いま、再びの陣列で誓いを果たせ 必ず山は越えられる

「いま、再びの陣列に!」

「誓い忘れじ、春の曲」

悩んでいただけでは、だめ。

いま、こうして噴出してくる悩みは、過去に解決できなかった悩み。

己が、戦うべくして、逃れてきた悩み。

誰に、ぶつけるものでは、ない。

いま、再びの陣列に!

「君と我とは、久遠より!」

負けるな!誓いを果たせ!

現実に立ち行かなくなってきたときに必ず、それと共に、
わたしに襲い掛かってくるのが、過去の悩み。

そして、現実に対する己の無力感。

とことん、試されているのだ。

お前が、お前で誓っている、今、この瞬間を生きることの
その命の強さを試されている。

試験なのだ!

しかし、その試験は、毎回、毎回、追試、追試の連続だ。

己の現実に翻弄され続ける毎日じゃないか!

そんなお前が、よくも親を非難できるものだ!

わたしの心に、そんな罵声を浴びせられているようだ。

己の心に巣くう魔、隙。
なんと己の汚れた生命であることか!
なんと、深い宿業なのか!

しかし、こうして、何度も、何度も、現実に立ち向かい
己の醜い姿を再確認することで、妙法に新たなる誓いを
立てられるのは、確かな功徳であることに間違いない。


山は、越えられる!
必ず、越えてみせる!



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人間生きているだけで丸儲け:明石家さんま


人間生きているだけで丸儲け 

みかん食べて、太陽に向って走っとったら、病気なんか治んねん!
 
                                  明石家 さんま



もともと、誰が言い始めたのかのよくわかりませんが、私の場合は、尊敬する「明石家 さんま」 さん。

「人間生きているだけで丸儲け」そう思えるだけで、全てに感謝して生きていけるし、些細なことにも喜びと幸せを感じられるのだと思います。

生まれてきたことのみに感謝出来る人は、この世でとても幸せな人生を築いていけることは間違いないでしょう。

寝ない事が、パワーの秘密!

だと言う、明石家さんまさん。

芸人さんが、さんまさんのペースにはとてもついていけません。

という具合に底知れぬさんまさんのパワーを感じるらしいのですが、生きていることで丸儲けなのに寝ないで人生を楽しんでいるさんまさん。

寝ないでしゃべっているだけで丸儲け!の人生。

身近な不幸話も、とんでもなくお笑いに変えていくすばらしい才能。

ものすごい知性があるのに、その知性さえお笑いの中に隠れてしまいそうな程、この人の笑いのパワーはすごい思います。やっぱり世界一のお笑いモンスターの言葉は違います。


そして、次の

みかん食べて、太陽に向って走っとったら、病気なんか治んねん!


踊る!さんま御殿(日本TV)での発言でした。

番組中の、出演者、お笑いコンビの「クリームシチュー」上田さんへの発言。

過去に、殆ど病気にかかっことが無い、さんまさん。

小さい頃に風邪を引いた時、母親から「これ食べたら、必ず、すぐ治るよ」って、

言われて食べたら、驚くくらいすぐに治ったということです。 

これは、暗示の力を意味しているのだそうです。

知らない人に、砂糖を良く効く薬だと説明して、処方すれば、そのことを信じることで、効果が現れるというプラセボ(偽薬)って事でしょうか。

でも、さんまさんの場合、そこに、母親の愛情効果もあったのかもしれません。


「小さいときから、そんな風に、自分に言い聞かせておけば、病気にかからない、そんな体質に変わる」 と、

さんまさんが、言ってました。

でも、その時のさんまさんの食べたものは、本当は「メロン」だったそうですけど・・・。

それを、聞いた「クリームシチュー」の有田さんが、「俺達は、メロンじゃなくて、みかんですか?!」って、突っ込みいれてました。(爆)



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「Good Speed!(グッドスピード)」人生の旅の安全を願う言葉【映画】

旅の安全を祈る「Good Speed!」


         『Good Speed!』

           映画・「ザ・ロック」 (1996年.アメリカ)の中の登場人物の名前


Good Speedというのは、この映画に出てくる俳優、ニコラス・ケイジが演じる役の名前「スタンリー・グッドスピード」のことです。

Good Speed!という言葉の由来が、良い旅を!旅の安全を祈るという意味からきているそうです。

あの個性溢れる俳優、ニコラスケイジ。

なんとなくぴったりと来る名前のように思います。

口に出して、『Good Speed!』と言えば、とても響きがよく、温かくて、思いやりがあって、安全な旅が送れそうですね。

最近では、日本の道路事情も随分良くなったような気がします。

でも、時々、イライラするぐらいの渋滞に出会った時など、この言葉、『Good Speed!』を思い出してつぶやいてみれば、少しは、心の平静を取り戻せそうな気がします。

年末、年始にかけて、車でお出かけ、帰省される方など、交通事故には、くれぐれも気をつけて、安全運転、安全運転。

Good Speed』 で!


