建設は死闘、破壊は一瞬、小異を捨てて大同につく:人間とは

日中国交正常化40年。

小手先の策や方法に溺れる。

建設は死闘、破壊は一瞬。

時間をかけて積み上げてきたものが、一瞬にして崩れ去る。

なんて人間は愚かなんだろう。

小異を捨てて大同につく。

過去をしっかりと省みて、しっかりと未来を見つめて、現実を判断する。

建設の為の死闘を決して無駄にしてはならない。

人間と人間。

歴史は繰り返す。



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右から左に爽やかに、にっこり笑って受け流せる人間として器

人と人との人間関係において、クヨクヨして傷つくことが多い。



いちいち相手の言葉尻に目くじらを立てず、動じることなく、右から左に爽やかに、にっこりと笑顔で笑って受け流せる人間として器。




風のようにしなやかに、


大河の流れのようにおだやかに。



幸せでありがたい。



幸せな気持ちをありがとう。




こんなわたしが、こうして今を生きていられる。




ありがたくてしょうがない




うれしくてしょうがない。





伝えたい。




この気持ち。




感謝の気持ち。





報恩の誠。






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【上善如水】:高きから低くきへ逆らわず穏やかに生きる人間の変化


「上善如水」

じょうぜんみずのごとし

老子の言葉。

人間っていうのは、生まれて頂上まで上り詰めたら、あとは下るだけ。

その下りをどんなふうに生きるか。

上り詰めるまでの生き方。

そして、下りきるまでの生き方。

人間として生きることのあり方。

変わることのない人として、人間の変化を知る人生。

妙法。

桜梅桃李に今を生きる。


※ちなみに、上善如水っていうお酒の銘柄がある。




上善如水 
「上善(生き方)は水の如し。 水は善(よ)く万物を利して争わず、衆人の悪(にく)む所に居(お)る。
故に道に幾(ちか)し」 もともと理想的な生き方は、水の流れのようなものである。
水は万物に恩恵を与えながら相手に逆らわず、 人のいやがる低い所へと流れていく。
だから「道」の在りように近いのである。」
(守屋洋著「この一冊で古典がわかる!」三笠書房155頁より)



2012/9/28


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こっちも見てるけど、相手も見てるよ

一対一の勝負。


勝負は、相手を見る事から始まる。



自分はしっかりと相手を見つめる。



その人間がどういう人間なのかを、相手の全てから見ようとする。




でも、相手も自分のことを見てるんだ。



わたしという人間を見ている。



その関係。




一人だけでは始まらないのが人間関係。





きょうは、その勝負だな。








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【優しは力なり 】やさしくなれる自信

父は、いつもわたしの中にいる。

笑顔の父。

父は、いつも私の心の中にいる。

父の笑顔。

でも、会いたい。

父ともう一度、話をしたい。

そう思うと、悲しくなって涙が出てくる。

父は、やっぱり死んだのだ。

生きて話ができることは、もうない。


父は、死んだ。

でも、父は生きている。

わたしが生きている限り、ずっと生きている。

わたしの中で父は生きている。


さみしいよ。


人のために灯をともせば、我がまへあきらかなるがごとし


父のお蔭で優しくなれるような気がする。

本当の勇気を教えてくれた。


大切にして生きていくよ。


ありがとう。




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創価は「裸の王様」「本音」と「建て前」を巧妙に操る組織

わたしの心の中はどんな時でも自由でありたい。



世の中、社会、職場では、わたしの心の中に思ったことを自由に表現することはできない。



本音と建て前の社会。



本音を「嘘」という建て前でお上手に隠したり、オブラートにやさしく包んだり。



世間というのは、ややこしい。



そのややこしさを、大人社会で身に着ける。



一般社会で自分の心に思ったことを、ストレートに伝えることは、自由、気まま、我儘な人間として、世の中、世間の反分子として、扱いにくい人間としてレッテルを貼られる。



反分子で何が悪い!



大人は嫌いだ!



なんて言いながら、そのまま大人になった。



世の中は生きにくい。



所詮、創価も世の中、世間の延長線上にある。




結構、大人として本音を建て前を上手に使い分けながら生きることが出来るようになった。




でも、わたしは組織というものが大嫌いだ!



一人の人間を生かすも、殺すも組織。



社会、世間、世の中。



「世界に一つだけの花」



本音と建て前。



真実は?



本当は?



嘘なの?




せめて、創価という場所だけは、自らの生命に従って生きることの出来る組織であってほしい。




自らの信仰心に従って。



桜梅桃李。





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「敬老の日」と「父の誕生日」


今日、9月の第3月曜、17日は「敬老の日」。

そして、9月19日は父の誕生日。

もう、この世にはいない父の誕生日。

でも、今は、父が生きていた時よりも「敬老の日」に何かしてあげたい、父の誕生日を祝ってあげたいと感じる。

父のことが愛おしい。

この気持ちは後悔の思いだろうか?

生きているときには、父に対してもっとしてあげればよかったと思うことはある。

でも、後悔だとは思いたくない。

父と一緒に毎日を生きた。

寂しいけど、一区切りついたときに感じた充実感。

お父ちゃん、頑張ったね。

お父ちゃん。

父に対する思いは、父が生きていたころよりも強くなった。

今日は、「敬老の日」。

9月19日は、父の誕生日。

81歳の誕生日を迎えるんだね。

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



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【本因妙】:「過去」も「未来」も生きる全ては「今」この瞬間

わたしが生きてきた足跡。


軌跡。


過去。


わたしがこれからを生きる未来。


明日。


現在。


「今」を生きる。


今を生きている。


わたしが、私として生きる。


わたしが生きているのは、「今」というこの瞬間。


過去も未来も全部、「今」というこの瞬間にある。



現当二世。 



本因妙。 



桜梅桃李








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『人のために火をともせば、我がまへあきらかなるがごとし』

「人に物をほどこせば我が身のたすけとなる。



たとえば、人のために火をともせば、我が前明らかになるがごとし」


(食物三徳御書)





人のために火をともせば、我がまへあきらかなるがごとし




自分が何の為に生きているのかわからない。



自分の目の前に確かな明かりが灯せない。



父が大切にしていた大聖人御書の一節。



父の亡き後、私が「今を生きる」事。



その意味。


父が大好きだった「桜梅桃李」の言葉と共に、



「人のために火をともせば、我がまへあきらかなるがごとし」の御書の一節を父の遺言として、生きていきたい。



一人ひとりが仏の生命を持つ。




わたし自身の境涯革命。




今を生きることの意味。




明日を生きる価値。




今日を生きた証である私の過去の宝。





人間として生きる道。




人生。










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