「あなたに罪はないの?」TVドラマ・岸辺のアルバム:心に残る言葉


「あなたに罪はないの?」

              ドラマ「岸辺のアルバム」 より 原作山田太一



家庭生活の崩壊で目覚める人間性を描いた:「岸辺のアルバム」

岸辺の一戸建てに暮らす家族、親子4人の家庭生活の崩壊を描いた小説。

過去にTVドラマで放映され、その後の続編が放送されていたように思います。

「あなたに罪はないの?」という台詞は、夫に対する妻の台詞でした。

仕事に没頭する余り、家庭のことを妻に押し付ける夫、物理的な子育てからも解放され、夫との間に溝を感じ、ふと心に隙間が空き、見知らぬ男との不倫に走る。


交際の認められない相手の子供を妊娠する姉、弟の浪人中の進路の悩みによる親子間に亀裂。
家族が、どんどんバラバラになって行く様子をリアルに描いていました。

そして、終盤、台風で、多摩川の増水により、家族の象徴的ともいえる自分達の「家」が飲み込まれ流されようとする時の夫婦間の台詞でした。


「俺にはこの家しかない、死んでもこの家を守る。」


「子供たちや、お前は、勝手にやっていくはずだ!」


こんな台詞の後に妻が、


「あなたに罪はないの?」・・・


とても重たく深い言葉でした。


「わたし一人が悪いの?」そんな風に聞こえます。


そして、最後に、


「寂しかったのよ・・・」


この言葉を聞けば、もうだれも責められないような気がしました。


家族が一つ屋根の下で一緒に生活して暮らしているのに、孤独に追いやられる暮らし。


そして、大切な家族の絆の象徴とも言うべき家は、河に流され、


最後に残ったものは、思いでの詰まった「アルバム」でした。


失うことによって本当に大切なものに気付けたのかもしれません。


「家族の写真」、それは思い出の絆。


家族は、一からやり直そうと決意しました。


何かとても身につまされる思いがして、非常に共感できました。


「家族の愛情」ほど、幸せに生きていける絶対的な「信仰」は、無いのではないかと思います。


目に見える財産が全てなくなっても、絶対になくならないもの。


それは、家族の愛情。

そんな確かな記憶が私にもあれば、どんなにつらいことがあっても耐えて、幸せに紡いでゆける自信があります。


愛情という心の中の「アルバム」を増やしていきたいと思います。



【送料無料】岸辺のアルバム(1)
【送料無料】岸辺のアルバム(2)


岸辺のアルバム・あらすじ

東京郊外の多摩川べりに住む中流家庭。4人の家族はそれぞれ楽しそうに何不自由なく暮らしている。

この一家にちょっとした異変が起こった。

それは妻の則子(八千草薫)が一人の時に、しばしば不可解な電話がかかってきたことから始まった。

受話器から聞こえる男の声は、最初「家庭調査センター」と名乗って「奥さんは浮気をしていますか?」などと尋ねてきた。はじめのうちはガチャリと切っていた。

何回目かの電話で、男は「あなたを時々見かけている。

きれいで素敵だ」と口説いてきた。その声は、まるで悪魔のささやきのように則子の心に残ってしまった。

【出演】:八千草薫,杉浦直樹,中田喜子,国広富之,竹脇無我,




■映画・音楽・書籍 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

悩み・苦しみ・迷う心の壁を破る生命力を発揮できる哲学


自信の生命の壁を破ること。

仏法では、悩みがなくなることを目指していないむしろ煩悩即菩提と説くように、悩みがあるから、悟りが得られると受け止める。

目先の解決を求めるのではなく、本当の解決『自己変革につなげること』が重要。

悩みは、その時に授かった宿題のようなもの、その答に気付くために前向きに望むこと。

「今この悩みに直面したことも意味がある。」眼前の悩みから自信の課題に目を向ける。


人生には解決法なんか無いんだ。

あるのは前に進む力だけだ。解決法は後からついてくるものさ。

                          サン=テグジュベリ



悩みの壁を打ち破るのは、停滞する自身の心の壁を破ることに他ならない。

悩みは、その時に授かった宿題のようなもの。

今この悩みに直面したことも意味がある。

あるのは「前に進む力だけだ」。

私の感じていたことと全部が一致する余り、私の中で、一つの答えに近づいたような気がしました。

誰でも、いつも幸せになれる為の答えは目の前に示されている。

その答えが見えるのか見えないのかは、その人の心の持ち方ひとつなのだ。

気が付く心で全てが変わる。

しかし、その悩みを解決するためには、苦しみが伴う。

でも、その苦しみと向かい合うことから逃げてはいけない。

悩みに向うための苦しみを、重く感じるか、軽く感じるかは、一つ一つの悩みの課題を解決できた分だけ、前に進む力に変わる。

進んだ分だけ生命が強くなる。

生きる知恵であり、現実を生きる自らの人間を変革することになる。

悩みを楽しめる。

そんな風に思えるように、眼前の悩みから自信の課題に目を向けることから逃げないことが大切である。

自信の生命の壁を破る。

※この記事は、過去に格納された記事を再整理したものです。



生命 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

信仰とは、自らの限界を高めるための宝石箱


信仰とは自らの限界を高めるための宝石箱。

大切なものではあるけれど、極端に言えば手段や方法にすぎないのかもしれない。

だからこそ、最高の「宝石」を手に入れたい。

人それぞれの中にある「宝石箱」。

私の場合それが『妙法』というものであるだけのこと。

スポーツや音楽、その他様々な事をとおして、

自らの限界を高めて可能性を開いていく人は、それぞれの中に、信仰と呼べるものが存在するのだろう。

信仰とは、その人自身の心にある!

