私の嫌われ者人生で己の宿業の深さに気づけるのは幸せな証拠


人生を前向きに生きている人に対して、後ろ向きに人生を生きてきたものが感じるものは、嫉妬と妬み。

自分が恥ずかしく感じる人は、まだまだ、素直な人なのかもしれません。

そして、そう感じることが、少しでも生き方を変える「縁」を世の中でつなぎ止め、前向きな生き方えと変えて行けるのかもしれません。

しかし、「業」の深い人間は、「前向きに生きている人」に対してまでも、認めず、否定的で、嫉妬深く、妬み、相手の弱点をあげつらい、攻めようとする。

そうすることによってでしか、己の存在を確かめることが出来なくなってきているのです。

己の生き方のみならず、縁するものさえ、不幸へと引きずり込もうとする。

なんと、後ろ向きの生き方とは、卑怯な生き方であろうか?

自らの生き方を変えようとする為の、自身を映し出す鏡とせず、この世で、己の「業」を深め、本来の人間として生きることの目的から遠ざかる生き方。

自身の過去を振り返れば、わたしは、これまでの人生を将に、後ろ向きに歩んできました。

一体、どれだけの多くの人の人生を己の生き方に巻き込まれ、多くの人を不幸にしてきたのだろうと感じます。

いま、こうしてそのことに気がつけた私の残された人生は、ある意味、その己の積んだ深い業を、乗り越え、その業によって多くの人を傷つけたことに対する、償いに報いるための人生かも知れません。

しかし、それまでのわたしは、自身の嫌われ者の人生の原因さえ気づけないほどの最低の人間だったのだと思うと、己の宿業の深さに改めて気づかされます。



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もう、私には、時間がないの!

生まれた瞬間から「生」を与えられ、
そして、その瞬間から「死」へのタイムリミットに向っている。

己にとってこの世での与えれた時間が有限なのだと、
その時間の大切さに気づける人は、幸せなのかもしれない。

「時間が無いのだ!」

生きることの「意味」、「深さ」、
そして「幸せ」を今以上に、探そうとするものにとって、

そして、自覚したものにとって、
残された、時間の価値がきっと変わるだろう。

今、この一瞬を生き切ることが、
過去の宿業を乗り越え、未来を変える力に変える事が出来る。

『もう、私には、時間がないの!』
遅咲きのお笑い芸人「エド・はるみ」さんの言葉に、とても共感を覚えました。

■エド・はるみ 24時間ランニング~ッ!
「グーッ」のギャグで人気のタレント、エド・はるみ(年齢非公表)が19日、日本テレビ・読売系「24時間テレビ31 愛は地球を救う」(8月30日、後6・30)のチャリティーマラソンランナーに決定し、都内の同局で会見した。朝の情報番組「ズームインSUPER」の生放送中に、前年走者の萩本欽一(67)から直接伝えられたエドは、何も知らされておらず「100キロマラソンを走るのが夢だった」と涙ぐんで大喜びした。

・デイリースポーツonline-より転載しました。



※この記事は、過去に掲載した記事を再整理したものです。

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【悩み・迷い・苦しみ】 刹那な生き方は、寂しい


この世で深き業を積むことにより、そして、その罪により、気がついたときには、

この世で、もう人間を・・・

人間として、生きる事が、人間を取り戻せることが、人間らしく生きる事が、出来なくなる、リミットがあるのかも知れない。

寂しい人生。

生きていながら、暗闇に沈んでいく生命。

そして、最後の人として、味わうことの出来る人間らしい感情、苦しみ、苦しみ、苦しみの生命だけでこの世を終わるのだ。

なんと、不幸な人生だろう。

人間に生まれたにも関わらず、人間として学ばず、人間を失い、

そして、去る人生。

寂しい人生もすべて、己が、撒いた原因と結果。

人間として生きたかどうかは、己の人生の最終章であらわれる。

刹那な生き方は、寂しい、

苦しみの最終章が待ち受けているだけなのだ。



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