神は外、仏は内:桜梅桃李

絶対的に正しいと信じたことは、信じ切る以外にないのだ。

それが正しい「信心」という事だ。

神は私の外にいる。

仏はわたしの中にいる。



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私と言う人間は、信仰を越えたかな?


どうしようもない程、心が打ちのめされる。

どんどん心が沈んでいく。

どこまでも暴走しそうな心。

どこまでも感情が膨らんでいく。

いや、感情を押さえることが出来ない。

自分というものの限界にまで、その感情が膨らんでいく。

感情が爆破しそうだ。

兎に角、自分の心をわたしの人間が押さえようとしている。

己の信仰は、今、どこにある。

どっちにある?

自分と言う人間をコントロールすること。

暴走しながらも、その暴走を私の人間がなんとか踏ん張っている。


偉いな、私と言う人間。


信仰を越えたかな?

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生きることに必死、ありのままに・・・。


当たり前に生きられるようになった。

でも、そこには、何もない。

結局は何もない。

病気になれば、体は不自由だ。

しかし、信心があれば心は自由だ。

人間って、人の心が満たされた状態、幸福な境涯を維持することが出来れば、人に対しても寛容になれる。

まして、人殺の思想が、その人に、入り込む余地などあるはずがない。


ありのままに生きるためには、ありのままを自分を受け入れなければなりません。


そして、ありのままの己の本当の姿を知るということも大切。



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