今を生きる錬金術・手に入れる賢者の石

賢者の石を手に入れるための錬金術

人生の壁とハードル。

壁に辿り着ける事の喜び。

見えない壁が、見えることの喜び。

乗り越えるための壁。

ぶち破るための壁。

それは、宿命の壁。

それは、生命の境涯の本質を高める壁。

正しい哲学の道理を極める壁。

ハードル。

その乗り越えなければならない壁に辿り着くまでの、飛び越えなければならない、そのハードルを如何にクリアするか。

そのハードルを完全に理想の形で飛び越えるのか。

それとも力ずくでなぎ倒して、進むのか。

それとも、嘘と卑怯さと要領で、飛び越えたふりをして、横を通り過ぎるのか・・・。

そのゴールの先の壁にぶち当たるまでの、一つ一つのハードルを如何にクリアしたかで、壁を乗り越える、壁をぶち破るための己の武器の質が変わる。

その今を戦う己の武器。

世の中で、硬いものの最高峰とされるダイヤモンド。

ダイヤモンドの原石を加工するのは、ダイヤモンド。

己の現実に立ちはだかる壁を、突き崩すためのダイヤモンドの武器を手に入れる。

その武器を手に入れる方法。

賢者の石を手に入れるための錬金術。

その触媒とは?

☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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本因妙 | [2010-05-30(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

人生の【死】・決戦を飾る哲学

人生の最後の瞬間まで求め続ける変化とその哲学

環境がどんどん変わる。

その変化の中で、どこまでも【謙虚さ】を貫き通したい。

己の過去の人生の失敗を、二度と繰り返すまい。

どこまでも無知なる傲慢の故による過去の人生の躓き。

人生の病根は傲(ごう)の一字

弱い人間の中の、大バカ者が持つ傲慢。

強い人間の、最後の結末を、己の身から滅ぼす愚かな傲慢。

現実の変化の中で、その二つの人生を破壊する傲慢を、今、己自身の身と精神によって試されている。

今、己の心を試されている。

今、己の生命を映しだせる瞬間。

変化の中の現実は、どん底の流れの、逆流の中、渦の中、ドブの中、激流の中。

その流れの中で、常に、己が試されている。

人生の流れを、己自身でコントロールできる生命へ。

その中で湧いてくる、生きた知恵。

創りだせるのは、今この瞬間。

確かな哲学を己の中で完成へ向けて、どこまでも貫きたい。

そして、変化の中で、その変化に絶対に動じない。

どんな変化も、全てに後悔の無い、完全燃焼を目指す。

その変化は、誰から与えられたものではない。

その変化は己自身が選択した変化。

その変化の現実と場所が、私の今を生きる舞台だ。

常に、その舞台の中央に立つのは、私。

どんな変化にも動じない。

己を信じる力。

その確かな哲学。

どん底の中で、つまらぬ自己満足の達成感に浸っている場合か。

そんな時間があるならば、更に、現実の変化を求めよ。

更に、前へ進め。

不安を恐れるな。

己にとっての「今」とは何だ?

目指す先は、途方も無く遠くて大きい。

「今」より、一歩「先」を生きる。

「今」より、一歩「未来」を生きたい。

現実の全ての変化を後悔の無い、前向きな未来を創る。

「今」という変化の中で生きるために、その心の目線の先に映る己の生命を常に感じ取れることが永遠の課題。

変化を常に求める心が必要とするもの。

謙虚さ。

謙虚とは、どこまでも、己に嘘を付かないということ。

己に対して正直であること。

生きる知恵とは、謙虚さの中から生まれる。

生きる知恵とは、幸せに生きる為の本質。

その本質を生命に刻む事。

私の中でもう、過去は終わった。

己の中の確かな哲学に基づいた後悔の無い過去。

過去の自慢など何一つする必要など無いし、過ぎ去った過去を今、振り返っている余裕はない。

私にとっての生きることとは今。

この今しかない。

もう、過去は語るまい。

今にとって、私の過去は、ノーコメント。

私の全ては、今に全部詰まっている。

その今は、全ては己の未来のためにある。

己の最後の決戦の時。

その最後を迎えるときのためにある。

生きることの終末。

人生の【死】。

その「最後の審判」を、己自身が下す瞬間。


●関連ページ
・人生の病根は傲(ごう)の一字①
・釈迦に説法・賢者は語らず>人生の病根は「傲」の一字
・人生の病根は、傲(ごう)の一字②
・嘘つきは無知なる傲慢

☆確かな哲学
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-05-29(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

