人の心は「真実・道理」を知ることは出来ない:生命の変革


人間として生きる道理を知る(悟る)ことができる。

物事は単純に考えればよい。

単純に考えれば、事が済むことを、あーでもない、こーでもないと、複雑(弱い)な心で考えないことだ。

人間として、物事の道理に従った単純明快な生き方。

苦をば苦とさとり楽をば楽とひらき苦楽ともに思い合せて



人間が人間として、より人間らしく、生きることが出来る道理。

苦をば、苦と悟る。

苦を滅する。

空。

解脱。

生かされている命(生命)。

妙法。

人間が仏に成れる道理。

己を生きることが出来る。

「人」の心に、真実を映し出すことは出来ません。

「人」の心に、道理を導くことは出来ません。

「人間の命(生命)」に、「真理」を導くことが出来る。

「真理」とは、何か?

「真実」の「道理」である。

人の心では、道理から真実を解き明かす真理に到達することは出来ません。

上っ面の人の心で、己の人間を正しい道理に生きる姿として、決して、真実を現すことなど出来ない。

だから必要。

その真理に到達することの不可能を、可能するものとは?

薄っぺらで頼りない「人の心」から、人間の命(生命)に届く「信仰」。

一人に一つの「信心」。

人間の命(生命)を変革する。

人間をより人間として生きることが出来る、仏になる、神になる。

人間革命。

その錬金術。

その真髄。

妙法。

桜梅桃李を生きる。



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そんなに死にたいなら生きてみろ!「生も歓喜・死も歓喜」

 
死ぬために生きる。

楽しみ。

「生も歓喜」「死も歓喜」

見届ける為に生きてやる。

死んでやる。

死ぬために生きる。

生きることにしんどくなった。

生きていることが辛くなった。

生きるという事が苦しい。

そんなときこそ、

それが大事なんだ。

人生の敗北者のくせに闘っている人間のことをとやかく言うな!

自分を語れない人間。

君は、人生の敗北者。

現実を生きている人間に、とやかく口を挟むんじゃない。

桜梅桃李。

今を生きる。



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自らに生きよ!:私が宗教だ


言葉。

言葉。

偽物。

本物。

それは、あんたの言葉?

そこに、あんたはいるのか?

妄想の世界だけでは、何も解決しない。

袈裟を着た禿人、観念の奴隷達。

その言葉は、あんたにとって何の価値もない。

無価値な言葉を貼り付けるのはもうやめなよ。

こんな世界になんの価値も無い。

価値の無い世界で争うことの無意味。

無意味な世界で正しさを争うことの意味。

あんた達には、信心という信仰心の欠片も無い。

利用する物達と利用される物達。

人じゃあない。

見えない「物」だ。

似非社会を信用するな。

自己を実現するだけの信心のない「物」が、信仰を似非社会で軽々しく語る。

そんなに、あんたは苦しいか?

ありのままに生きている人間の姿を、人としてありのままに語るべきだ。

神や仏は、人間に対しては無力なのだ。

人が、仏を呼び覚まし、神の世界を創造する。

自らを卑下することなかれ。

卑下は冒涜だ。

怒りはエネルギー。

そのエネルギーを生命に平和利用する。

怒りを笑いに変える。

悲しみを喜びに変える。

その触媒と錬金術。

絶対的に確立された信心

心が無ければ、人間は苦しむことはないのに。

心はおまけ。

御負けなのだ。

余計な心を排除すればいい。

苦しみの頂上の上り詰めて最高の境地に辿り着く。

それは、あきらめ。

心をあきらめることによって、人間とは何かを知る。

無になった心に仏の生命が顕れる。

「私が宗教だ!」

我は心の怪物、ピカソになる。

自らに生きる。

桜梅桃李。



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人間を生きる:宗教を信じる者は救われない

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生きる。

生きなければ。

生きる事が大事。

今を生きることに全力を注ぐ。

大事。

生きるための柱は何だ?

生きる理由は何だ?