桜梅桃李。

今を生きる


信心 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

DAIGO ダイゴさん は竹下総理のお孫さん「そっーすね~」

DAIGO(ダイゴ)さんの味方を増やす言葉

      「そっーすね~」 「たしかに~」


ミュージシャンのDAIGO(ダイゴ)さん。

天然系キャラで人気上昇中、故・竹下 登 元総理のお孫さん。好青年タイプの、小泉元総理 の息子さん、「孝太郎」さんとは、特に接点は無いようですが、2人は同じ年で29歳だということです。

でも、やはり共通するところは、二人とも「育ちの良さ」が、人柄からにじみ出ているように感じます。

その、DAIGO(ダイゴ)さん、

「そっーすね~。」

「確かに~。」

の相槌が、今のところ結構、ウケているようです。

また、トークでは「うちのおじいちゃんがぁ~」で始まり、話が盛り上がることが多いようですが、トークの内容もとても親しみ易く面白い。

「おじいちゃん」と呼んでいる人が「元総理」というのに、DAIGOさんの話す内容のギャップが、印象深く、

この人の人柄が作られたものでは無く、そのまま素直に現われているように感じられ、とても良い印象を与えます。

ところで、この相槌、「そっーすね~」「たしかに~」は、意識しているわけではなく、本人の癖で普段の会話から頻繁に使っているということです。

心理学的な専門家に言わせると、会話で相槌を返すというのは、相手の話に同調を示すことになり、敵を作らない、味方を作るための大事な要素だと言います。

「なるほど~。」

どんな話も、「まず素直に受け入れて聞く事。」

そんなことがキチンと受け継がれているのかもしれません。

政治家の家系ですからそのようなことが、きっちりと何かしらの形で、お孫さんにもツエラレテいるのでしょう。「人の話を傾ける。」政治家として、また、人としても器と品格を備えるためには、必要な条件ですものね。そのような大切なことは、小さなときから、備えることの条件と環境が整っている家柄に生まれたことは、とても幸運なことでしょう。

もって生まれた、そして、幼い頃に培われた、人の「心根」というのは、大人になっても変わることのない大切なものだと思います。

最近のテレビのDAIGOさんの人気を、空の上から見ているおじいちゃんの株も 「うなぎ上り」 かも知れません。

「竹下 登(のぼる)」だけに・・・。

一つ、「エピソード」があります。

竹下登 元総理が初めて総理大臣になって自宅に帰ってた時に、DAIGOさんが聞いたおじいちゃんの最初の言葉。

「アイムソーリ~。 僕 総理。」だったそうです。

結構ひょうきんな、おじいちゃんだったのですね。

DAIGOさんのおじいちゃんらしいのかも。

そのあと、「髭、そーりー」は、無かったかな?(寒)

●故 竹下 登 元総理について

・総理在職期間 :昭62.11. 6~平元. 6. 3 576日
・総理就任時年齢:63歳





■人・言葉 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

創価の「花」は「、生命」でしか咲かない


真剣に向かい合っているからこそ、心の奥底にしまってあった心の蓋が開かれようとしている。

遠い過去にしまわれた心の中の重い荷物を今、こうして整理するために。

妙法を求める中の私の命によって、その意思によって、その扉が開かれようとしているのに、私はその重さに耐えかね、受け止めようともせず、その扉を閉じようとするのか。

自らの中に湧き起こる心の中の嵐!

逃げなくてよい!

蓋をしなくてもよい!

耐えなくてもよい!

覚悟を決めるのだ!

嵐の中に飛び込む覚悟を!

その中心に向って突き進んで行け!

その中心に到達出来た時に、見えてくる!

開けてくる!

命の球は、ど真ん中の、直球勝負!

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



過去 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

【ひとしずく】知恵が 知性に 栄知へ


信仰とは?

信仰とは、自らが、自らを信じる事によって体得するもの。

自ら信じることによって、人間の全てから学ぶ能力を高めることができる。

知識が人間を生きる人としての知恵に。

そして、人として人間が生きる社会に役立つ英知へ研ぎ澄まされていく。

自ら出た言葉は、言ったら言った分だけ返ってくる。

自分に撥ね返ってくる。

言わなきゃ損だ!