新化(進化)のための今を生きる知恵

己の変化が【新化(進化)】につながる今を生きる知恵

今年の目標は、【笑顔】。

そして、【変化】。

『二兎追うものは一兎も得ず』

夏祭りや夜店の定番、「金魚すくい」の上手になる為の秘訣は、こんなところにあるのかもしれない。

ひとつも目標や、ターゲットを絞る事ができず、あれこれ目移りしている間に、いたずらに無駄な時間が、どんどん過ぎる。

狙った獲物も何時の間にか、どこに行ったのかわからなくなる。

決めた事も、いつの間にか願いがどんどん遠ざかり、叶わぬ夢となる。

中途半端。

己の柱とは何だ?

その柱は、絶対に動かさない。

時間の流れのめまぐるしいほどの変化の中で、変わってはいけない【もの】。

その根本。

現実が、変わる。

変化。

その変化を恐れる不安を取り除くために必要な、絶対に変化してはならない【もの】。

それは、自己。

己の中の生きる哲学。

己の中の哲学は、「変化」するのではない。

確かな哲学によって、時間と言う現実の人生を生きる道の中で、「進化」する。

己の中で、新しく変わることを意味する。

それは、「新化」。

しかし、その中で、絶対的に変わらない己の中の確かな根本。

己の宝の価値。

最高で最強。

今を生きる知恵。

己の未来を生きる為の【新化】。



☆確かな哲学
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-05-26(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

生命のスッテップアップ・その選択枝

自由自在な環境は己の生命で勝ち取る

現状に留まり、己を更に高める事を望む勇気か?

それとも、新たな道無き道で、己の力を引き出せることに進む勇気か?

どちらにしても勇気を出せば、その結果なんてどうでもいいことなのかもしれないし、考えても出せるものではないのかもしれない。

どちらの勇気が、更に必要か?

より、己に課せられた勇気が必要な方を選択すればいいのではないだろうか?

敢えてこのまま現状維持の楽な道を選ぶ事よりも、新しい未知の世界へのその先に進む勇気。

現状の居心地の良さに満足して、毎日を送ること。

それも良かろう。

しかし、現実を生きるということのステップアップのためには、己の変化を積極的に求め続けられる環境を開いていく事が必要。

環境は与えられるもではない。

自らが勝ち取るものであり、自らの生命によって、変革していくものだ。

自分が変われば、環境も変わる。

その必然なる哲学。

今、試されている時。

その選択枝。

その選択枝は、自らが用意したものだ。

そのためには、己の弱い心に映る先の見えない不安を、勇気に変えて、現実を切り開いていく覚悟を決めた己の力を信じる。

それは、己の力を信じる事のできる哲学を、信じる事を意味する。

その証明を、自ら実行する事を意味する。

その哲学の本質を、更に、生命で知ることに近づける。

今、その選択枝に対して、後悔しないための最高を知恵を求める事の出来る哲学。

チャンス!

☆確かな哲学
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-05-23(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

本質が変化する確かな哲学

現実の中で笑顔で生きている

今年の新年の目標は、笑顔(^^)。

現実を生きる。

その壁と対峙する。

今、こうして、笑顔で、この生身の体と精神を心でコントールして生きている。

心から沸々と湧いてくる、絶対に、現実から逃げないという心の奥深くの生命から後押して、マグマのようなエネルギーが、辛くて、苦しい状況になればなるほど沸いてくる感じ。