生きること。

死ぬまで生きる。

理由。

わけ。

生きることの目的。

死。

わたしは、死という物から逃れることは出来ない。

生きる。

わたしが死という目的の為に、今を生きるという目標。

それは、生きるということだ。

人間を生きる。

私らしく、桜梅桃李に。

毎日を自信をもって生きよう。

それが、わたしの今を生きる目標を達成するための課題だ。

人間が生きる上で、悩みや苦しみは必ずついて回るもの。

でも、本当はそんなものは最初から有りはしない。

無いのだ。

全ては無。

悩みや苦しみ、悲しみ、嬉しさ、喜び。

全ては、何も無い。

無いということは、始めから人間はただ生きることに専念すればそれで良い。

人が無になると、生きることが簡単になる。

今日があって、明日がある。

無になってはじめてわかる。

人間が存在するということ。

そこに人が生きるということ。

私らしく桜梅桃李に生きるという事。

宗教を信じる者は、いつまでたっても救われない。

ありのままの自分を信じきることが出来る。

それが信心。

私の心を信じきることの出来る信仰。

宗教は信じるものでは無い。

宗教は学ぶものだ。

宗教の奴隷になってはならない。

宗教に利用されることがあっては絶対にならない。

宗教は利用する為にある。

宗教組織を維持する為に、学会員がいるのではない。

学会員は宗教を利用して、自らの信仰によって、自らの生命に信心の灯りを灯せばよい。

妙法とはそういうものだ。

最高の生き方を確立させるための信仰だ。

それは私自身なのだ。

私自身が宗教だ。

桜梅桃李。

今を生きる。



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私が宗教だ!:自分の道は自分で開け

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今、「自分の道は自分で開け」というブッダの教えに共感する人が増えているということです。

「因果関係によって作り出されたすべてのものは無常である」(諸行無常)と智慧によって見るとき、人は苦しみを厭い離れる。

これが、人が清らかになるための道だという。

釈迦の仏教では「拝んで救済を願えば、死後、よい世界に生まれる」などということは一言も言っていません。

また、神秘的な力で人々を救済するような絶対者の存在も認めていません。

釈迦の仏教は、あくまでも自分自身が修行することで苦しみから逃れることができるという、いわば「自己鍛錬システム」。

2500年前にできたとは思えないほど合理的で、現代人も受け入れやすい教えなのです。

苦悩に満ちた現代にこそ、釈迦の言葉は力を持って我々の心に訴えかけます。

桜梅桃李の自己を確立するための「自己鍛錬システム」。

その鍵(キー)となるべき触媒とは。

妙法。

どこまでも己を信じきる自信。

自分という人間が存在する価値。

それは、絶対的なもの。

自分という人間の絶対的な存在価値。

一体、誰が自分を自分以上、信じることを知ることが出来るのだろう?

人間を信じることが出来る。

その前提には、己自身という人間を信じる切ることが出来る。

己という絶対的な存在。

全てを生かして、生かされているという思いを確信という信念に変えることができるのも、私の人間として現実を生きている己にたいする自信。

私が宗教だ!

