妙法は、人間の矛盾に折り合いをつける為の信仰

生きている、

この世に、生きている人間の意味に、確かな答えなど見つけられますか?

答えが、出るなら、人間は、もう人間では、無くなっているのかも知れません。

人間以上の存在に操られる、家畜、ロボットと人間は、化しているのでしょう。

己の中に存在する、矛盾。

その、矛盾は、永遠に一つの答えなど出せない問題。

その、問題の答えの先には、無。全てが無に帰すための終着点なのかもしれません。

その矛盾があるから、人間が人間であり、また、非人間でもある。

今の己は、人間か?
それとも、非人間か?

「人間」と、「非人間」の間を、行き来しているものは、
一人の人間の中にある。

それこそ、究極の人間の「業」だ!

その業を、備えた人間が、平和を語る、平等を語る。

人間は、どこまで行っても偽善者なのだ。

嘘と悪の仮面をどこまで行っても取り払うことなど出来はしない。

ただ、騙されて、ほだされて、巧妙にそれを真実と信じさせられて
生きているのかもしれません。

真実とは、己の中で作り上げた、虚像を信じる悪の本能に導かれる力の
なせる業なのかもしれません。

このように感じられる人間の二面性、多面性の全ては、人間の生きる、
生きている、そして、存在していることの、矛盾から、発しているのかもしれません。


矛盾が、その人間の本来持ち合わせる業の一種であるならば、
「人間とは?」・・・その答えなど出るはずは無く、

その問題の答えを更に高めることだけしか出来ない。

その答えを高めるために、私たちは、生きる過程において、
その場しのぎの折り合いをつけるしか出来ないのかもしれません。


いえ、その、「折り合いを付ける」そのことのみが、生きることにおいて
重要なのかもしれません。

>>●関連・参考サイト
Seijun's Blog 『人生の損益分岐点』

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