正しさを越えるもの:「正直」と「正義」をはかるものさし


正しさの証明。

その正しさを越えるものとは?

人間は間違う生き物なんだ。

そこに「人」の命があるから。

人間は道具なんかじゃあない。

あの時は、あの時。

大切なのは今なのだ。

今の自分がどうか?

今が常に幸せだといえるのか?

しかし、その幸せの尺度となる根拠となる根本。

絶対的な幸福境涯。

生きる事において大切なもの。

心であの世に持っていけるもの。

死んでもあの世によっていけぬもの。

人間が死んだらその姿は無になる。

自分が納得して死ねたら最高。

THAT WAS THAT。

人間生きているだけで丸儲け。

それで幸せ。

あとは、何もいらない。

何も無いところから何もない所に通り過ぎていくだけのことなのだ。

だからこそ私がわたしであることを証明できる今というこの瞬間だけが現実なのだ。

最高の笑顔に、数えきれないくらいの涙が見える。

守りたい、愛し続けたい。

繋がる命。

紡ぐ命。

溢れ出る感謝の気持ち。

Nobody is Right。

信じる心

わたしは、私という人を生きる。

その正しさを包み込む命に基づく愛情の根拠となる根本。

争う人は正しさを説く 正しさゆえの争いを説く

その正しさは気分がいいか 正しさの勝利が気分いいんじゃないのか

つらいだろうね その1日は嫌いな人しか 出会えない



「正直」と「正義」をはかるものさし。

今の世の中だからこそ、必要なもの。

そんな優れた道具は、この世で発明されないものか?

己の「ひん曲がった心」の角度をはかる、モノサシ。

文明が発達すれば何でも作れそうなものであろうが、やはり、今、作ることが不可能なものがあるのには、意味があるのでしょうか?

しかし、今の世の中、嘘と本当を織り交ぜて、巧妙に、人をたぶらかす悪魔がわんさかそこらじゅうに存在しているというのに。

「どこかの誰かさん」は、どこまでも人間が、簡単に、人間になれるツールだけは、与えないのかもしれません。

この世に「神」と呼ぶべきものが存在するとするならば、それは、人間の脳の中の使われていない領域に棲む、

「正直」と「正義」をはかるものさしを作ることを可能にする、潜在的な能力の領域なのでしょうか?

桜梅桃李。

今を生きる。

自評:アホ臭くて話になりませんが、人間の脳の悪知恵の働く領域は、正義より広いかもしれません。





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