信心とは?:自己を信じ切る「心の師」を確立すること


私の今のありのままの姿。

私が全ての宿業を背負っているというのなら、生命で宿業を宿命に、宿命を使命へと転換して見せる。

毎日、毎日、現実の苦しみから逃れることはできない。

なにも恥ずかしくない、自分が恥だと思う、その恥を晒せない心。

信じることは大切だ。

でも、信じることを止めてみる。

信じるだけでは、現実を変えるには足りないのだ。

信心とは、生命にたどり着く祈りが大切なのだ。


宗教によって「人間」を救うことは出来ない。

救えるのは「人」。

宗教によって救われるのは、その人の心。

しかし、その人の心が救われても、現実を生きる人間の姿が変わるわけではない。

人間を救うのは、その救われた心によって、更に強く心を揺さぶり続けることによって覚醒される生命。

人の心が無となり、その人の人間を動かす力となる。

それこそが生命力。

その生命の力の根源こそ。

妙法。

我が自身の生命。

宇宙の当体。

南無妙法蓮華経。


人間革命とは、意識革命である。

意識を無意識に変える。

生命に革命を起す。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。





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「桜梅桃李」に生きられることの楽しさ:至誠天に通ず


生きることの「楽しさ」と知る醍醐味とは、「苦しさ」を越えたところにある。

四苦。

生老病死。

死の苦しみの果てには、極楽がある・・・?

人間として生まれたことの意味。

人間が生きることの意味。

人間として死んで行くことの意味。

人としての人生を人間として歩む。

「悟り」の意味。

正しくいきることの境界線。

至誠天に通ず

まごころをもって事に当たれば好結果がもたらされるということ。

一球入魂。

「生命」で、己という人間を生かす。

人間を革命する。

命の変革。

その一球。

信仰の真価は、晴れの日よりも、むしろ嵐の中でこそ光る。

困難の時こそ、信仰に生き抜く人生の尊さを知る。


大切なことを伝えたい。

生きた宗教。

桜梅桃李。

今を生きる。





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「信仰」とは外部情報に惑わされない自己確立のための「信心」


毎日、毎日、暑い猛暑が続く、酷暑な気候。

口を開けば、暑いという言葉が出てくる。

そんな中でも、生きるということの現実から逃れることができず、更に過酷さを増す精神と肉体。

現実を生きるその人間の生き様から、勇気を貰う。

貰った勇気を励みに、バネに、己の生き様を更に明確にすることが出来る。

生きることは勇気を貰うこと、勇気を与える事。

妙法。

自力本願の信仰なのに、結局は他力本願に終わって、己の弱い生命に打ち勝てない信仰で終わってしまっている人達が多い。

己の弱さをさらけ出し、その弱さと闘う。

ほんとしんどい信仰だよ。


自らの情報を発信する。

その情報とは、自らの信仰に基づく信心による自己確立。

一人ひとり、各々の信心。

それぞれが正しいと信じる価値観と根本。

宗教が説くその信仰とは、自らの為にある。

誰の言葉にも惑わされない信仰による自らの信心で語れる言葉。

それは、わたしが、今を生きることの変革だ。

誰かを変えることは出来ない。

でも、この信仰によって、自らを変えることが出来る。

ありのままの生命で生きられる。

己を支配するものを転換する。

その触媒。

錬金術。

不思議な法。

妙。

桜梅桃李。

今を生きる。




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今日も「感謝の一日」、「お蔭様の毎日」:桜梅桃李に生きる


人事を尽くして天命を待つ。

毎日が今を生きるための一生懸命。

そう、一生懸命という命。

宗教はどこにでも転がっている。

あそこにも、ここにも。

そして、わたしの中にある。

だから、今日も「感謝の一日」、「お蔭様の毎日」。

そして、今を生きる。

昨日よりも、今日。

今日よりも明日。

生きているだけで、人生丸儲け。

今をありがとう。

信仰とは?

信心とは?

妙法。

桜梅桃李に生きる。



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無になれる妙法という信仰に基づく桜梅桃李に生きる信心

生きている毎日が苦しいと感じる日々。

苦しいと感じる日々が楽しいと感じることが出来るようになるのが、信心なんだろうか?

苦しいことを乗り越えた時にやってくるホット一息つける瞬間。

ささやかな幸せを感じる。

これは、幸せなんだろうか?

幸せも不幸せも我が心の持ち方一つ。


本当の幸せが欲しい。

でも本当の幸せっていうのは、どこにあるのだろう?

