極限を生きる辛さ「辛い時こそ、笑顔!」

極限を生きる。

生きることの楽しさ。

極限を生きること。

私とあなた。

あなたは、私。

極限を生きる。

あなたのことがよく解る。

あなたは、私と同じ。

だから、一緒。

一緒なんだよね。

本当に辛かったね。

辛いね。

でも、よく頑張ってる。

きっと、大丈夫だからね。

必ず、その辛さに感謝することが出来る。

その辛さに、幸せがあるということを、つらさの中に知ることが出来る。

今日もまた、人生のフライトが始まる。

一日が、人生の縮図。

辛い時こそ、笑顔。



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ごめんね。

一人の幸せなんて存在しない

暖かい涙。

止めども無く流れる涙。

暖かい涙。

ごめんね。

ごめんね。

許してほしい。


許してくれるよね。

許して欲しい。

幸せ。

一人の幸せなどありえない。

幸せは、一人より、それ以上。


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ソースな一滴:自分を生きる。


こんなに、ソースというものが、美味しくて深くてビックリするものなのかということが、このどん底にある貧乏の真骨頂で、わかるということが理解できた。

しかし、この理解するとことの難しさ。

普通の人間では、わからんだろう。

人間の領域を越えなければならないからね。

今のあなたなら、わかるだろう。

人間に解るのは、ほんの一瞬。

その瞬間しかないのだよね。

それが、残念。

人間って、本当に、「残念!」。

残念。

そんな人、居たよね。

もう、あかんという心の中のつぶやきを、まだ、まだ、できるに変える。

人間的な魅力とは

「人」として人間が生きる道を説くのか。

「人間」として人が生きる道を説くのか。

心の中で人は生きる。

心の外で人間を生かす。

神と仏になる。

人は生をありのままので存在することが可能となる

人生を生きる姿。

人間。

今。

心を無にして、自らに備わった生命に明かりを灯す

まず命を強くすること

弱い心を無にする

命の生命に明かり灯さなければ、現実と戦えるだけの心を自分という人間が支えることができない。

現実を変えることはできない。

心を健康にしなければ、人間が正しく生きることができない。

こころはどんなときにも健康に導くことができるのだ。

それは、自分の生命に明かりに灯すことに、心を集中させることなのだ。

弱い心で何をしても自分が自分を受け止めることはできはしない。

真っ暗な生命で心を強くすることができるはずがない。

生命が落ち込んで、心が無になることができない。

こころは、無なんだ。

こころは、いつでも無にすることができるものなのだ。

心は、常に変わりやすく、そして、常に、変えることができる。

全ては気の持ちようなのだ。

その気の持ちようを変えることができるのが、自分とい存在である。

自分という存在、それは絶対的な物だ。

その物こそ、生命なのだ。

命がけという言葉は、心に言い聞かせるのではなく、それは、自分という絶対的な存在であるところの我が生命に届かせるのだ。

そうすれば、全てが変わる、自分が何をなすことに不可能など何もないということを知るだろう。

それは、全ては心を無にすることによって、生命の明かりが炎となり、自らの自己を強い存在へとかへてゆけるのである。心は絶対に折れることがない。

全てを正しく導いてくれる。

自分を素直に生きることができない

社会人として、自分を生きることができない人生

生きることを俯瞰してみる癖。その傾向性によって哲学的なものの考え方ができる。今を生きることを俯瞰してみる。

当たり前に生きていると思っているのは大間違い

あるがまま

自分が生きるための自由を手に入れた、そして生きる事が不自由になった。

理性で感情を抑える

苦悩にさいなまさる毎日。

現実を生きることが辛い。

自分を越える時(瞬間)

その人を外見だけで判断してはいけない

という時のその「人」を指すものとは?

こんな世の中に生きている意味があるのだろうか?

ばかばかしく生きよう!

