あなたのおかげで、私らしく自分を生きることができる

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感謝の涙によって、私の心の曇りは洗い流される。

あなたの気持ち。

分かる。

理解できる。

あなたの今を生きる姿。

あなたのおかげで、私らしく自分を生きることができる。

人は誰でも暖かな心を持っている。

暖かな心。

誰かに力を与えるその「力」。

暖かな心。

「優しさ」という「勇気」。


自由に生きたい。

自由に言葉を紡ぎたい。

言葉を紡ぐことは自分の人生を紡ぐこと。

「自分」を表現する場所。

言葉に生命を吹き込む作業。

自由をもっと広げたい。

願い。

自分を生きたい。

生きている実感と充実感。

桜梅桃李。

今を生きる。


You Raise Me Up  [日本語訳付き] MARTIN HURKENS


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「・・・に気をつけなさい」マザーテレサ


思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。



マザーテレサ


気が付く人生。

悟りを開き続けることの出来る人間の生き方。


その哲学。

桜梅桃李。

今を生きる。





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「正しく生きろ」と説く人間の「エゴ」:桜梅桃李


その「正しさ」は気分がいいか?

本当の正しさとは何か?

あなたの、「その正しさ」は気分がいいか?

それは善悪論でとらえることなどは出来ないのだ。

正しいかどうかなんてのは、本当はどうでもいいのだ。

正しさなんて、自己を肯定するためのだけの道具に過ぎない。

でも、それでいい。

自分にとってその正しさが秩序と規則にのっとっていればそれが正しいのだ。

人の心は自由だ。

その自由な空間を誰も邪魔することなどできない。

一人ひとりが宇宙なのだ。

みんなそんなことは、百も承知のはずなのに・・・。

人は人間を理解することは出来ても、人の心を理解する事は永遠に出来ない。

人のことを理解できないという自分の本当の姿を悟ることによって、本当の意味で人の心を理解することが出来ることを知る。

自分をありのままの生きることが出来るその原点。

正しい事が正しいことだといえるのか?

「正しく生きろ説く」のは、あんたのエゴだ。

正しいことだから何を言ってもいいのか?

あんたの正しいことが、あんたの心の宇宙の正しさに合致しているのなら、現実の世の中の宇宙さえも、間違ったものなど何一つ存在しないんじゃないんだろうか?

世の中に間違ったものなど一つもない。

みんな精巧な歯車として現実の世界、宇宙を回している。

人に向かって自然に生きろって言えるほど、あんたは自然に生きているのかい?

あんた自身の居心地の良さに、あんたが正しく生きている証拠だなんて言う風に、人にその生き方を押し売りするんじゃあない!

そりゃぁ、その正しさは気分が、いいだろう。

しかし、その正しさが、本当に正しいのかなんてことは、だれも知らないのだ。

その正しさは、あんただけのものじゃあないよ。

正しさと正しさが受け入れらない。

なぜ?

誰もが正しい。

だれもが間違っている。

その答えを出せるものが、その正しさを越える。

妙法。

桜梅桃李を生きる。





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正しさを越えるもの:「正直」と「正義」をはかるものさし


正しさの証明。

その正しさを越えるものとは?

人間は間違う生き物なんだ。

そこに「人」の命があるから。

人間は道具なんかじゃあない。

あの時は、あの時。

大切なのは今なのだ。

今の自分がどうか?

今が常に幸せだといえるのか?

しかし、その幸せの尺度となる根拠となる根本。

絶対的な幸福境涯。

生きる事において大切なもの。

心であの世に持っていけるもの。

死んでもあの世によっていけぬもの。

人間が死んだらその姿は無になる。

自分が納得して死ねたら最高。

THAT WAS THAT。

人間生きているだけで丸儲け。

それで幸せ。

あとは、何もいらない。

何も無いところから何もない所に通り過ぎていくだけのことなのだ。

だからこそ私がわたしであることを証明できる今というこの瞬間だけが現実なのだ。

最高の笑顔に、数えきれないくらいの涙が見える。

守りたい、愛し続けたい。

繋がる命。

紡ぐ命。

溢れ出る感謝の気持ち。

Nobody is Right。

信じる心

わたしは、私という人を生きる。

その正しさを包み込む命に基づく愛情の根拠となる根本。

争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く

その正しさは気分がいいか 正しさの勝利が気分いいんじゃないのか

つらいだろうね その1日は嫌いな人しか 出会えない



「正直」と「正義」をはかるものさし。

今の世の中だからこそ、必要なもの。

そんな優れた道具は、この世で発明されないものか?

