嫌われ者の人生:宿業の深さ


因果報応:原因結果

歴史は繰り返される。

それは、自身が生きていく人生にも同様にあてはまる。

「あなたの中」でも「歴史は繰り返される」

「因果報応」「原因結果」。

自身が、知ろうと知るまいと、意識しようとしまいと、自身が犯してきた罪は、必ず自身に返ってくる。

相手に与えた苦しみを、必ず自身も負う羽目になる。

新しいことばかり求めて、過去の事実と、現実の判断、進む方向を

見誤ると、ゴールの先に見える光は、小さくなる。

でも、私の中の妙法の光は、絶対的である。


刹那な生き方は、寂しい

この世で深き業を積むことにより、そして、その罪により、気がついたときには、

この世で、もう人間を・・・

人間として、生きる事が、人間を取り戻せることが、人間らしく生きる事が、出来なくなる、リミットがあるのかも知れない。

寂しい人生。

生きていながら、暗闇に沈んでいく生命。

そして、最後の人として、味わうことの出来る人間らしい感情、苦しみ、苦しみ、苦しみの生命だけでこの世を終わるのだ。

なんと、不幸な人生だろう。

人間に生まれたにも関わらず、人間として学ばず、人間を失い、

そして、去る人生。

寂しい人生もすべて、己が、撒いた原因と結果。

人間として生きたかどうかは、己の人生の最終章であらわれる。

刹那な生き方は、寂しい、

苦しみの最終章が待ち受けているだけなのだ。

嫌われ者の人生

人生を前向きに生きている人に対して、後ろ向きに人生を生きてきたものが感じるものは、嫉妬と妬み。

自分が恥ずかしく感じる人は、まだまだ、素直な人なのかもしれません。

そして、そう感じることが、少しでも生き方を変える「縁」を世の中でつなぎ止め、前向きな生き方えと変えて行けるのかもしれません。

しかし、「業」の深い人間は、「前向きに生きている人」に対してまでも、認めず、否定的で、嫉妬深く、妬み、相手の弱点をあげつらい、攻めようとする。

そうすることによってでしか、己の存在を確かめることが出来なくなってきているのです。

己の生き方のみならず、縁するものさえ、不幸へと引きずり込もうとする。

なんと、後ろ向きの生き方とは、卑怯な生き方であろうか?

自らの生き方を変えようとする為の、自身を映し出す鏡とせず、この世で、己の「業」を深め、本来の人間として生きることの目的から遠ざかる生き方。

自身の過去を振り返れば、わたしは、これまでの人生を将に、後ろ向きに歩んできました。

一体、どれだけの多くの人の人生を己の生き方に巻き込まれ、多くの人を不幸にしてきたのだろうと感じます。

いま、こうしてそのことに気がつけた私の残された人生は、ある意味、その己の積んだ深い業を、乗り越え、その業によって多くの人を傷つけたことに対する、償いに報いるための人生かも知れません。

しかし、それまでのわたしは、自身の嫌われ者の人生の原因さえ気づけないほどの最低の人間だったのだと思うと、己の宿業の深さに改めて気づかされます。



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