この世は「信じる」ことで全て成り立っている


時間は有限。

祈りは、無限。

出来ることを可能するよりも、出来ないことを可能すること。

その意味、その価値。

この世は信じることで成り立っている。

信じること。

信心。

おのれの心を信じる。

己の中の仏と己の外にある神。

その生命。

己が全て。

その正しさ。

その確立度。

その根本。

信じることを貫き通す。

その信心。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。



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妙法の当体「信心」:「極道」の世界を覚醒させる


人の心を無にすることによって、人間は、「神」にも「仏」にも成れる。

「神」によって人間は生かされ、「仏」によって、人間を生かすことが出来る。

「神」も「仏」も、全ては私自身の生命(命)そのものである。

私自身こそが、その「当体」なのである。

「言葉」の意味を体得するのが信心である。

命(生命)によって、心の洗濯をする。

一人ひとりの、心のよりどころとなる正しい「信仰」によって確立される「信心」。

信じることの大切さ。

「運命」と「宿命」。

「運命」は変えられる。

過去を変えることは出来ないが、未来を変えることは出来る。

今を生きることによって、過去の意味を変えることが出来る。

今を生きる「宝」、未来を創る「財産」。

この世に与えられた命(生命)。

自らの宿命によって、自らの運命を開く。

その鍵。

それは、「命(生命)」という触媒による心の錬金術の扉を開く。

生かされる命。

人間として生かす命。

人として生かされる命(生命)。

人間をより人間らしく、生かす命(生命)。

それは、私らしさの最上級。

己の信仰心。

信心の扉を開き覚醒させる。

それは、「極道」の世界だ。

桜梅桃李。

今を生きる。



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心を無にする:桜梅桃李の生き方


心を無にすると体が自動で動く

心を無にするということは、心の中にある余計なものを排除するということ。

無心、無我の境地などと書けばわかりやすいかもしれない。



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法華経の兵法:妙法


心は自由。

そうだ、思いついた正しい思想の原爆を落とす。

たった一発で地球上に正しい思想が広まるんだから。

原爆の正しい使い方。

真っ白なキャンバスに絵をかく自由を見つけた。

これがわたしの自由だ!

不自由に生きなければならない人間の中に見つけた絶対的な自由。

いつも本当の自分で生きれば、いつも本当の人と巡り合える。

本当の自分は、今、この場所にいつでも存在する。

その時に、備えよう。

題目とは、究極の自分自身との戦いなのだ!

いつも自分を褒めてあげよう。

誰に褒めてもらわなくても結構。

本当の意味での辛抱というものをまだまだ、知るところへ到達していないというわけだ。

愚痴や悪口で誤魔化そうとしたら、その辛抱も元の木阿弥になる。

なにの兵法よりも法華経の兵法をもちひ給うべし、「諸余怨敵・皆悉摧滅」の金言むなしかるべからず、兵法剣形の大事も此の妙法より出でたり、ふかく信心をとり給へ、あへて臆病にては叶うべからず候、恐恐謹言 (四条金吾殿御返事)



生命に届く。

妙法。

2015/6/15



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「一生をありのままに生きられる」信心の確立


絶対的な信心の確立。

絶対的でなければならない。

エゴであったり、傲慢であってはならない。

一生をありのままに生きられる人生。

確立とは暗示のようなもの。

絶対的な信心の確立をすると目の前の見える世界が変わって見える。

目に映る全てが昨日と変わっている。

すべてが変わって見える。

己の中の変化。

自己確立は人間変革への第一歩。

生きてみなければわからない。

妙法。

桜梅桃李に生きる。

Life is like a box of chocolates
 (人生はチョコレートの箱のようなものだ)






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怒りの頂点を極めると笑いに変わる:信心とは?


信仰は個々の人の心の中にある。

わたしを信じる。

わたしの中の怒り。

生きることに対する怒り。

怒りが頂点を極める。

冷静さを取り戻す。

そして笑いに変わる。

楽しい。

怒れるわたしがいる。

真剣に生きている証拠だ。

怒っていいんだ。

わたしは怒っていいんだ。

謙虚さ?