自分を信じる力を信じてみよう。

神や仏を信じるものでは無い。

私という自身を信じてみよう。

無になれる妙法という信仰に基づく私の信心によって。



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【生きている】:怒りによって今を生きることが出来る信仰


激しく怒りの感情がこみ上げてくる。


どうしようもないほどの怒りに満ちた感情だ。


この「怒り」というエネルギーは相当のもんだ。


怒りという感情。


放っておけば、わたしの中で、どんどん暴走を始める。


でも、わたしは、心の中から湧いてくる今を生きているというこの現実に対してどうすることもできない怒りを鎮めようとは思わない。


無理やり心に抑え込もうとは思わない。


これが現実なんだ。


生きるということなんだ。


どうしようもなく見える現実。


私一人の今の力ではどうしようもない。


激しく高ぶる感情。


その怒りに我を忘れそうになって、現実という今を生きることから逃れようとするもう一人の自分。


諦めて放棄しようと滲み出てくるもう一人の自分。



自分の闘いだ。


葛藤。


一瞬、一瞬が格闘。


怒りの生命との格闘だ。


この怒りはマイナスのエネルギーではない。


今というこの瞬間を生きる。


そして、未来を変える大いなるパワー。


怒れ!


怒れ!


もっと怒れ!


己の生命。


信じる。


信じるための信仰だ。


怒りこそ、この信仰の醍醐味だ。


毎日が怒りによって、今日から明日へ。


喜びへと変わる。


妙法。


桜梅桃李。







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【信心】:THAT WAS THAT「あの時はあの時さ」

あの時のようにもう一度自分を信じて生きてみる。

あの時は、あの時。

THAT WAS THAT.  

「あの時はあの時さ」

本当に馬鹿だったあの時。

でも、あの時は、あの時なんだ。

THAT WAS THAT!

間違っていたけど、あの時は確かに、自分を信じて生きていた。

間違っている自分を信じて生きていた。

だけど、だから、あの時のように確かに自分を生きていたように、もう一度自分を信じて生きてみよう。

だから、今。

こうして、自分を信じて生きることが出来るようになった。

生きた屍のように、死ぬことだけが自分の人生だったあの時、あの頃。

信心は、今を生きることの為にある。

本因妙

今日より明日。

過去はもう戻らない。

価値の無かった過去。

無意味な過去。

しかし、無価値を価値あるものに変えることが出来る。

価値創造。

不可能を可能に変える。

生み出す力。

信心。

「自分をどこまで信じきれるか」ではない。

自分をどこまでも信じるんだ。

信じれる。

信じきることが出来る。

確かな哲学に基づいて。

今を生きるために。

己をどこまでも信じるのが信心だ。

それがわたしの信仰だ。

わたしの宗教は私自身なんだ。

わたしが宗教だ。

どこまでも謙虚であること。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。


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【信じる心】:頑張っている自分、ダメになりそうな自分・桜梅桃李

今日一日、昨日のわたしより頑張った。


今日は、また、もとのダメな自分に戻ってしまった。


3歩進んで2歩下がる。


1歩進んで2歩下がる。


進んでいるのか戻っているのか?


わたしの足跡。


それでも今を生きる。


今の自分を信じて生きる。


こんな自分でもわたしは私。


自分というわたしを信じてあげなければ、誰が自分を信じてくれるんだろう。


自分という私を信じなければ、誰を信じることが出来るというんだろう。


ダメなわたしも私自身。


頑張っているわたしも私自身。


桜梅桃李。


そのための信仰だ。


わたしと私の闘い。


こんなわたしをもっと好きになってあげよう。


きっと、きっと、昨日のわたしにはできなかったことが出来る。


昨日より今日、今日よりも明日。








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【信心】:怒りにまみれても自分を信じるんだ

怒り、怒り、怒り。


わたしの心は、怒りで一杯だ。


もう、毎日が怒りの連続だ。


こんな現実にわたしは生きていたのだ。


わたしという存在が主張する。


謙虚とはなんだ?


謙虚にもほどがある。


信じる。


わたしの心を信じる。


現実に絶対に負けない。


怒り、怒り。


怒りこそ、わたしが今を生きるエネルギーだ。


怒りをぶつける。


怒りをどこにぶつける


その怒りは、わたしを信じる、私自身にぶつける。


あっ、はっ、はっ!


怒りよ、怒りよ。


もっと怒るんだ。


怒りの頂点を越えたところに、本当のわたしがいる。


桜梅桃李。


心に限界は無い。


わたしの信心。


わたしは、宗教の奴隷にはならない。


宗教を卒業したところにまた一つの宗教がある。



それはわたし。


わたし自身が宗教だ。


怒り、怒り、怒りの先に到達するもの。


境涯革命。









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【信心】:今までやってきた自分を信じることの出来る一年

「信心」とは、信じる心。


何を信じる?


宗教?


創価学会?


そうではない。


それは、自分。


わたしという存在。


わたしが今を生きている。


今まで生きてきた。


そして、この数年間の記録の全て。


今までやってきた自分を信じることの出来る一年。


答えの出せる一年。



謙虚に生きる。


そして、笑い。


そして、変化。


境涯の変革。


そして、今年一年。


信じる。


わたし自身を信じる。



宗教とは?


信仰とは?


信心とは?



それは、どこかにあるのではない。



わたし自身が宗教であり。


わたし自身の信仰であり。


わたしが今を生きることすべてを信じること。


それが、信心。


全てはわたしの中にある。






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「信心」とは、自己を信じることを生命で祈れる信仰


今日は、「自分を信じる」という一日目だ。

無意識を意識すること。

これが自分にとっての毎日の信心だ。

信仰とは?

