最初の一歩を間違える者の愚かさと宿業の深さ


生きることの、現実において、最初の一歩を、間違えること程、哀れで、愚かなものはない。

また、間違えていると知りながら、その一歩を、踏み出すものほど、救いようの無い者はない。

己の不幸へと突き進むことが、確定された一歩。

「刹那へ!」 →「GO!」

「不幸へ!」 →「GO!」

「生き地獄へ!」 →「GO!」

「GOOL」は、「死!」

「オメデトウ!」人間としての「死」へ向かう出来レースへようこそ♪



そのことにさえ気づけぬ、真っ暗で、汚い、ドス黒い、心の中。

己自身の中に、確かな生き方の欠片ほども感じない生き方。

人間性を求めることを自ら否定し、生きる姿。

人間性の放棄。

哀れでならない。

己の、将来に、自らに必ず、必然的に及ぶ、己の不幸、いや、地獄の確約と指定席を確保して、刹那な、目の前だけのゆがんだ矮小で、短絡的で、軽薄な事だけに必死になって、薄汚く、ニヤケた顔をして、喜ぶものの、哀れさと愚かさ。

かわいそうでならない。

己の中で、その祭りが終われば、残るものは、その、無意味さと、無駄と、空虚さのみ。

哀れでならない。

しかし、そんな人間でも、自らの「死」の選択をし(死)ながら、生きていることを知(死)ることの出来る場面は、いくつもあるものだ。


にもかかわらず、そんな、チャンスを自らが死の為に、己の手によって、握りつぶし、さらに、近視眼的な刹那を生きることで、知識はあっても、人間として、無知で、盲目的な生き方しか出来なくなる。

愚か者。

しかし、「地獄の確約」とその「指定席」の苦しみを味わうことは、すべて、現在の己の作り出した因(原因)によるものなのだ。

自らを貶め、自らが、未来に向かう、地獄の苦しみの姿を確かな現実として、約束できるのは、それは、人間に与えられた、方程式だから。

人として、学べない、罪深い宿業の人間は、愚かな人生を突き進む、片道キップだけしか与えられない。

帰りの切符を買えるかどうかは、己を、知ろうとすることから以外に、ヒントは与えられない。

残念ながら、現実の己の心の不幸と地獄は、誰が、気づかなくても、愚かで、哀れな、己自身が、身悶えしながら、のた打ち回っている、己自身が、よく分かっているよね。


「ねぇ?」


評:・・・「ワッ、わたしですか?たッ、たっ、確かにそうです。 はい、・・・」



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