【孤独と苦悩】:日本のヘレン・ケラー「福島 智(ふくしま さとし)」 氏


目と耳に障害を持つ『日本のヘレン・ケラー』と呼ばれる「福島 智」という方のドキュメンタリーを見る機会がありました。


日本のヘレン・ケラー「福島 智 氏(ふくしま さとし、1962年12月25日)」

「日本のヘレン・ケラー」と呼ばれる東京大学先端科学技術研究センターの
福島智・准教授(45)が博士号を取得することになった。


福島さんは目と耳がともに不自由という障害を乗り越えて、
東京大学で教授となった人物です。

自身の背負った障害について、
「深い水中に沈んでいくような絶望感だった」と述べておられます。

同氏は全盲ろう者の苦しみを「消されたテレビ」にたとえる。耳が不自由な人はテレビの画面だけを見ているのと同じで、目が不自由な人は音だけ聞いているのと同じだとすれば、全盲ろう者は「テレビの電源を切ったのも同然の状態」というたとえだ。





私(彼)の、基本は「一人ぼっち」。


しかし、この「孤独」と「苦悩」には意味があることを悟ろうとする。


だからこそ、人とつながりを求め、この「苦悩」を経験によって生きる為の意味あるものとして輝かせる。


「孤独からの脱却」とは、生きること対する執念。


強さを与えられた、人間のプラスの本能。


「どん底から地面を蹴って這い上がること」


その気持ちに向うまでに、どれだけの想像を絶する苦悩があっただろう。


「生」と「死」の選択の為の格闘は、絶対に健常者には推し量ることなど出来はしないと感じます。

「苦悩」と生と死の「迷い」からの解脱によって、一つの「悟り」に辿り着く。


『私にとって、生きることとは、コミュニーケーションなのです。』という彼の言葉。


人間の底知れぬ無限の力は、生きることに執着することによってでしか、その奥に秘めたる「力」は発揮されない。


そして、その無限の能力は、一つ閉ざされた瞬間に新たな能力を開き、更なる何倍もの潜在的な秘めたる力が与えられる。



どん底の「苦悩」からた彼の「悟り」。








関連ーページ■福島智東京大学教授の闇と沈黙の苦悩の脱出~名字の言
関連ーページ■【どん底】とその【どん底 2番底】とそのまた【どん底 3番底】

『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく



人・言葉 | [2014-01-06(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

【孤独】:どん底のどん底、 2番底のどん底 、3番底

「どん底」というのは、現在の世の中かな。


100年に一度の世の中も、現在の今、この瞬間の世の中かな。


「どん底」の、更に「どん底」の「2番底」


どん底の次のどん底を誰が呼んだか、「2番底」。


そのそこが抜ければ、次は、3番底かい。


その次の底の次は、4番・・・。


「何じゃ、そりゃあ?」


単なるアホさ加減をごまかすための言い分けに、どん底の底が抜けりゃあ、底の下に、もう1つ底を作って、さも、ありそうなことをもっともらしく「2番底」とよぶ。


人間とは、無責任な生き物。


人間の言う事は、不確かな言葉の連続。


要するにいいかげん。(良い意味での好い加減ではない。)


ごまかす人間。繕う人間。


どん底なんていうのが、一体、どこに見えると言うのか。


見えないものを見たように言い。


見るべき見えないものを見ようとしない人間。


人間として与えられた能力・本能の退化。


世の中の進化と引き換えに、人間のどこかの回路は、機能する必要を搾取されて、退化しているのではないか?


どん底と言うものを知ることが出来るもの。


どん底と言うものを見ることが出来るもの。


どん底とは、そのどん底を、味わったものが知ることができる。


どん底とは、振り返った時に見える。


どん底を味わったことのないものが、どん底と抜かす、この底抜けの世の中。



「適当」に繕う世の中の無責任さ。


ただ、ゲームを楽しむ人間。


以前、大河ドラマで「坂本龍馬」の生涯が放送されていました。、その坂本竜馬の生き方を最大の人生の哲学としていらっしゃる武田鉄也氏。


元、フォークグループの「海援隊」で芸能人、武田鉄也さんが、売れなくなった頃に、その日の生活さえ事欠くような暮らしに陥ったときの話。


その時に、妻が、今が「どん底」。


このどん底を良く見ておこうよ。と言ったそう。


ココが、どん底ならば、後は、上がるだけ。と更に、そう言った。


とてもいい話です。


しかし、そのときに、その瞬間に、そのようなことが言えるのだろうか?


そのはなしが、作られた感動話とは言いません。


また、何一つ、疑うことを必要しないのかもしれません。


その通りじゃないか?


後は、這い上がるだけ。


結果オーライ。


そのどん底から登り続けたと言う、成功話を否定するつもりは、毛頭ありません。


その実、現在、武田鉄也氏は、芸能界で確固たる位置にいらっしゃる。



でも、じゃあ、先の話の、2番底は?