一人ひとりが、自分の中に現実を確かに生きることの出来る宗教を持つ。

そう思える私の中の信仰心。

私の信心。

与えられたものから、私が現実生活の中で生きていく自信によって、人間としての価値を生み出す私の中にある私の宗教。

その私の宗教に対する信仰心を高めるための、私の信心。

一人一人の信心。

己の生きる哲学。

頑固に変化にこだわるための変わらぬ羅針盤となる思想。

自らの中に灯りをともさなければ絶対に生まれることは無い。

己の中の宗教。

私自身が宗教だ。

宗教とは、自分の弱さをたすけてもら為にあるのではない。

自信は、人間が絶対的に幸せにいきる為に大切なもの。

うぬぼれや傲慢につながるかもしれない。

でも、そんな時でも現実に生きている主人公である己の自信の存在を信じきることが出来ることは、己の中にある未知の領域を開く限りない力引き出せる力の根源となる。

宗教にのめり込み、宗教にこき使われ、ただ利用される愚かな人間にだけはなりたくない。

それは、この世の中で一番た大切にしなければならない自分という存在をどこまでも信じきることの出来ない弱さなのだ。

桜梅桃李。

今を生きる。


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他人を否定する事から何も生まれない


他人を否定する。

そこから何も前向きな価値を創造することは出来ない。

物事には、良い面がある。

物事には、悪い面もある。

全てを肯定する。

そこからしか、自分を変えるためのヒントは与えられることは無い。

全てに一期一会。

感謝の気持ちを忘れない。

常に感謝を感じることの出来る心の視点を定め続けること。

妙法

桜梅桃李。

「今」を生きる。



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桜梅桃李に今を生きる


わたしが生きている。

わたしが生きていることを感じることが出来るのは、今があるから。

「今」を生きているから。

目的を明確にする。

動く。

決意して動く。

「今」というこの瞬間を無駄にしない。

与えられた時間。

全ての「今」。

今生きていることを楽しむ為に。

「今」を生きるのが人間。

一人の人間にとって、「過去」も「未来」も「今(現在)」というこの瞬間のみを生きる為にある。

それが全て。

今、生きている。

今を生きるのは何のため?

今を生きるのは、明日を生きる為。

だから今を生きる。

現在、過去、未来。

「過去の因を知らんと欲せば 其の現在の果を見よ 未来の果を知らんと欲せば 其の現在の因を見よ」

今、成すべきこと。

今、しなければならないこと。

今、始めなければならないこと。

言葉が、人間を動かすのだろうか?

動いたことが、言葉になるのだろうか?

わたしが私らしくいきるためのメモ帳。

久しぶりに書きたくなった。

書かなければならない時が来た。

自分がまた、大きく変わることが出来る時だから。

自分の生き方の弱さを強さに変える時だから。

現実に負けてなんかいられない。

大切なのは、今を生きるということ。

一人にひとつの信心。

「助けてください」「お願いします」

信心は、他力本願ではない。

組織に頼らない信仰。

「お題目をおくりましょう。」

わたしは、霊媒師でもなんでもない。

他人を変えることは容易いことではない。

人は変えることはできないけど、自分を変えることはできる。

人を変えたいなら、自分が変わらなければならない。

自分が変わった分だけ、相手を見る目が変わる。

自分の中で信心を確立する。

人間としての自己を確立するための哲学を自らの生命に集大成させる道。

生きる事。

一日一日、後悔の無いように生きていきたい。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。



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【孤独】:どん底のどん底、 2番底のどん底 、3番底


「どん底」というのは、現在の世の中かな。

100年に一度の世の中も、現在の今、この瞬間の世の中かな。

「どん底」の、更に「どん底」の「2番底」

どん底の次のどん底を誰が呼んだか、「2番底」。

そのそこが抜ければ、次は、3番底かい。

その次の底の次は、4番・・・。

「何じゃ、そりゃあ?」

単なるアホさ加減をごまかすための言い分けに、どん底の底が抜けりゃあ、底の下に、もう1つ底を作って、さも、ありそうなことをもっともらしく「2番底」とよぶ。

人間とは、無責任な生き物。

人間の言う事は、不確かな言葉の連続。

要するにいいかげん。(良い意味での好い加減ではない。)

ごまかす人間。繕う人間。

どん底なんていうのが、一体、どこに見えると言うのか。

見えないものを見たように言い。

見るべき見えないものを見ようとしない人間。

人間として与えられた能力・本能の退化。

世の中の進化と引き換えに、人間のどこかの回路は、機能する必要を搾取されて、退化しているのではないか?

どん底と言うものを知ることが出来るもの。

どん底と言うものを見ることが出来るもの。

どん底とは、そのどん底を、味わったものが知ることができる。

どん底とは、振り返った時に見える。

どん底を味わったことのないものが、どん底と抜かす、この底抜けの世の中。

「適当」に繕う世の中の無責任さ。

ただ、ゲームを楽しむ人間。

以前、大河ドラマで「坂本龍馬」の生涯が放送されていました。、その坂本竜馬の生き方を最大の人生の哲学としていらっしゃる武田鉄也氏。

元、フォークグループの「海援隊」で芸能人、武田鉄也さんが、売れなくなった頃に、その日の生活さえ事欠くような暮らしに陥ったときの話。

その時に、妻が、今が「どん底」。

このどん底を良く見ておこうよ。と言ったそう。

ココが、どん底ならば、後は、上がるだけ。と更に、そう言った。

とてもいい話です。

しかし、そのときに、その瞬間に、そのようなことが言えるのだろうか?

