「・・・に気をつけなさい」マザーテレサ


思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。



マザーテレサ


気が付く人生。

悟りを開き続けることの出来る人間の生き方。


その哲学。

桜梅桃李。

今を生きる。





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【孤独と苦悩】:日本のヘレン・ケラー「福島 智(ふくしま さとし)」 氏


目と耳に障害を持つ『日本のヘレン・ケラー』と呼ばれる「福島 智」という方のドキュメンタリーを見る機会がありました。


日本のヘレン・ケラー「福島 智 氏(ふくしま さとし、1962年12月25日)」

「日本のヘレン・ケラー」と呼ばれる東京大学先端科学技術研究センターの
福島智・准教授(45)が博士号を取得することになった。



福島さんは目と耳がともに不自由という障害を乗り越えて、
東京大学で教授となった人物です。


自身の背負った障害について、
「深い水中に沈んでいくような絶望感だった」と述べておられます。



同氏は全盲ろう者の苦しみを「消されたテレビ」にたとえる。耳が不自由な人はテレビの画面だけを見ているのと同じで、目が不自由な人は音だけ聞いているのと同じだとすれば、全盲ろう者は「テレビの電源を切ったのも同然の状態」というたとえだ。





私(彼)の、基本は「一人ぼっち」。

しかし、この「孤独」と「苦悩」には意味があることを悟ろうとする。

だからこそ、人とつながりを求め、この「苦悩」を経験によって生きる為の意味あるものとして輝かせる。

「孤独からの脱却」とは、生きること対する執念。

強さを与えられた、人間のプラスの本能。

「どん底から地面を蹴って這い上がること」

その気持ちに向うまでに、どれだけの想像を絶する苦悩があっただろう。

「生」と「死」の選択の為の格闘は、絶対に健常者には推し量ることなど出来はしないと感じます。

「苦悩」と生と死の「迷い」からの解脱によって、一つの「悟り」に辿り着く。

『私にとって、生きることとは、コミュニーケーションなのです。』という彼の言葉。

人間の底知れぬ無限の力は、生きることに執着することによってでしか、その奥に秘めたる「力」は発揮されない。

そして、その無限の能力は、一つ閉ざされた瞬間に新たな能力を開き、更なる何倍もの潜在的な秘めたる力が与えられる。

どん底の「苦悩」からた彼の「悟り」。






関連ーページ■福島智東京大学教授の闇と沈黙の苦悩の脱出~名字の言
関連ーページ■【どん底】とその【どん底 2番底】とそのまた【どん底 3番底】



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日本のヘレンケラー「福島智」:孤独と闇・沈黙と苦悩


今日の名字の言

先月末、「東京都盲ろう者支援センター」が台東区に開設された。目と耳の両方に障がいのある「盲ろう者」の生活、社会参加の支援等を行う、全国の自治体で初の試みである。

彼・彼女らの象徴的存在ともいえる福島智東京大学教授も、オープンを祝福。時同じく、福島さんの評伝、母・令子さんの手記が、相次ぎ出版された。福島さんは9歳で光を失い、18歳で音を失った。この闇と沈黙の苦悩から福島さんを救い出したのは「手」であった。

母の考案した「指点字」である。福島さんは歌う。「ぼくの指にきみの指が触れたとき/そこにことばが生まれた/ことばは光を放ちメロディーを呼び戻した」「ぼくの命はいつもことばとともにある」(生井久美子著『ゆびさきの宇宙』岩波書店)

聞けなくても、読めなくても、触れれば、言葉は生まれてくる。言葉はたくましい。“言葉と命は一つ”――福島さんの詩に粛然とする。

御聖訓には「仏は文字に依って衆生を度し給う」(御書153ページ)、そして「声仏事を為す」(同708ページ)とある。今の世の中、嘘の言葉、人を傷つける言葉が多過ぎないか。だからこそ、私たちは、真剣な言葉、誠実な言葉、励ましの言葉で、「生きる勇気」を吹き込んでいきたい。(飛)

・日本のヘレン・ケラー福島 智 氏の孤独と苦悩からの脱却



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「眼高手低」:人生を純粋に生きるには愛が必要



善行の4文字熟語、「眼高手低」なんて言う言葉、初めて聞いた。

【純と愛】
純と愛

人間の汚いものが見える。

汚れた人間の臭さが匂う。

純と愛。

「愛」と書いて、「いとし」と読むんだね。

なかなかおもしろいよ。

なんかおもしろくなってきた。

社長が、「社長」に向かって、

『人生を純粋に生きようとする人には、愛が必要』。

おもしろい。

「世の中には、未熟な男性と未熟な女性しかいない」

・・・・だったかな?