まだ、その先の3番底は?


また、その先の・・・・、「もおぉっ、ええちゅうねん!」


底は底でも、どん底とは限らない。



だから~、どん底と信じて生きれば後は這い上がるだけ。


それでいいでしょう!


そうじゃあない!


どん底にいる人間が、どん底を知ることが出来るならば、その底はどん底ではない。


どん底にいる人間が、どん底が見えるのならば、その底は、どん底ではない。



人間の言葉と言うものは、その言葉が事実であっても、本当の真実を映し出しているとは限らない。


「ココが、どん底ならば、後は、上がるだけ。」


「後は這い上がるだけ?」


そうだけれど、そうでない。


まあ、それでいいか。


違っていようが、違っていまいが、どうでもよいことなのだから。


これが「お前」のいいかげんさ。 (良い意味での好い加減ではない。)


関連ページ■日本のヘレン・ケラー福島 智 氏の孤独と苦悩からの脱却~人
関連ーページ■福島智東京大学教授の闇と沈黙の苦悩の脱出~名字の言

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2014-01-06(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

【孤独】:日本のヘレンケラー「福島智」氏の闇と沈黙の苦悩

今日の名字の言

 先月末、「東京都盲ろう者支援センター」が台東区に開設された。目と耳の両方に障がいのある「盲ろう者」の生活、社会参加の支援等を行う、全国の自治体で初の試みである。

彼・彼女らの象徴的存在ともいえる福島智東京大学教授も、オープンを祝福。時同じく、福島さんの評伝、母・令子さんの手記が、相次ぎ出版された。福島さんは9歳で光を失い、18歳で音を失った。この闇と沈黙の苦悩から福島さんを救い出したのは「手」であった。

母の考案した「指点字」である。福島さんは歌う。「ぼくの指にきみの指が触れたとき/そこにことばが生まれた/ことばは光を放ちメロディーを呼び戻した」「ぼくの命はいつもことばとともにある」(生井久美子著『ゆびさきの宇宙』岩波書店)

聞けなくても、読めなくても、触れれば、言葉は生まれてくる。言葉はたくましい。“言葉と命は一つ”――福島さんの詩に粛然とする。

御聖訓には「仏は文字に依って衆生を度し給う」(御書153ページ)、そして「声仏事を為す」(同708ページ)とある。今の世の中、嘘の言葉、人を傷つける言葉が多過ぎないか。だからこそ、私たちは、真剣な言葉、誠実な言葉、励ましの言葉で、「生きる勇気」を吹き込んでいきたい。(飛)
(聖教新聞 - 名字の言より)


・日本のヘレン・ケラー福島 智 氏の孤独と苦悩からの脱却

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2014-01-06(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

「眼高手低」:人生を純粋に生きるには愛が必要



善行の4文字熟語、「眼高手低」なんて言う言葉、初めて聞いた。

【純と愛】
純と愛

人間の汚いものが見える。

汚れた人間の臭さが匂う。

純と愛。

「愛」と書いて、「いとし」と読むんだね。

なかなかおもしろいよ。

なんかおもしろくなってきた。

社長が、「社長」に向かって、

『人生を純粋に生きようとする人には、愛が必要』。

おもしろい。

「世の中には、未熟な男性と未熟な女性しかいない」

・・・・だったかな?

もう一つ

寸善尺魔(すんぜんしゃくま)ってしっとるけ?








人・言葉 | [2012-10-19(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

【上善如水】:高きから低くきへ逆らわず穏やかに生きる人間の変化


「上善如水」

じょうぜんみずのごとし

老子の言葉。

人間っていうのは、生まれて頂上まで上り詰めたら、あとは下るだけ。

その下りをどんなふうに生きるか。

上り詰めるまでの生き方。

そして、下りきるまでの生き方。

人間として生きることのあり方。

変わることのない人として、人間の変化を知る人生。

妙法。

桜梅桃李に今を生きる。


※ちなみに、上善如水っていうお酒の銘柄がある。




上善如水 
「上善(生き方)は水の如し。 水は善(よ)く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に居(お)る。
故に道に幾(ちか)し」 もともと理想的な生き方は、水の流れのようなものである。
水は万物に恩恵を与えながら相手に逆らわず、 人のいやがる低い所へと流れていく。
だから「道」の在りように近いのである。」
(守屋洋著「この一冊で古典がわかる!」三笠書房155頁より)