己の「ひん曲がった心」の角度をはかる、モノサシ。

文明が発達すれば何でも作れそうなものであろうが、やはり、今、作ることが不可能なものがあるのには、意味があるのでしょうか?

しかし、今の世の中、嘘と本当を織り交ぜて、巧妙に、人をたぶらかす悪魔がわんさかそこらじゅうに存在しているというのに。

「どこかの誰かさん」は、どこまでも人間が、簡単に、人間になれるツールだけは、与えないのかもしれません。

この世に「神」と呼ぶべきものが存在するとするならば、それは、人間の脳の中の使われていない領域に棲む、

「正直」と「正義」をはかるものさしを作ることを可能にする、潜在的な能力の領域なのでしょうか?

桜梅桃李。

今を生きる。

自評:アホ臭くて話になりませんが、人間の脳の悪知恵の働く領域は、正義より広いかもしれません。





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優しさは力なり


恩人から頂いた。

「優しさは力なり」

という言葉を大切にしている。

優しいだけじゃあつまんない。

それは、優柔不断なだけだろう。

やさしいという字を漢字で書ける?

まあ、書けるよね。

優しいっていう字だよ。

優しさを感じることが出来る?

本当の優しさだよ。

その恩人は厳しかった。

けど、優しかった。

勇気があった。

「優しさは力なり」

今を生きる勇気ある人。

優しさを発揮する為には、勇気が無ければならない。

それは、偉大な力なのだ。

「優しは力なり」

でも、本当は優しくなんてないんだよ。

厳しさがあるからこそ優しさを発揮することが出来る。

本当の優しさを知ってる?



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【孤独と苦悩】:日本のヘレン・ケラー「福島 智(ふくしま さとし)」 氏


目と耳に障害を持つ『日本のヘレン・ケラー』と呼ばれる「福島 智」という方のドキュメンタリーを見る機会がありました。


日本のヘレン・ケラー「福島 智 氏(ふくしま さとし、1962年12月25日)」

「日本のヘレン・ケラー」と呼ばれる東京大学先端科学技術研究センターの
福島智・准教授(45)が博士号を取得することになった。



福島さんは目と耳がともに不自由という障害を乗り越えて、
東京大学で教授となった人物です。


自身の背負った障害について、
「深い水中に沈んでいくような絶望感だった」と述べておられます。



同氏は全盲ろう者の苦しみを「消されたテレビ」にたとえる。耳が不自由な人はテレビの画面だけを見ているのと同じで、目が不自由な人は音だけ聞いているのと同じだとすれば、全盲ろう者は「テレビの電源を切ったのも同然の状態」というたとえだ。