一人に一つの人生、人それぞれの桜梅桃李の生き方。

ボロはきてても心は錦。

体はここにあっても心はここには無い。

その日一日を振り返ると嫌になる。

今日一日を振り返るのが怖い。

勇気。

失敗を恐れず。

馬鹿も利口も命はひとつ。

谷じゃあない、山なんだ。

人生のどん底を最高峰の山頂を制覇する。

谷が山になる。

今が一番の最高の舞台

報恩。

恩に報いる為の自分という人間を生かせる時。

己という人間が今を生きることに与えれた役割、使命。

己の使命から逃げることはできない。

どうしてもその山を登らなければならない。

ハードルを越えるためには、技術が必要だ。

最高峰の山

神に成れる時、仏になれる時

自分にはすべでをぶつける場所がある。

私の中の解くことのできないものを解決できる場所がある。

感情の全てをそこに押し込む。

愚痴は言わない。

優しさは力なり。

幸せな人は幸せの思い出数を数える。。

不幸な人は、不幸の思い出数を数える。

してくれなかったことよりを恨む、してくれたことに感謝。

自分を生きている。

心の師とはなるとも心を師とせざれ。

桜梅桃李。

今を生きる。



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憎まれっ子世に憚る:人間の生き方にすべてが現れる


「憎まれっ子世に憚る」

世の中の全て。

世の中の浅墓さ。

人間の愚かさ。

「憎まれっ子世にはばかる」

この言葉が、世の中の重量。

重たい?

軽い?

人間の重量。

一人の人間の質量とは?

生きてなんぼ。

闘わずして、負ける人生。

弱い人間と言うものは、常に、「~してはいけない」というような脅迫観念に駆られるようだ。

その、「~してはいけない」という基準が、自分の中にないにも関わらず、何かをすることに、してはいけない。

自分の中に無い基準なのに、「~してはいけない」という基準がある。

それは、世間。

世間様。

なんだか知らないけれど、世間。

という己の、~してはいけない基準。

己の力の出せないもの。

常に、何かに支配されているという感じ。

自己不在。

勝負とは、戦う前から決まっている。

世間様というものを意識する己の弱い心を見抜けずに、その心から逃げている人間にはこの世で戦う資格は無い。

思う事と考えることとは、別物?

仕事の質を高めるための施策、

繰り返して頭の中でイメージを完成させる

段取りが仕事の上でとても大切です。

これからは目的のために生きるのだ。

今を生きるその目的とは何んですか?

今をいきる目的

今を生きる目的が無ければ、今を変える価値が無い。

そのための信心。

己の生命に定まる信心。

信仰。

今を生きるのは、なんのため

明日のため、未来のため、将来のため

家族のため、

今を生きる目的は何ですか?

どこまでも緻密に一つのことに焦点を当てて、深くの掘り下げることができるかどうか

独りの強さを見せろ!

信じる 行ずること 学ぶこと

更に強い自己を鍛えるために与えられたチャンス

願いを全て叶えているんだ。

現実は自分が望むようにできている

人間の姿に人としての強さを表現する(信心の強さを人間の姿に現す)

自分の人間を生きる、生きている、動かす主人公なんだ

己の心に道理を説く師

道理の無いところに道理を敷くもの。

信じることでしか成り立たない世界。

そこには知恵がなければならない。

利用されない。

正しさ

その人の生命の真実は、姿に現れる。

「諸法実相」である。

桜梅桃李。

今を生きる。



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ゼロ(無)とゼロ(無)の間を生きる人間:知る「者」と知らざる「もの」


人間というものは、生まれると同時に大事なものを失いながら生きている。

人間というものは、何もないところから生まれて、何もないところへ死んで行く。

何もないところから出てきて、何もないことところへ去っていく。

所詮、人間が、人間のために作り出したこの世の方便なのかだから。

残るのは、現実のこの世?

それとも、過去?

それとも、「あの世」?


何もないところって?

人間にとっては、なにもないところ。

今、生きているお前に、何かある?

生きていることの意味。

「ゼロ」から、「ゼロ」へ。

永遠に続くの?

「ゼロ」と「ゼロ」の間を生きている人間。

その人間に一体、何の意味があるというのか?

100パーセントの命の誕生の瞬間から、人間として宿される命と業。

その瞬間から、大切なものを失い続ける人生が始まる。

失い続けながらいき続ける人間。

もう、既に、多くを失い続けている。

失うもの。

「時間」とこの世に与えれれた「命」。

人間にとっての時間と命は、この世に生きるもの全てに適用される。

「無」いものを人間は、「有」るものに変える。

時間は、この世に生きるものに必要。

人間にとって、この世の命は有限。

限られた命。

その限られた命を図る意味。

人間が、時間をはかるのは、人間がこの世で生きることの残り時間を数えること。

残された命の大方を知るために、暦をめくる。

人間は、マイナスに向って生きていくことを宿命付けれる。

人間。

人間として生まれて、この世に生きているのに、永遠にこの世に行き続けることの出来ない人間。

自然の摂理に反する人間が、負い続けなければならない業。

一体、なぜ故に、前向きに生きているのに、その最終的なゴールは、「死」という、この世とおさらばすることに向うことなのだろう?

