臭い物に蓋をする「宗教」


人は、人それぞれ。

確かに、人は、十人十色。

十派一絡げに、人を判断してはいけない。

臭い物に蓋をする自己確立のための方程式。

そんなのあるだろうか?

物の道理に従って生きることに人間を定める命の創造主として、自己の心を確立させる信心。

十派一絡げの信仰。

その信仰に励む、一人ひとりの信心。

見えないモノすべてを無とする。

人の心は、それぞれで、究極的には理解不能であると結論づける。

その究極の答えに辿り着いた哲学?

理解できない物、それは、人の心。

人の心は物としてみることが出来ない、しかし、理解できないモノであったとしても、見えないモノとして存在しているのに・・・。

それは、その人の中の生命の違いや、その「病いの災い」によっておこる勘違いなのではないだろうか。

人間は、人間。

人間の中の人を理解することを諦め、無いモノと否定する。

そんなところから、決して、人間がより人間らしく生きる、より正しい道理へ導く、絶対的な信心を極めることに達することはない。

人間が生きることの苦しみを厄介な物として切り捨て、臭い物に蓋をする自己満足の宗教には、己の人間を変革するための生命に届くことを可能にする信仰に、そして、宗教へと辿り付くことはない。

人間の問題は、どこまでも人間を見つめることによってのみ、不可能を可能へと、変革され、進化を遂げていく。



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