もう一つ

寸善尺魔(すんぜんしゃくま)ってしっとるけ?





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【上善如水】:高きから低くきへ逆らわず穏やかに生きる人間の変化


「上善如水」

じょうぜんみずのごとし

老子の言葉。

人間っていうのは、生まれて頂上まで上り詰めたら、あとは下るだけ。

その下りをどんなふうに生きるか。

上り詰めるまでの生き方。

そして、下りきるまでの生き方。

人間として生きることのあり方。

変わることのない人として、人間の変化を知る人生。

妙法。

桜梅桃李に今を生きる。


※ちなみに、上善如水っていうお酒の銘柄がある。




上善如水 
「上善(生き方)は水の如し。 水は善(よ)く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に居(お)る。
故に道に幾(ちか)し」 もともと理想的な生き方は、水の流れのようなものである。
水は万物に恩恵を与えながら相手に逆らわず、 人のいやがる低い所へと流れていく。
だから「道」の在りように近いのである。」
(守屋洋著「この一冊で古典がわかる!」三笠書房155頁より)



2012/9/28


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動画-アヘッ~!寛平さん世界一周のアースマラソン、ロスへ到着!


間寛平さん、無事、到着おめでとう!

「あなたが、貴方らしく生きる姿に、感動します。」

「寛平さんらしく生きているから。」

還暦を迎えるその前の年に、 「アースマラソン 」を決意した間寛平さん。

1月に、ヨットで日本を出発し、10日(日本時間11日)、
太平洋横断の航海を終え、米ロサンゼルス・ロングビーチ港に到着しました。

▼ 2009.03.11 09:59
<速報>寛平さん、けさ7時11分に米国上陸!!
間寛平 アースマラソン 公式ブログ EARTH Marathonより。



到着して、家族の出迎えを受けた時、
寛平さん、男泣きの「寛平泣き」で、大泣きしてました。

それまでの、「太平洋横断の航海」が、
寛平さんにしてみれば、とても過酷な冒険だったのでしょう。

これから、寛平さんの得意なマラソンで、北米大陸を横断ですね♪

やっぱり、この 「アースマラソン 」寛平さん自身にとって、
そして、芸人として、集大成なのでしょう。

まだ、まだ、先は長いけれど、がんばってください!



■間寛平さん、米ロスに到達 世界一周へ太平洋横断
【ロサンゼルス10日共同】マラソンとヨットで世界一周する「アースマラソン」挑戦のため、1月にヨットで日本を出発したお笑いタレント間寛平さん(59)が10日(日本時間11日)、太平洋横断の航海を終え、米ロサンゼルス・ロングビーチ港に到着した。

 船上で何度も手を振りながら入港した間さんは、妻光代さんやファンら50人以上の出迎えを受けて上陸。「なぎの時に船が動かないのが大変だった。(退屈で)腹筋ばかりやっていた」と1万2710キロの旅を振り返り、「これからニューヨークまで走るから応援に来て」とギャグを交えてファンへのメッセージを語った。

 間さんは昨年12月17日に大阪を陸路で出発し、今年元日に千葉県鴨川市を出港。今後はマラソンで北米大陸を横断した後、大西洋、欧州、アジアを経て、日本をスタートしてから2年以上かけて大阪に戻る。

 間さんはホノルルマラソン17回完走などのマラソン歴がある。
47NEWS(よんななニュース)


■YouTube -間寛平 アースマラソン、途中の航海16日目の様子




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だって人間だもの:相田 みつを


 だって人間だもの:相田みつを

人間が、人間であることの本質。

別の世界の人のように、「生きるという」ことを、俯瞰して、仙人のような達観した言葉の数々。

そう、人間は所詮、人間だもの。

相田みつをさんの 「だって人間だもの」は、人間が人間として、生きてゆくことを否定しているようにも聞こえる。

「諦めること」を、悟らせれることによって、余計なものが、心から抜けていくのだろうか?

何かストンと、得心の行く悟りを己の中で開かせてくれる。

そんなあたり前の言葉なのに。

当たり前の言葉が、絶対的な言葉へと昇華していく。

言葉とは何だろう?