「寿命」というものが無ければ、人間や動物は、生きては行けない?

「なんじゃあー、そりゃあ?」

そんな矛盾はあるかもしれない。

じゃあ、今の長寿社会は、人間が作り出した、人間に対する罰社会なのか?

みんな幸せに老後を送っているか?

苦しみながら老後を生きることの、この超高齢化社会というものは、本当に幸せな社会か?

長生きすることを幸せとしていることを謳うことの世の中の歪に見える社会と人間の矛盾は、その解決できないところに、本質的な不可能が見え隠れしている。


不老長寿は、人間が生み出した善か? それとも、悪か?

社会とは、この世とは、まさに人間が、合わせ持つ、善と悪そのもの全てを映しだす。

100パーゼントの姿で生まれてきて、100パーセントの姿で、死んで行くのか?

100%与えられた、時間と命を、すり減らすだけのすれっかれしの出涸らしの人生をおくるのか?

生きることと同時に、大切なものと引き換えに、何を得ることが必要なのだろう。

人間が人間として、この世に生きることの存在理由。

お前は、何者?

何もないところから、何もないところへ。

じゃあ、この世の此処に生きることは何?

この世は、何もないところから、何もないところの、一体、どの地点にあるの?

此処もなにもないところ?

無いのに、必死で、意味を作り続ける、無意味な人間の存在に、その意味の真髄がある。

マイナスをプラスに転換するこの世で必要な【もの】。

生きることは、この世の人生を「チャラ」以上に変えることの闘い。

知る「者」と知らざる「もの」。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



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生きる辛さとくたばる歓喜【動画】

  生きていることが辛いなら・・・。

  生きていることが辛いならどうするか?


      「生きていることが辛いなら、いっそ小さく死ねばいい。」

                  森山直太朗:生きてることが辛いなら(歌詞より)

そうそう、死ねばいい。


小さくね。


そうなんだよね。


人間に与えられたもの。


小さく死ぬことも出来るのが人間なんだよね。


「生きてることが、辛いなら いっそ小さく死ねばいい、恋人と親は悲しむが 三日と経てば、元通り気が付きゃみんな年取って、 同じとこに行くのだから」

                      森山直太朗:生きてることが辛いなら(歌詞より)


そりゃあ、激しく悲しむ恋人と親もいるだろう。
でも、そこまで悲しむ恋人と親を想像できる人間が、たとえ、小さくても死ねるわけが無いだろ?


生きていることが辛いとか言って、甘えている奴なんて、
だれも、本気では悲しんではくれないということさ。

そんな弱いお前一人が、小さく死んだって、そんなものなんだ。


それでは、つまらんだろう?

あほらしい。

面白くない。


そうなら、喜怒哀楽の人生を生きろって。


お前の中のガソリンはたくさん残ってるし、エンジンだって動いている。

ただ、生きる道が、行き止まりだからといって、生きることをやめるのは、勿体無いだろ?


良く見てご覧。

行き止まりに見える道も、ぶつかってみれば、

そこは、行き止まりなんかじゃあないんだよ。


お前の乗っている車は、そんなやわじゃあない。


ぶつけて、ぶつけて、ぶつけても、まだ走れるんだよ。


その行き止まりに見える壁は、生きていれば必ず、進むことの出来る道。


生きることが辛いなら、いっそ小さく死んでみろ。


そうすれば、

生きることのほうがどんなに楽なのかということを知ることが出来るだろう。


「くたばる時の喜び」(歌詞より)を楽しみしてね。


      何もないとこから
         何もないとこへと
            何もなかったかのように
                   巡る生命だから

                     生きてることが辛いなら(歌詞より)




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「弱さ」を「強さ」に変える生命力・「弱味」を「強味」に変える知恵

NHKの番組「プロフェッショナル」で、

視覚障害者の淺川智恵子さんの番組を拝見しました。

http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/index.html

これまでの放送 | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀 via kwout
※画像の下線の部分をクリックすれば、該当ページに移動します。

