自らに生きる:悟りとは、諦めないために諦めるということだ。

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悟り。

諦めない為に、諦める。

今を生きる。

生きる事。

生きる為。

諦めない事の大切さを知る哲学。

現実を生きることが大事。

人間を生きることが大切だ。

人を生きることよりもまず、人間を生きるのだ。

急いては事をし損じる、急がば回れ

その道の上にしか、人としての道は成立しないのだ。

急がば回れ。

急いては事をし損じる。

無意味な妄想ばかりに浸っている暇があったら、今すぐに、現実に取り掛かれ!

たった一歩を踏み出すことに、いつまでも時間をかけている暇なんて無いんだよ。

物として心を無として定めることは、大切なことかもしれない。

しかし、現実の人間社会は、人社会でもある。

物作りに創造を感じて自慢するための人間動物ロボット達が動いている社会ではない。

思想にとらわれない、人(人間)らしさを求める前向きな人間社会においては、心を無として定まることは不可能なのだ。

心を無にすることは難しい。

人間は、自分という一人だけで生きることは出来ません。

生きていくことはできない。

また、生きているわけではありません。

心は頼りない、だから人と人の間を生きる人間が存在する。

自分の心の生きている大切な人の思いに浸り、心ゆくまで語りたい。

妄想の世界で、自己確立したことによって解決できたとしても、現実の世界を変えることは出来ない。

結局、すべては、人の心次第という訳なのだ。

心を無にすることは難しい。

心は自由だからこそ、敢て不自由にも挑戦できる。

生きた結果、無になって神の宿る信心までたどりついたのなら自分に素直に生きる。

ただそれだけでいい。

宗教や組織はダメだなんてことを言って、戦争を無くし、世界的な平和を今すぐにでも実行したいのなら、一人ひとりの自己確立を無意味にネットなんかで発信するよりも、人道的な立場に立って今すぐにでも行動を起こすことの方が、今すぐにでも戦争をなくし、この世から人殺しが無くなることに近づけるでしょう。

自らに素直に生きる。

そこには、決めて動ける実行力が無ければ、不可能を可能することな出来ない。

単なるお題目を唱えているだけにすぎません。

桜梅桃李。

今を生きる。



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何を信じるのか?:信仰に2世はいらない

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信じることの大切さ

自分の中の情報だけを信じる。

信心。

信仰とは、自分の中の情報が形作られていく道筋である。

大切なものは、目に見えない

空の上には何も見えない。

でも、空の下には、たくさんの人達がいる。

苦しみとは、自分の心が作り出した妄想だ。

しかし、無いものが有るのだから、その苦しみは無い訳がない。

無いものはあるのだ。

有るものとして受け入れること。

苦しみを乗り越えるための道理を確立する。

信心。

この世の中に絶対的なものとして、確かに存在しているものは、自分自身の命である。

ある物ない物にこだわる必要なんかない。

信仰に2世はいらない。

一人ひとりの生命。

信仰はその一人の中に築かれていく。

信仰は自らの生命に築き上げる信心である。

信仰とは、人間が正しく生きるために、生きる道に迷わない為の自らの生命にきずきあげれる私の信心である。

何を信じて生きるのか?

わたしの信心。

心を信じること。

人間が生きる道理。

道理に従って生きることが、人間を幸福に導くための一歩。

当たり前に生きたい。

幸せになりたい。

この世の中に、唯一、絶対的な存在。

それは、自分以外の何ものでもない。

何の為に生きるのか?

生きているのは自分自身。

生かすのも自分自身。

生かされているのも自分だ。

心を自分の生命に定める。

命。

私の命こそ、絶対唯一の存在なのだ。

命があるから心がある。

その心を表現する体がある。

それが人間。

自由と不自由・・・。

桜梅桃李。

今を生きる。



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心を無にする:桜梅桃李の生き方


心を無にすると体が自動で動く

心を無にするということは、心の中にある余計なものを排除するということ。

無心、無我の境地などと書けばわかりやすいかもしれない。



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