人生の箸休め、疲れた心の癒し。

疲れた心をリセットして、ありがとう。

さあ、また、なんとか今日もがんばれそうと、自分の心を自分で押す力が湧いてくるのでしょう。

世の中、なんだかんだ言っても、みんな一所懸命に生きている。





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岡本太郎・芸術は爆発だ!極道の道/心に残る人

「芸術は、爆発だ!」といった岡本太郎氏。

自らが何かを生み出す、芸術家や、作家や作曲家その他、クリエイティブな仕事に生きる人、生業としている人は、魚で言えば、マグロや、その種の魚と同じなのかもしれない。

「爆発」とは、己の中のまさにその湧き出すものの最上級の言葉。

己の中から、湧き出すもの。

湧き出させるもの。

己の中のエネルギーのほとばしりでた結果。

絶対的なもの。

さすが、岡本太郎氏から出た、この「爆発」の言葉は、その岡本太郎氏、自体が、絶対的な世界を持つ、『芸術」「爆発」だったのだ。

人間そのものが、芸術。

絶対的で、ニュートラルなものから発せられる至高なる世界。

宇宙。



そのために、道を極める「極道の世界」を、本能に導かれるままに突き進もうとするのだろう。

とすれば、人間としての、己の中の革命と完成を、どこまでも高めようとする「信仰者としての姿」も、魚で言えば、
マグロやその種の魚と同じなのかもしれない。

泳ぐことを止めれば、死んだも同じ。

いえ、「死」そのもの。

生きる屍(しかばね)。

立ち止まることで、己の人生を単なる自分の為だけの自己満足のにやけた顔で、この世の己の人生の終わりをただ待つだけなのか?

泳ぎなから死んでいくのか?

信仰者の道も、極道の世界。

仮のはずであるこの世に、果てや、ゴールは、無いのかもしれません。

単なる通過点なのでしょうか?


【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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天網恢々疎にして漏らさず


自身の過去の不幸を語る。

語ることによって、人に生きる勇気を感じてもらえる。

自身にとっても前向きな告白であると思う。

でも、人に同情を買っておらおうとして、自身に味方してもらおうとして、自身の過去の不幸をひけらかすと言う心。

それは、自分の不幸を自分以外のものの責任にすり替え、擦り付けて自分に言い訳しているだけなのだ。

しかし、それは単なる気休めにしか過ぎない。

自身の心の平静を自身以外のものに頼ろうとしているのだから。

そして、その心の傾向性が、本来、自身の中にある「目覚めさせるべきな大切なもの」、「強くて、大きなもの」を気付かなくさせてしまっているのだ。

強く言いたい。

あなたの過去の不幸は、誰の責任でもない!

ましてや、あなたの家族である両親のせいなどと思うことなど、決してあってはならないと思います。

すべては、あなたが遠い過去から背負ってきた「原因であり結果」なのだ。

と言うこと分かって欲しいと思います。


今の私の姿は、過去に積んできた、すべての原因の結果。

「天網恢々疎にして漏らさず」

世の中見てると、お天道様の網は穴だらけに思えるかもしれない。

けれど、見えるものだけが全てではない。

自分が吐いた唾は、必ず自分に返ってくる。

自分が生きていく人生の上で、必ず背負わなければならない!

その事に、はやく生命で気づける人は、この世に生きている間、生きてきた過去の人生よりも、今を、未来を幸せに生きていける。

桜梅桃李。

今を生きる。




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愚人に褒められたるは、第一の恥なり


「愚人に褒められたるは、第一の恥なり。愚人に憎まれたるは、第一の光栄なり。」

つまらぬものに褒められて有頂天になって喜ぶような大馬鹿門にはなりたくない!

自身を低くし不幸へ向う入り口だから。

愚かなものに、悪口を言われるほうがまだ幸せである。

人を見抜いていく命が大事!

全ては知ることから始まる。

その縁。

行き詰まった時こそ、知る、知る、知る。

知ることが集まって、知恵となる。

知恵、知恵、知恵。

知恵が集まって、英知となる。

そこに確かな哲学によって、人間として生き行く為の英知となる。

決して、宗教の道具、奴隷になってはいけない。

人の奴隷になってはいけない。

己が全ての主役なのだ。

誰も私を支配するものはいない。

まして道具などに支配されているようでは、 人間が人間であることの意味まで失ってしまうではないか!

私は、自分で生きているのだろうか?

自らの意思で毎日を生きているのだろうか?

