ネットで与えられた宗教を語るペテン師達

肉体と精神で現実を生きる人間

現実とは、どこまでも、恐ろしく巧妙に、ありとあらゆる見えるもの、見えないモノのの姿・形を変え、そして、見えるもの、見えないもの姿と形を借り、己と言う人間の「今」を潰しにかかる。

時には、時間と言う鎖につながれた奴隷としての環境を与えられ、その中で、ほだされ、誘惑に駆られ、ことごとく、己の人間の中の善なる変化を阻止しようとする。

肉体と精神を宿す人間。

精神のみでは生きられない人間。

肉体のみでは生きられない人間。

肉体と精神で現実を生きる人間。

ネットは、嘘だらけの世界。

言葉の世界は嘘だらけ。

嘘と思えば、それは嘘になる。

本当と思っても、そこには本当は無い。

ネットの世界で人間は生きることは出来ない。

当たり前だけどね。

でも、ネットの世界の延長が、現実と勘違いしている輩も多いけどね。

そんなネットの世界で、与えられた宗教を語る者の嘘。

当たり前だよね。

現実の世界さえ、見抜くことが出来ない人間が、ネットでは、世の中全てお見通しのような事を、借りた言葉や、盗んできた言葉を、自分の言葉として偉そうに、与えられた宗教を語るような輩がわんさかいるネット。

ネットで自分のものでは無い与えられた宗教を語るもの達が、幸福を運ぶテンシ(天使)ではなく、ペテンシ(師)達の予備軍に思えて仕方がないよ。

己の中にある信仰心と現実を生きる為の哲学を語って欲しいものだ。

悲しいねえ。

☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

創価 | [2010-06-30(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

己の中の信心の道を究める為にある宗教

人生の独立自尊のための確かに生きる哲学と生命を深める信心道

宗教とは、己の中の信心の道を究める為にある学校。

世の中の学校。

必要な学校と必要でない学校。

その選択。

人が、何かを始める。

何かを始めたい思う。

その始めたいと思うことに、幸せになる事を始めたいと思う。

何事にも「はじめの一歩」というものがある。

この世に生まれてくることも、はじめの一歩。

いろんな場所で、いろんな環境のいろんな状況でこの世に生まれ出てくるはじめ一歩。

でも、そのこの世の人生のはじめの一歩は、一体、誰が選択したのだろう?

誰が決めたの?

その瞬間から人間が、生きることに対するこの世の矛盾と解けない疑問の心のカオスの原点が、はじまる。

生きるということを課せられる人間としてのはじめの一歩。

人間って言うのは、生きることに対する、矛盾を解く為に、そして、己の中で、その矛盾と折り合いをつけて、その矛盾を説くために人生を与えられている。

納得できないはじめの一歩。

納得できないはじめの一歩を、人生を生きる中で、納得する道を究めるのが、信心の道。

信心道。

己の信仰心を極める。

宗教とは、己の中の信心の道を究める為にある学校。

でも、その学校に入学しても、卒業できる人は稀かもしれない。

入学して、学んで実践したその教え、その哲学、そして、お世話になったその学校の先生達への感謝を常に忘れずに、人生の独立自尊のための確かに生きる哲学を己の中に、心と精神に、そして、更に深い生命へと開き、刻む。

自己確立。

この世の現実の世界で、そして、人間が生きる社会の中で、己の五体と心と精神を持つ人間の姿と形で、己の「生命」を幸福な境涯へと絶対的に開く事の出来る信心。

己の中の信仰心。

その宗教という人生哲学を教えてくれる学校には、卒業は無い?

有るとするならば、それは、何時の事を指すのだろう?

人生においては学ぶ事は、「もういい」は、まだまだ。

「まだ、まだ」は、「もういい」ではなくて、やっぱり、「まだまだ」。

☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-06-23(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(6) |-

いよいよ強盛の御志

今を生きる確かな哲学

■我が友に贈る

「いよいよ強盛の御志あるべし」

さあ大確信の祈りで、胸中に大生命力を!

