呪いの終着駅


電話の先の母の声。

その声は泣いている。

なぜ、私は、こんな人生をあゆまねば、ならなかったのだろう?

こんな人生・・・。

全ての不幸を背負ために。

呪いの行き着先、その場所。

それが、わたし。

ここで、終わる。

呪いの終着駅。



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母へ、一番苦労した人が一番幸せになる


わたしは、幸せ。

家族。

幸せに出来る家族がいる。

苦労に苦労を重ねてきた母。

一番苦労した人が一番幸せになる。

いや、ならなければならない。

絶対、もっともっと幸せにね。

人(他人)の不幸の上に、自らの幸福を築いてはならない。」

正しく生きていれば、正しい答えがでる。

人としての道理だ。

「人間」の生き方を「人」として、推敲に推敲を重ねる毎日。

妙法。

人間が人として、この世で当たり前に生きれることを生命に説く法なのだ。

桜梅桃李を生きる。

今を生きる。



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母へ:囚われの身から自由な貴方自身へ


貴女の安住の場所に居続けるために創価という組織にすべてを捧げてきた人。

母へ。

母よ。

組織に対して身を粉にして活動してきた。

貴女の信仰とは一体、何なのだろう?

父は死んだ。

そして、残された家族。

私達が生きてきた道。

信仰があるゆえに苦しく辛い人生。

信仰があるがゆえに、苦しく辛い人生を真正面から受け止めて生きてきた。

宗教という組織は、一人の人間が、一人の人間として、世の中、社会を生きてく方法を導くためにある。

人間を信仰によって宗教の奴隷にするために組織があるのではない。

もう、いいよ。

もう、いいんだよ。

母よ。

桜梅桃李。

「今」を生きる。




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組織の為ではなく、一人の人間の為に生きて!


組織の人間として、組織の言われるままに生きてきた母。

何かがおかしいよ。

何かが間違っているよ。

母よ。

あなたの信仰とはいったい何なの?

もう、組織の為に生きないで!

組織を利用しないで!

組織に利用されないで!

ただ、一人大切な人の為に生きる。

幸せ。

本当の幸せ。

あなたの本当の役目は何?

母として、人間として。

今を生きる価値。

これまでを生きてきた価値。

これからを生きる価値創造。

桜梅桃李。

「今」を生きる。



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お母ちゃん、毎日頑張ってるね「ありがとう!」


最近、ちょっと疲れているよう。

大丈夫?

一日、一日を生きる。

その一日、一日を生きることの意味。

母は、自分と闘っている。

母の変化。

父に対する感謝。

現実の苦労が感謝へ変わる。

今を生きていることに対する感謝。

生かせていただいている。

でも、「しんどいね。」

「お母ちゃん、しんどいね。」

「一緒に、頑張ろうね。」

杖を付いて毎日、父の病室へ通う母。

父の為に、懸命に今を生きている母。

わたしも負けてなんていられない。

ありがたい。

生きることは、ありがたい。

生きていることはありがたい。

父がいるから。

母がいるから。

守れる人がいるから。

支えてくれる人がいるから。

みんながいるから。

そこに人間がいるから。

桜梅桃李。

「今」を生きる。



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母は世界中のの誰よりも素晴らしい


母は、本を読むわけではない。

何かを読まなければ、信仰というのは、深まらないのだろうか?

母は、実践の人。

母は、行動の人。

どんなに学会の書物をたくさん読んだって、どんなに御書の御文をたくさん知っていたって、そんなことなんて、ちっとも偉いなんて思わない。

わたしの母は、大した知識や教養があるわけではない。

しかし、わたしの母、創価の誰よりも偉大な人。

わたしが、私の人生で一番尊敬できる人。

母は、実践の人。

母は、行動の人。

草創期から、母は、創価の為に、彼女の生き方すべてを捧げてきたのだ。

母こそが、創価の功労者なのだ。

無冠の功労者。

だからこそ、母は素晴らしい。

創価の誰よりも素晴らしい。

世界中の誰よりもすばらしい。

母へ。




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母という親へ子として「さじを投げた」瞬間


無意識に蓋をしてしまった過去・・・。

「何を言っているの?」 そんな目で見られたあの時に、

「もう、母に何を言っても無駄だ。」と諦めてしまった。

あの時に私は、私にも諦めてしまったのかも。

親からさじを投げられて、そして子が、親にさじを投げた瞬間だった。

私は、あれ以来、母に対して何も求めなくなった。

それまで、どうしてあんなに母に対して、ぶつかってきたのだろう?