そのはなしが、作られた感動話とは言いません。

また、何一つ、疑うことを必要しないのかもしれません。

その通りじゃないか?

後は、這い上がるだけ。

結果オーライ。

そのどん底から登り続けたと言う、成功話を否定するつもりは、毛頭ありません。

その実、現在、武田鉄也氏は、芸能界で確固たる位置にいらっしゃる。

でも、じゃあ、先の話の、2番底は?

まだ、その先の3番底は?

また、その先の・・・・、「もおぉっ、ええちゅうねん!」

底は底でも、どん底とは限らない。

だから~、どん底と信じて生きれば後は這い上がるだけ。

それでいいでしょう!

そうじゃあない!

どん底にいる人間が、どん底を知ることが出来るならば、その底はどん底ではない。

どん底にいる人間が、どん底が見えるのならば、その底は、どん底ではない。

人間の言葉と言うものは、その言葉が事実であっても、本当の真実を映し出しているとは限らない。

「ココが、どん底ならば、後は、上がるだけ。」

「後は這い上がるだけ?」

そうだけれど、そうでない。

まあ、それでいいか。

違っていようが、違っていまいが、どうでもよいことなのだから。

これが「お前」のいいかげんさ。 (良い意味での好い加減ではない。)

桜梅桃李。

今を生きる。

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関連ーページ■福島智東京大学教授の闇と沈黙の苦悩の脱出~名字の言



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夢・希望・目標は大きい方がいい:見失うことが無いから


「目標(夢や希望)は大きい方がいい。」

なぜって?

それは、「見失うことが無いから。」

「明石家さんま」さんが、司会を務めていた日テレの「行列のできる法律相談所」の番組の中で語ってた。

成程。

毎日、毎日、生きていれば、時々、「今」を生きているための夢や目標を見失いそうになる。

また、忘れ去ってしまっていることさえある。

わたしには、明日を生きるための大きな目標と今を桜梅桃李に生きるための人生の方向を指し示す大切な羅針盤がある。

大切な人への報恩感謝のために、今を生きる。

わたしの人生を変えてくれる大切でとっても大きな目標。

どこまでも謙虚さを忘れず、桜梅桃李を生きる。

「目標は大きい方がいい。」

「見失うことが無いから」

今を生きることの意味とその価値。

変わるんだよ。

変えるんだよ。

今まで、なんとかにここまで、やって来れたのは、一体誰のお蔭なかな?

確かなものの存在を、更に確かなものに練り上げていくという毎日の中で築かれるもの。

その確かなものがあればこそ。

私の心の中を満たしてくれる確かなもの

全てのけじめをつけて、頑張れるという気持ちにさせてくれるものの存在。

その存在に感謝。

桜梅桃李。

今を生きる。



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己を信じきることの出来る信心から生まれる確信と新たな予感


何が正しく、何が正しくないのか?

その基準。

私の中の哲学。

きょうから始まる。

また、始まる。

始めることだ。

目の前にあるもの。

それは、私自身。

今日から始まる、そして、今日から始めるんだ。

生きることに対して自信を持てなかったこれまでの人生。

わたしになかったもの。

生きるということに対する自信。

わたしを生きるということ。

無から有を産みだす。

生みの苦しみ。

苦しむということさえ知らぬ。

苦しむことから逃げる人生。

無から有を産みだす。

これが人間を革命するということだ。

わたしを変える。

可能にすることは不可能に近い。

その現実と真実を生きるということから知った。

今を生きるということは、一体なんなのだ。

人間が生きるということの毎日の時間。

一日がたった一秒の人生。

たった一秒が人生の全て。

人間を生きる。

わたしの信心によって生み出された新しい私。

生きることに対する自信。

これからがわたしの第3の人生なのかもしれない。

確かな確信のもとに新たな予感がする。

桜梅桃李。

今を生きる。



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当てにならない自分の心に、ドンマイ!ドンマイ!