2012/9/28


人・言葉 | [2012-09-28(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

人間生きているだけで丸儲け

自信と傲慢

心と精神の、生と死の境目。

生きることに立ちはだかる壁。

生きることの限界。

現実を生きることが出来ない。

生きることを諦める。

死ぬ事を選択する。

そして、死ぬ方法を選択する。

死を感じる事によって、死が集まってくる。

何度も繰り返してきた己の心のどん底。

でも、今こうして生きている。

優柔不断で中途半端な生き方の人間が、世の中を生きることが辛いと感じる事は、当たり前のこと。

そんな人間が、生きることにおいて、前向きな事を学び、そして、知恵をつけて磨いていくという生き方が出ずに、生きること全てが壁に思えるのは当然の事。

人間の生き方の弱さは、全てに対して、その理由を知ろうとしないことに対する恐れ。

己と言う人間が生きるこの世の中、社会を理解しようと言うことから遠ざかる。

「中途半端な生き方」

私の人生は、何かあるたびにこの言葉が頭の中に、浮かんでは消える人生であった。


今、こうして生きている。

生きているのだけれど、自分で生きているのではないと、私の心は、はっきりと確信している。

「生かされている」のだ。

いいじゃあないか。

死というものの淵へ追い込まれ、死を何度も考えた人間が、この程度の妄想を信じても
それは、妙な病に冒されているとは思わない。

人間は生かされている。

だから、生きなければならない。

生きているということに、感謝を持って。

そして、己自身の自己確立の名の下において、自身の力で、自力で生きる。

それが、自己実現、自由自在の人生。

『人間生きているだけで丸儲け。』

笑いの神様、明石家さんまさん。

全ての人生を笑いに変える「さんま」さんの人生そのものは、まさに、生きているだけで丸儲けそのままに、現実を生きている。

生かされていることによって、生きることの出来る人生。

生きるということは、死によって成り立っている。

謙虚と傲慢。

「自信」という強さの中に、芽を伸ばそうとする、己の人生を破壊する傲慢。

謙虚に、己の今という人間を見つめ、生かされているということの感謝によって、自信という強さの中に忍び寄るその傲慢を見抜いていかなければならない。

己自身の人生を確かな哲学に基づいて生きるために。

関連ページ
・【心に残る言葉】
http://ningenkakumeineo.blog95.fc2.com/blog-entry-176.html

・幸せって何だっけ?
http://ningenkakumeineo.blog95.fc2.com/blog-entry-508.html

・死の価値
http://ningenkakumeineo.blog95.fc2.com/blog-entry-605.html


※また、しばらく、お休みをいただきます。

     今後もよろしくお願いいたします。

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2010-04-18(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

人間、「生きているだけで丸儲け」


汚いものの中で、輝き続けることのできる人生。

その中でこそ、本当の幸せに辿りつくことの出来る人生。

生きるということ。


汚いものと綺麗なものが交わることのないこの世の中。

しかし、生命は、宇宙。

相容れないものを、生命によって融合することができる。

究極の理想。

生きるということは、世の中で汚れを増しながら、生命の輝きを増すこと。

その訓練以外のなにものでもない。

生きるということ。

命ある限り、己の輝きを増すためのチャンスの連続。

生きる。

生きることのみに価値ある人生。

それぞれの生命の炎の明かりを、命の限り燃やしつくす。

その炎が消えぬ限り。

人間は、生きているだけで丸儲け。

人生は、生きているだけで丸儲け。




人・言葉 | [2010-03-07(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

「潔癖」から「潔癖症」>かべ「壁」がやまい「症」に

世界に一冊のメモ帳

明石家さんまさんが、番組に加わるとその番組の格が上がる。

「コーン!」と。

明石家さんまの「さんま」にかけて、「明石家サンタ」。

   【明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー2009 】

       2009年、12月25日 0:35~2:35分


さすが、アインシュタイン並のIQを持つ(?)明石家さんまさん。

現実の一歩、未来を生きている?
完成されている世界を再現するだけのその装置はどこから来ているのだろう?

明石家さんまさん=笑い。

お笑いの神様、モンスター。

その明石家さんまさんの「踊る!さんま御殿!」で、
俳優 坂上忍さんの潔癖症について放送されていました。

この方の潔癖症については、とても有名。

その中の1つの彼の過去のエピソードとして、

母親が炊いたご飯。
そのご飯が、三日も過ぎて、黄色くなるまで温めて続けてあるのに、
そのご飯を母と兄弟は、何も気にせず食べている。

その時に、こんな母親と兄弟を理解できない自分がいる。
当時から、そんな潔癖の片鱗(?)とでも言うべき、そんな心の中で馴染めないようなことを言っておられました。

潔癖。

その潔癖と言うものが、どこから来るのか?

心と精神?

「潔癖」から「潔癖症」。

それは病。

「癖」が「病」に変わる。

病気。

「病は、気から」なんて言います。

「気は心」ともいいますから。


やっぱり、心と精神から来る?

「癖」は、病気の前兆、種とも言える。


癖のある人は、既に「病」の「気」を持っている?

「癖(へき)」は、「壁(へき)」に通じる。

越えられない「壁」を越えれなかった【もの】の病の「垢」=「菌」?


