私の嫌われ者人生で己の宿業の深さに気づけるのは幸せな証拠


人生を前向きに生きている人に対して、後ろ向きに人生を生きてきたものが感じるものは、嫉妬と妬み。

自分が恥ずかしく感じる人は、まだまだ、素直な人なのかもしれません。

そして、そう感じることが、少しでも生き方を変える「縁」を世の中でつなぎ止め、前向きな生き方えと変えて行けるのかもしれません。

しかし、「業」の深い人間は、「前向きに生きている人」に対してまでも、認めず、否定的で、嫉妬深く、妬み、相手の弱点をあげつらい、攻めようとする。

そうすることによってでしか、己の存在を確かめることが出来なくなってきているのです。

己の生き方のみならず、縁するものさえ、不幸へと引きずり込もうとする。

なんと、後ろ向きの生き方とは、卑怯な生き方であろうか?

自らの生き方を変えようとする為の、自身を映し出す鏡とせず、この世で、己の「業」を深め、本来の人間として生きることの目的から遠ざかる生き方。

自身の過去を振り返れば、わたしは、これまでの人生を将に、後ろ向きに歩んできました。

一体、どれだけの多くの人の人生を己の生き方に巻き込まれ、多くの人を不幸にしてきたのだろうと感じます。

いま、こうしてそのことに気がつけた私の残された人生は、ある意味、その己の積んだ深い業を、乗り越え、その業によって多くの人を傷つけたことに対する、償いに報いるための人生かも知れません。

しかし、それまでのわたしは、自身の嫌われ者の人生の原因さえ気づけないほどの最低の人間だったのだと思うと、己の宿業の深さに改めて気づかされます。



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