宗教とは?

信仰心?

今日は自分を信じることが出来たかな?

現実の生活における課題を常に意識することの大切さ。

なかなか上出来だったよ。

自信。

自信とは信じきれる自分であることを無意識に生きている状態。

自らの信心の奴隷になっても、宗教の奴隷にはなるまい。

正しいと信じる自分の心。

自ら求めた信仰を信じきることの出来る信心。

わたしの心。

正しいから厳しい。

原因と結果。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。






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【信心】:今日から自分を信じる旅に出かけます

謙虚に生きる。

生きることに対してどこまでも貪欲であるならば、常に謙虚出なければならない。


前向きに生きる。


そして、今日からわたしは、自分を信じる旅に出かける。


自分を信じること。


信仰とは、


信心とは、


自分を信じることだと信じていた。



それでいい。


それでいいんだけど。


それが出来ない。


思っていただけなんだ。


わたしを信じる。


わたしの全ての今を信じる。


そして、明日を確信できる。


それが、信心。


信心とは信仰だ。


信心とは宗教だ。


わたしというもの、すべてを信じきって今を生きることが出来るためのトレーニングだ。


桜梅桃李に生きる。



今日から自分を信じる旅に出かけます。


信心の旅。


ゴールは遠い。







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【信心】:自身を持って最後まであきらめないという自分を信じる力

「自信」とは何か?


「信心」とは何か?


私の中での答え。


わたしには、自分というものが無い。


自分。


自分と一体、何なのか?


自分がある人。


自分が無い人。


自分とうものは、有るのか?


無いのか?



生きる事への自信。


自信?


信じる自分。



自分というものがないわたし。



そのわたしに自信というものは無い。


ことになる。


自分の無いことろに自信は無い。



自信とは、最後まであきらめないという自分を信じる力


でも、その自分とはいったい何なのだろう?


自信の無いところに自信を育てる。


どこまでも自分を信じる。



私という存在。


そのすべてが、自分。


我とは?









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「相手が変われば私も変わる」という考えからの脱却:境涯革命


肉体と精神と心のバランスを保って、維持することはとても難しい。

気持ちが萎えそうだ。

心が折れそうだ。

食欲が無い。

体が思うように動かない。

相手が変わればどうにかなると思う生き方。

しかし、変わろうとする意志の無い人間には届かないんだね。

何事においても諦めないことが大切。

気持ちの切り替え。

結局、自分が変わらなければどうにもならないのだ。

境涯の変革。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



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嘘つきは無知なる傲慢:信仰とは


現実を生きる信仰に、妥協することは許されない

人間が現実を生きることに、妥協は必要。

それが、その時、その瞬間の、「今」と言う現実を生きる人間の知恵。

人生を生きる前向きな知恵。

無理を承知のごり押しなんて、時代遅れの野蛮人。

しかし、人間が生きるために必要な、己の信仰心を開くための信仰を伝える宗教に、妥協は必要ない。

そして、妥協は許されない。

理解できない事を知ったかぶりする事は、絶対に許されない。

信仰を伝える宗教にたいして、己の中で絶対に妥協をしてはならない。

己の信仰心に嘘をついて、信仰を伝える宗教を信じることはできない。

己の信仰心の中にないものを、あるといえる人間。

嘘つき。

それは、己自身の中の信仰心に妥協を持ち込む、似非信仰者に他ならない。

嘘に嘘を重ねる人生。

生きることにおいて、嘘を重ねてきた人生。

その嘘つきが、己の信仰心においては、嘘はつかなかった。

宗教という信仰者の中にいる、己の信仰に対して嘘を付く者。

己の信仰心を染めることなく、宗教に染まり、嘘つきになる者。

己の中の信仰心を開く以外のなにものでもない、己が信仰している宗教に対して、無駄と無意味以外のなにものでもない嘘を平気で言えるもの。

己の信仰に対して、己の中の信仰心に無いものを、平気で嘘で塗り固めることのできる者の哀れさ。

一体、誰のための宗教なのだろう?

誰のための信仰なのだろう?

不幸に、不幸を重ねるための信仰を求める姿の、信仰心を開けない信仰者の振りをするしかない似非信仰者。

宗教に染まり、似非信仰者の道を歩むもの。

どこまでも、どこまでも、己の宿業に振り回される、操り人形の無明なる人生。

愚かさ。

その愚かさにさえ気がつく事の出来ない、更なる愚かさ。

それは、無知なるゆえの傲慢と言えるのかもしれない。

人間が、宗教の中で、その信仰を保つ者の姿に見える信仰心。

人間の持つ、どこまでも、どこまでも、限りない生命の浅さ。

人間の持つ、どこまでも、どこまでも、限りない生命の深さ。

そのどちらかに突き進むのかを決めるのは、自らの中にある信仰心以外のなにものでも無い。

信仰とは、外にあるものでは無い。

己自身の中にしか存在しない。

己自身の中に、絶対的な【もの】として、確立させ続けていくものである。



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