宗教は人を救えない


宗教がその人を救うのではありません。

宗教自体が、その人を救うことは出来ません。

その人を救うのは自身でしかありえない。

宗教はその人自身の生命の灯りを灯す役目(触媒)でしかない。

人の生命に灯りを灯し、桜梅桃李に生きる自身を救えるもの。

妙法に南無すること。




宗教 | [2015-02-25(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

自分の道は自分で開け:桜梅桃李に生きる

今、「自分の道は自分で開け」というブッダの教えに共感する人が増えているということです。

「因果関係によって作り出されたすべてのものは無常である」(諸行無常)と智慧によって見るとき、人は苦しみを厭い離れる。これが、人が清らかになるための道です。

釈迦の仏教では「拝んで救済を願えば、死後、よい世界に生まれる」などということは一言も言っていませんし、神秘的な力で人々を救済するような絶対者の存在も認めていません。

釈迦の仏教は、あくまでも自分自身が修行することで苦しみから逃れることができるという、いわば「自己鍛錬システム」。2500年前にできたとは思えないほど合理的で、現代人も受け入れやすい教えなのです。

苦悩に満ちた現代にこそ、釈迦の言葉は力を持って我々の心に訴えかけます。

桜梅桃李の自己を確立するための「自己鍛錬システム」の鍵(キー)となるべき触媒とは一体何なのでしょう?


それは、


妙法に南無すること。



桜梅桃李に生きる | [2015-02-25(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

本気で小さく死んでみる:桜梅桃李に生きる

ありがとうございます。
 
人間、死にたいと思うときは、誰にもあるものだと感じます。
 
その時に、一度「本気」で死んで見る。
 
・・・、心の中で。
 
生きることが辛いと感じる「弱い心」。
 
そして、新しく生まれ変わった自分として、生きる。
 
そのありのままの「弱い心」を持つ人間として、生きる。
 
生まれ変わって、その弱味を強味に変える。
 
人間の中には、素晴らしい自身の価値を高める創造力があると感じます。
 
その価値を創り生み出すために必要なものとは、現実をどこまでも強く生きる「自信」と「勇気」だと感じます。
 

「小さく死ぬ」ということは、心のリセットをする事の出来る人間だから出来ることなのではないかと感じます。



桜梅桃李に生きる | [2015-02-23(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

凰陣さんとの思いで

こんばんは、


頂いたメールに対するご返事が遅れたことをお詫びいたします。


また、先日のブログへのコメントに対しても、書き足りなかったコメントを、つい書きそびれてしまいました。


頂いたメールへの返信が遅れたことについては、チェックする事を怠ったことにより、気がつかなかったためであり、それ以外に他意はありません。


再度、失礼をお詫び致します。


頂いたメールを拝見させていただいてからも、返事をお返しするのに、しばらく日を要しました。


凰陣さんが、メールを送っていただいたその内容は、その日の記事の内容について書かれているのか、それとも、その記事を含めた以前の記事を含めた事について書かれているか、いづれにしても、私の記事について、おっしゃられている内容なのだとおもっています。


でも、しばらく以前の記事に関しては、凰陣さんのブログを閲覧したことによって、何か批判的なことを感じたり、影響されたりして記事を書いた訳では、全然ありません。


私の中には、凰陣さんに対して、、これまで何度かブログを訪問させていただいた事があるけれど、凰陣さんのお考えに対して、批判めいた気持ちを感じているわけでありません。


また、偉そうなつもりは一切無く、凰陣さんとのこれまでのメールのやり取りで、私は私なりに、凰陣さんという人を少しは、理解しているつもりです。


理解しているという言葉が適切でなければ、わたしは、凰陣さんという人間を信じています。もっと正確に言うのならば、たとえ凰陣さんがどんな人であろうと、凰陣さんを信じる自分を信じているのです。

凰陣さんが、ご指摘しておられる、


『記事では今回の戦い、という事で述べ説明を割愛しましたが、ばんさんが受け取った内容とは全く違います。』


という、私が受け取った内容というのは、


人生の病根は傲の一字

http://ningenkakumeineo.blog95.fc2.com/blog-entry-673.html


同志である人間の千差万別と桜梅桃李

http://ningenkakumeineo.blog95.fc2.com/blog-entry-674.html

このあたりの記事を指すのでしょうか?