何事にも「感謝」できる心を持った人は、もうすでに生きていることに、十分大切な意味を感じているだろうし、又、幸せに生きていける条件を備えた人だと言える。

人生を幸せに生きるためには、人生を幸せに生きるためには、結果よりもいかに結果に向う過程を楽しめるかどうかにかかっている。

成功したことよりも、失敗したことをどう「楽しめる」か?



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生きた証を残すための夢 「I Have a Dream・私には夢がある!」

今日、NHKの「その時歴史が動いた」で
「I Have a Dream  〜キング牧師のアメリカ市民革命〜」
のタイトルで、再放送していました。

バックナンバー: 「その時歴史が動いた」第342回(NHKサイト)
キング牧師

アメリカ大統領が史上初の黒人
「バラク・オバマ」さんに決まりました。

キング牧師

「I have a Dream.」

「私には夢がある!」
画像:AP

この第一声は、あのキング牧師の振る絞るような声と共に
私の記憶から離れることはありません。

大学受験の時の、教材として
この声を聞いたときから印象深く残っています。

この「I have a Dream.」の言葉は、1963年8月28日、
25万人が参加した歴史的な「ワシントン大行進」の最後に
キング牧師がおこなった演説の中での言葉です。(その時歴史が動いたより)

その当時、黒人は激しい差別にさらされており、
バスに乗ることさえ差別されていたのです。

詳細は↓こちら:http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2008_11.html#01

●モンゴメリー・バス・ボイコットについて
人種隔離法に基づいたモンゴメリーの市バスの乗車ルールでは、前方に白人専用席があり、黒人はそこに座ることは許されず、さらに白人席が満席になると、黒人は白人に自分の席を譲らねばならなかった。1955年12月1日、バスに乗車した黒人女性、ローザ・パークスは、運転手から「席を譲れ」と言われたが応じず、白人に席を譲ることを拒否。その日、ローザは逮捕された。この逮捕によって、モンゴメリーの黒人たちは差別への抵抗を示そうと「バス・ボイコット(乗車拒否)」という行動に出る。キングを中心としたこのボイコット運動は381日間に及び、1956年11月、ついに連邦最高裁はバスにおける人種隔離を定めたアラバマ州法とモンゴメリー市条例を違憲とする判決を下した。このバス・ボイコットは、その後の公民権運動を急速に高める画期的な事件となった。



黒人達がその差別に反対し「バスの乗車拒否運動」を続けている最中に、

ある黒人の老婦人が道を歩いているのを見かねて、
「乗っていきませんか?と声をかけたところ

その時、番組の画面のテロップには、

「いいえ、私は、歩きます。」

「私が歩くのは、自分の為ではない、・・・」

との言葉と共に、ナレーションが続いていました。

私は、「ふ~ん」
自分の為でなければ、「他の人の為」でしょ。

・・・なんて、どうせ、わかりきった嘘っぽい、偽善的な言葉が続くのかなと思って
ナレーションを聞きながらテレビを観ていました。

そうすると、バスに乗らずにあるき続けようとしていた老婦人の、
その後の言葉が、


「わたしは、自分の子供、そして孫の為に歩くのです。」


その時、強く生きている人の本当の「言葉」と、
その言葉の中の大きな「愛」を感じました。

強い信念の自分の生き様が、
やがては後を継ぐ人たちに受け継がれていく。

人が生きて、そして死ぬ。

でも、後には、
その生きた証を受け継ぐ人がいる。

人が生きて受け継ぐ人に残せるもの。

それは、
前向きに生きたその姿、「生き様」ではないでしょうか?

「I have a Dream」も力強い言葉ですが、

私は、この言葉を聞いて更に感動しました。

「白人と黒人の対立」から「対等」のへ。

そして、理解と対話と1人の人間として。

一人ひとりの意識的な運動がやがては大きな波となり、
うねりとなり、無意識に変っていく流れ。

この一連の運動も、1人が、そしてまた、1人が立ち上がることから始まる。

1人の力は、小さくもあり、
しかし、大きくもあり、偉大である。

そんな風に感じました。


そんな、長い歴史の積みかねの答えが、
オバマさんに象徴されるのではないでしょうか?