諸天も揺り動かせ。

          【聖教新聞】[我が友に贈る](6月18日)より、転載いたしました。



言葉は、元気を与えてくれる。

それが、自分の言葉であろうが、他人の言葉であろうが、言葉自体が持つその本質的なエネルギー。

それが、人の心に、元気や癒しをあたえてれる。

言葉に共感、同感することによって、元気や癒しから、もっと強い心へ立ち上がれる勇気を与えてくれる。

心と生命の不思議。

そして、更に、その勇気を現実における悩みと困難を解決するために、人間という姿かたちをした己の生身の体で、現実を生きる。

行動。

元気を得て、心を癒されて、そして、立ち上がる勇気の炎のエネルギーによって、現実を生きるという行動を起こす。

『今を生きる』

観念から、現実を生き、そして、勇気を変化へ導くための行動と実戦へ。

観念の世界だけで、己の目と心に映る現実は、変わりはしない。

「現実を生きる」ということに対して、闘う己の「今」。

『いよいよ強盛の御志あるべし』

そこに必要なのは、『大確信の祈り』である。

己の中で確信した「今を生きる確かな哲学」

『大確信の祈り』に向える己の心にあるものは、「信」という1字しかない。

その「信」とは何か?

それは、「己の今を信じる」と言うことに他ならない。

その「信」に一念と執念を込める。

それが、『いよいよ強盛の御志』

現実という今を生きる。


☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-06-18(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

「嘘」と「虚栄心」と「傲慢」

己を隠す「己心の魔」

己の中の動じない【もの】。

変化。

変化しない事が、変化する事。

環境が、人が、変われど、なんにも変わらない己の中。

その変わらないことが、変わること。

己の中の変化の現われは、己の生命による心の変化。

その変化とは、生命。

その変化の中で、常に求められているものとは?

どこまでも、己の中の弱さに現われる無知なる傲慢を排する事。

そして、強さを求める中に現われる、自らの生命を食い荒らす、獅子身中の虫である傲慢を排する事。

己を隠す「嘘」と「虚栄心」。

「傲慢」と「嘘」と「虚栄心」を排する事。

その己の中の心に巣食う「魔」

「己心の魔」。

そのために己にとって、必要なものは、謙虚さ。

どこまでも、どこまでも、謙虚であること。

今こそ、その課題に挑戦し続けること。

己の中に巣食う魔を、魔と見抜ける心を保ち続ける事。

そこに必要なものは、生命を見つめる力と生きる知恵を引き出す事の出来る確かな己の中の哲学。

「今」と言う現実を、確かに生きる為の哲学。

☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-06-14(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

己の限界を高める技の奥義

生命の限界を無限に高める

己の限界を高める技の奥義を極める。

生きた哲学。

その実践。

己の現実を生きる為の更に、その現実を生きる為の限界を高める技とは?

知恵。

現実を生きる為の生きた知恵。

体の変化。

心の変化。

精神の変化。

肉体の変化。

それは全て、己の中に確立されゆく「確かな哲学」に基づく生命の変化の現れ。

生命の限界を無限に高める。

新たなる知恵。

変化。

宗教に縁する事によって、己自身の中に、絶対的な信仰心を呼び覚ます。

己の宗教が生まれる。

そして、生命を開くために、信仰心を深める。

信仰者としての道のりは、その信仰心を更にどこまでも深める道。

どこまでも、どこまでも、それ意外に無い。

己の生命の最高の場所を目指す途中。

その道のり、旅の途中。

絶対に逃げない。

☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-06-12(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

【死】は悲しいもの?【死】は楽しいもの?

確かな哲学の確かな答えを知ることの出来る瞬間

明石家さんまさんの『人生生きているだけで丸儲け』

生きていてよかった。

生きているだけで良い。

生きている実感。

どん底へ、自らを追いやり続けた、己の人生に与えられた選択枝。

馬鹿で愚かな人間が、どん底を自ら掘り進めて、辿りついて見たものは、地獄の中で仏。

その仏とは、地獄にゴロゴロと転がっている宝の原石。

その地獄とは、自らの生命に他ならない。

その地獄で宝の原石を、今こうして掘りだしている。

掘り進めている。

どん底と言う現実。

その事実。

地獄が天国に変わる真実。

「浄土と云ひ穢土(えど)と云うも土に二(ふたつ)の隔(へだて)なし只我等が心の善悪によると見えたり」(日蓮大聖人御書384㌻)

己の中での証明、そして、確信。

人間は、辛い思いを乗り越えた時に、だれでも、もう、二度と同じような辛い思いはしたくないと思う。

それは当たり前のことだと思う。

当たり前のことだと思うのだけれど・・・。

その当たり前に思ことが、1つの辛さを乗り越えたからと言って、もう、辛い事が何一つ無い人生が、願いどおり実現するものでもない。

でも、本当に、本物の辛さを乗り越えて人が、果たして、もう同じような苦しみや辛さを味わいたくないと感じるものだろうか?

そんな疑問にも捕らわれる。

深い辛さを乗り越えた事によって、今を生きる人生、そして、これから生きる人生。

そこに刻印されるものは、大きな大きな達成感と充実感なのではないだろうか?