そのなものはどっかに捨てちゃえ。

今必要なものは、そんなもんじゃあない。

自分をどこまでも信じることだ。

怒りの頂点を極める事だ。

わたしの信心。

確かな哲学に基づくわたしの信仰心。

そうだ、わたし自身が宗教だ。

今、成すべきこと。

今、しなければならないこと。

今、始めなければならないこと。

妙法。

桜梅桃李に生きる。



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【妙法】:現実を生きる灯りは誰が灯すものではなく自らの力で灯すもの

妙法とは、不思議な法。


それは、今を生きる人間にとって、現実をを変えることがどれだけ過酷であるかということを物語る。



今を真剣に生きる者にしか、その妙法の扉は開くことはできない。




これは、宗教ではない。



自らの命に灯された灯り。



己の信仰だ。


私が、わたしを生きる。




桜梅桃李に生きるための信心。



未来を生きる。



人生を生き切る為の生命の明かり。



それは、現実を乗り越えるための勇気だ。



その勇気は、だれが与えてくれるものではない。



自らの信仰によって、生命に灯りをともすものだ。



「此の御本尊全く余所に求める事なかれ」




信仰とは、妙法を唱える人自身の胸中に存するものである。










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【妙法】:世間ずれして心が干からびて「辛さの倍返し」

「世間ずれ」することは、人間がこの世を生きるためには、とても大切な事。


今を生きることはとてもつらい。


辛いことから人間は誰しも逃れたいと思う。


でも、現実には、辛いことから逃れることはできない。


逃げれば、逃げるだけ、より一層、辛いことが追いかけてくる。


辛さから逃げれば、その辛さは・・・・。


「倍返しだ!」


だからといって、「やられたらやり返す!」なんていうわけではない。


最近、「世間ずれ」してしまって、心が干からびってしまってるようだ。


心にも水遣りが大切。


心に大切な水遣りって何だろう?


「じぇじぇじぇ!」


「お前、しらねぇのけぇ?」


忘れてる。


忘れてる。



置き去りにしちゃあだめだよ。



わたしが今を生きるための哲学。



妙法。



世間ずれ」という言葉の意味について


「日本国語大辞典 第2版」(平成12~14年・小学館)

せけん-ずれ【世間擦】 実社会で苦労して,世間の裏表に精通し,悪賢くなること。

「明鏡 第2版」(平成22年・大修館書店)

せけんずれ【世間擦れ】〔名・自サ変〕 実社会でもまれ,ずるがしこさを身につけていること。「まだ―していない青年」「―のした男」 [注意]世間からずれていることの意で使うのは誤り。

 辞書が示すように,「世間ずれ」は,世間を渡ってもまれてきた結果,ずる賢くなっているという意味です。「ずれ」は漢字を当てれば「擦れ」であり,「明鏡」が指摘しているように,「世間からずれている」という意味ではありません。「日本国語大辞典」で「ずれ」を引いてみましょう。

「日本国語大辞典 第2版」(平成12~14年・小学館)

ずれ【摩・擦・摺・磨】《語素》(動詞「すれる(摩)」の連用形から) [3]名詞について,そのものと長いこと接して慣れが生じる意,また,そのために純真さやまじめさが失われる意を表す。「世間ずれ」「人ずれ」「悪わるずれ」など。

 社会で経験する様々な摩擦や人との接触に慣れ,その結果,元々の純真さを失ってずる賢くなる,というのが「世間ずれ」です。文化庁









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石ころをダイヤモンドに変えることの出来る錬金術:妙法


「それ」は自分ではどうすることも出来ない心の中にある大きなもの。

誰にでも、その「何か」を感じることがあるはず。

動かすことの出来ない何か。

己の意思では、動かない何か。

「何か」が私の生き方を動かしている。

私であるけれども、私ではない何か。

その「何か」とは何だろう?