私(彼)の、基本は「一人ぼっち」。

しかし、この「孤独」と「苦悩」には意味があることを悟ろうとする。

だからこそ、人とつながりを求め、この「苦悩」を経験によって生きる為の意味あるものとして輝かせる。

「孤独からの脱却」とは、生きること対する執念。

強さを与えられた、人間のプラスの本能。

「どん底から地面を蹴って這い上がること」

その気持ちに向うまでに、どれだけの想像を絶する苦悩があっただろう。

「生」と「死」の選択の為の格闘は、絶対に健常者には推し量ることなど出来はしないと感じます。

「苦悩」と生と死の「迷い」からの解脱によって、一つの「悟り」に辿り着く。

『私にとって、生きることとは、コミュニーケーションなのです。』という彼の言葉。

人間の底知れぬ無限の力は、生きることに執着することによってでしか、その奥に秘めたる「力」は発揮されない。

そして、その無限の能力は、一つ閉ざされた瞬間に新たな能力を開き、更なる何倍もの潜在的な秘めたる力が与えられる。

どん底の「苦悩」からた彼の「悟り」。





関連ーページ■【どん底】とその【どん底 2番底】とそのまた【どん底 3番底】


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「眼高手低」:人生を純粋に生きるには愛が必要



善行の4文字熟語、「眼高手低」なんて言う言葉、初めて聞いた。

【純と愛】
純と愛

人間の汚いものが見える。

汚れた人間の臭さが匂う。

純と愛。

「愛」と書いて、「いとし」と読むんだね。

なかなかおもしろいよ。

なんかおもしろくなってきた。

社長が、「社長」に向かって、

『人生を純粋に生きようとする人には、愛が必要』。

おもしろい。

「世の中には、未熟な男性と未熟な女性しかいない」

・・・・だったかな?

もう一つ

寸善尺魔(すんぜんしゃくま)ってしっとるけ?





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人間、生きてるだけで丸儲け:今を生きる原点

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人間、生きているだけで丸儲け

自分は不幸なんかでは無い。

不幸だと思う自分の心が不幸なんだ。

人間、生きているだけで丸儲けなんだ。

結局、生きてみんな死んで行くんだ。

そのほんのわずかな時間を生きている。

誰に認められようと、だれからも認めらなくても、他人からどう思われようが、

そんなことは結局、どうでも良いこと。

自分にとっての幸せな人生を生きれる「人間がある」だけで幸せなんだ。

自分の弱い心にバカバカしくなれ。

知に働けば角が立つ情に棹させば流される。

人間の本音と建て前。

互いの腹を探り合うような関係から、互いの本音を語り合えるような関係。

互いに心の底まで打ち明けて親しくつきあえるような「肝胆相照らす仲」なんてことを言う。

出る杭は打たれる。

所詮、この世は・・・。

智(ち)に働けば角が立つ。

情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。

兎角(とかく)に人の世は住みにくい。



自分らしく生きたいと思う。

でも、世の中、世間って言うやつはね・・・。

厄介なものだ。

でも、その厄介なものをしょい込むことができるのが人間。

人間だから。

本音と建て前を生きる。

物事には、裏と表があるもんだ。

人間の心の中にも表と裏が無くちゃあ生きてはいけない。

裏表のない人間なんていやあしないよ。

裏と表を合わせて人間が丸くなる。

生きてるだけで丸儲け。

だから、生きてるだけで丸なのよ。

桜梅桃李。

今を生きる。



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【上善如水】:高きから低くきへ逆らわず穏やかに生きる人間の変化


「上善如水」

じょうぜんみずのごとし

老子の言葉。

人間っていうのは、生まれて頂上まで上り詰めたら、あとは下るだけ。

その下りをどんなふうに生きるか。

上り詰めるまでの生き方。

そして、下りきるまでの生き方。

人間として生きることのあり方。

変わることのない人として、人間の変化を知る人生。

妙法。

桜梅桃李に今を生きる。


※ちなみに、上善如水っていうお酒の銘柄がある。




上善如水 
「上善(生き方)は水の如し。 水は善(よ)く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に居(お)る。
故に道に幾(ちか)し」 もともと理想的な生き方は、水の流れのようなものである。
水は万物に恩恵を与えながら相手に逆らわず、 人のいやがる低い所へと流れていく。
だから「道」の在りように近いのである。」
(守屋洋著「この一冊で古典がわかる!」三笠書房155頁より)



2012/9/28


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奇跡の人『ヘレンケラー』:人間の見えない心を言葉で紡ぐ


奇跡の人『ヘレンケラー』。

言葉があれば闇は無い、言葉が光を導く

映画の中でとてもその台詞が印象に残りました。

言葉というものがあるのを、はじめて悟った日の晩。

ベットの中で、私は嬉しくて嬉しくて、この時はじめて「早く明日になればいい」と思いました。

              (ヘレンケラーの言葉より)