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大河の一滴 五木寛之<心に残る言葉

大河の一滴 
         五木寛之原作・エッセイ集/幻冬舎

エッセイ集のタイトルですが、大河の一滴の、「一滴」は、「いってき」と呼めますが、
「ひとしずく」とも読めます。

このエッセイ集を読んだ時、「大河」の響きは、
私のなかで「命」であり「生命」と同じもののように思えました。

川の流れから、大河へ。

大河の流れに比べれば、たったの一滴(ひとしずく)。

たった一滴、されど一滴。

ただの人生、されど人生。

ほんの些細な、どうでも良い、なんでもないことも、
感じる人の考え方の違い、哲学の違い、生命の違いによって、
随分意味が変わるものです。

「たった、一滴、されど一滴。」
しかし、このたった「一滴」が無ければ、決して「大河」にはならない。

生きることも、たったひとしずくを、己の心の中に貯めていくことの
ように思えます。

そして、その、一滴、一滴が己の心を満たしていく。

その心を十分満たされて溢れ出た、そのこぼれ落ちたひとしずくが、
私を通して、人に伝わる心の力に変わるのかな?
なんて思ったりします。

でも、この大切な、たった一滴を、干上がらせないように、
心の中に貯め続けることは用意でないことは解ります。

常に一瞬、一瞬、今を真剣に生きることによってのみ、
心の中の一滴がやがては大河につながる流れへ変わるまで、
多くの困難を乗り越えていかなければならないのだと。

「幸せのひとしずく」というこのブログのタイトル。

この「ひとしずく」の大切さと重さを己の中に日々、刻むことによって
本当の「幸せ」を摘みとることが一つ、また一つ出来るのではないかと感じます。


私の中で、最も大切にしている「五木 寛之氏」の著作は、
「青春の門」。

その当時の記憶や匂い、景色までが鮮やかに記憶の中に残っています。
記憶というよりも、私の心の中、
そして生き方にまで影響を与えているのかもしれません

優れた人たち、尊敬すべき作家の想像力や能力と言うものは、
人間の領域を超えているのではないかと思うときがあります。

ある作家は、
「何かに操られているように、後ろから押されるように書かされている。」と、
書いている本人でさえ、そのような錯覚にとらわれるようなこともあるようです。

■五木寛之の原作を安田成美主演で映画化した
ヒューマンドラマポニーキャニオン 『大河の一滴』



■大河の一滴

著者: 五木寛之  出版社: 幻冬舎





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見えない相手の姿と心を映し出す年賀葉書、受付は15日から

年賀状。

最近は、言葉と心を伝えるメディアの主流というか、
流れが、随分変化してきたように思います。

これは、良い意味で、文化であり、進化なのかもしれません。

でも、これまでのメディアには、
大切なことがたくさんあります。

その大切なものが失われず、保たれながら
新しいものに受け継がれいってほしいものですね。

「年賀葉書。」

お世話になった人は、たくさんいるはずなのに、
なかなか書けない年賀状。

旧年中に受けた恩を忘れずに、
新年の挨拶にかえて、新しい年もまた、感謝という恩で締めくくれるように。

そんな気持ちを込めて、
年賀状のやり取りが、続けられてきたのでしょうね。

今では、電子メールが、年賀状の役割をかなり
担っているような気がします。

メールには、メールの良さと便利さがあります。

「葉書」にも、葉書にしか変えられない、良さがあります。

その葉書の中でも、
パソコンなどを使わず、手書きで書いた文字は、
受け取った人が、見えない相手の「姿」と「心」を映し出す
こころがほっこりとする、大切なツールになるのですね。

※2008/12/10(水)聖教新聞の「名字の言」を読んでの感想です。
「名字」の言はこちら↓・→聖教新聞:名字の言
※当日のネット上への更新の時間は、毎朝、午前10頃です。