まあ、精神科医にでも尋ねてみれば、正常な人間として常識的で、
納得せざるお得ないお答えがきちんと返ってくるのでしょうけどね。


しかし、本質的に「癖」と言うものは、もっと別なところからやって来ているものでは?

どっか、遠いところから。
どっか、近いところから。


でも、あそこまで、個性がきついと、もう、1つの「宗教」。

「マイ宗教」に対して、「ユア宗教」?。

でも、幸せならそれでいいじゃあないですか?

「だって、自分の宗教だもの。」
「だって、教祖様だもの。」

     「※警告:あまり、相田 みつおさんの言葉を
              パロディー化して多用しては、いけません!
                      使えるのは、3回まで!」>すいません(^^ゞ

関連ページ:■相田 みつをさんの「だって人間だもの」
関連ページ:■幸せって何だっけ?>生きてるだけで丸儲け
関連ページ:■人間生きているだけで丸儲け~言葉
関連ページ:■己の性癖について心を開いて知ること


※記事文中の「お前」「おまえ」の二人称は、
       全て「私」「己」の一人称のことであります。

『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2009-12-24(Thu)] | Trackback:(0) | Comments:(3) |-

幸せって何だっけ?:生きてるだけで丸儲け


2009年の今年の漢字は、「」でした。


新しい。


まっさら。


1つの文字から、人それぞれ、たくさんの意味を感じる。


人それぞれ。


私は、「新」は、「生まれ変わる事」を意味しているように感じました。


自らの「意志」と「生命」で。


ちなみに、2008年の漢字は、「変」でしたね。


去年と今年を合わせて、「変新」ですか。(笑)


新しい生命。


笑いながら生まれてくる赤ちゃん。


笑い泣き。


うれし泣き。


何で、この世に出ることが辛いからと、泣いてなんて出てくるもんか!


笑いながら生きること。


お笑い芸人。


「笑い」と「笑顔」。


泣きながら生まれてくる赤ん坊。


笑い泣き。


うれし涙。


人間の幸せ。


一生の内、何度、うれし涙を流せるのでしょう。


うれし泣き。


幸せのもらい泣き。


そこにあるのは、「笑顔」。


いつでも、「うれし笑い涙」を流せる毎日。


そんな、最高の生命。


『生きてるだけで丸儲け (明石家さんま) 』


明石家さんまさんは、偉いねえ。


そんな風に生きているから、笑いを全ての人に与えられる。


生きているだけで丸儲けなのだから、笑い以外に何がいる?


「幸せって何だっけ?」
   

それは、どんな時にも、笑顔で笑える「生命」。


幸せって何だっけ?



生きてること。


『生きてるだけで丸儲け (by明石家さんま) 』! 


   
「しょうゆう(醤油)こと!」ですねっ♪ 




【関連】人間生きているだけで丸儲け~言葉
【関連】人間の逃れられない生老病死


『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく


人・言葉 | [2009-12-11(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

相田 みつをさんの「だって人間だもの」

相田みつをさんの 「だって人間だもの」

人間が、人間であることの本質。

別の世界の人のように、
「生きるという」ことを、俯瞰して、仙人のような達観した言葉の数々。

そう、人間は所詮、人間だもの。

相田みつをさんの 「だって人間だもの」は、
人間が人間として、生きてゆくことを否定しているようにも聞こえる。

「諦めること」を、悟らせれることによって、余計なものが、心から抜けていくのだろうか?

何かストンと、得心の行く悟りを己の中で開かせてくれる。

そんなあたり前の言葉なのに。

当たり前の言葉が、絶対的な言葉へと昇華していく。

言葉とは何だろう?

人生の箸休め、疲れた心の癒し。

疲れた心をリセットして、

「ありがとう。」

さあ、また、なんとか、今日も、がんばれそうと、
自分の心を、自分で押す力が湧いてくるのでしょう。

世の中、なんだかんだ言っても、

みんな一所懸命に生きているんだね。





『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2009-02-14(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

岡本太郎・芸術は爆発だ!極道の道/心に残る人

「芸術は、爆発だ!」といった岡本太郎氏。

自らが何かを生み出す、芸術家や、作家や作曲家その他、クリエイティブな仕事に生きる人、生業としている人は、魚で言えば、マグロや、その種の魚と同じなのかもしれない。

「爆発」とは、己の中のまさにその湧き出すものの最上級の言葉。

己の中から、湧き出すもの。

湧き出させるもの。

己の中のエネルギーのほとばしりでた結果。

絶対的なもの。

さすが、岡本太郎氏から出た、この「爆発」の言葉は、その岡本太郎氏、自体が、絶対的な世界を持つ、『芸術」「爆発」だったのだ。

人間そのものが、芸術。

絶対的で、ニュートラルなものから発せられる至高なる世界。

宇宙。



そのために、道を極める「極道の世界」を、本能に導かれるままに突き進もうとするのだろう。

とすれば、人間としての、己の中の革命と完成を、どこまでも高めようとする「信仰者としての姿」も、魚で言えば、
マグロやその種の魚と同じなのかもしれない。

泳ぐことを止めれば、死んだも同じ。

いえ、「死」そのもの。

生きる屍(しかばね)。

立ち止まることで、己の人生を単なる自分の為だけの自己満足のにやけた顔で、この世の己の人生の終わりをただ待つだけなのか?

