「願い」が「一念」にそして「執念」に



目の前の現実に立ちはだかる困難や、苦しみ、悩みが、大きければ、大きいほど、

更に、絶望の淵に追いやられれば、追いやられるほど、力の湧いてくる哲学。

「願い」が、「一念」に、変わり、そして、「執念」へ、変わる哲学。

己の生命の底から、湧いてくる力。

生きようとする力、人間の底知れぬ生命力。

結果の出ない結果という答えから、更に、その結果を導き出す。

言い換えれば、「失敗」は、結果の出ない「結果」のなのだ。

その結果という、失敗から成功の要因を見つけ出すのが、この哲学の要諦の一つなのかもしれない。

己が、全ての人から受け入れてもらいたいなら、まず、全ての人を受け入れようとしているか?

己の器の小ささを広げようと努力をしているか?

己のエゴに傾く、支配欲におぼれ、己の心が汚く濁っていないか?

己の受け入れてもらう為の、器をいつも磨いているか?

傲慢な命の発するところからは、絶対に誰も、己を受け入れる確かな真実の味方など一人もやって来ない。

全てを受け入れてもらいたいなら、己が、全てを受け入れることの出来る生命かどうかを己自身に問え。



悩み・迷い・苦しみ

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