『We Shall Overcome(私たちは打ち勝つ)” 』
これは、「公民権運動を象徴する歌として、
次第に世界中で歌われるようになった」歌です。


生きる!勝つために生きる。

本当にそう思います。
様々な、自身の課題に向かって、
「私は打ち勝つ!」

「夢がある限り!」

「I have a Dream」

生命(いのち)から出た言葉って、
   本当に命に響くものなのですね。


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萩本 欽一氏の生き方:【運を作る・運を磨く努力】

『運をつくる、運を磨く、才能を磨く。

      芸を磨くよりも人間磨け!』
                                
     『人が見ていないところで、つらいと言え!』

                   大将・欽ちゃんこと、『萩本 欽一』氏
軽薄で、お馬鹿がうける時代。

お笑い芸人や一部の若手タレントは、その代表的な存在のようです。でも、本当に軽薄で、お馬鹿なら長くは続かないでしょう。

軽薄でお馬鹿でも、その道を極めれば、軽薄でも馬鹿でもない。

かんせいも大切だけど、それだけでは続かないのではないでしょうか?

時の流れにだけに乗って生きていくような芸人では長くは、ファンがついて来ないでしょう。

『運をつくる、運を磨く、才能を磨く。芸を磨くよりも人間磨け!』

「運」と「才能」は、自分で磨いて開いていけるのですね。

「芸を磨くよりも、人間を磨け!」

努力の人だから、人が好きだから、こんな言葉になるのだと思います。運と才能は、自らの努力で開くものだ。「才能とは、99%の努力だ」という言葉を、聞いたことがあります。

『人が見ていないところで、つらいと言え!』

弱みを見せず、苦しさに耐えて、尚且つ、人に喜びを与えられる人に。

まず、芸人である前に人として人間を磨く。

その辛さに耐えた分だけ目に見えない人として、また、芸人としての魅力のある、人をひきつけることの出来るような
芸人やタレントになれるのではないのかなと感じます。

私の場合、今の現状を人のせいにして、「自分に言い訳するな!自身の弱さに負けるな! 」って感じです。

心に残る言葉をありがとうございます。



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DAIGO ダイゴさん は竹下総理のお孫さん「そっーすね~」

DAIGO(ダイゴ)さんの味方を増やす言葉

      「そっーすね~」 「たしかに~」


ミュージシャンのDAIGO(ダイゴ)さん。

天然系キャラで人気上昇中、故・竹下 登 元総理のお孫さん。好青年タイプの、小泉元総理 の息子さん、「孝太郎」さんとは、特に接点は無いようですが、2人は同じ年で29歳だということです。

でも、やはり共通するところは、二人とも「育ちの良さ」が、人柄からにじみ出ているように感じます。

その、DAIGO(ダイゴ)さん、

「そっーすね~。」

「確かに~。」

の相槌が、今のところ結構、ウケているようです。

また、トークでは「うちのおじいちゃんがぁ~」で始まり、話が盛り上がることが多いようですが、トークの内容もとても親しみ易く面白い。

「おじいちゃん」と呼んでいる人が「元総理」というのに、DAIGOさんの話す内容のギャップが、印象深く、

この人の人柄が作られたものでは無く、そのまま素直に現われているように感じられ、とても良い印象を与えます。

ところで、この相槌、「そっーすね~」「たしかに~」は、意識しているわけではなく、本人の癖で普段の会話から頻繁に使っているということです。

心理学的な専門家に言わせると、会話で相槌を返すというのは、相手の話に同調を示すことになり、敵を作らない、味方を作るための大事な要素だと言います。

「なるほど~。」

どんな話も、「まず素直に受け入れて聞く事。」

そんなことがキチンと受け継がれているのかもしれません。

政治家の家系ですからそのようなことが、きっちりと何かしらの形で、お孫さんにもツエラレテいるのでしょう。「人の話を傾ける。」政治家として、また、人としても器と品格を備えるためには、必要な条件ですものね。そのような大切なことは、小さなときから、備えることの条件と環境が整っている家柄に生まれたことは、とても幸運なことでしょう。

もって生まれた、そして、幼い頃に培われた、人の「心根」というのは、大人になっても変わることのない大切なものだと思います。

最近のテレビのDAIGOさんの人気を、空の上から見ているおじいちゃんの株も 「うなぎ上り」 かも知れません。

「竹下 登(のぼる)」だけに・・・。

一つ、「エピソード」があります。

竹下登 元総理が初めて総理大臣になって自宅に帰ってた時に、DAIGOさんが聞いたおじいちゃんの最初の言葉。

「アイムソーリ~。 僕 総理。」だったそうです。

結構ひょうきんな、おじいちゃんだったのですね。

DAIGOさんのおじいちゃんらしいのかも。

そのあと、「髭、そーりー」は、無かったかな?(寒)