言わなければならない。

自身の中の宿業を消す為に。

きちんと受け止める妙法を求める命があるのだから。

何気なく出てしまった本音。

後から考えると、その時に取り繕えば、何とかなったかもしれない。

でも、もう過ぎてしまった後に取り返しのつかない状況で、

何で、あんなことを言ってしまったのだろうかとその出た言葉の重みに、

押しつぶされそうになる。

謝る必要など無いけれど、自身の中でとどめて置きたかった言葉・・・。

それでいいのかも。

傷つけようとして出た言葉ではない。

私が傷ついて、心の中に沈めていた言葉だから。

いまさら、直接向い会って過去を穿り返したところで、

どうなるのだろうか?
やっぱり、向き合のはもう止めよ。

自身の中で向き合えばいいのかも。


もう、相手に変わる事を望むよりも、

自身が変わる事を求めればよい。

一生私のことに気付いてくれないだろう。

一生私のことなど理解してくれないだろう。


人生の成功を、たった一冊の、ハウツー本を読むだけで、人生の成功が、叶うと思うのなら、己の生命は、その一冊より軽いといえるのかもしれません。

人生のその成功を、この一冊と信じることが出来るのなら、大成功の一歩を歩みだせるのかもしれません。

一つ、一つ、気負わず、誰を意識することなど無く、淡々と、進めることの出来る信仰。

人の言葉を翻訳するよりも、自分の言葉を翻訳の世界で、生かすことが集大成なのかもしれません。

自分が、あまり無理をして、背伸びをすると、あとで、自分がとても恥ずかしくなる時がある。

ネットは、人を傷つける為にあるのではないと信じたい。

人生の起死回生の逆転満塁ホームラン。

起死回生の逆転満塁ホームランをそんなピンチの時に予想する人がいるだろうか?

そんなことが起こりうる確率とは?

桜梅桃李。

今を生きる。



信心 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

【過去・現在】 過去の私・創価だからなんだって言うの?


創価だからなんだって言うの?

よく学会の為、学会のためと言うけれど、わたしには、とても欺瞞に満ちた言葉に聞こえる。

本当に学会のために身を削っている人間ならば、学会と言う、そこにいる一人、一人を大切にするのならば、そんなこと自ら言うはずがない!

『言うと減りますから!』

そんな風に感じませんか?

だから、私はそんなことを自慢する人間を警戒し疑う。

学会人としてではなく、信仰者として。

その人間の奥の奥を鋭く見つめ抜くことを止めない!

正しいもの中に存在する似非信仰者。

※この記事は、過去の私の生命の中で感じた、苦しいけれど、悲しいけれど、仕方の中、過去の記事です。己の哀れな生命を晒すのも、己の現在と未来を変えるための変化の証です。



過去 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

【過去・現在】 一念と執念


父や母を苦しませることは、結局は自身を苦しませる事になるのだ。

すべては、妙法を命で求めることで解決する。

最高の私の中で最高の答えが導き出される。

頼るべきものは、父でも母でもない。

命で妙法を求めることのみ。

自分の人生が、変わる瞬間。

今!今がそうなのだ。

自身の2度目の人生を歩んでいる瞬間。

全ては、必然。

信じること、一つの信念は、全てを必然に変える!

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



生き方 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

思い出・記憶の断片:過去の囚われが堂々巡り


欲望と闘争心の欠落者

「欲」があることが、良いことなのか、悪いことなのか、それは、己の今の現実を見ればわかる。

確かに、人間の本能である「欲」は必要なのだ。

思い出せる記憶の中で、あの時を境に、私の中から私の欲しいと感じたものの願いがことごとく断たれた。

あの時から、「欲」という本能が削られてしまったのだ。

人は、自身の欲望という「本能」に従い、理性において、その高ぶる感情をコントロールしながら、達成の道を歩むのだと思う。

そこに伴ってくるものは、戦う闘争心。

本能的な欲望の欠落したものは、人として生き、己を高める闘争心まで失うのではないか?

自らの欲望とは、夢であり、目標、それは、自己実現の為のものでもあるのだ。


過去の囚われ

私の中で、過去の囚われが堂々巡り。

進もうとしても、後から後から引き戻される。

過去からの囚われ。

「なぜなのだ!」

自ら逸らそうとすればするほど、絡み付いて、まとわりついて離れてくれようとはしない。

結局、苦しむことから逃げているのか?

一つの苦しみを乗り越えて、また次の苦しみがやって来る。

「もう、やめろ!」

苦しみから逃げることを!

忘れいた心の中に湧き起こる、憎しみと軽蔑。

過去に置き去りにしたかと思えたその癒されていない傷。


あるときを境にその蓋が開いてしまった。

題目を唱えていてさえも、その重たさに今の私の心でさえも折れそうになる。

やっぱりダメなのかな。

乗り越えることなど出来ないのかも。

心に蓋をすることが精一杯なのかも。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。


過去 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

Copyright © 桜梅桃李・世界に一冊のメモ帳 All Rights Reserved. Powered By FC2. 
skin:桜梅桃李:今を確かに生きるヒント