一念ですべては決まる:桜梅桃李に生きる


その人の生命の真実は、姿に現れる。

「諸法実相」である。

自己の境遇を嘆いて、いつも下ばかり向いて沈んでいるようでは、自分がみじめである。

そんな人を誰も評価してくれるはずがない。

いつも、快活に生き生きと行動した方が得である。

その方が道が開ける。

すべては一念で決まるのである。

池田SGI会長指導選集「幸福と平和を創る知恵」より




誰を責めても始まらない。

愚痴を言っても目の前の現実は、何も変わらない。

自分の生命を更に低くするだけだ。

ご本尊に訴えれば、祈りになる、誓いになる。

そうだ、全ては、己の生命の一念で決まるのだ。

妙法。

桜梅桃李に生きる。









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信心即生活・信心即社会の仏法:桜梅桃李


職業を選ぶ基準。これには3つある。

すなわち、美・利・善の価値だ。

しかし、この三つの価値はなかなか揃わない。

だから、自分の今の職場で全力を挙げて頑張ることだ。

「なくてはならない人」になることだ。

嫌な仕事から逃げないで、ご本尊に祈りながら努力していく内に、必ず、最後には自分にとって「好きであり、得であり、しかも社会に大きな善をもたらす」仕事に到着するはずだろう。

これが信心の功徳だ。

それだけではない。

その時に振り返ると、これまでやってきた苦労が、一つの無駄もなく、貴重な財産として生きてくるのです。

全部意味があったとわかるのだ。

そう断言できる。

信心即生活。

信心即社会。

これが仏法の力なんだよ。

「幸福と平和を創る知恵」より




人間を正しく生きる。

人として、正しく人間を生きることは、更に難しい。

生きることに中途半端では、決して正しく、死ぬことは出来ない。

職場は、社会は、生活は、自らを成長させる人間修行の場所なんだ。

人間を正しく生きる。

人として、人間らしく生きるためには、まず、人間を正しく生かす術を人として獲得するべきこと。

その知恵。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。





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今、信仰心の証を立てる時:


生きる事。

私が生きていること。

全部乗り越えて行ける。

だから今がある。

恐れない。

そのための勇気。

生きる楽しさ。

その醍醐味。

生きるとはこういうことだ。

悠々と越えられる。

越える為の信仰だ。

今、生きている信仰心

その証。

今を楽しむということの本当の意味を知る。

妙法。

桜梅桃李。




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人間は死ぬように出来ている


「人間」は、己という「人」を映し出す鏡である。

生まれたら死ぬ。

人間は必ず死ぬ。

生まれたらいつか必ず死ぬのだ。

誰一人としてそこから逃れることは出来ない。

みんな同じ。

そうなるように出来ているのが人間。

逆らえないんだよ。

喩え寿命が延びたとしても。

人間、命は一つ。

人間、そうなるようになっている。

ただ、生きられればそれで良い。

人間が前向きに死んで行くのか、後ろ向きに死んで行くのか。

人間が今を生きる現実全てをありのままにとらえらえて、ありのままに受け入れていく。

ただ、それだけなのだ。

桜梅桃李

今を生きる。




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人間を正しく動かす「神」になる・正しく生きれる「仏」になる


人は動かせないけど自分を動かす神にはなれる。

私は、自分と言う人間を動かす神になる。

私は、自分を正しく生かすことの出来る仏になる。

人間は、神にも仏にもなれる。

ただし、それは、自分という人間に対してだけだ。

そこに何が必要か?

今を生きるという事。

馬鹿な妄想ではない現実。

ありのままを受け入れることの出来る自分。

自分とは何か?

生命だ。

信仰とは何か?

己の生命に届かなければならない。

信心。

己の生命を信じる心。

日々、の鍛錬。

石ころをダイヤモンドに変える作業。

自分を正しく動かす神になる。

正しく生きれる仏になる。

心は、私を動かす運転手だ。

生命は、私の神であり、仏なのだ。

妙法。

桜梅桃李

今を生きる。



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「心のお化け」に支配されない人間の正しい生き方


小さな心に支配されない。

心に囚われない。

心は、私と言う人間を動かすことに気を向ければよい。

心のイメージを変えることだ。

どんなことがあっても恐れることなどない。

なんでもできる。

なんでもありの世界だ。

生命のバリアーで包み込め。

人間は考える動物である。

人間として生まれた尊い生命で包み込む。

心は使うものじゃあない。

心は働かせるもの。

無駄に使わぬよう。

正しく働かせよう。

心を無駄に使うと暴走を始めて、終いには、自分を殺してしまう事さえできるんだ。

焦らない。

諦めない。

ありのままに生きられる。

私がわたしを生きる、わたしの正しさ。

その方法。

妙法。

桜梅桃李に生きる。



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「信仰」とは外部情報に惑わされない自己確立のための「信心」


毎日、毎日、暑い猛暑が続く、酷暑な気候。

口を開けば、暑いという言葉が出てくる。

そんな中でも、生きるということの現実から逃れることができず、更に過酷さを増す精神と肉体。

現実を生きるその人間の生き様から、勇気を貰う。

貰った勇気を励みに、バネに、己の生き様を更に明確にすることが出来る。

生きることは勇気を貰うこと、勇気を与える事。

妙法。

自力本願の信仰なのに、結局は他力本願に終わって、己の弱い生命に打ち勝てない信仰で終わってしまっている人達が多い。

己の弱さをさらけ出し、その弱さと闘う。

ほんとしんどい信仰だよ。


自らの情報を発信する。

その情報とは、自らの信仰に基づく信心による自己確立。

一人ひとり、各々の信心。

それぞれが正しいと信じる価値観と根本。

宗教が説くその信仰とは、自らの為にある。

誰の言葉にも惑わされない信仰による自らの信心で語れる言葉。

それは、わたしが、今を生きることの変革だ。

誰かを変えることは出来ない。

でも、この信仰によって、自らを変えることが出来る。

ありのままの生命で生きられる。

己を支配するものを転換する。

その触媒。

錬金術。

不思議な法。

妙。

桜梅桃李。

今を生きる。




信仰 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

「無・無・無・無」:桜梅桃李に生きる


俺は、絶対落ち込まないのよ。

落ち込む人っていうのは、自分のこと過大評価しすぎやねん。

過大評価しているから、うまくいかなくて落ち込むのよ。

人間なんて、今日できたこと、やったことがすべてやねん。

明石家さんまさんの名言




「最も釈迦は、思考停止を目指したから全てのことに興味持つな、捨てろといったのである。そのくせ「慈しみの心を持て」と矛盾したことを言った。興味を失くし、想いも捨てたら「慈しみの心」も滅するのが理屈だ。」

う~む。

確かに、世間一般的な常識的な考えをすれば、その通りかもしれません。

しかし、大きな生き方を求め心を無にすれば、命の奥底の最高の生命の扉が開く。

私が生まれた理由を知ることが出来る。

妙法。

桜梅桃李を生きる。



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