母に対して、信仰や学会活動に対して口出しばかりしていた。

母は、私の言うことなど、一つも真剣に取り合ってくれなかったように思うし、私の苦しみや悩みなど考えてもいなかったのかもしれない。

ただ、姉と妹に対してのみ、自身の信仰と学会活動の結果の全てを求めていたような気がする。

淋しかった。甘えたかった。

結局、構って欲しかった。

どうにかして、私の気持ちに気付いて欲しかったのかもしれない。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。



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母へ:近くて遠い人に誓う「報恩感謝の人生」


私のお願いを聞いてくれるのは、私のことを、心から心配してくれるのは、そこに確か目に見えない慈悲と信頼があるから。

心の無い利害関係なんかじゃない。

これまでの私の人生、常に人の好意を当たり前のごとく、無にして踏みにじり、受けた「恩」に対する「感謝」を置き忘れてきた人生。

己の人生、己の力のみで生きて来たかのようにお金と物だけで人生を築きあげようとしてきた傲慢な人生。

そして、地に落ちた傲慢な人間が困った時に、「助けてくれ!」と泣き叫んでみても、誰が私のことなど助けてくれようか。

そして、それを逆恨みして助けてくれない相手を血も涙も無い心の無い人間のように、鬼と呼び、人を社会を非難し恨んできた。

愚か者。

愚か者の行き着く先は、地獄。

その地獄は、世の中の現実の「生き地獄」と己の中の生命の「生き地獄」だ。

この両方の地獄を味わうことになるのだ。

己の中の、地獄を見なければならない、いや、見せられる必然性。

宿業。

その地獄の決定的なのものは、何か?!

「死」

この世での「死」である。

生きながらの「死」である。

「死ぬも地獄、生きるもの地獄」というけれど、私には、「死ぬ地獄」の方が、まだ、天国に近いような気がする。

「生きながら地獄」を味わうこと程、地獄の最上級は、無い。

己を助けてくれない人を、社会を、非難し、恨んできた人生。

あなたに罪はないの?

全部、親のせいだ!世の中のせいだ!

あなたに罪はないの?

一生懸命に、私だって生きてきた。

あなたに罪はないの?

私の罪なのか?

そうだ、私の罪なのだ。

大切なのものを『気がつくことの出来なかった私の愚か者の生き方の結果なのだ。

全部、身から出た錆なのだ。

原因と結果。

確かな方程式なる哲学の基に、かすかな「光」が命に射しだすことによって、少しずつ目覚めさせられた答えと確信。

その「光」を私に向けてくれたのは、

その「光」を与えてくれたのは、

手を差し伸べてくれたのは、

私がこの哲学から、己が逃げる原因になった最も近くいる人であった。

なんという因果であろう。

結局は、回りまわって、同じところに戻ってきたのだ。

結局は地獄を見て、尚も地獄にいる私にとって、また再び、最初の場所に戻ってきたことの意味。

生きてこの哲学を、再び、今度は命に刻めることの意味。

己の「宿命」「宿業」の深さをまざまざと沁みこませて。

どん底の人生を歩んだものの人生の行き着く先は、「死」か「生」の極限のどちらかの選択。

「天国」と「地獄」のどちらかに突き進む最後の選択。

選択の瞬間、己の地獄で出会った、命の明かりが灯された瞬間。

見えるものを見えるものとして、当たり前にしか生きてこなかった人生。

見えないものの中にこそ、本当の確かさ、温かさと価値と真実がある。

そのことを、ほんの少しの開かれた命で感じ取れたわたしにとって、「生きながらの地獄」の己を、己の生命の力で、この世に明かりを灯し、今を生きる力になっているわけです。

生まれながらに、目に見えないものを、感じ取れ、学べて、確かな人生を生きる知恵に、変えることが出来る人は、幸福かも知れません。

私には、そんな大切な宝を私の中に見つけることが出来なかった。

でも、こうして、私の中にも大切な「宝の原石」が、こんな私にもあるのだということを確信できる力を与えてくれたのは、この哲学のお陰であり、この哲学を与え、そして、貫いてきた最も信仰者として尊い姿として私に映る、私を守り続けてくれた人。

一番近くにいながら、一番遠かった、その人なのです。

灯台下暗し。

目の前に転がっている、「宝石の原石」に気がつけぬ己のなんと間抜けなこと。

愚か者の人生。

しかし、「最も意味のある人生の一部」であったと、

この世に、2度目のチャンスを与えられたことの感謝と共に、そういえる人生でありたい。

今の私には、、確かな方向を指す灯りがある。

私にとって、全てに報いてゆく「報恩感謝」の人生の為に。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



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