『(若いときの)苦労は買ってでもしろ』

『情けは人の為ならず』

人生における本当の辛さの本質を乗り越えた人であるならば、辛さは、生きてきた人生の宝、そして、これからを生きていく大きな勇気の無限に湧き出すエネルギーの源。

更に、人生の最終章へ向って、最大の越えなければならない壁の先へ向っていく為に、この世に生きた事を、感謝できる己の中の哲学を証明する永遠に己の生命に打ち立てた事実になるだろう。

それは、死。

生きたものには、必然的に、与えられる、そして、いつか必ずやって来る人間のこの世での「死」。

その死は、辛いものか?

果たして、その死は、ワクワクするほどの、楽しみなゴールの1つだろうか?

確かな哲学の確かな答えを知ることの出来る瞬間。

死。

☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-06-11(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(2) |-

確かな哲学を体得するための一本の道

勇気をありがとう

己の信仰心を更に高め続けようとする人は、どこまでも力強い。

その力強さを感じる事の出来る生命。

感謝の気持ち。

こんなにも私の心に勇気を与えてくれる。

己の弱さゆえに、過酷に見える現実。

しかし、己が見ている現実なんて、吹けば飛んで消えてなくなりそうな程、それ以上、更に過酷な現実を戦って生きている人がいる。

己との戦いに、その信仰を試し、現実を生きることによって、更に高い境涯を目指す人達がいる。

私以上に、苦しい環境の中で戦っている人は、一杯いる。

そのためにある己の信仰だ。

信仰とは、現実から逃げようとして、くじけそうに、折れそうになる己の弱さを、祈りによって、己の心のスクリーンに映し出し、その弱さと戦うためにある。

そこに確実に、人生の独立自尊を生きる自己確立のための生命に信仰心の火が更に高まる。

勇気を更に燃やし、そこから、必ず、この人生のどん底を這い上がってみせる。

その一念と執念。

己の勇気の火が、過酷な環境の嵐の中で、消えそうになる時。

同じ志で、「今」を懸命に現実と戦っている人達。

勇気を貰える。

本当にありがたい。

懸命に生きている人達がいる。

私よりも、何倍も苦しい現実と戦っている。

今。

苦しい現実を、私以上に感じる。

しかし、苦しいと感じるその奥底には、絶対に、負けるもんか!

そんな、心の奥底から、生命の声が聞こえてくるよう。

苦しい中を力強く生きている。

ありがたい。

そんな人に、ともに頑張りましょうなんてことは、絶対に、言わない。

勇気をありがとう。

私も、絶対に逃げない。

もう、逃げるところも無いんだけどね。

進む道は、どこまでも確かな哲学を体得するための一本の道。

☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-06-09(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

魔が棲む人間社会

勇気の根本を封じ込めようとする社会

恐ろしく過酷な環境。

その恐ろしいほどの環境を恐ろしいと感じる事の無い、その恐ろしい空間。

常識も非常識も通用しない。

過酷な現実とは、目には見えないものとの戦い。

生きている人間の生気を吸い取ろうとする力の凄まじさ。

開放された空間で、人間らしく生きることから、日のあたらない檻の中に閉じ込められた、まるで鎖につながれた奴隷のような空間。

そんな空間で、正常な意識と感覚が失われそうになる。

そこは、「心」を使う必要のない世界なのかもしれない。

現実には、そんな世界があるのだ。

現実を生きようとする人間のその現実を失いそうになる。

しかし、それが、そこが、己がいる現実。

己の精神と肉体が存在する場所。

そこには、今を生きる知恵は、必要ない?

今を生きる知恵を発揮できない?

知恵を沸かすための現実を生きる勇気が、抹殺されようとする世界。

その勇気の根本を封じ込めようとする社会。

そこに、潜む魔の正体とは?

己の中?

魔が棲む人間社会。

魔界か?

☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

本因妙 | [2010-06-08(Tue)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

今を生きる不安・勇気と挑戦

運命は自らの手によって開く

新しい事への挑戦。

己の中の弱さを映しだす、心に感じる不安と心細さ。

己の目に映る過酷な環境。

現実。

それは、私を変えることの出来る最高の環境。

環境とは、変わるものではない。

変えるもの。

己自身の生命の環境を変えること。

絶対に、私には確かなものがある。

全てを勇気に変えることが出来る確かなもの。

私の中の確かなもの。

それは、外にあるものではない。

私の中にある。

何も恐れる事は無い。

己の勇気が試されている。

現実を恐れないことの勇気。

己の人生は、己の選択によって、己の力で切り開く。

☆確かな哲学・賢者の石
【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく


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本因妙 | [2010-06-02(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

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