本因妙:桜梅桃李に生きる


何かを探し求めても結局、何も見つからない。

いつの間にか、自分の外に求めていた。

いつの間にか、自分を見失っていた。

自分を生きること。

生きる。

生きる。

生きなければならない。

守り通さなければならない。

妙法。

桜梅桃李に生きる。


青年の青年たる証とは、一体、何だろうか?

もとより年齢では決まらない。 信心の眼から見れば、今この時に、「発心」の生命を燃え上がらせていく人は、皆、妙法の青年なのだと、私は思う。

去年まで、昨日までが、どうだったかではない。

今年から、今日から、どう挑戦し、前進し、勝利していくか。

これが本因妙の仏法の心だからである。
    
     2017/1大白蓮華 巻頭言「青年とは発心の異名なり」




本因妙の仏法

戸田先生は語られました。

「結果を感じて結果に生きる━過去の因を考えて今の果のみが生活の全体であるならば、人類の生々発展はありません。瞬間に起こった生活の事実を、たえず未来の原因とする、あるいは原因でなければならぬと決定するのが本因妙の仏法であります」

「南無妙法蓮華経と唱えたてまつることが、よりよき運命への転換の方法であります。この方法によって、途中の因果みな消え去って、久遠の凡夫が出現するのであります」と。

過去がどうあれ、これまでがどうあれ、
最も強い本因を新たに植えて潮流を巻き返すことができる。
そして「前へ!前へ!」と未来を勝ち開いていけるのが、我らの信心です。

アメリカ・ルネッサンスの旗手エマソンも言っている。

「成功をおさめた人々のすべてに共通に認められる点が一つある━それは彼らが因果律を信じていたということだ」
「私たちの役目は瞬間瞬間にかかわっているのだから、瞬間を大事につかうことにしよう」

聖教新聞



桜梅桃李に生きる | [2017-01-13(Fri)] | Trackback:(0) | Comments:(0) |-

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