「願兼於業」命(生命)の喜び:桜梅桃李を生きる

なぜ、山に登るのか?  「そこに山があるから」 (ジョージ・マロリー:登山家)



人間は、なぜ、「苦労」を求めるのですか?

願兼於業

そこに喜び、命(生命)の歓喜があるから。

乗り越えた苦労に、人間がより人間らしく生きた、人としての命(生命)の喜びを体得(知る)することが出来る。

人間の喜び。

歓喜。

「歓喜の中の大歓喜なり」



苦は楽の種。

人の苦労を知ることは出来ない。

しかし、命(生命)の苦労は、人間の姿に現れる。

苦労は、苦労ではない。

苦労を厭うのは、人の心。

苦労を使命と、苦労を人間革命の種と変えて行けるのは、命(生命)。


人間をより人間らしく生きる為の絶対的幸福な境涯。

それは、人を生きる事ではない。

人間として、命(生命)を全うすることである。

人生。

桜梅桃李を生きる。

妙法。






桜梅桃李に生きる | [2016-02-25(Thu)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

「不自由な心で自由な人間を生きる」馬鹿な人達:桜梅桃李に生きる


心を不自由にして、人間の自由を生きるバカな人達。

バカな人の常識は、人間の非常識。

バカの壁、心の常識を打ち破る。

「身の財より心の財第一なり」



ではない。

「命」(生命)こそが一番大事なんだ。

「心の師となるとも心を師とせざれ 」



心の師とは何だ?

命(生命)だ。

生命とは、なんだ。

「仏」だ。

だから、決して、宗教の奴隷になってはいけない

「此の御本尊全く余所に求る事なかれ」



人の「言葉」に、人間の価値を見ることは出来ません。

現実を生きる「人間」の姿に、真実の「言葉」の価値が顕れる。

「言葉」に騙されるネットのバカな宗教活動に群がる「人」達。

「自由な心」を不自由にして生き、「不自由な人間」を、自由に生きるバカな人達。

妙法。

桜梅桃李を生きる。







桜梅桃李に生きる | [2016-02-24(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

人の心は「真実・道理」を知ることは出来ない:桜梅桃李に生きる

「人」の心に、真実を映し出すことは出来ません。

「人」の心に、道理を導くことは出来ません。


「人間の命(生命)」に、「真理」を導くことが出来る。


「真理」とは、何か?


「真実」の「道理」である。


人間革命とは?

人の心では、道理から真実を解き明かす真理に到達することは出来ません。

上っ面の人の心で、己の人間を正しい道理に生きる姿として、決して、真実を現すことなど出来ない。


だから、必要。

その真理に到達することの不可能を、可能するものとは?

薄っぺらで頼りない「人の心」から、人間の命(生命)に届く「信仰」。

一人に一つの「信心」。

人間の命(生命)を変革する。

人間をより人間として生きることが出来る、仏になる、神になる。


人間革命。

その錬金術。

その真髄。

妙法。

桜梅桃李を生きる。






桜梅桃李に生きる | [2016-02-24(Wed)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

人を生かす物としての「人間道」:桜梅桃李を生きる

人間は、物である。

物として生きる事に、人の心を定める。

人の心は定まらぬ。

その心を定める為の妙案。

人間は物じゃあない。

人間は、人間だ。

だから、人間は、人間という物だ。

物には、今を定まる不自由がある。

諸行無常?

人を生かす物としての「人間道」


「その物」を所有する「その人」を確立するための「信心」は、一人の宇宙、その生命に、一人ずつ。


妙法。

桜梅桃李を生きる。





桜梅桃李に生きる | [2016-02-23(Tue)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

「はやく宗教を捨てなさい!」おじいちゃんの遺言:桜梅桃李を生きる

あの、おじいちゃんの遺言、それは、だれもが、「人間」を正しく生かし、活用することのできる究極の方法、マニュアルなのだ。

「宗教活動よりも、人間活動だよ!」

「宗教」は、「人間」を救うことは出来ません。

「人間」を救うのは、「人」です。

「人間」を正しく生きなさい!

これが、あのおじいちゃんの遺言だ。

「人」として「人間」を生きることにとって大切なことは何だ。

道理だ。

「人間」は、生き物だ。

宗教活動をするよりも人間活動をしなさい。

「人間」が生きる。


ただそれだけだ。

「人間」が生きるという道理。

生きる「人間」として今に定まる「人」の心。

「人」として「人間」を正しく生きる為の己の信仰に基づくわたしの信心。

そこに宗教は無用だ。

妙法。

桜梅桃李を生きる。




桜梅桃李に生きる | [2016-02-23(Tue)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

臭い物に蓋をする宗教:桜梅桃李を生きる

人は、人それぞれ。

確かに、人は、十人十色。

十派一絡げに、人を判断してはいけない。

臭い物に蓋をする自己確立のための方程式。

そんなのあるだろうか?

物の道理に従って生きることに人間を定める命の創造主として、自己の心を確立させる信心。

十派一絡げの信仰。

その信仰に励む、一人ひとりの信心。

見えないモノすべてを無とする。

人の心は、それぞれで、究極的には理解不能であると結論づける。

その究極の答えに辿り着いた哲学?