●故 竹下 登 元総理について

・総理在職期間 :昭62.11. 6~平元. 6. 3 576日
・総理就任時年齢:63歳





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天才とは努力の異名>羽生善治


『才能とは努力を継続できる力』:棋士 羽生善治

25歳で前人未踏の7タイトル全制覇を達成した天才自らをして言わしめた言葉に、非常に重みが感じられます。羽生善治と同時に、野球のイチロー選手の姿が浮かんできました。

「才能」と「勝負に勝てる力を発揮できること」はイコールなのか。

その「力」の根本は「努力」と「継続」。

天才といわれる人の中身を垣間見たような気がしました。

「才能」に「才能」を積み重ねることは、「超人」になること。

「超人」が「超人」であるためにもやはり、「努力」と「継続」の炎を燃やすエネルギーしかないのだ。

どんな人にも課せられたこととは、「努力」で自身の道を開いていくと言う事なのだと感じました。

そして『直感を信じる』という彼の言葉「直感」とは、「才能」と「努力」と「継続」、自身の積み重ねてきたものの集大成ではないでしょうか?

その人に備わった、人格、品格、知識、教養、など持っているものすべてをまとめた「最高の英知」ではないかと思います。

別な言い方をすれば、霊的なものにも相当するのでしょう。

「単なる感」でも「当てずっぽう」などとは全然違う見えざるもがあたえてくれた答え、根拠のある答えなのだと思います。

直感とは、真理。

その直感を信じた答えと言うものは、結果の如何を問わず、全て「正解」。

直感を信じることの出来る才能こそ、努力を継続できる力なのである。

棋士・羽生善治(2006年7月13日放送) NHK プロフェッショナル 仕事の流儀



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人に理解を求めるには何倍ものエネルギーが必要


「他人に物事を説明し、理解してもらう為には、

自分が、理解するよりも、3倍以上のエネルギーが必要である。」


正確に3倍以上必要かどうかはわかりませんが、自分が理解したことを、人に伝えようとする時には、確かにエネルギーが必要です。

ブログを書いていると、自分の思っていることを、そのまま言葉にして書けば、私なりの自己満足は、達成できます。

しかしながら、ブログという公開性のある性質のものである以上、やはり、訪問していただける方にも、少しでも共感を感じていただける、また、いらぬ誤解を生まぬよう、あまり個人的意見が偏らないように注意が必要でしょう。

そんなときに、感じるのがこの言葉です。

『自分のことを、人に理解してもらう為には、自分に理解させるよりも3倍もエネルギーが必要。』

「言葉」というものは、怖いと感じることがよくあります。

そのことをあまり意識するあまり、書きたいことはいくらでもあるのに、つい、読まれることを意識しすぎると、つい、億劫になってしまうことがあります。

言葉、語彙が少ない、説明できる知恵と力の無さ、非力さから、ブログを更新する自信さえ失いそうになる時があります。

ブログは、同じ意見を持つ人たちとコメントなどでつながれるコミュニケーションをはかれるツールでもあります。

ですが、私の場合、せっかく頂いた、コメントに返事を返すことによって、自意識過剰になって、記事の更新に苦痛を感じることにつながるように思えるので、ありがたくコメントを頂戴しても、失礼とは思いながら、あえて、返事を書かないようにしています。

その点、私は、やはり、人とつながることに、苦手意識が強いのかもしれません。

『自分のことを、人に理解してもらう為には、自分が理解するよりも3倍もエネルギーが必要である』

確で前向きな人生を送るなら、『人に理解させる3倍のエネルギー』でなくても、せめて2倍でもいい、そのエネルギーを意識すれば、人間としての知恵や知性や品格も、随分、磨かれることだろう。

世の中には、私を含め、外見は「大人」の姿をしているけど、中身が「子供」の人というか、人間として未熟な人が多い。

『大人になれない大人たち』

こんな言葉もよく耳にします

『リトル・チルドレン』 という題名の映画も、この「大人になれない大人たち」をテーマに扱った内容でした。


『自分のことを、人に理解してもらう為には、自分に理解させるよりも3倍もエネルギーが必要である』

この言葉は、多くの意味で、いろいろなことにあてはまるのではないかと思います。



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