泳ぎなから死んでいくのか?

信仰者の道も、極道の世界。

仮のはずであるこの世に、果てや、ゴールは、無いのかもしれません。

単なる通過点なのでしょうか?


【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2009-02-13(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(1) |-

【心に残る言葉】人間生きているだけで丸儲け/明石家さんま

1「人間生きているだけで丸儲け」  

2「みかん食べて、太陽に向って走っとったら、病気なんか治んねん!」
 
     「明石家 さんま」 さん

もともと、誰が言い始めたのかのよくわかりませんが、私の場合は、尊敬する「明石家 さんま」 さん。「人間生きているだけで丸儲け」そう思えるだけで、全てに感謝して生きていけるし、些細なことにも喜びと幸せを感じられるのだと思います。

生まれてきたことのみに感謝出来る人は、この世で、とても幸せな人生を築いていけることは間違いないでしょう。

「寝ない事が、パワーの秘密!」 だと言う、さんまさん。

芸人さんが、さんまさんのペースにはとてもついていけません。という具合に、底知れぬさんまさんのパワーを、感じるらしいのですが、生きていることで丸儲けなのに、寝ないで人生を楽しんでいるさんまさん。

「寝ないでしゃべっているだけで丸儲け!」人生ですよね。

身近な不幸話も、とんでもなくお笑いに変えていくすばらしい才能。

ものすごい知性があるのに、その知性さえお笑いの中に隠れてしまいそうな程、この人の笑いのパワーはすごい思います。やっぱり世界一のお笑いモンスターの言葉は違いますね。

そして、次の 『みかん食べて、太陽に向って走っとったら、病気なんか治んねん!』は、
踊る!さんま御殿(日本TV)での発言でした。

番組中の、出演者、お笑いコンビの「クリームシチュー」上田さんへの発言。

過去に、殆ど病気にかかっことが無い、さんまさん。

小さい頃に風邪を引いた時、母親から「これ食べたら、必ず、すぐ治るよ。」って、言われて食べたら、驚くくらい、すぐに治ったということです。 これは、暗示の力を意味しているのだそうです。

知らない人に、砂糖を良く効く薬だと説明して、処方すれば、そのことを信じることで、効果が現れるというプラセボ(偽薬)って事でしょうか。でも、さんまさんの場合、そこには、母親の愛情効果もあったのかもしれません。

「小さいときから、そんな風に、自分に言い聞かせておけば、病気にかからない、そんな体質に変わる。」 と、さんまさんが、言ってました。 でも、その時のさんまさんの食べたものは、本当は「メロン」だったそうですけど・・・。それを、聞いた「クリームシチュー」の有田さんが、「俺達は、メロンじゃなくて、みかんですか?!」って、
突っ込みいれてました。(爆)

幸せって何だっけ?>生きてるだけで丸儲け
人間生きているだけで丸儲け~言葉

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2008-12-17(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

生きた証を残すための夢 「I Have a Dream・私には夢がある!」

今日、NHKの「その時歴史が動いた」で
「I Have a Dream  〜キング牧師のアメリカ市民革命〜」
のタイトルで、再放送していました。

バックナンバー: 「その時歴史が動いた」第342回(NHKサイト)
キング牧師

アメリカ大統領が史上初の黒人
「バラク・オバマ」さんに決まりました。

キング牧師

「I have a Dream.」

「私には夢がある!」
画像:AP

この第一声は、あのキング牧師の振る絞るような声と共に
私の記憶から離れることはありません。

大学受験の時の、教材として
この声を聞いたときから印象深く残っています。

この「I have a Dream.」の言葉は、1963年8月28日、
25万人が参加した歴史的な「ワシントン大行進」の最後に
キング牧師がおこなった演説の中での言葉です。(その時歴史が動いたより)

その当時、黒人は激しい差別にさらされており、
バスに乗ることさえ差別されていたのです。

詳細は↓こちら:http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2008_11.html#01

●モンゴメリー・バス・ボイコットについて
人種隔離法に基づいたモンゴメリーの市バスの乗車ルールでは、前方に白人専用席があり、黒人はそこに座ることは許されず、さらに白人席が満席になると、黒人は白人に自分の席を譲らねばならなかった。1955年12月1日、バスに乗車した黒人女性、ローザ・パークスは、運転手から「席を譲れ」と言われたが応じず、白人に席を譲ることを拒否。その日、ローザは逮捕された。この逮捕によって、モンゴメリーの黒人たちは差別への抵抗を示そうと「バス・ボイコット(乗車拒否)」という行動に出る。キングを中心としたこのボイコット運動は381日間に及び、1956年11月、ついに連邦最高裁はバスにおける人種隔離を定めたアラバマ州法とモンゴメリー市条例を違憲とする判決を下した。このバス・ボイコットは、その後の公民権運動を急速に高める画期的な事件となった。