理解できない物、それは、人の心。

人の心は物としてみることが出来ない、しかし、理解できないモノであったとしても、見えないモノとして存在しているのに・・・。

それは、その人の中の生命の違いや、その「病いの災い」によっておこる勘違いなのではないだろうか。

人間は、人間。

人間の中の人を理解することを諦め、無いモノと否定する。

そんなところから、決して、人間がより人間らしく生きる、より正しい道理へ導く、絶対的な信心を極めることに達することはない。

人間が生きることの苦しみを厄介な物として切り捨て、臭い物に蓋をする自己満足の宗教には、己の人間を変革するための生命に届くことを可能にする信仰に、そして、宗教へと辿り付くことはない。

人間の問題は、どこまでも人間を見つめることによってのみ、不可能を可能へと、変革され、進化を遂げていく。

妙法。

桜梅桃李を生きる。





桜梅桃李に生きる | [2016-02-22(Mon)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

「諸法実相」生命の真実は、姿に現れる:桜梅桃李

永遠の生命の宝を積むときは「今」

死を忘れた人は、生を充実させることも忘れます。

死を直視しつつ、いかに「生」を充実させるかが大切である。

人生には、限りがある。

だからこそ、いつかではなく、今日を悔いなく最高に生き切ることを目指す。

死を見つめる事は、今を生きること。

「今を生きる」事の「一念」と「振る舞い」に、過去も未来も包含すると、仏法は説く。

堂々たる人生の感性へ、心の財を積むことの出来る「今」かどうか。

その問いかけが、日々をか輝かせるのだ。

2014/3/19:【社説】より 




「人間」の人生。

短い人もいれば、長い人もいる。

何の為に生きるのだろう。

「何の為なんだ!」


それは、「人」を知る為にあるのだろう。


「人間」が、より「人間」らしく生きる。

後は、死ぬだけだ。


人の「心」とその「生命」

人として生きる道を歩む人間の生命。

それは、永遠。


その人の生命の真実は、姿に現れる。

「諸法実相」である。

過去も未来も、すべては、この「今」という瞬間を生きることにつながる。


私と言う「人間」を生きる。

妙法。

桜梅桃李。





桜梅桃李に生きる | [2016-02-21(Sun)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

あえて、「人間なんて」・・・:桜梅桃李を生きる

あえて、人間なんて・・・

所詮、みんな「井の中の蛙」。

「井の中の蛙大海を知らず」 (故事成語)



これには、後付とされるが、

「されど、空の深さを知る」、という続きがあるらしい。

また、「空の青さを知る」
    「井戸の深さを知る」などとも。

だから、結局、人間なんて、みんな「井の中の蛙」なんだ。

人は、人それぞれ。

一人ひとりの価値とその権利、人間としての尊厳。

あえて人間なんて・・・。

結局、人に、どうでもいい御託を並べるよりも、

「人間なんて、今日できたこと、やったことがすべてやねん」(明石家さんま)



自分が人間として、「今を生きた」事が全て。

そのために、「人」から学ぶことが大事。


人間は、死への道を生きる。

人は、生(生命)きる道(未知)を知る。

妙法。

桜梅桃李を生きる。





桜梅桃李に生きる | [2016-02-11(Thu)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

自らの「運命」は自らの手によって開く:桜梅桃李に生きる


生命の大宇宙をありのままに生きる

準備万端、やることはすべてやった。

あとは、生きるという自然の法則任せだ。

私の生命のありのまま。

生きるという法則の流れのままに生きるのだ。

生命の大宇宙。


法に書かれていることを、己の人生で確かめる。

哲学の法は、そのためにある。

宣伝の為には、存在しない。

なぜか?

宣伝の価値が無いからだ。

法は、人に説く為にあるものではない。

説く事が出来るものは、法を作ったものだけ。

己の中で解くもの。

解くことの出来ない人生のためのヒントを与えてくれる。


正しいかどうかを人間に問うな。

正しいかどうかを自分に問え。

信じる事によって成立する宗教。

しかし、その正しさの根拠とる根本。

本当に正しいのか?

自分を信じきることが出来ればそれでいい。

自分にとって価値のある人間になれ!

そのための人として修行を積め!

人間として役に立つ人になれ!

人間を生きる人としての正しい生き方。


自らの宿命に流されず、宿命を使命に変えて、自らの運命の扉を開き、道を創る。

自らの「運命」は自らの手によって開くことができる。

己の中の生命を映し出す鏡。

仏。

祈りとは、自身を敬う最高の儀式である。

妙法。

桜梅桃李。




桜梅桃李に生きる | [2016-02-06(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

「祈り」→「誓い」→「一念」→「執念」→「祈り」へ:桜梅桃李

信心。

己の心を信じる。

生命の領域。

「祈り」が、やがて「誓い」になる。

「誓い」が心を決める「一念」になる。

その「一念」が、心を燃え上がらせる「執念」になる。

やがて、「執念」は、生命の境涯を高める「祈り」へと昇華する。

己の外と内、「神」と「仏」が一体になる瞬間。

宇宙。

我が生命の宇宙を包み込む祈りという作業。

神と仏が融合する世界。

「祈り」の錬金術。

人として人間を生きる為の革命。

妙法。

桜梅桃李を生きる。



桜梅桃李に生きる | [2016-02-06(Sat)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

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