる量は、決まっている、だから高くて好きなものを食べて何が悪い』
というような内容でした。

その時に、この人の人格の大方が判断できたような気がしました。

「なんと言う、エゴイストで我侭な人だ。」
この人は、世の中のすべてが自分中心で回っているかのように、
ずっと生きてきたのだろう。

それが、良いと悪いとかではなく、常に多くの敵を作ってその敵を倒しながら生きてきたことは間違いないと思います。

その敵の中には、敵ではない人もいたかもしれません。
要するに、この人のお陰で悪く言えば、どれだけ多くの人が迷惑をかけられた来たことです。

中尾さんが大病されて、地獄の底から戻ってきて、
生と死の狭間のなかで、何かしらコレまでの己の人生に関わる重要な答えを知ることが出来たのかどうかが気になりました。

世の中、見えるものの力だけで無く、見えないものの力によっても生きている、生かされている。

そして、死ぬることさえ許されず、生きることによってのみ許される生というものがあるならば、何をか学ばん!

それこそ生かされていることの真の意味を知ることになろう。


まあ、どうでもいいことですけどね♪

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【ひとしずく】 面倒臭いという言葉

世界に一冊のメモ帳

「あー面倒くさいなー、あとで、しよう。」とか、

「もう、明日でいいや。」と思った瞬間に、

生き方にとって、大切な時を逃しているのではないかと思う時がある。

その時、その時の人の心の状態は、ころころ変るのは必然であるけれども、

常に、その必然と闘うことが己を高めるための唯一の修行であると思うならば、

生き方を前向きに進むのか、後ろ向きに進むのかの判断は、

一瞬で決まっているのかもね。

ついでに、「どっこいしょ」という言葉もなんとなく気になります。

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【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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【ひとしずく】冷静と感情の狭間で揺れ動く弱い心

世界に一冊のメモ帳

心に闘う準備が出来ていない時にも妙法の力を発揮できる命が必要です。

感情と冷静の間で揺れ動く心のコントロールを、

命と妙法の力を働かせることによって、己を高める訓練・修行と捉えられるかどうか、

その時の一瞬の境涯で決まる。

凡夫である身以上、常に冷静と感情の狭間で揺れ動く、弱い己が心。

一瞬、一瞬が、妙法の力を引き出せることが出来るかどうか、

全ては一念、自身の中の己を高める力無限の能力を信じる一念で決まるのだ!

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オリンピックは、苦しさを楽しさに変えるための戦い

■オリンピックは、「生きる!」ということの本質的な姿を4年間に凝縮させているかのように思えます。

見るものが、涙し、感動できるのオリンピック。


目の前の課題をクリアしていくこと。

そして、課題を苦しみを楽しみに変える。

そして更に高い課題に挑戦する。

その楽しみが苦しみに変わり、楽しみに。


■「生きること」 己の弱さを知るための戦いだ!

「生きること」 己の生命の強さを知る闘いだ!

「生きること」 己の中に、生きることの喜びを知る闘いだ!



■オリンピックは、4年間の「苦しさを楽しさに変えるための戦い」聴いた言葉が
とても印象的に心に響きました。







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【ひとしずく】前向きに生きることとは?

世界に一冊のメモ帳

過去をきちんと振り返るべき時に、

心の中でもう一度引き出して整理すること。

これも、前向きに生きる一つの選択かもしれません。

前向きに生きるための法則を身につけたら、

学ぶことなくすごしてきた過去から、大切な宝物が出てくることもあるはず。

過去に、目を逸らさず、心に蓋をせず。

どんな時も、前向きな選択をすることは、なかなか、難しいことです。

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【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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【ひとしずく】出逢いは一期一会 全ては必然

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出逢いは、一期一会。

どんなことも変毒為薬していける力を確信するならば、
全てを前向きな結果へと導いていけるならば、

良いことも、悪いことも全て受け止めていくこと。

良くも悪くも全ては、全ては必然。

それが、相対的に最上級の生き方ではないでしょうか?

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【ひとしずく】みんな重い荷物をかかえて生きている

世界に一冊のメモ帳

みんな、重い荷物をかかえて、生きている。

人って、「この人、一瞬嫌い」と思った瞬間に、避けるのか、それとももう一度前に向きなおしていいところを探そうとするのかで、先の未来が少し変わりそうな気がする。

元を辿れば、私達は、エホバの子孫か?であるならば、なぜこんな多くの宗教があるのだろうか?

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【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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【ひとしずく】 自分を攻めて戦う

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自身の心が自身の中で理解できるようになる。


そして、自身がどれだけ動じず、

毅然とした態度を取れるかどうかだ。


人を責めても、責任を擦り付けても解決するよりも、

自分を攻めて戦うことによって解決する事の方が多かろう。

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【ひとしずく】知恵が 知性に 栄知へ

世界に一冊のメモ帳

信仰とは何だろう?


信仰とは、自発的に自ら信じる事によってしか得られないものだ。


活動とは、単なる道具に過ぎない。


自ら信じることによって、五感から学ぶ能力を高めることなのだ。


そうだ!学ぶ能力を高めることだ!


学ぶということは、単に学習能力という意味のものではない。


そして、知恵が、知性に、そして、栄知へと


研ぎ澄まされていくのかもしれない。

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