 今年も、年賀はがきを書く季節となった。「なかなか筆無精で……」という人々も、“この時だけは”と宛名の向こうに思いを寄せ、精を出す人が多いのではないだろうか。
 「はがき」は、漢字で「端書」とも「葉書」とも表記する。「端書」は、紙片などに書き付けたものという意味だが、「葉書」は文字通り、葉に書いたものを意味する。
以前、忍者の里で有名な三重県伊賀市で、「多羅葉」というモチノキ科の木の葉をもらい、実際に文字を書いてみたことがある。2、3分すると、葉の裏に黒い文字が浮き出て、しっかりと読めた。忍者も伝達手段に活用していたと聞き、驚いた。切手を張れば、この多羅葉の葉も「はがき」(定形外)になると知り、さらに驚いた。
 文字が書ける多羅葉の木は、同じようにインドで写経のために使われた多羅樹の木にならって名前が付けられたという。釈尊の時代も、心通い合う「はがき」が交わされていたのかもしれないと思うと、歴史のロマンが広がる。
 一枚の「はがき」が、長い空白を一瞬で埋めてくれることもある。小さな一葉に大きな真心と友情を乗せて送りたい。年賀はがきは、相手に届く「新年の贈り物」との思いで……。年賀はがきの受け付けは、15日から。(和)
・名字の言 12月4日 より転載しました。 




■名字の言について~人生を前向きに生きる哲学の実践
世界に一冊のメモ帳 ひとしずく・幸せみつけた:TOPへ


今日の「名字の言」 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

人が生きる道を人間として楽しむ哲学


「もう、あかんわ!」と大きな声でもう一度、言えた時、

『にやり』とその言葉に、笑顔になれた時、

そのときが、どん底を越えた瞬間(とき)。

自身の壁を越えた瞬間!目の前の課題をクリアした時。

一つのことを悟った時。

生きることは、人生を楽しむこと。

生きてることを楽しもう!苦しさを笑いに変えて!

苦しさを楽しみに変えて!人生、生きてるだけで丸儲け!

苦しさを、ただ耐えるだけでは、勿体無い!

「楽しもうよ!」

生きることは、人生を楽しむこと!楽しくなければ、人生じゃない!

今、この一瞬の弱い己に、のみこまれないこと。

どんな時も一つ高い所から、もう1人の己が眺めている、そんな現在の己よりも高い生命状態を保てるように。

信仰という姿と形は、どこか外にあるものでもなんでもない、信仰とは、信仰心に目覚めた己の生命の中に存在する。


何か心にストレスを感じるのは、自身にとってのウィークポイントなのでしょう。

敢えて言うなら、心にストレスを感じる社会に問題があるというよりも、ストレスを感じる己の心に問題があるのでしょう。

己の確かな哲学が柱。

確かなもの。

確かな生き方。

確かな宝。

哲学と妙法。

己の中の中心が崩れれば、柱が崩れれば、全てが崩れる。

どうか結果の出せる戦いを!

現実の中で結果の出せる戦いを!

夢を希望を現実に変えることの出来る生命。

己の中に確かに存在する哲学によって!

悲壮感などいらん!

どんな状況も楽しめる!

どんな状況も、生きている証なのだ!

「人生、生きてるだけで丸儲け!」

全部楽しい!、全部ゲームだ!

「己を人間として完成させるゲームのなのだ!」

暗中模索でも、進むことを諦めなければ、必ず、雲間から、明るい日差しが、心の中にさす時がある。

暖かな、心地よいほんの一瞬の、一服のひと時。

夢は大きい方がよい。

見失うことが無いから。

己のなすべきことの本当の確かな道。

ガードレールも、中央線もない。

時には、反対車線にそれかけたり。

油断大敵。

その道に明かりを灯す哲学。



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現実の困難に立ち向かうほど憎しみや怒りの感情が消えてゆく