人生で3重苦を背負いながら見事に世の中に貢献した奇跡の人「ヘレンケラー」の人生。

物には名前というものがあるということを知る。

言葉があるということを知る。

ヘレンケラーの中に人間として生きる人生のあかりが灯された瞬間。

言葉は、人間の心の中の見えない大切な思いを見える形として伝えることができる最高のツール。

最高の言葉があっても、そこに「真心」の先につながる人間の命、生命を感じ取ることが出来なければ、私達が人間対話を求める究極の哲学を生きることにならない。

美しい文章を浅墓な知恵だけで考えても、そこに踊る美辞麗句なんて嘘っぱちだとすぐにわかる。

私達の仏法を根幹とする生きた哲学は、事実を伝える言葉を磨くだけの方法論などではない。

どんな言葉でさえもそこに「心」が映し出されなければ、最高の言葉と言葉を紡ぐことなんてできやしない。

究極、言葉なんて無くてもいいのかもしれない。

現実には何も無い。

ヘレン・ケラー

ヘレン・アダムス・ケラー (Helen Adams Keller)。

1880年6月27日生まれ。

米国アラバマ州出身。



見えない、聞こえない、話せないという人間が生きることの上においての3重苦という重い障害を背負いながら、世の中の障害と闘う人々のために世界の福祉に貢献した奇跡の人、ヘレン・ケラーとアニー・サリバン先生の半生を描いた「奇跡の人」はあまりにも有名。



ヘレン・ケラーの名言集

・人生は、「勇気をもって挑むか、棒にふるか」のどちらか。

・あなたの顔を日光に向けていなさい。そうすれば陰影を見なくてすむ。いつも真理に目を向けていなさい。そうすればあなたの心から不安、心配は消える。

・ひとつの幸せのドアが閉じるとき、もうひとつのドアが開く。

・もしも、この世が喜びばかりなら、人は決して勇気と忍耐を学ばない。

・世界を動かすのは、英雄の強く大きなひと押しだけではありません。誠実に仕事をするひとりひとりの小さなひと押しが集まることでも、世界は動く。

・人生の目的は何か、などと堅苦しく考える必要はない。楽しく生きて、この世を去るときに、「生まれてきて良かった。幸福な人生だった。」と振り返ることができたら、その人は人生を楽天主義者として過ごせた成功者だといえる。



ヘレンケラーの名言集は、わたしが確かに現実を生きるための哲学と何一つ変わらないことに改めて心から感動させられました。

確かな現実を生きることに、懸命に生きた人。

言葉に、命を与えるための人生を賢明に生きたヘレンケラー。


【送料無料】奇跡の人ヘレン・ケラー自伝

関連ページ

日本のヘレン・ケラー「福島 智」氏の孤独と苦悩からの脱却~人
日本のヘレンケラー「福島智」東京大学教授の闇と沈黙の苦悩の脱出:【名字の言】




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優しは力なり:桜梅桃李に生きる


本当の勇気。

「優しは、力なり」

気弱で優柔不断な優しさは、本当の優しさとは言わない。

高視聴率40%越えの大ヒットしたドラマ『家政婦のミタ』。

ドラマの中の台詞には、「人間が今を生きて行く」ことの大切な言葉がちりばめてあった。

松島菜々子演じる家政婦の三田 灯(みた あかり)。

心を映し出す感情を表すことのないまるで能面のような表情。

瞬きをしない見開いたままの彼女の瞳には、目の前の現実は映っていない。

彼女が十字架として背負深く、重たい荷物。

「自分の意志で動くと、周りが不幸になる」と自分で自分を呪い続ける。

「決して、死ぬまで笑わないで!」

わたしの笑顔は、愛する人を不幸にする。

そのドラマ「家政婦のミタ」の主題歌「やさしくなりたい」の歌詞。

優しくなりたい。

自分だけじゃ寂しい。

強くなりたい!

優しくなりたい!