黒人達がその差別に反対し「バスの乗車拒否運動」を続けている最中に、

ある黒人の老婦人が道を歩いているのを見かねて、
「乗っていきませんか?と声をかけたところ

その時、番組の画面のテロップには、

「いいえ、私は、歩きます。」

「私が歩くのは、自分の為ではない、・・・」

との言葉と共に、ナレーションが続いていました。

私は、「ふ~ん」
自分の為でなければ、「他の人の為」でしょ。

・・・なんて、どうせ、わかりきった嘘っぽい、偽善的な言葉が続くのかなと思って
ナレーションを聞きながらテレビを観ていました。

そうすると、バスに乗らずにあるき続けようとしていた老婦人の、
その後の言葉が、


「わたしは、自分の子供、そして孫の為に歩くのです。」


その時、強く生きている人の本当の「言葉」と、
その言葉の中の大きな「愛」を感じました。

強い信念の自分の生き様が、
やがては後を継ぐ人たちに受け継がれていく。

人が生きて、そして死ぬ。

でも、後には、
その生きた証を受け継ぐ人がいる。

人が生きて受け継ぐ人に残せるもの。

それは、
前向きに生きたその姿、「生き様」ではないでしょうか?

「I have a Dream」も力強い言葉ですが、

私は、この言葉を聞いて更に感動しました。

「白人と黒人の対立」から「対等」のへ。

そして、理解と対話と1人の人間として。

一人ひとりの意識的な運動がやがては大きな波となり、
うねりとなり、無意識に変っていく流れ。

この一連の運動も、1人が、そしてまた、1人が立ち上がることから始まる。

1人の力は、小さくもあり、
しかし、大きくもあり、偉大である。

そんな風に感じました。


そんな、長い歴史の積みかねの答えが、
オバマさんに象徴されるのではないでしょうか?


『We Shall Overcome(私たちは打ち勝つ)” 』
これは、「公民権運動を象徴する歌として、
次第に世界中で歌われるようになった」歌です。


生きる!勝つために生きる。

本当にそう思います。
様々な、自身の課題に向かって、
「私は打ち勝つ!」

「夢がある限り!」

「I have a Dream」

生命(いのち)から出た言葉って、
   本当に命に響くものなのですね。


人・言葉 | [2008-11-22(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(1) |-

萩本 欽一氏の生き方:【運を作る・運を磨く努力】

『運をつくる、運を磨く、才能を磨く。

      芸を磨くよりも人間磨け!』
                                
     『人が見ていないところで、つらいと言え!』

                   大将・欽ちゃんこと、『萩本 欽一』氏
軽薄で、お馬鹿がうける時代。

お笑い芸人や一部の若手タレントは、その代表的な存在のようです。でも、本当に軽薄で、お馬鹿なら長くは続かないでしょう。

軽薄でお馬鹿でも、その道を極めれば、軽薄でも馬鹿でもない。

かんせいも大切だけど、それだけでは続かないのではないでしょうか?

時の流れにだけに乗って生きていくような芸人では長くは、ファンがついて来ないでしょう。

『運をつくる、運を磨く、才能を磨く。芸を磨くよりも人間磨け!』

「運」と「才能」は、自分で磨いて開いていけるのですね。

「芸を磨くよりも、人間を磨け!」

努力の人だから、人が好きだから、こんな言葉になるのだと思います。運と才能は、自らの努力で開くものだ。「才能とは、99%の努力だ」という言葉を、聞いたことがあります。

『人が見ていないところで、つらいと言え!』

弱みを見せず、苦しさに耐えて、尚且つ、人に喜びを与えられる人に。

まず、芸人である前に人として人間を磨く。

その辛さに耐えた分だけ目に見えない人として、また、芸人としての魅力のある、人をひきつけることの出来るような
芸人やタレントになれるのではないのかなと感じます。

私の場合、今の現状を人のせいにして、「自分に言い訳するな!自身の弱さに負けるな! 」って感じです。

心に残る言葉をありがとうございます。



人・言葉 | [2008-11-20(Thu)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

DAIGO ダイゴさん は竹下総理のお孫さん「そっーすね~」

DAIGO(ダイゴ)さんの味方を増やす言葉

      「そっーすね~」 「たしかに~」


ミュージシャンのDAIGO(ダイゴ)さん。

天然系キャラで人気上昇中、故・竹下 登 元総理のお孫さん。好青年タイプの、小泉元総理 の息子さん、「孝太郎」さんとは、特に接点は無いようですが、2人は同じ年で29歳だということです。

