馬鹿正直に生きる自分を信じることの出来る強さ

人生の勝利者は、馬鹿正直に生きる自分らしさと自分を信じる強さ


私が、反面教師として見つめきた、馬鹿正直に生きてきた父と母。

お人好しで、嘘がつけず、人から騙されることばかり。

そんなあなた達のおかげで、私は、人を信じられなくなった。

そして、疑い深い人生を歩むことによって、人の温かい心が理解できず、
大切な人も去り、残されたものは、孤独だけだった。

「どうせ、人間は、みんな、ひとりぼっち。」

なんて、寂しく意地を張って悟ってみたりしても所詮、孤独は孤独。

心の中には、いつも寒い風が吹いている。

でも、いま、母と父、あなた達程、正しい生き方はないと確信出来ます。

騙されても、騙されても人を恨むことなく、一生懸命に生きてきた『生き様』。

あなた達は、勝ったのだ!

あなたらしく生きることの「人生の勝利者」なのだと言えます。

だから、これからの私の人生は、人から騙されると判っていても信じてみよう!

騙されるつもりで、人を信じることも必要な時が、今なのかもしれない!

大きく、前に向かって、人生を更に高いところから眺めようと思えば、騙されることを恐れては進めないこともある。

そうすることによってでしか、本当の大切なものは得ることができない。

馬鹿正直に生きることの出来ない人生は、とても大切なものを得られることから遠ざかる。

馬鹿正直に生きられない己の生き方の弱さを知る。

馬鹿正直に生きられるほどの、己を信じられる強さを磨く。

生命の哲学。

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

悩み・迷い・苦しみ | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

人の幸せを祈れる人間としての器

少しずつでいいから私の幸福と共に、人の幸せも祈って行こう。

私の命の中で、出来ないことなど何ひとつない。

しかし、その命で、本来の、私の命の姿で出来ない障害を
作っているのは、私自身の弱い心だ。

私が生まれる前から背負ってきた、そして、
生まれてから宿し続けてきた私の心。

その弱い私の心が、
本当の姿を現し無限の力を発揮させることを邪魔しているのだ。

言い訳でもなんでもない!

ただ、ただ、輝こうとしている己の生命に覆いかぶさっている己の心よ!

厚く覆った雲の向こうには必ず、太陽が輝いている。

必ず、天晴れな日々がやってくることは必然と信じる。

今は、裸になるために今を生きる。

過去に塗り固めて蓋をした、虚飾の中にうずもれた
己の人生をさらけ出し語れる生命を得る為に。

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【ひとしずく】 面倒臭いという言葉

世界に一冊のメモ帳

「あー面倒くさいなー、あとで、しよう。」とか、

「もう、明日でいいや。」と思った瞬間に、

生き方にとって、大切な時を逃しているのではないかと思う時がある。

その時、その時の人の心の状態は、ころころ変るのは必然であるけれども、

常に、その必然と闘うことが己を高めるための唯一の修行であると思うならば、

生き方を前向きに進むのか、後ろ向きに進むのかの判断は、

一瞬で決まっているのかもね。

ついでに、「どっこいしょ」という言葉もなんとなく気になります。

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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己自身が持つ力を開いていけよ。 己自身で。

チョット待った!
今こそ大切な瞬間だよ!

負けた!負けました。
負けて、倒れて、もう這い上がれないほど徹底的に惨めな気持ちになったとしても。

もう、私は死なない!
「立ち上がる」ことに気付ける自分がいるから。

過去の私は、辛い現実、生きることに直面する躓きに這い上がれないほど打ちのめされ、その同じ辛さを味わうことの恐怖から逃げる生き方を選んできました。

生きることは、闘って前向きに生きても勝つときばかりではない。

負けることで、己の弱さを知り、負けたものの心を知り、現実の厳しさを知り、多くのことを学ばねばならない。

しかし、人の心は、あまりにも弱い。

弱い生き方しか出来ない人間もいるのだ。
世の中で、人間として生を受けたにも関わらず、生きることを学べない人間もいるのだ!

人間として生きることは、己の弱さを知ることによって本当の強さを獲得していくことなのだ。

己の絶対的強さを高めていくための戦いに必要なもの。
己自身との戦いに必要なものは、哲学。

心の貧困と精神の病を抱えて生きている人間のなんと多いこの現実社会。

その苦しみから逃れるために誰に頼るのでもない!
己自身が持つ力を開いていけよ!


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己の中の無明を己の力で、確かな明かりを灯せよ!

生きることに関わる乗り越えなければならない課題は、プロになるための試練なのだ!
 
人間のプロになれるかどうか。

様々な形で現れてくる現象は、私の命の中にある妙法の力を引き出す一念が試されているのだ!
常に私は試されている、妙法に向かう命によって得た、その何かの因によって試されているのだ。

どんなことにも言い訳をしない、全ての私に関わる、私が受ける日常生活における一瞬は、妙法の力を我が生命に発揮させるチャンスなのだ!

だから、もう、言い訳しない!

己を疑わない!己を信じる!

己の中の無明を己の力で、確かな明かりを灯せよ!


悩み・迷い・苦しみ | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

信仰とは、己自身の生命に築ける確かで最高の哲学

一度下がったモチベーションを高めることは、本当に大変なこと。

心のベクトルが高い方へ向かっている間に修正し、モチベーションを維持し続けなければ、一旦、 低い方に流れてしまえば、その心の加速を止めることは、難しいことなのだ。

心の中に、常にいつも良い意味での「負荷」ストレスをかけ続けてやることは、モチベーションを維持し、更に最高に状態の最短時間で運んでやることが出来る。

その良い意味での負荷・ストレスとは何か?