という歌詞の一部。


昔、「今を生きる指標である座右の銘は何?」って聞いたら、「優しさは力なり」って答えた。

継続は力なりっていうのは知っていたけど、「優しは力なり」って言葉は、聞いたことが無かった。

たぶん、その人自身が作った言葉なのだろう。

でも、その人の言う通り、確かにとっても周りのみんなにやさしかった。

何でこの人は、こんなに人の為にこんなに動けるんだろう?

一体、この人は、どこからこんなにパワーがでているんだろう?

一生懸命働いて、人を笑わせて、人の為の惜しむことなく動いて・・・。

そんな人の座右銘が、「優しさは力なり」って言われると、納得が出来る。

ドラマの主題歌の「やさしくなりたい」の歌詞では、

優しくなりたい。

自分だけじゃ寂しい。

強くなりたい!

優しくなりたい!




人にやさしくなりたいと思えば、自分がもっと強くならなきゃあいけない。

あたしは、ひとりなんだと寂しく思うのなら、もっと人にやさしくしなきゃあいけない。

優しさは、力なり

優しさは、相手の力になるんじゃあない。

優しさは、わたしが今を生きていく力の源になるんだ。

その力をつけるためには、もっと強くなる必要がある。

気弱で優柔不断な優しさは、本当の優しさとは言わない。

優しくなりたい!

強くなりたい!

そこに必要なものは、今あることから、絶対に逃げないということ。

更に、そこに必要なものは、勇気。

わたしの今を生きる座右銘は、明石家さんまさんの「生きているだけで丸儲け」。

だらから、あきらめない。

本当の勇気。

「優しは、力なり」

ドラマの中の台詞で、こんな言葉もすごく印象的に残ってる。

「あなたは、今、わかろうとしているの」

「人間らしさを取り戻そうとしている」

「いま、現実にみえる家族のお蔭で」

・・・・



誰かのお蔭で、今、わかろうとしている。

今。

家政婦のミタ
2011年10月12日から12月21日まで毎週水曜日22:00 - 22:54に、日本テレビ系の「水曜ドラマ」枠で放送された日本のテレビドラマ。主演は松嶋菜々子






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感謝と生きているだけで丸儲けの日々


なかなかブログを更新できずにいたら、もう、11月になっている。

その11月もすでに6日、今日は日曜日。

ブログってなんだろう。

今は現実の世界、リアルな世界が結構充実している。

このブログって、現実の世界があって初めて意味がある。

でも、現実の世界が面白くなってくると、ネットの仮想空間の中の思いを語る世界なんて言うのが、意味のあることなのかな。

なんて思えてくる。

今年も残りの毎日を生きる。

今を生きる。

でも、本当に、人間って変わることが出来るものなんだっていうことを、わたしの自己満足の世界であるこのブログを振り返ればよくわかる。

わたしの人間としての目標。

今年の目標。

果たせたかな?

果たせるかな?

感謝で生きられる生きているだけで丸儲けの日々

だから、大切にしたい。

今を。

過去の宝であるこのブログを。

明日を変え、未来を創造していくために。

わたしにとっての価値ある宝物。

確かなもの。


現実の中でドラマを起こす:生きているだけで丸儲け

登場人物の一人ひとりが繰り広げるドラマ。

現実の暮らしにおける社会生活の中では、なぜ、ドラマが生まれないのだろう。

なぜ、「怒ら」ないのだろう?

「怒る」勇気さえないのだろうか?

こんな情けない社会に腹が立たないのだろうか?

悔しくないのだろうか?

世の中に対するあきらめ?

それなのに、ドラマの主人公は、必ずドラマティックな演出が用意されており、怒り、泣き、笑い、そして、切ないエンディング、ハッピーなエンディング、様々なエンディングを迎える。

現実の生活にドラマは必要ないか?

主人公を演じたくないか?

名脇役を演じたくないか?

私の生きた人生の確かな足跡を残したくはないのか?

一生に一度、大馬鹿な結末を迎えるドラマの主人公のドラマティックな筋書きを演じる。

演じるんだ!