                
彼女は、14歳の時に、学校の水泳でプールの壁に右目をぶつけたことが原因で、
その3年後には、両目を完全に失明。

盲学校で、英語の能力を活かし、通訳、翻訳家を目指すものの、挫折。

しかし、次に、目の不自由な人のパソコンの職業訓練を受けて、
その技術と能力を更に活かす。

博士号を取得し、現、IBMに勤め、フェローの称号を持つ。

パソコンのインターネットにおけるウェブページの音声で読み上げるソフトを開発。

文字の見えない人への世界を広げる。
ITのバリアフリー化を目指す。

高齢者や、文字の読めない人達、世界で10億人の世界を広げる。
誰もが能力を発揮できる社会を目指す。

その発想のスケールの大きさ。

苦難と苦悩の連続の人生。

目の見えないもどかしさで、折れそうな心を前向きな強さで奮い立たせる。

しかし、目が見えないことが強味に変わる。

自分にしか出来ない仕事。

まさに自分のハンディキャップ、弱味を強味に変える。

弱さを強さに変える生命力。

不可能と見える課題であっても挑戦することによって、
不可能の壁を破る一歩を進むことが出来る。


そんな内容でした。


その中で、研究者、淺川智恵子さんの
「諦めなければ、道は必ず開ける」という言葉がとても印象に残りました。


障害を乗り越えて、現実の道を切り開いてこられた人の言葉だけに、

「諦めなければ、道は必ず開ける」というその言葉には、ずしりと重たさを感じます。

しかし、その途中における多くの苦悩と挫折。

そこから這い上がるためには、どれほどのエネルギーが必要であったろうか?

想像を絶するほどの痛みを味わわなければ、克服することは不可能だったでしょう。

その痛みと辛さを乗り越えるためには、一体、何が必要なのか?

その力の根本は何なのか?

知りたい?

その不思議な【もの】。

※記事文中の「お前」「おまえ」の二人称は、
             全て「私」「己」の一人称のことであります。
   


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呪縛からの開放:自分は何ものなのかを悟る

充電器

幸せへの充電器

充電。

人生における充電期間。

ようやく今、その充電を終えるときなのかもしれない。

充電。

充電でいいじゃあないか。

満タンかな?

今、更に変化を遂げる事の出来る時、その今と言う連続の瞬間。

哲学の知恵を必要とするとき。

求め続けなければならない。

どこまでも、いつまでも、謙虚に。

変化を求めるための哲学の正しさを証明するために。

現在の苦境をどのように乗り越えていくのか。

現実を乗り越えて行く力を引き出すこの哲学に求められるもの。

己の中の無限の力を引き出す秘訣。

自信と傲慢の本性。

寛容なる生命。

相対するいのちは、その己の生命を確認するためにある。

謙虚さの中で、どこまでも己の知恵を磨く。

確かな哲学を根本にして、どこまでもブレナイ、動じない自己確立のために。

人間社会と言う現実は、己のブレナイ生命を試されている己の生命を映しだす単なる鏡。

ただ、己の道がそこにあるのみ。

己の人生をひけらかすのがこの信仰ではない。

やって当たり前の信仰。出来て当たり前の信仰。

当たり前のことを、当たり前に出来る。

その当たり前のことを語ることの意味の無さ。

当然の、当たり前の哲学のその結果に、すごい事などあるわけが無い。

常に、未熟な人間として生きる。

謙虚と言う言葉を取り除けば、自分で無くなる。

必要なものは、それ以外に無い。

後悔の無い人生。悔いの無い人生。

そう、言って死ねる人生。

人間社会においては、相互の関係があって始めて成り立つ。

なにかなりたつかって? 

人間が人間に働きかける事。人間がはたらきかけられること。

そして、その双方を一人ひとりの人間が行うこと。

人間に対して働きかける事によって、働きかけてくれた者の人間を知る。

働きかけられる事によって、働きかける事の大切さを知る。

愚かな人間達の中で、光続ける事の困難。至難の業。

物事を成すためには、その方法を知ることから始まる。方法から知識、そして、知恵。

それぞれの色。人生いろいろ。それぞれの色に染め上げるのが宗教。

宗教に頼って自分の信仰を高めない人間は無価値に等しい。

批判することの簡単さ、認めることの、誉めることの難しさ。

狭量な心とその小さいな器。

祈りの無い願いに何一つ適うものなど無い。

願いの無い祈りはもはや観念のお経。

自分が見ている風景と、相手が見ている風景とは違う。

目に見えない努力が目に見える努力として結実する。

1つ苦労を乗り越えると、1つ楽が増える。

だから明るく生きる。

呪縛からの開放のために。

自分とは何か?