辛くても、笑顔。

苦しくても、笑顔。

ちゃんと出来ている。

何にも、辛い事が無いときや、苦しい事が無いときよりも、人間同士がぶつかり合う時に、私の中から、生きるという前向きなエネルギーが、放出されるように感じる瞬間。

ああ、生きているんだ。

私がこの瞬間を、こうして実感できるのも、今、生きているから。

目の前の現実が、白黒で、グレーな世界に映る日常から、今は、こうして、はっきりと私の心に、その人間の世界のいろんな色を、生き生きと感じる事が出来る。

人間を理解を超えて理解する。

そんなことは、とても、今の私には永遠に不可能な事かもしれない。

でも、人間なんて理解できなくてもいい。

理解しようとした事だけが、私の変化につながる。

現実を生きることの意味。

辛いことが楽しい。

苦しい事が楽しい。

それが生きること。

生と死のはざ間でゆれた過去。

涙に暮れた毎日。

でも、今は、生きるということしか私の中には無い。

変化。

その変化の証は、笑顔。

今、現実を、こうして生きて感じる辛い事も苦しい事も、死ぬ事ばかり考えていたあの時の辛さと苦しみを思えば、全くその質が変化している。

人生に対する、後ろ向きな悩みや苦しさと辛さが、人生の前向きな悩みと苦しさと辛さに変わるとき。

その変化の証は、笑顔。

その生きることに喜びを感じ取れることの出来る確かな変化を与えてくれたのは、最高で最強の現実を確かに生きることのできる哲学。

その哲学を与えてくれた言葉では言い尽くせない、両親への報恩感謝。

今の私の毎日の誓いでもある。

私の笑顔を感じる事の出来る今、こうして、己の過去が蘇ると、涙になって感謝の気持ちがあふれる。

今が、あるのは、自分の力なのだけれど、

しかし、だけど、それは、本当は、自分の力でも何でも無い。

こうして、今だに変わらぬ苦しみと悩みと辛さの中で、確かな笑顔を感じ取れる事のできるその生命の変化。

変わらぬものの中で、その本質が変化する確かな哲学。

見えないものが確かに変わる。

本質。

生命。



☆確かな哲学
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-05-22(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

心を込めて叱る - 利他・慈悲

自己確立を求め生きる人間の中の自由自在な領域

「盲目のピアニスト 辻井 伸行」氏。

恩人。

心を込めて叱ってくれた人。

「大倉先生が居なければ、今は無かった」。

成功とは、1パーセントの才能と、99パーセントの汗(努力)。

その努力できる才能を、「叱る」ことによって開花させた恩人。

今を求め、今日を変えよう、明日を変えよう。

現実を確かに生きることは、確かな未来を創ること。

人生を確かに生きる哲学には、今という価値を、如何にこの瞬間に凝縮し、高める事が出来るかにかかっている。

それは、確かな哲学を己の中に構築させるためには、当たり前の事であり、必然。

利他とは?

慈悲とは?

その瞬間に、「鬼」にも、「悪魔」にもなれる自由自在。

憎まれようとも、嫌われようとも、鬼になって、悪魔になって、心を込めて人を叱れる人間。

利他とは言わないか?

慈悲の形ではないか?

自己確立を求め生きる人間の中の自由自在な領域。

無私なる生命。

☆確かな哲学
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-05-21(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

【喧嘩上等!】怠慢と怠惰と傲慢

立ちはだかる「無知なる傲慢の壁」と「謙虚さを維持するハードルの高さ」

「喧嘩上等!」

売られた喧嘩を買うなんて当たり前!

てめぇ、逃げんなよ!

「いいねぇ。」

ヤンキー用語(?)の中の心意気と言うものは、清々(すがすが)しい。

逃げが無い。

実際は、そこには、生身の人間が血を流し、ぶつかりあうという感情のまま突っ走る。

まあ、馬鹿な人間がやることだけどね。

でも、「本物の馬鹿」は、最高。

自分の人生を生き切ることが出来ると思えるから。

感情を、理性という精神でコントロールできない弱い心。

しかし、「喧嘩上等!」。

ヤンキーの粋というかポリシーというか哲学というか・・・。

なんか単純だけどね。

でも、いいよね。

徹底的に戦いあう。

どちらが強いのかを、その己の肉体で決着する。

白黒をはっきりつける。

「タイマン」を貼る。

一対一。

喧嘩に強くなるには、「喧嘩上等!」

喧嘩は、売るけど、買わない「卑怯」。

それは、「タイマン」では無く「怠慢」。

怠慢と怠惰と傲慢。

あの時、あの瞬間。

死と隣り合わせで生きている時の緊張感と絶望感。

そんな、あの時の心をいつまでも忘れないために、常に、己に対して、崖っぷちの状態の選択枝を用意する。

お前、逃げんなよ!