でも、やはり共通するところは、二人とも「育ちの良さ」が、人柄からにじみ出ているように感じます。

その、DAIGO(ダイゴ)さん、

「そっーすね~。」

「確かに~。」

の相槌が、今のところ結構、ウケているようです。

また、トークでは「うちのおじいちゃんがぁ~」で始まり、話が盛り上がることが多いようですが、トークの内容もとても親しみ易く面白い。

「おじいちゃん」と呼んでいる人が「元総理」というのに、DAIGOさんの話す内容のギャップが、印象深く、

この人の人柄が作られたものでは無く、そのまま素直に現われているように感じられ、とても良い印象を与えます。

ところで、この相槌、「そっーすね~」「たしかに~」は、意識しているわけではなく、本人の癖で普段の会話から頻繁に使っているということです。

心理学的な専門家に言わせると、会話で相槌を返すというのは、相手の話に同調を示すことになり、敵を作らない、味方を作るための大事な要素だと言います。

「なるほど~。」

どんな話も、「まず素直に受け入れて聞く事。」

そんなことがキチンと受け継がれているのかもしれません。

政治家の家系ですからそのようなことが、きっちりと何かしらの形で、お孫さんにもツエラレテいるのでしょう。「人の話を傾ける。」政治家として、また、人としても器と品格を備えるためには、必要な条件ですものね。そのような大切なことは、小さなときから、備えることの条件と環境が整っている家柄に生まれたことは、とても幸運なことでしょう。

もって生まれた、そして、幼い頃に培われた、人の「心根」というのは、大人になっても変わることのない大切なものだと思います。

最近のテレビのDAIGOさんの人気を、空の上から見ているおじいちゃんの株も 「うなぎ上り」 かも知れません。

「竹下 登(のぼる)」だけに・・・。

一つ、「エピソード」があります。

竹下登 元総理が初めて総理大臣になって自宅に帰ってた時に、DAIGOさんが聞いたおじいちゃんの最初の言葉。

「アイムソーリ~。 僕 総理。」だったそうです。

結構ひょうきんな、おじいちゃんだったのですね。

DAIGOさんのおじいちゃんらしいのかも。

そのあと、「髭、そーりー」は、無かったかな?(寒)

●故 竹下 登 元総理について

・総理在職期間 :昭62.11. 6~平元. 6. 3 576日
・総理就任時年齢:63歳



『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2008-05-19(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

天才とは努力の異名>羽生善治


『才能とは努力を継続できる力』:棋士 羽生善治

25歳で前人未踏の7タイトル全制覇を達成した天才自らをして言わしめた言葉に、非常に重みが感じられます。羽生善治と同時に、野球のイチロー選手の姿が浮かんできました。

「才能」と「勝負に勝てる力を発揮できること」はイコールなのか。

その「力」の根本は「努力」と「継続」。

天才といわれる人の中身を垣間見たような気がしました。

「才能」に「才能」を積み重ねることは、「超人」になること。

「超人」が「超人」であるためにもやはり、「努力」と「継続」の炎を燃やすエネルギーしかないのだ。

どんな人にも課せられたこととは、「努力」で自身の道を開いていくと言う事なのだと感じました。

そして『直感を信じる』という彼の言葉「直感」とは、「才能」と「努力」と「継続」、自身の積み重ねてきたものの集大成ではないでしょうか?

その人に備わった、人格、品格、知識、教養、など持っているものすべてをまとめた「最高の英知」ではないかと思います。

別な言い方をすれば、霊的なものにも相当するのでしょう。

「単なる感」でも「当てずっぽう」などとは全然違う見えざるもがあたえてくれた答え、根拠のある答えなのだと思います。

直感とは、真理。

その直感を信じた答えと言うものは、結果の如何を問わず、全て「正解」。

直感を信じることの出来る才能こそ、努力を継続できる力なのである。

棋士・羽生善治(2006年7月13日放送) NHK プロフェッショナル 仕事の流儀

『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2007-08-29(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

人に理解を求めるには何倍ものエネルギーが必要


「他人に物事を説明し、理解してもらう為には、

自分が、理解するよりも、3倍以上のエネルギーが必要である。」


正確に3倍以上必要かどうかはわかりませんが、自分が理解したことを、人に伝えようとする時には、確かにエネルギーが必要です。

ブログを書いていると、自分の思っていることを、そのまま言葉にして書けば、私なりの自己満足は、達成できます。

しかしながら、ブログという公開性のある性質のものである以上、やはり、訪問していただける方にも、少しでも共感を感じていただける、また、いらぬ誤解を生まぬよう、あまり個人的意見が偏らないように注意が必要でしょう。