それは人間が生きる事の悟りである。

自分とは生命そのものである。

桜梅桃李。

今を生きる。





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筆談ホステス・「辛い」が「幸せ」に変わる「一本」を埋めるもの


筆談ホステス「辛いが幸せに」

辛い」、という文字の上に「一本」の横棒を足せば、「幸せ」、という文字に変わる。

 TBS系の実話に基づいたドラマ『筆談ホステス』


 「耳が聞こえない娘がなぜ日本一になれたのか?

  そこには母との壮絶な愛と涙の感動秘話が合った。」の中での筆談の、一コマ。


でも、この「一本」を足すために、

現実における多くの苦労を乗り越えなければならないわけ。

言葉に心を足すことの難しさ。

青森から上京し、銀座で一番のホステスになるまでの苦労。

その苦労を乗り越えるための支えになった、母の言葉。


彼女の宗教は、母の言葉。

なんでもいいから障害を乗り越えて「一番になること。」

障害があるが故に、敢えて厳しく育てた母の愛情。

その愛情に応えようとするが故に、自身の障害と闘い、

そして、一時は、現実に翻弄され、諦める。

しかし、彼女の前向きに生きようとする生命の傾向性は、

偶然の出会いを一期一会とし、

自分の中で運命を開く出会いへと変えていくことが出来る。

そこには、障害を乗り越えて現実を生きていこうとする勇気ある自立心が見える。

強い生命力。

その自立心を呼び覚ますものは、

母の与えた「宗教」(言葉)に基づく「信仰心」でもある。


しかし、母に対する信仰心が、

その母に、理解されないことに対する葛藤と心の屈折をうむ。

それでも、彼女は自分の生きる道を自ら切り開いていった。

母が反対するホステスという水商売で。

窮地に落ちた、死に向かう人の命を、

筆談という言葉に、心を伝えることで勇気を与え救う。

心を言葉で伝える。

言葉に心を託す。

彼女のホステスとしての仕事は、

障害を背負って生きる強い生き方を示す人生そのもの。

とても尊いと感じました。


娘と母の和解の瞬間。

娘「お母さん。うんでくれてありがとう。」

母、「お母さんを許して。」

母、「一番!おめでとう。」

それは、彼女の母親に対する信仰心の確立。

また、言い換えれば、固い愛情の絆。

私が、この世に生を受けた、その最も縁の深い、ふたり。

その両親の愛情こそ、最高の「宗教」なのかもしれません。

与えられた「愛情」こそ、己にとって最も大切な「信仰心」。

その核の無きが故に、深い「哲学」に縁する必要があった。

私には、その宗教が存在する為の意義があった。

己の生命を、己自身で救う信仰。

その深い「哲学」に縁するためには、両親が必要であった。

私の多くの葛藤と迷走の末に行き着く答え。

わたし、「お母さん!うんでくれてありがとう!」

幸せに生きる道を求める生命。

その道を生きられる生命。

使命。

使命は求める者に与えられる。

求めなければその使命を知ることは出来ない。







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厄介なものを真正面から見つめていく哲学:【直葬】


『小さなお花をいっぱい飾ってもらうだけでいい。』

大きなお花を一杯ではなく、小さなお花を一杯。

本当の願いの叶わぬ思いの中での、精一杯の願い。

直葬。

人生最後の弔い。

相談できる人がいない。

迷惑をかけたくは無い。

人とひとのつながりの希薄。

人と人のつながりを持つことの負担。

人の心と精神の弱さ。

それは、生き方の弱さを示す。

人間は生きることを、生きるだけのことに費やすことに生きる。

それが人生を生きること。

それが生きることを弱くさせている。

生きること以上の、生きる醍醐味というものは?

生きることの醍醐味?

それは、刹那な楽しみのこと?

刹那って何?

そうか。

人生を生きる為の醍醐味を知ることの出来る言葉というものは、既に、この世では機能を果たさない死後になっているのだろうか?

誰からも見取られずに、ひっそりとこの世から消える。

涙ながらにその願いを語り、遺書に込める老女。

決して、直葬を望んでいはいない。

しかし、その望みが、最大の人生最後の願いと、涙ながらに言い聞かせなくてはならない自らが歩んできた人生。

それは、後悔なのかもしれません。

生まれた後に、やってくるものは死。

直葬。

そこに見えるものは、人間の見えない厄介なもの。

厄介なものを厄介とする社会。

厄介なものを真正面から見つめていく哲学。



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