インターネットで感じる少しの不安

そもそも、インターネットは、地球上のコンピューターによって
有益な情報を互いに提供し合う為の、相互扶助の精神から発したものとされています。

本来、人間とは互いの不完全性を補い合うのが、
地球上に、男と女と2種類の性が存在する理由から
推測すれば、人間の本能や生理に近いものでごく自然発生的に
生まれ広がっていったのでしょう。

そのような意味では、インターネットは、
人間の「善」の意志から発生したものなのですね。

しかし、いまやインターネットは、
純粋な思いを保ち続けて機能しているといえるでしょうか?

有益なものと、有害なもの人間の不完全なるが故の、
人間の持つ、善と悪の2面性は、ことごとく歴史において史実とし証明されてきました。

限られた一部の人間の利益の為に、また他人を排除することを助長したり、
排他的で個人主義で利益優先の先進社会の要素をそのまま映しだしています。

個人ブログにおいても、己の不完全性を差し置いて、また、棚に上げ、
他人の不完全性の穴をこれでもかという程、非難しあげつらい攻撃する。

ネットという公のブログを、単なる個人の感情や不満の捌け口の
ゴミ箱にしているようなサイトを見かけ、少し悲しくなったりすることも
あります。

最近、「自由」という言葉をあまり意識しなくなったような気がします。
人は、普段、空気の存在を意識しないのと同じような事かも知れません。
それだけ、本来の「自由」に人が生きているからかもしれません。

しかし、自由に生きられることに対し「感謝」を忘れれば、
その自由と引き換えに、大切なものを失うのかもしれません。

行き過ぎた「自由」のその先に待ち受けるものは何なのでしょうか?

自由が人間を作り、自由が人間を破壊する。

人間が不完全である以上、永遠に、「善」と「悪」が人間の中に存在する以上、
破壊と創造を繰り返すのかもしれません。

その、先にあるものは 「・・・?」

人間とは、一体何なんだろと考えずにはいられません。

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