決して信心ではない、単なる言葉の遊びだ:桜梅桃李

私が、わたしとして、この世に生まれてきた理由。

人間として生まれて、人として生きて、人間として死んで行く。

人間らしく生きるということは、人として生きるということだ。

その人は、わたし。

わたしらしく、桜梅桃李に生きる。

「人間らしく生きる」というのは、現実の暮らしと生活を私と言う人として生きる。

他の誰でもない。

わたし。

見聞きする現実の全て。

ただの人間なら、ロボットでも十分だ。

現実の暮らしでは、わたし達は、人間を生きているのだろうか?

それとも、人を生きているのだろうか?

ネットのブログの世界で好き勝手な御託を並べて、神や仏の如く振る舞う人間達。

指先につながった人間の脳に浮かぶ妄想の世界。

あんた達のは決して、信心ではない、単なる言葉の遊び。

頭でっかちの脳にお得意な妄想に必要なのは、何だ?

余計な事。

人は人。

人間が生まれるには理由がある。

あなたが生まれた理由は何だ?


妙法。

桜梅桃李に生きる。



桜梅桃李に生きる | Trackback:(0) | Comments:(0) |-
コメント
コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


Copyright © 桜梅桃李・世界に一冊のメモ帳 All Rights Reserved. Powered By FC2. 
skin:*cuteblog*