心の元気を取り戻す為の言葉がある。

生命の中から勇気の炎を湧きい出す方法がある。

「ドンマイ!ドンマイ!」

平気だよ。

気にしてないよ。

どうでもいい些細なことに囚われ続けるわたしの心。

平気だよ。

気にしない。

「ドンマイ!ドンマイ!」

心の中でつぶやくだけで、曇った心が少し晴れていくような気がする。

心って本当にコロコロと変わる。

動かざること山の如し。

不動心っていうけど、心は山のように見える物として映し出すことはできない。

時として自分の今の気持ちさえ分からなくなる時がある。

それなのに、ましてや他人の心なんて知ることなんて不可能に近い。

当てにならない心。

じゃあ、一体何を当てにすればいいんだろう?

「ドンマイ! ドンマイ!」

でいいんじゃあない?

桜梅桃李。

今を生きる。



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人間が生きる事なんてたいしたことじゃあない


太陽は、燃えているん?

いや、太陽は燃えているんじゃあないんだって。

人の命は、地球よりも重い。

いや宇宙よりも重い。

人生なんて、そんなに大したもんじゃあない。

思い。

想い。

虫けらの人生となんら変わらない。

「人間50年、下天のうちをくらぶれば夢幻の如くなりひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」

50年生きようが、80年生きようが何も変わらない。

太陽系、宇宙の歴史に比べれば、一人の人間が生きたことなんて存在しないのと同じ。

そんなもんだ。

勝手に生きてりゃあいいんだ。

昨日も今日も明日も、生きたこともなかったのと同じ。

人間が生きる事なんてたいしたことじゃあない。


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初心忘れるべからず:原点


初心忘れるべからず

わたしの歩いてきた道。

その後ろを振り返る。

毎日を生きていくことへの誓い。

その原点。

生きてるだけで丸儲け。

報恩と感謝。

常に、謙虚さを失えば、私が今を生きる価値は無い。

傲慢に生きた己の過去。

二度目の人生。

戻りたい。

戻らなければ。

今、わたしが生きている毎日の軌道は、原点とその先につながる確かな点へつながっているのだろうか?

確かな哲学をうしなってはいないだろうか?

わたしが、今を生きていることへの感謝と報恩の誠を尽くせ。

原点。

桜梅桃李。

「人のために火をともせば 我がまへあきらかなるがごとし」

だったね。


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聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥


「知らないことを聞く」ということは、恥ずかしいことではない。

知ろうと思えば思うほど、知らないことが増える。

だから、幾つになっても、その時に「知らないことを聞く」ということは、恥ずかしいことではない。

見栄や虚栄心。

浅墓な心が恥ずかしい。

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

恥の上塗りの人生。

見栄や外分、そんなものは、たった今から捨てました。

自分に無いものを無理に見せようとしたり、繕おうとしたり、今のわたしのそのままを素直に直視できないというそのことが恥ずかしい。

虚飾と後悔。

わたしが、今を生きるということと向かい合う。

桜梅桃李。

今を生きる。





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良くも悪くも「気」には、力がある:要らぬ「気」余計な「気」


気持ちの「気」。

人と人との間に見ることのできる「気」。

目には見えないけど、見えないものをみることが出来る人。

人と人の間を生きる。

人間だから見ることが出来る。

人間だから気を使うことは大切だ。

人と人の間を暖かくするのも「気」のパワー。

良くも悪くも「気」には、力がある。

マイナスの「気」。

要らぬ「気」。

余計な「気」。

要らぬ「気」を使って空気を読めない日々。

余計な「気」を使うばかりで疲れる日々。

今を生きる全てに必要な私にとっての大切なもの。

そんなことを「気が付かせてくれる」もの。

桜梅桃李。

今を生きる。



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