そんなときに、感じるのがこの言葉です。

『自分のことを、人に理解してもらう為には、自分に理解させるよりも3倍もエネルギーが必要。』

「言葉」というものは、怖いと感じることがよくあります。

そのことをあまり意識するあまり、書きたいことはいくらでもあるのに、つい、読まれることを意識しすぎると、つい、億劫になってしまうことがあります。

言葉、語彙が少ない、説明できる知恵と力の無さ、非力さから、ブログを更新する自信さえ失いそうになる時があります。

ブログは、同じ意見を持つ人たちとコメントなどでつながれるコミュニケーションをはかれるツールでもあります。

ですが、私の場合、せっかく頂いた、コメントに返事を返すことによって、自意識過剰になって、記事の更新に苦痛を感じることにつながるように思えるので、ありがたくコメントを頂戴しても、失礼とは思いながら、あえて、返事を書かないようにしています。

その点、私は、やはり、人とつながることに、苦手意識が強いのかもしれません。

『自分のことを、人に理解してもらう為には、自分が理解するよりも3倍もエネルギーが必要である』

確で前向きな人生を送るなら、『人に理解させる3倍のエネルギー』でなくても、せめて2倍でもいい、そのエネルギーを意識すれば、人間としての知恵や知性や品格も、随分、磨かれることだろう。

世の中には、私を含め、外見は「大人」の姿をしているけど、中身が「子供」の人というか、人間として未熟な人が多い。

『大人になれない大人たち』

こんな言葉もよく耳にします

『リトル・チルドレン』 という題名の映画も、この「大人になれない大人たち」をテーマに扱った内容でした。


『自分のことを、人に理解してもらう為には、自分に理解させるよりも3倍もエネルギーが必要である』

この言葉は、多くの意味で、いろいろなことにあてはまるのではないかと思います。



人・言葉 | [2007-08-03(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

【愛されたという母の確かな愛情】:田辺聖子

小説家:田辺聖子

愛されたという過去の記憶を頼りに、このつらい人生を生きてゆける


                                
人間が、人間としてこの世で生きていけば、人生つらいことばかりかもしれません。

でも、一番身近な家族、最愛の人に愛されたと、確かな過去の記憶があれば、つらいことがあっても、その愛で癒され乗り越えて行ける。

多くの愛につつまれて、これまでの人生を生きてこれた人は幸せ。幸せに生きていける強く確かなものを人生を生きていく上で与えられている。



人・言葉 | [2007-07-28(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

明るいびんぼう:佐賀のがばいばあちゃん

「つらい話は、夜にはしない」
              『佐賀のがばいばあちゃん』より


※佐賀県の方言では、「がばい」とは「非常に」の意味で連用修飾に使用され、「がばいすごか」ばあちゃんと付け加えるとさらにわかりやすいですね。

うーん、確かに明るい、日のあるあいだに、話す方が、つらい話も、前向きに語ることが出来るかもしれません。

他に、『明るいびんぼう』と言う言葉も好きです。

びんぼうと言えば、暗いイメージがあります。

最近、よく知られているのが、貧乏で有名な、お笑いコンビの「麒麟」 そのツッコミ担当の「田村裕」。俳優の「阿藤 快」の物まねで似てるっていわれてますが。

関係ありませんが、相方「川島明」は最近、
ブログの女王こと「真鍋かをり」と噂になっていました。

その田村裕、学生時代は貧乏だったそう。(幼少時代は、そこそこ裕福だったという)。
幼少期に母を病気で亡くし、中学生の頃に家が差し押さえられてしまい父親が蒸発、家族が『解散』したと言うエピソード。

こんな暗い、貧乏な過去を(本当の話として)笑いに変えていけるパワーと言うものは「すごい」「すばらしい」と思えます。何かを「ばね」にして、生きていく姿は、見ている側にもそのエネルギーが入ってくるように感じます。





人・言葉 | [2007-07-26(Thu)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

「心を無にすれば全ては開ける」宮本 武蔵~言葉

心を無にすれば、全ては開ける
                  宮本 武蔵



二刀を用いることで有名な二天一流兵法の祖。

「心」と言うものは、人生の生き方としての傾向性。

過去から経験として学んできたことやDNAにも関係していることでしょう。
全ての自身の過去から引きずって来た現在の姿が、今の自分の全て。

今持っている、自分の実力以上の力を発揮するには。

心を無にすること。

曇りなく眼を開くことが出来るのは、心を無色透明にすること。

己の持つ力を無限に引き出すもの、心を無にして、
心を覆っているものを取り払って、その心の先にある、

神の持つ領域、生命に辿りつくことかもしれません。

それは、本来、全ての人に備わっている無限の力を引き出すことの出来る力。

その心を無にする方法とは?

これこそが最も難しいことかもしれない。

『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく

人・言葉 | [2007-07-25(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

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