現実に立ち向かう間に起こる、様々な課題に闘うこと。
すなわち、その課題から逃げない、負けない自身との戦いを誓える心を鍛えるための「負荷」である。

その負荷から、逃げようとする弱い己を鍛える道具が信仰だ。


信仰とは、生きることについての迷いの中で苦心でいる人にとって確かな生き方を、どこか別のところから与えてくれるものでもなんでもなく、己の中から築き上げてくれる不思議であり、最高の哲学なのである。


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【ひとしずく】冷静と感情の狭間で揺れ動く弱い心

世界に一冊のメモ帳

心に闘う準備が出来ていない時にも妙法の力を発揮できる命が必要です。

感情と冷静の間で揺れ動く心のコントロールを、

命と妙法の力を働かせることによって、己を高める訓練・修行と捉えられるかどうか、

その時の一瞬の境涯で決まる。

凡夫である身以上、常に冷静と感情の狭間で揺れ動く、弱い己が心。

一瞬、一瞬が、妙法の力を引き出せることが出来るかどうか、

全ては一念、自身の中の己を高める力無限の能力を信じる一念で決まるのだ!

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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生きることの意味の一つは、今、この一瞬を最高に高めること

誰でも、生きていく上で目標や目的を持って生きているはず。

心の中で、未来の幸せを欲しない人など、誰一人いないはず。
なのに、思い描いた自分の人生を築けない、進んでいけない、思い描くことが出来ないのはなぜでしょうか?

目標どおりの結果を出したにも関わらず生きる事の達成感を味わえないのは、そこに確かで正しく生きるための哲学が、養われていない、存在していない場合があるからではないでしょうか?

あなたのあなたが命のそこから欲する絶対的な幸せを自らの力で得ることの出来る哲学を得ることが、今この瞬間を、生きているという最高の充実した一瞬に出来るのです。

生きることの意味の一つは、今、この一瞬を最高に生きることなのです。





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目先のことに囚われ「忙しい、忙しい」と口にする人は失うものが多い

・目的が明確ならば、具体的な目標に立ち向かう意欲も高まる。その一方で、目先の目標達成だけに汲々としていると、いつしか自分の視野が狭くなり、挑戦の過程そのものが、つらく苦しいものになってしまう (一部抜粋)


確かに目標を持つことは今、一瞬を確かに生きるためには、必要なことです。目標とは、自身の課題であり、乗り越えるための壁であり、ハードルである。そこに立ち向かう時には、いま自分のもてるエネルギーが必要になります。

そうするとどうしても、物事が自分の今の目標しか見えなくなりがちで、視野が狭くなってしまう。そうなると、目標を立てることによって、行き詰まりが生じることにもなりかねません。心の余裕が、目標に囚われすぎることによって失われていくのでしょう。

よく、「忙しい、忙しい」と口に出す人がいますが、忙しいという漢字は、心を亡くすと書きます。目標に向かってキュウキュウと忙しそうにしている人は、やはり目先のことに囚われすぎて大切なものを得ることの引き換えに、大切なものを失っているのかも知れません。

心に余裕を保つために必要な事は、その目標の目的を定めることなのではないでしょうか?目の前の目標を支える更に大きな目的を!生きる為の確かな哲学が備われば、目の前の目標が更に価値の高いものに変えていくことが出来るでしょう。

今日の名字の言 

目標達成に懸命な青年に、その目的を問い掛けてみた。「とりあえず立てた目標なので、達成することが目的かな?」と、頼りない答えが返ってきた。目標を達成することが、当面の生きる目的だという生き方が気になる。それでは目標が達成できなかった時、次に進む方向を見失いやすいからだ。さらには、頑張ってきた自分を否定する感情が生じ、いわゆる“落ち込む”状態になりがち。立ち直るにも時間がかかる。

目標と目的は違う。かつて創価高校野球部の監督が語っていた。「目標は甲子園出場や、甲子園での勝利」。だが「目的はあくまで野球を通じての人格の形成」と。明快である。目的が明確ならば、具体的な目標に立ち向かう意欲も高まる。その一方で、目先の目標達成だけに汲々としていると、いつしか自分の視野が狭くなり、挑戦の過程そのものが、つらく苦しいものになってしまう。

最初から、目的が明確になっている人は少ないかもしれない。だからこそ祈り、自らの行動について「何のため」と自問することで、目的は明らかになっていく。今、取り組んでいることの目標と目的は何か――どんなに忙しくても、この2点を明確にしていくことが、“真実の勝利”への直道であることを忘れまい。(悠)

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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対話の基本と共通する「あるとおもいます!」エロ詩吟のお笑いピン芸人「天津木村」の芸風

その時、その時の考え方や意見など偏っていて当然。

世の中の存在自体が矛盾だらけなのに、
人の意見など精査すれば、
完全一致の意見などありえるわけが無い!

しかしながら、その互いの偏った意見に耳を傾ける。
相手を肯定することが、自らの存在を肯定することであるならば、
全てを受け入れることから物事は始まる。

対話とは、そのようなものでしょう。


今、「吟じます!」 「あるとおもいます!」、エロ詩吟で人気のお笑いピン芸人「天津木村」さん。

最近は、「エロ詩吟」(後述)でブレイクし、ピンで多数の番組に出演。
祖父と父親は詩吟の師範であり、自身も師範代の資格を持っているということです。

彼のお笑い芸の「落ち」に使われている決め台詞の「あるとおもいます!」も、
日常の現象を認める、受け入れることから前向きな、笑いに発展させている芸風も、『無いと思います』という否定語では、うけ方が違うと思います。

ここにも、互いに認め合う「対話」と何かしら共通するものを感じるのですが如何ですか?

「ふ~む?」





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