その「何か」によって、私の生き方の傾向を形作ってきた。

私の過去の生き様は、その何かの足跡。

その「何か」というものが、生きてきた過去と現在を知ることによって知ることができる。

何かがあるということを知ることが出来る。

しかし、その「何か」の正体を知ることは、更に、特別な能力が必要なのかもしれない。

その特別な能力とは、その「何か」を知るために、その「何か」を得るために欠けている能力。

何かを知る人は、人生に生きる為の正確な羅針盤を得ることの出来る人。

人生の羅針盤を得ることのできる人生は、人間として確かな一歩を、人生の一歩まで歩むことができる。

人生の「羅針盤を得る資格」を得る為のその「何か」を求めるために必要なこと。

賢者の石を探すこと。

生命の錬金術を見つけること。

錬金術によって生命を黄金に輝かす「賢者の石」を見つける事の出来る法。

妙法。

桜梅桃李に今を生きる。






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「今の心」毀誉褒貶に左右されない一念と信念と執念


一念の「念」という字は「今」の「心」と書く

毀誉褒貶(きよほうへん)に左右されない不屈の魂。

「今の心」を燃やす



政治はいかにマスコミを扇動するか。

マスコミはいかに政治を扇動するか。

それぞれの主張と思惑は、毀誉褒貶を常に意識した己らの利益に関わるエゴだらけ。

わたし達は、それらに単に利用され、踊らされているだけでいいのか。

「毀誉褒貶に左右されない」、将来を見据えた、「今の心」に一念と信念と執念を燃やす、誠の人間主義に基づく政治を行っているのは、一体、どこなのかを「今」というこの瞬間に見抜く知恵と心を磨く時。

2009年8月18日:今日の「名字の言」

ナポレオンが幽閉先のエルバ島からフランスに上陸したのは、1815年のこと。当時、彼がパリに近づくにつれて、新聞の態度はコロコロと変わった。

西洋文化史に詳しい学者・中野京子氏が紹介している。(1)コルシカの怪物、カンヌに上陸↓(2)王位簒奪者、グルノーブルに入る↓(3)ボナパルト、リヨンを占拠↓(4)ナポレオン、フォンテーヌブローへ接近↓(5)皇帝陛下、明日パリへご帰還(『危険な世界史』角川書店)。

初めは否定的だった新聞が中立的になり、最後は賛嘆するに至る様が表れている。ナポレオンの行動は迅速だった。通常なら40日以上かかる道のりを、20日間で駆け、皇帝に返り咲いた。一度、決断したら断じてやり遂げる。絶対に先延ばししない。この電光石火の行動力を前に、新聞も肯定的な反応を示すほかなかったのである。

「われわれはそんなもの(批評)は頓着せず、行動することが必要だ。そうすれば批評はしだいにこちらに頭をさげてくる」(ゲーテ)。世間の毀誉褒貶に左右されない不屈の魂。強い一念で前へ進むことが肝要だ。

一念の「念」という字は「今」の「心」と書く。「断じて勝つ!」との炎を「今の心」に燃やし、広宣流布の英雄としてダイナミックに前進していきたい。(川)

「名字の言」






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無から有を生み出す妙なる己を変革する哲学:妙法


一番大切な人を見下し、馬鹿にしてきた人生は、私の嫌われ者の人生の大きな一つの原因かもしれません。

心の弱い生き方の人間は、「卑怯者の生き方」とも隣あわせ。

その内いつの間にか、その両方の生き方が、一つとして同居してしまう。

己の人生。

心の弱い生き方は、卑怯者の生き方をはじめとする全てのこの世のマイナス要素を引き寄せる。

この、「弱い生き方」は、一体、いつから、どこから私の中に、存在していたのだろうか?

一体、誰が与えたのだろうか?

今を生きる人生は、足跡を残してきた己の過去の反映されたものの結果。

その過去は、厳然として私の中に存在する。

いかに心の目を伏せ、蓋をしようとも、いかに心で言い訳をし、言い逃れをして人のせいにしても、無意識の中で、己の現実に全てその過去が実現され生きることの全てに、知ると知らぬと関わらず、己の意志に反して実行される。

