今、信仰心の証を立てる時:


生きる事。

私が生きていること。

全部乗り越えて行ける。

だから今がある。

恐れない。

そのための勇気。

生きる楽しさ。

その醍醐味。

生きるとはこういうことだ。

悠々と越えられる。

越える為の信仰だ。

今、生きている信仰心

その証。

今を楽しむということの本当の意味を知る。

妙法。

桜梅桃李。




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「心のお化け」に支配されない人間の正しい生き方


小さな心に支配されない。

心に囚われない。

心は、私と言う人間を動かすことに気を向ければよい。

心のイメージを変えることだ。

どんなことがあっても恐れることなどない。

なんでもできる。

なんでもありの世界だ。

生命のバリアーで包み込め。

人間は考える動物である。

人間として生まれた尊い生命で包み込む。

心は使うものじゃあない。

心は働かせるもの。

無駄に使わぬよう。

正しく働かせよう。

心を無駄に使うと暴走を始めて、終いには、自分を殺してしまう事さえできるんだ。

焦らない。

諦めない。

ありのままに生きられる。

私がわたしを生きる、わたしの正しさ。

その方法。

妙法。

桜梅桃李に生きる。



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「無・無・無・無」:桜梅桃李に生きる


俺は、絶対落ち込まないのよ。

落ち込む人っていうのは、自分のこと過大評価しすぎやねん。

過大評価しているから、うまくいかなくて落ち込むのよ。

人間なんて、今日できたこと、やったことがすべてやねん。

明石家さんまさんの名言




「最も釈迦は、思考停止を目指したから全てのことに興味持つな、捨てろといったのである。そのくせ「慈しみの心を持て」と矛盾したことを言った。興味を失くし、想いも捨てたら「慈しみの心」も滅するのが理屈だ。」

う~む。

確かに、世間一般的な常識的な考えをすれば、その通りかもしれません。

しかし、大きな生き方を求め心を無にすれば、命の奥底の最高の生命の扉が開く。

私が生まれた理由を知ることが出来る。

妙法。

桜梅桃李を生きる。



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「辛」さを「幸」せに変える「一」本の道


「わたしの生命に仏性などあるのだろうか?」

と疑うことがある。

わたしの本性。

わたしは、人間なんだ。

ありのままの私。

私らしく。

私を生きる。

ありのままの自分を生き切れないこの辛さ。

「辛」いという文字。

その文字を「幸」せに変えたい。

「辛」さを「幸」せに変えることの出来る「一」本道。


「消えたいくらい辛い気持ち抱えていても、

鏡の前笑ってみるまだ平気みたいだよ。

どんなときも どんなときも」




桜梅桃李に生きる。

妙法。




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「嫉妬」は人間関係を築く上で最もよくない感情


私は、わたしを生きる。

自分を生きているか?

自分を生きなきゃあダメだよ。

嫉妬は、人間関係を築く上で最もよくない感情です。

己の病の根っこ。

人間の弱さと向き合える、人としての心の強さ。

生命を説く法。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。



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人間は人間、人間を生きるんだ


人間は、人間だ。

その人間をありのままに生きる。

苦しいばかりの毎日。

泣いてばかりの毎日。

ほんの束の間の喜び。

でも、幸せ。

私は、幸せ。

今、こうして生きている。

一番大切な人が側にいてくれる。

守ってくれる。

大切な命。

こんなに有りがたいことは無い。

人の心はどうしてこう思う通りにならないのだろう?

みんな同じ。

信心は思い通りにならない己の心を楽しむことが出来る。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。




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あなたの宗教に卒業はないのですか?


他力本願のお願い信仰か?

自立できない信仰とは?

棚ぼた式のおすがり信仰の信心では、いつまでたっても宗教から卒業できない。

宗教は人を奴隷にする。

あなたの宗教には卒業はないのですか?

卒業。

なんにでも卒業というものがある。

生きるコツ。

資格試験で合格。

森を見て、木を見ず。

木を見て、森を見ず。

組織の常識は、世間の非常識。

奇跡なんて絶対のおこらなという人には、絶対にやってこない。

じゃあ、なんで奇跡という言葉とその文字があるのだ。

奇跡とは起こるから奇跡なんだな。

そんな思いは重たいんだよ。

義務を果たさず、権利ばかりを主張してはいけない。

物事の道理をはきちがえている人だ。

当たり前に人間を正しく生きる事は難しい。

難しくしているのが人の心だ。

人間が生きる正しい道筋においては、誰しもが絶対服従なのだ。

人間世界は不自由なのだ。

それが当たり前というものなのだ。

人間が生きる不自由な世界を自由な世界と勘違いして、人として生きようとするから苦しまなければならない。

馬鹿な宗教に洗脳されて、足枷をされ、利用され、いつまでも奴隷のように心を支配され続ける結果になるのだ。

人は、それぞれなんだ。

妙法。

桜梅桃李を生きる。



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「無欲」という欲:報恩感謝、謙虚さが売りものの看板


今まで生きてきて、私は何をやりとげただろう?