現実の困難に立ち向かえば向かうほど、

過去に対する己の心の中のわだかまりが消えてゆく。

許せなかったものに対する心の中の、憎しみや、怒りの感情が、
薄れていくのを感じます。

己の弱さ故に、
現実の困難から常に逃げ続けてきたあの頃。

その時、その時の現実を確かに生きられない
心のストレスのはけ口を、

己の生命の低さと弱さに、己自身が翻弄される
癒されない苦しみのはけ口を、

過去に己に背負わせた者の責任として、
身近なものに転嫁してきたのだ。

過去の己の不運と境遇を大人になっても癒す方法を
見つけることができず、心の中のわだかまりとしてくすぶり続けてきたのだ。

縁するごとに、過去に引き戻され、己の現在の境遇に暮れ、
悲嘆し、その過去を負わせたものに罪をかぶせる己は、
なんと卑怯者だったのだろう。

「最低の人間だ!」

「誰のせいでもない!」

苦しみの過去は、
与えられたものでもなければ、背負わされたものでもない。

「全ては、自らが求めた結果なのだ!」

「原因と結果」

この世で果たす為の、己の宿業、宿命。

「ならば、この世で、果たそう!」

己がこの世に、
生を受けた使命を求めに、求めて、一生を送る。

「この世は、誰の為にあるのでは、無い!」

「己の為に存在する」ものだと思います。

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

嘘・矛盾・本音と建て前 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

苦しみ 悩み>一期一会


苦しみに、合うことも、悩みに、まみれることも、「一期一会」。

「明けない夜は無い。」
「冬は必ず春となる。」

「苦しみ」や「迷いも」また、同様。

己の現実と真正面から対峙することによって、その質が
どんどん意味あるものに変わり、

その時、その瞬間の出来事が、己の未来を輝かす宝に変わるのだ。

人との出会いが、「一期一会」であるならば、
人生の出会いで、その縁に触れて、苦しみ、迷うことも、
己にとっては、非常に、大切で貴重な体験なのかも知れません。

苦しみ、迷う、己の生命に、感謝の命が湧いてくるなら、
少しくらいは、わたし自身を褒めてやってもいいのかもしれません。

これまで受けた、見えなかった多くの恩。

大切なものになれば、なるほど、目には見えなくなる矛盾。
大切なものは、己の心を磨かなければ、開かなければ、
本当の姿を見えることは出来ないのかもしれません。

己の心の中の「鏡」で、映し出されるものなのでしょう。

たとえ、視力が2.0であったとしても、
心の視力が、心のメガネが汚れ、曇っていれば、
真実の姿は、映し出すことは出来ないではないか?

相手の心から、目には見えないものから、
私の心というフィルターを通して映し出される風景。

『心こそ大切なれ!』

「心を鍛えることこそ大切」
「心を磨くことこそ大切」

恩を感じられる「心」

苦しい現実の中で、確かに生きる哲学によって、
宿命転換を誓えることが出来る、今、この時、この瞬間。

生きていることに感謝します。


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思い出・記憶の断片:母に報いる為の人生

世界に一冊のメモ帳

わたしは、母に対して、
どれ程辛い目にあわせてきたのだろうか?


いや、確かにわたしは、母に対して、
酷いことを言ってきたはずだ。


もし、いくら家族であったとしても、
決して許せないような辛い言葉を
母にたいして投げつけてきたはずだ。


耐えて生きてきた母に私は、
どれ程の辛さと苦しみを感じていただろうか?

いま、己の愚かさに気付かされ、

更に、大切な家族に与えた取り返しの付かない
冷たい言葉と、悲しさと、辛さと、苦しさを、
与えてきたことに気付かされる。

素直に詫びて、過去の全てがリセットされるなら、
どんなによいだろう。

これからの人生で、
母に報いていかなければならない。

全てを私のこれからの人生の前向きな力に変えて。

『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく
   【TOP】世界に一冊のメモ帳・ひとしずく

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◇【過去・現在】 (16) 気がつけなかった恩

世界に一冊のメモ帳

今まで、気が付くことの出来なかったたくさんの「恩」。

あまりの自身の境涯の低さ故に、気がつくことの出来なかったたくさんの「心」。

その心に答えることさえ気が付くことさえ出来なかった幼い「境涯」。

今、私の心は、その申し訳なさで一杯です。

わたしは、今までの人生を本当に申し訳ない気持ちで一杯に感じます。

「ごめんなさい。」

どれ程、多くの人の「心」を無にして生きてきたのだろう。

なんという情けない人間だったんだろう。

「今、誓う!」


受けた「恩」を、自らの命で自覚できる今。

そのことを感じられる己に「感謝」します!

そして、更に誓います。

その恩に少しでも、なんとか報いることの人生が送れる様に!

世界に一冊のメモ帳・ひとしずく
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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