「相手が変われば私も変わる」という考えからの脱却:境涯革命


肉体と精神と心のバランスを保って、維持することはとても難しい。

気持ちが萎えそうだ。

心が折れそうだ。

食欲が無い。

体が思うように動かない。

相手が変わればどうにかなると思う生き方。

しかし、変わろうとする意志の無い人間には届かないんだね。

何事においても諦めないことが大切。

気持ちの切り替え。

結局、自分が変わらなければどうにもならないのだ。

境涯の変革。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



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組織の為ではなく、一人の人間の為に生きて!


組織の人間として、組織の言われるままに生きてきた母。

何かがおかしいよ。

何かが間違っているよ。

母よ。

あなたの信仰とはいったい何なの?

もう、組織の為に生きないで!

組織を利用しないで!

組織に利用されないで!

ただ、一人大切な人の為に生きる。

幸せ。

本当の幸せ。

あなたの本当の役目は何?

母として、人間として。

今を生きる価値。

これまでを生きてきた価値。

これからを生きる価値創造。

桜梅桃李。

「今」を生きる。



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組織に頼らない信心:桜梅桃李


「助けて頂戴!お願いします!」

わたしの信仰は、他力本願の信仰じゃあない。

「お題目をおくりましょう。」

わたしは、霊媒師でもなんでもない。

他人を変えることは容易いことではない。

人を変えたいなら、自分が変わらなければならない。

人は変えることはできないけど、自分を変えることはできる。

自分が変わった分だけ、相手を見る目が変わる。

わたしの信仰は、私自身が一人で立つことができる。

人間としての自己を確立するための哲学を自らの生命に集大成させる道。

生きる事。

一日一日、後悔の無いように生きていきたい。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。


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私の変わり方:報恩と感謝「おとうちゃん、ありがとう」

父の49日の法要もお陰様でなんとか無事済ませることが出来た。



「お父ちゃん、少しは役目を果たすことができたかな?」




毎日、お父ちゃんに励ましと勇気を貰っている。



これまで家族の中で何一つ役目を果たすことが出来なかったわたし。




これもお父ちゃんのお蔭だね。



今日からまた新しい一日が始まる。



変わらないといけないね。




もっと変わりたい。



変わり続けていきたい。



昨日から今日。


そして、今日から明日へ。



この先、幾つになっても、どんなにヨボヨボになっても。




今を生きる。


今を生きているこの瞬間を大切にしたい。



生きていられる間。




未来を変えることが出来るのは、今というこの瞬間しかない。



限られた時間とこの空間。



人間が生きること。



わたしを生きること。



わたし自身を生きること。



わたしが生きている理由。




私は、変わりたい。



2度目の人生。



父と一緒に生きてゆきたい。




わたしの中に大きな宝が出来た。



私の中から力が湧いてくる勇気の源泉。



私って何なんだろう?




昨日のわたし。



今日のわたし。



明日のわたし。





父は死んだ。



でも、父は生きている。



父に対する感謝と報恩。



その思い。



その証。



きっと必ず。



過去を傲慢に生きてきたわたし。




今、私という人間は、生きているというだけで丸儲けなんだ。





謙虚に生きる。



お父ちゃん、ありがとうね。





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七月七日「七夕の日」:七七日(ななのか)の49日法要、父が天の川を渡る日

7月7日、七夕の日、父は天の川を渡った。


49日(忌明け)の法要を無事終えた。


満中陰。


父は、仏様になった・・・・。




母は、仏式という昔ながらの形式にこだわった。


父が亡くなり、初七日から七日七日と、六七日までを家族で供養を行い、7月7日(土)に49日の法要をとり行うことになった。


父は亡くなった瞬間から成仏していると思った。



というか、信じてる。


いや、父の131日の闘病の間、既に成仏していたのかもしれない。



わたしにとっては、初七日の法要や、49日、100日といった法要は、亡くなった父に対する供養という意味においては、あまり重要なことではない。


毎日、毎日、父の亡くなった後も私の心の中で生き続けているし、今を生きるわたしをいつでも、どこでも励ましてくれている。



49日の法要は、月が、3か月にまたがると身内に不幸が続くなどどと言って良くないとされる。


父は、5月23日に亡くなった。


49日の法要は、7月7日とした。



5月、6月、7月と3か月にまたがる。




そんなときには、35日を忌明け法要とすることが多いらしい。



でも、わたしは、そんな語呂合わせにちかい迷信など、気にしない。





亡くなった父を見送る儀式というのは、故人の思いや遺志が最も尊重されるべき。




母は、そんな父の思いをくみ取ってくれているのだろうか。




時々、母の気持ちがわからなくなる時がある。




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