怒れ!

怒ったっていいんだ!

どうせ、生きているだけで丸儲け。

己の中の社会対する矛盾と怒り。

現実の暮らしの中でドラマティックなドラマを演じたい。

その主人公は、わたし。



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感謝と報恩と謙虚さ

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人間が生きていくことに科学はとても大切。

でも、人間は、科学や数学だけで、現実を生きてはいけない。

科学も数学も確かな答えを導き出すために人間が創り出したものの一つ。

人間によって導き出されたもの。

1+1=2

人間に与えられた知識だけでは出せない答えもある。

1+1=2

1と1をたせば、2になることなんて当たり前のこと。

しかし、その当たり前のわかりきったことの問題の答えを出そうとしても2にはならない。

科学や数学だけでは答えが出せないもの。

一つの答えを導き出せないこと。

これまで生きてきた経験や教科書の知識だけでは解けないこと。

1+1の答えが、2だけなんてつまらない。

1+1の問題に、人間の味を加える。

その答えは、無限になる。

未来がある。

人間の味。

感謝と報恩と謙虚さ。

生きている現実で、心の鏡が曇りそうになったとき、心が暗くなりかけたとき。

私が、私らしく生きるために必要なこと。

今を生きるために必要なもの。

感謝と報恩、そして謙虚さ。

それが、私の生きる哲学のエッセンス。

私の人間としての味。

失敗でできている私の人生。

その失敗の人生から学んで得たもの。

その大切なもの。

私が、私として、生きていくために大切なもの。

感謝と報恩。

謙虚。

私が私らしく生きるための味。

その味を出すために今を生きる。

その味を人間として付け加えるために現実の社会を生きる。

人間としての価値。

己の価値を創造するための哲学。

己の哲学の確かさを試すための実践の場所。

今という瞬間。

ところで、私のモットーは、生きているだけで丸儲け。

この言葉は、尊敬する明石家さんまさんの座右の銘でもある。

その明石家さんのIQは、定かではないがかの有名なアイシュタイン並みの170!なんて聞いたことも。

・・・、それはないわ。

そのIQ170の持ち主の理論物理学者「アインシュタイン博士」

アイシュタイン博士が残した数多くの言葉。


宗教なき科学は不完全であり、科学なき宗教にも欠陥がある。

知性は方法や道具に対しては鋭い鑑識眼を持っていますが、目的や価値については盲目です。

何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない。



アインシュタインは晩年、物理学や科学だけでは宇宙や人生の究極のものを得る事が出来ないと悟り、その根本の解決法として東洋の宗教に期待をかけていたといいます。

世の中の自然を支配し、理解するための法則を物理と科学に求めたアインシュタイン。

アインシュタインはユダヤ人。

相対性理論と言う画期的な原理を発見した、偉大なる科学者。

少年時代は特別に秀でたわけではなく、極普通の少年であったという。

しかし、その中で、常にいろいろな事に、空想と妄想を頭の中で繰り広げていたと言います。

「なぜなのか」という疑問を持つ事を常にしていたと言います。

人間とは?

桜梅桃李。

今を生きる。





アルバート・アインシュタイン。アルベルト・アインシュタイン。ドイツ生まれのユダヤ人理論物理学者。相対性理論を確立。生前からメディアで大きく取り上げられた人物。世界で最も有名な科学者の一人。幼少期から幾何学などに興味を持ち、9歳でピタゴラスの定理を自力で証明した。スイスのチューリッヒ連邦工科大学を卒業。いくつかの職を経た後、スイス特許庁に就職。仕事の傍ら物理論文を書き大学に提出。論文が認められチューリッヒ大学助教授となる。プラハ大学、チューリッヒ連邦工科大学などで教授職を務めた。ノーベル物理学賞受賞者





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世界を変える、世の中を変える

     『世界を変えたいと思うのなら、

       あなた自身が変わらなければならない。』


インドを独立に導き、非暴力によって世界を変えたマハトマ・ガンジーの言葉。


今という瞬間は、何のためにある?