この記事に関しては、全く凰陣さんのブログの閲覧によるものではありません。

この記事については、現実の生活で供に創価学会員として、長年理解できずに年月を経てきた今、生きた哲学を供給するはずの創価学会という組織の中で、その創価の同志として、今尚、相手の心を理解する事の出来ない人のことを、私の心を通して見えるその姿を記事にしたものであります。

その人とは、私にこの信仰を与えてくれた最も尊敬すべき、報恩感謝の人なのです。

それは、私の母のなのです。


ネットは、自分の本音を語れる場所です。


でも、そこには、感情を理性によって整理をして、出来るだけ確かな哲学に基づき、自分の今現在の姿を映しだす心によって素直な気持ちを書いたものなのです。

これが今の私。


また、書いた記事は、人を批判する気持ちよりも、己自身の戒めのために書いているものなのです。

誰を批判するものでもないつもりなのですが、受け取り方によっては、人それぞれであり、様々ともいえます。


だから、自分にあてて書いたものであり、己の今をそのまま記録するためあるブログなのです。

人が心に思う事や感じる事は、だれも止める事はできません。


ただ、ネット上に私の現在の姿をさらけ出すこと。そのために私のブログは存在するのです。ブログを運営していく上での変化は、私の中では、常に前向きに進んでいる証ととらえています。


自分の今を語るブログであるわけですが、現実を生きることの意味を、現実を生きることを通して、観念という己の中の生きるヒントを記録する。


人間を否定することも、全てを肯定するということを前提に記事にしているつもりです。


この程度の事を書いても、とても、言葉足らずで、このメールをお返ししても、凰陣さんの私に対する誤解を解くことは出来ないかもしれないというか、私の創価学会にたいする気持ちを理解していただけないかも知れません。


創価学会員である凰陣さん、また、ブログの記事に対して、非難するような気持ちは一切ありません。これだけは申し上げておきたいのです。


また、今回頂いたメールの内容についても、ありがたく感じています。


どうか、私の中の本心というか、思いを汲み取っていただいてこれまで通り、暖かく見守ってくださる事をお願いいたします。

よろしくお願いいたします。



桜梅桃李に生きる | [2015-02-23(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

桜梅桃李:92%の人が知らない「方法」を使わない「方法」とは?

いつの間にか、愚痴ばかりの毎日。

気が付いたら誰かの責任にしている。

心。

心に支配されている私という人間。

私という人間が心に支配されない為の方法。

「妙法」という「方法」を使う。

この「方法」は「方法」ではあるが、「方法」ではない。

「方法」を使わない「方法」。

愚痴を言わない為の最高の方法だ。

生きることが楽しくなるから。

愚痴も無くなる。

桜梅桃李に生きられる喜びを感じる。

今生きることが楽しくなるから愚痴が無くなる。

生きることを最高に変えてくれる方法。

妙法。












桜梅桃李に生きる | [2015-02-16(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

桜梅桃李:「人間とは利用する為に存在する」

誤解を恐れずに敢て書く。

人間が自分以外に存在するのは何故か?

それは、人間が人間を利用するためだ。

人間の持つ力を利用する。

人間の知識と知恵を利用する。

社会はそのためにある。

まあ、それは、人間を利用するためのごくわずかな一部分にすぎないのだけどね。

人間は資源なのだ。

人間達を有効活用しなければならない。

桜梅桃李に生きるそれぞれの個性を価値ある物として利用する。

人間社会における妙法の価値を最大限に発揮できる。







桜梅桃李に生きる | [2015-02-15(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

桜梅桃李:「題目は心を無にしてくれる」

無になることって難しい。

だって、生きていることが全部、見える目の全部の事に直結している。

自分の生き方をありのままに行きたい。

題目は心を無にしてくれる。

南無する。

妙法。

全ては題目で越える。









桜梅桃李に生きる | [2015-02-14(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

桜梅桃李:レッツ・ビギン!とにかくなにかを始めよう!

レッツ・ビギン!

とにかくなにかを始めよう。

自らの宿命に翻弄され、嘆き悲しむことをやめて、兎に角、何かを始めよう。

己のご本尊に向かい、そして、誓いを立てる。

そして、兎に角、何かを始めよう。


その何かを。

今、生きることの為に。

桜梅桃李に生きる私の人生為に。





桜梅桃李に生きる | [2015-02-13(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

心を無にして大切なことを毎日発信していこう:桜梅桃李

一つ一つの言葉をつなぐために、また、小さなことから始めていこう。

兎に角、どんな小さなことでもいい。

続けることが大切なんだ。

それが、わたしの一つの大切な信仰心の証。

自分の弱さを常に見つめる心の強さを養う。

心を無にして大切なことを毎日発信していこう





桜梅桃李に生きる | [2015-02-08(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

確かなもの:桜梅桃李・世界に一冊のメモ帳

今まで、なんとかにここまで、やって来れたのは、一体誰のお蔭なかな?

確かなものの存在を、更に確かなものに練り上げていくという毎日の中で築かれるもの。

その確かなものがあればこそ。

私の心の中を満たしてくれる確かなもの

全てのけじめをつけて、頑張れるという気持ちにさせてくれるものの存在。


その存在に感謝。



メモ帳 | [2015-02-08(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

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