人生を振りかえった時に言いたい。

見よ。

あれは私ががやり遂げたのだ。

馬鹿だったかもしれない。

でも、これは私がやり遂げたことだ。

・・・・。

でも、それは、あなたたちにはわからないだろう。

そう、ここには、何も無い。

本当は、何も無いのだ。

無いものに囚われる人の心。

有るものの世界を道理に従って生きなければならない人間。

ありのままの姿で変わることが出来る。

そのありのままで変わる自分を恐れない

欲を出せ。

無欲という欲を出せ。

報恩と感謝、謙虚さが売り物の看板が泣くよ。

全ては自分で決まる。

命ひとつ。

無から有を生み出す。

混沌から規則と秩序を紡ぎだす。

命の健康予防。

桜梅桃李。

今を生きる。







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愚人が愚人を「誉める社会」


『愚人にほめられたるは第一の恥なり』

仲良しクラブの居心地の良さは、大方、この意味を知らぬものの社会。

互いを高めあう、叱咤激励、本音を避け、互いを蔑みながら、居心地の良い自分の指定席を維持しようとしつづける愚か者達の社会。

嘘とお世辞、おべんちゃらと建前だけで、互いを誉めあう、誉め殺しの世界で、互いを聖人と勘違いしあう愚人達。

愚人が、愚人に誉められて、己の愚人さに気がつくことの出来ない救いがたいこの社会。

「嘆かわしい」が口癖だった、あの人の言葉を思い出す。

愚人同士が誉めあう社会に、未来の明かりなどが灯せるはずが無いのは、自明の理。

「愚人にほめられたるは第一の恥なり」

愚人だらけの世の中で、本物の人間が憎まれるのも、自明の理。

正しい。

私の言葉なら「馬鹿につける薬は無い」モード。

「・・・すまん。」

愚人に憎まれたるは第一の光栄なり

「憎まれっ子、世に、はびこる」という言葉にも、一理あるのかもしれない。

桜梅桃李。

今を生きる。


※「憎まれっ子、世にはびこる」は、正しくは、「憎まれっ子、世に憚(はばか)る」です。



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きょうだい:姉


私とあなたとは、なぜ、こんなにも違う人生を歩むことになったのかな?

同じところ、同じばしょで過ごしてきたのに。

何が違うのだろう?

わたしとあなた。

同じものを背負っているのに、なぜ?

こんなにも対照的に、光のあたるばしょと、くらいばしょを選んで生きることになったのはなぜなんだろう。

きょうだいというものは一体、何なんだろう。

さいしょから、たにんだった?

でも、同じばしょにいながら、本当は、どちらが必要な存在だったのだろう。

必要、不必要なんていうことを、間違っていることは知ってる。

大切な存在は、側にいなくなって、どうでもいい存在がいるのは何故なんだろう?

必要でないものが必要とされるのはなぜなのだろう。

必要とされていると思っているのは、私のかんちがいなのかな?

なぜ?

知ることの出来ない、越えることの出来ない溝。

知りたい。

わたしを知るために。

桜梅桃李。

今を生きる。



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「松竹梅」の人生ではなく「桜梅桃李」の人生


己の弱さを、隠す為の手段に、「桜梅桃李(おうばいとうり)」を使う卑怯者は、どこのどいつだい?

「・・・って、私だよ!」

心の弱い人間は、どこまで行っても言い訳ばかり。

どこまでも言い訳をするこの強さは、「天下一品」なのに・・・。

何で、その強さが、心の強さに変わる力にならんのか?

そして、現実否定、現実逃避の弱い生き方を維持し続ける負け犬人生を送る羽目になる。

どうしたって、強く生きることが出来ない。

しかも、己の弱さを隠す為に、「桜梅桃李(おうばいとうり)」を、吹聴して弱い生き方の隠れ蓑にして、己の生き方を、正当化するのは止めなさい!

桜梅桃李とは、『桜は桜 、梅は梅、桃は桃、李(すもも)は李のそれぞれの姿、特質がある。桜は決して梅にはなれないけれども、『桜』であるからこその美しさがある。同様にどんな人にも、その人でなければ発揮できない素晴らしい個性や役割・使命がある。』 桜梅桃李とは?」より


桜梅桃李は、弱い生き方を、「桜」「梅」の個性に喩えたものじゃあないんだよ。

弱い生き方の人間は、私は、松竹梅の「梅」ですと言え!

※松=特上  竹=上  梅=並

弱い生き方は、個性なんかじゃない!臆病者なだけ!

弱い生き方の人間は、臆病者が、楽に生きようとする、怠け者の言い訳に、一生を、己を知ることなしに生きる、自己不在の人生。

桜梅桃李。

今を生きる。


※評:あんた、自分の人生をよくもそこまで、酷評できますね。逆に言えば、あんたの生き方、強いんじゃないの?


追記

桜の木にとっては、春になったら花を咲かせ、花びらを満開に咲かせることが、その生命の持つ最高の瞬間。しかし、咲かない命もある。

咲かす為に夏を、秋を、そして冬を、その瞬間の「今」を懸命に生きている。

でも、その懸命さは見えない。人間もなんだかんだ言っても、みんな一生懸命に生きている。懸命に生きてこそ「桜梅桃李」の意味がある。いい加減に生きて「私は私なのよ」では無い。

己を知り自分らしく「懸命」に、そして「賢明」に生きることこそ自由。私だけの「オンリーワン」を生きる。

これが「桜梅桃李」と感じています。そこから自己確立のヒントと答えを求め、気づき、更に高め確立させていく。「桜梅桃李」の究極は「マイ宗教」でもあるのでしょう。

それが問題の無い宗教かと思います。




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・桜梅桃李>今こそ【勇気】!負けるな【勇気】!



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