これまで生きてきた過去を活かすため。

これからを生きる未来を変えるための。


自身の変化とは何か?

それは、己の中の心の習慣。

考え方の変化を導くものは、心の習慣。

一人一人の人間の中にある現実に生きることに対する瞬間、瞬間の思い。

その思いの傾向性を、変え続ける事。

高め続ける事。

それは、自身の中で哲学と変わる。

世界を変えたいと思うのならば、私の心を変えなければならない。

人間として生きる私の生き方。

そのスタイル。

変わらなければならないもの。

変わってはいけないもの。

私という絶対的な存在。

世の中に唯一、絶対的に存在を意識出来る己自身。

自己。


世界を変えたいと思うのなら、己を変えよ。

現実を生きることに対して苦しいと感じるのなら、私自身を変えよ。

世の中を変えたいと思うのなら、私自身を変えよ。

現実を生きるすべての世界は、私の自己を映し出す鏡。

鏡の世界。

鏡を常に磨き続け、その精度を高め続ける事。

己の心を映しだす鏡を磨き続けるために、今という瞬間を生きる。

それは、未来の世界を変えることとなる。

革命とは、一人の人間の中から生まれる。




マハトマ・ガンディー
ガンディーは、1948年1月30日、ガンディーはニューデリーのビルラー邸で狂信的なヒンドゥー原理主義集団民族義勇団の一人ナートゥーラーム・ゴードセー(नाथूराम गोडसे)らによって暗殺された。

3発のピストルの弾丸を撃ち込まれたとき、ガンディーは自らの額に手を当てた。これはイスラム教で「あなたを許す」という意味の動作である。そして、ガンディーは「おお、神よ」(「ヘー ラーム हे राम」)とつぶやいてこの世を去った。78歳であった。

( Wikipediaより)





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人間生きているだけで丸儲け:自信と傲慢


心と精神、生と死の境目。

生きることに立ちはだかる壁。

生きることの限界。

現実を生きることが出来ない。

生きることを諦める。

死ぬ事を選択する。

そして、死ぬ方法を選択する。

死を感じる事によって、死が集まってくる。

何度も繰り返してきた己の心のどん底。

でも、今こうして生きている。

優柔不断で中途半端な生き方の人間が、世の中を生きることが辛いと感じる事は、当たり前のこと。

そんな人間が、生きることにおいて、前向きな事を学び、そして、知恵をつけて磨いていくという生き方が出ずに、生きること全てが壁に思えるのは当然の事。

人間の生き方の弱さは、全てに対して、その理由を知ろうとしないことに対する恐れ。

己と言う人間が生きるこの世の中、社会を理解しようと言うことから遠ざかる。

「中途半端な生き方」

私の人生は、何かあるたびにこの言葉が頭の中に、浮かんでは消える人生であった。

でも、今こうして生きている。

生きているのだけれど、自分で生きているのではないと、私の心ははっきりと自覚している。

「生かされている」のだ。

いいじゃあないか。

死というものの淵へ追い込まれ、死を何度も考えた人間が、この程度の妄想を信じてもそれは、妙な病に冒されているとは思わない。

人間は生かされている。

だから、生きなければならない。

生きているということに、感謝を持って。

そして、己自身の自己確立の名の下において、自身の力で、自力で生きる。

それが、自己実現、自由自在の人生。

人間生きているだけで丸儲け。

笑いの神様、明石家さんまさん。

全ての人生を笑いに変える「さんま」さんの人生そのものは、まさに、生きているだけで丸儲けそのままに、現実を生きている。

生かされていることによって、生きることの出来る人生。

生きるということは、死によって成り立っている。

謙虚と傲慢。

「自信」という強さの中に、芽を伸ばそうとする、己の人生を破壊する傲慢。

謙虚に、己の今という人間を見つめ、生かされているということの感謝によって、自信という強さの中に忍び寄るその傲慢を見抜いていかなければならない。

己自身の人生を確かな哲学に基づいて生きるために。



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