「喧嘩上等!」の哲学。

常に、立ちはだかる己の中の「無知なる傲慢の壁」と、「謙虚さを維持するハードル」の高さ。

哲学における己の中の変革を成し遂げ続けるためには、己の中で、その哲学に対する誇りを、己自身の中の生命の宝として、確立させ続けるための戦いと言える。

今が幸せ。

でも、今の幸せよりも、もっと、大きな幸せ。

もっともっと、大きな幸せを勝ち取るために、現実を生きて、最高で最強の冷静なる感情と理性を、生命に刻む心の「喧嘩上等!」の哲学。

闘えることの幸せ。

「喧嘩上等!」

確かな哲学における「タイマン」とは、無私によって、相手をどこまでも理解しようとする「一対一の対話」。

常に、相手の人間の中の本質を見つめようとするための目を養う。

目を養うとは、心の懐は深く、大きく、そして、生命の境涯を高めること。

確かな哲学に、そこに必要な【もの】とは、たった【1つ】しかない。

必要な時に、たった一つの大切なものを、使えない、働かす事のできない、「策」や「方法」に溺れる、考えるだけのお利口な(?)お頭(つむ)の愚か者にだけはなりたくはない。

わたしの中の確かな哲学に、そんなことは書いてはいない。

それでは、一体、何のための哲学なのかわからなくなる。

それでは、その哲学は、己の中で単なるお題目にしか過ぎないと言う事だ。

自己確立されない人間。

お経を読むしか脳がないのなら、猿にでも出来る。

(・・・それは、ちょっと無理か・・・。)

人間を見つめることによって、己と言う人間を映しだす。

相手の姿を見て、如何に己の心の中に、現在の生命を映しだすことが出来るのか?

そこには、謙虚さが無ければ、己の生命を映しだす鏡は、現われない。

確かな哲学の「タイマン」には、人間対人間の対話と同時に、己の中の「心」と、心の奥深くの「生命」との一対一の「タイマン」が、問われている。

それが無いのは、単なる「怠慢」。

『進まざるは退転』。

将にその通り。

自らを変革できないのは「傲慢」。

自らの変革にさえ気がつけないのは、信仰者としての己の中に信仰心を確立し、更に、高め続けるための努力を忘れて置き去りにし、現状の居場所の居心地の良さに自己満足しているだけの「惰性」と「怠慢」。

どんなに人間にも、いつも巣食う『己心の魔』と宿業。


※記事文中の「あなた」「お前」「おまえ」の二人称は、
             全て「私」「己」の一人称のことであります。



☆確かな哲学
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-05-14(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

a human being 【人間】が生きる局面


a human being、現在進行形を生きる人間


確かな哲学によって、生きることは、常に、現在進行形。

Being

a human being。  

人間。

もう、この哲学の前では、過去形で語る人間にだけはなりたくない。

己の中の自己満足な過去形の話など、現実と未来を生きる哲学には不要。

さあどうする?

現在進行形の今、何かを成し遂げようとしつつあるその現実。

現実を現在進行形で、構築しようと思えば思うほど、未来を選択するために、現在を生きる事を乗り越えるための局面がやって来る。

現実に対する局面を、言い訳がましくやり過ごす、本当に必要な時に、確かな哲学を使う事の出来ない生命では、あまりにも、愚かすぎる。

局面に気がつく事さえ出来ず、確かな哲学を己の中で殺す惰性と怠慢と傲慢。

現在を生きる為の局面。

その時の選択肢はいくつあるだろう?

選択枝は多ければ多いほどいいのだろうか?

それとも少なければ少ないほど、未来を形作るための、現在を生きる進行形である、今と言うこの一瞬をより正しく、正解へ近づけるための答えを出せるのだろうか?

選択枝が多ければ、多いほど、知恵を得る。

進むための選択枝が、少なければ少ないほど、一念と執念を燃やす勇気が要る。

現在進行形を生きる人間の本当の幸せとは、人生の最後の生と死の瞬間にやって来る。



人間とは? | [2010-05-12(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

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