己の現実に苦悩する、悩み、苦しみ。

その現実を乗り越えられない姿に、己の哀れさの原因を求めるだけの少しの強さと勇気を持つならば、その「答え」は、結果の大本である「原因」を辿れば良い。

しかし、弱い人間は、己の過去さえ、振り返る勇気が無い。

振り返るだけで、心が折れそうになる。

現実否定は、己の最も大切な宝である「辛い生きてきた過去」を否定することから生まれるのかも知れません。

そんな人間が、己の中から、何かを気づき、悟る。

そのヒントを、現実を生きることの中から得ることなど出るはずが無い。

心の弱い人間は、ここで、堂々巡りに陥る。

「変わりたい!」という思いだけが、先走り。

しかし、変われる為の核心に迫れない心の弱さ。

だから、いつまで経っても、なにも、変わらない現実。

行き詰まり。

心の病の原因は、こんなところにあるのかもしれません。

でも、行き詰まりの原因と、その必然は、己の心の弱さ以外の何者でもない!

私は、弱い。

人間は弱いのだ。

でも、誰が与えたものでも、仕打ちでも無い。

自らが、望んでその心の風景を持って生まれてきたのだ。

私は、弱い。

己を知る。

弱い生き方の人間は、己の弱さを、まず、絶対的に認めること。

「強い生き方」に、根本的に己の中に革命を起こす為の確定的な一歩なのかもしれません。

しかし、弱い生き方の人間には、絶対に出来ない!

「絶対的に認めること」は、絶対に出来ない!

相対的な価値観の中に、常に、さらされ、生きることを当然のように生きている人間。

その中で、自己の存在さえも、消失させようとする社会。

自己とは何だろ?

失われた自己。

スタンプ一押しで作られている程度の軽すぎるほどの心に、悩むことの意味さえ無意味感じる心。

自己の崩壊を促す社会で、不可能とも思える絶対的な自己確立とは、己を知ることから始まる。

その一歩を踏み出すしかないのだ!

「絶対に出来ない!」ことを出来るようにするには、無いものを己の中から顕す以外に無い!

その無いものを生み出すのが、不思議の妙なる哲学。

妙法。



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己の生命を開く「宝箱」:妙法


窮地。

窮地に陥れば陥るほど、

己の中で、何かがはじける。

己の中に眠っている最大限の力を発揮できる生命の中の妙なる宝の箱が開く。

確信する。

己の一念で。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。





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妙法:変えようとせずとも変わる必然の哲学


信仰とは、現場主義。

祈って、動いた分だけ、

確かな「信仰心」につながる。

確かな「確信」につながる「証拠」になる。

己の哲学の証になる。

他人の手柄を横取りするのは社会の基本。

この世に棲む人は、「動物」に近づくものと、「人間」に近づきたいものの闘いだ。


高き境涯を目指す人間革命。

生命の、命の階段を、一歩、一歩、確かに進んでいるこの感覚。

自らの人間が生きる現実の全ての場所が、わたしの心を鍛える道場に変わる。


もがき苦しむ心の格闘の結末は、脳内モルヒネが分泌され始める、心の最高の疲労感。

生きることへ執着する答えに達する到着点。

妙なるものの明かりが灯る瞬間。

そして、己の中のて哲学のページが生命に刻印される時。

心と生命の格闘だ。


私の汚い、エゴの塊であるこのメモ帳が、

命の、生命の言葉に書き換えることの出来る妙なる哲学を

この生きてゆく人生で確かめる。

己の汚い、エゴの塊の生命を利用して。

だから、今、生命の底からほとばしる言葉をメモとして残す。

己の成長の証として。


自信を幸福の連鎖に導く生命の根本。

魂の根本。

その生命の根本、魂の根本に明りを灯す。

全ての因を幸福へ転換することができる。

妙なる法。

自分を変えようとせずとも変わる法だ。

正しい生き方。

正しい哲学。

大本(おおもと)となる高い哲学が生命に備わる。

その高い哲学を命に刻む作業を繰り返すために、己の目前の現実がある。

汚れきった己の中の垢を落とす作業。

現実の無明、無常の意味を深く知る。

『諸法実相。』

『煩悩即菩提。』

知れば知るほど迷いが消え、生きる道に明かりが灯る。

知恵に変わる。

悟りに向かう英知を開ける境涯へ。

一生「賢明」に、生きる。

一生懸命生きている。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。



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