東北地方・太平洋沖地震から3日目

今回の東北地方太平洋沖地震で、犠牲になられた方へ心よりお悔み申し上げます。

また、被災された方や負傷された方へ、心よりお見舞い申し上げます。

救援活動は困難でとても厳しい状況ではありますが、一刻も早い復旧をお祈りいたします。



日曜日の今日。

地震発生から三日目。

3月11日の金曜日の午後2時46分ごろに、太平洋三陸沖を震源に発生した国内観測史上最大のM8.8の巨大な地震。

東北地方太平洋沖地震。

テレビのメディアでは、地震発生からずっと情報を流し続けている。

時間の経過とともに死者・行方不明者の数が、どんどん増えていく。

その被害の甚大さに、地震と津波の恐ろしさをまざまざと見せつけられる。

単なる傍観者でしかない私。

テレビに映し出される現実を見ても、これが本当に現実なのだということはわかっていても、だた、テレビを見てるだけの私。

それが私の今。

それでいいの?

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生き様

人が生きる現実の姿に人間のすべてがある。

思いを秘めて人間として生きているその姿。

その思いを姿、形として生きる人間。

生き様。

正しい生き方。

間違っている生き方。

その判断。

その先を生きていく選択肢。

人間として生きる中で持っている心の奥底の本質的な考え方。

人それぞれの生命の傾向性。

未来を生きるための哲学。

その己の哲学の核を支えるもの。

根源となるもの。

無限のエネルギーを引き出すもの。

一つ、二つ、三つ・・・、

生き方。

己の生き方。

「大きいものには、目をつぶってぶつかっていけ!」

簡単なことだ。

でも、そのいとも簡単な言葉のなかに、どれほど大きな壁が、私に立ちはだかるか。

人間の生き方。

生き様。

大きなものからにげようとする人間のよわさ。

「目をつぶる」ことの恐ろしさ。

現実に行動に移せない勇気の無さ。


生き様。

己が生きた証。

今を生きた点が線となる。

その線と点の先は、己の現実を生きることの最後の点である、死へのゴールで結ばれる。

今を生きる己の生き様は、道となる。

死というゴールを照らす灯りとなる。

後に続く道しるべとなる。

人生。


人生を確かに生きる哲学

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桜咲く、思い、きっと・・・

いつまでも思いに浸っている暇は無い。

出会えた人。

縁。

いつまでもその縁を大切にして生きていきたいから。

今を生きることがその縁を大切にすることにつながる。

その思い。

恩。

自らの意思で、自らの選択によって選んだ道。

決してあきらめない!


いつまでも感傷に浸っている暇は無い。

一つの社会を去ることに対する感傷。

一つの社会に参加することに対する勇気。

その一歩。

自らの道を切り開く為。


ありがとう。

いつも感謝できる。

別れ。

その悲しみに対して感じる感謝の思い。

その思いを大切にして、生きていきたい。

過去の私。


今の私も、すでに過去の私。

未来の私は、今の私。

すべては今。

現実を生きている今という瞬間。

生きているのは、この今という瞬間しかない。

その己が生きていることを確かに知ることの出来る今という瞬間を生き続ける。


過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を見よ

未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ

気がつく哲学。

変化の哲学。

今を最高に生きる事の出来る哲学。

生きるということ。

一歩、一歩。

桜咲く。

きっと・・・。

だから、あきらめない。



人生を確かに生きる哲学

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自信

自信。

どこまでも己を信じきる。

自分という人間が存在する価値。

それは、絶対的なもの。

自分という人間としての存在を信じることなしに、一体、誰が自分を自分以上、信じることが出来るというのだろう?

どこまでも人間を信じる。

それには、どこまでも自身という人間を信じることが必要。

自分。

己という絶対的な存在。

全てを生かして、生かされているという思いを確信という信念に変えることができるのも、私の人間として現実を生きている己に対する自信。

私が宗教だ!

一人ひとりが、自分の中に現実を確かに生きることの出来る宗教を持つ。

そう思える今の私の中の信仰というものに対する信仰心。

私の信心。

与えられたものから、今、私が現実生活の中で生きていく自信によって、人間としての価値を生み出す私の中にある私の宗教。

その私の宗教に対する信仰心を高めるための、私の信心。

一人一人の信心。

己の生きる哲学。

頑固に変化にこだわるための変わらぬ羅針盤となる思想。

根本となる哲学。

自らの中に灯りをともさなければ絶対に生まれることは無い。

己の中の宗教。

私自身が宗教だ。


宗教とは、自分の弱さをたすけてもら為にあるのではない。


己の存在を信じきることの出来る「自信」というものほど、人間が絶対的な幸福を得る為に大切なものはないのではないか?。 

しかし、それは、うぬぼれや傲慢につながるかもしれない。

でも、自信とは、現実に生きている主人公である己自身の存在を信じきることは、己の中にある未知の領域を開く限りない力引き出せる力の根源となる。

自分の外の宗教活動に、ただ、のめり込む人、ただ、宗教にこき使われ、ただ、利用される人。

それは、この世の中で一番た大切にしなければならない自分という存在をどこまでも信じきることの出来ない弱さによる。

ただ、一人という存在、その絶対的な価値。

その絶対的存在の価値にたいして、いつの間にか「組織のための人間」を生み出す宗教団体。

宗教団体は、「人間のための組織」に存在しなければならない。

ただ、一人の人間の幸福のために光を当てなければならない。

人生を確かに生きる哲学

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旅立ちはいつも急です

深夜、自宅に仕事から帰ってきたら、台所のテーブルの上に弁当が置かれていた。

父が、実家から届けてくれたお弁当。

その横には、「おべんとう食べてください」と書かれたメモ書きが置かれてあった。

ありがたかった。

いつも心配してくれてありがとう。

感謝の気持ちがこみ上げてきて、その弁当を泣きながら食べた。

ほんとうにおいしかった。

作ってくれた母の気持ち。

そして、その母が作った弁当を持ってきてくれた父の気持ち。

父と母を恨んで生きてきた私の過去の人生。

申し訳ない。

ほんとうに申し訳ない。

そう思うと、止めどもなく涙があふれた。



失敗だらけの私の人生

その過去は、私の大切な財産。

これからを生きる私の宝。

変わりたい。

もっと、変わりたい。

もっと、もっと、生きたい。

自分のためじゃあない。

私にとって、大切な人の為に生きたい。

幸せにしたい。

だから、もっと、もっと変わる。

私は、変わる。


ここは、いつまでもいるところではない」。

旅立ちはいつも急です」。


今日のNHKの連続テレビ小説「てっぱん」での台詞。


自分の心に、止まるものを感じた。

「ここは、いつまでもいるところではない。」

そう、自分の人生は失敗だらけ。

その失敗だらけの人生で学んだことは、今を生き、そして、これから残りの人生を確かに生きることに直結している。

そこには、己自身の生き方を確かに築き上げることの出来る正しいと信じた哲学があるから。

自らの中に、独立自尊の桜梅桃李の生き方を確立することの出来る法があるから。

「ここは、いつまでもいるところではない。」

そう、だから、いつまでもここに立ち止まっていてはだめ。

変わるために、己の中に常に変化を求める。

その勇気。


決してあきらめないこと。


「旅立ちはいつも急」

その変化を、決して恐れない。

決して、逃げない。

人生は、一度っきり。

でも、私の人生は、2度目。

一度は、死んだ。

だから、2度目の人生を生きる今、生きているだけで丸儲け。

「旅立ちはいつも急」

明日の私。

絶対に変わることの無い確かな哲学に基づいて。

人生を確かに生きる哲学

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