生命・宇宙の理:自分が生きている間に手遅れにならない人生

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どうでもいいことに心は囚われてしまうものだ。

そんなどうでもいいことに感情が囚われることが無くなった。

見えない心の道理を説くことが、人間がこの世に生きる上でもっとも大切。

しかし、人間としての作業を忘れてはならない。

生きることに上において、心のつながりを保つ為に必要な、人間として心の糸を紡いでいく作業。

現実を実現する作業を自己実現という。

一番大切だ。

一番しんどい。

一番最高に楽しい。

だって、実現するための現実の舞台で主役を演じているのだから。


心の自由が現実に生きる生身の人間を不自由にする。

自分の為に生きればよい。

誰の為の人生でもない。

自分の為の人生だ。

いずれにせよその人生が終わるのは、それまで生きることを用意してきたのだ。

心に重たい荷物を感じさせているものは、自分以外の他の誰でもない。

自分と向き合うことをあきらめてはいけない。

人間の外に人の生き方を求めること無かれ。

人間の進化は、人の不可能を可能にすることにのみ、可能となる。

ローマは一日してならず。

建設は死闘、破壊は一瞬。

「宗教」と「信仰」と「信心」とは、違う。

死ぬ間際になった時に、お金なんて何の役にも立たないということが、嫌と言う程、理解しても手遅れ。

後の祭り。

生きている間に手遅れにならない人生。

桜梅桃李の生き方。

物事の道理。

自然の理。

宇宙。

全ては、宇宙の一部。

生命は、宇宙。

命が宇宙なら、人間も道理の一部。

人間として人の心にもその宇宙の理がある。

私の中の心の根っこにある棘を抜いていく作業は、死ぬまで生きている間続く。

わたしの心をまず無にする。

現実を見つめる心を無色透明、ニュートラルな鏡に近づける。

生命に近づける精度まで。

妙法はカミオカンデ。

生命に迫る。

人間の生き方に、何が正しくて何が間違っているのか。

正しい生き方なんていうものは、物事の道理に求めたところで、それは正しい選択だとは言えない。

真理ではない。

自然は、人間の一部であり、人間は自然の一部である。

人間は、物の一部ではない。

人間に必要なのは、ないものをいかに語るかという事に尽きる。

現実を実現する過程において、人は、無いものを語らずに人間を語ることなどできない。

人間がこれだけ長く生きられるようになったのは、人間が物の一部でないことを証明している。

物が人間の道具として役目を、人が人間の体を使用して創造、進化してきたのだ。

人間は、未来を変えることは出来ても、過去を変えることは出来ない。

人間は間違う。

間違うことが、更に正しさ創造する因となる、エネルギーなのだ。

間違うことはマイナスでもなんでもない。

人間が間違うことは、人間が人間として生きることの上において正しいことの一部なのである。

役に立つ「人」として「人間」を生きること。

私は、人間である。

その人間が人として生きる。

人生。

物として役に立つ人間で一生を終える。

人間として役に立つ人として人生を終える。

人間とは?

人とは?

自分とは?

世界とは?

妙法。

桜梅桃李の人生。

今を生きる。



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