嘘と偽と虚飾の廃人を生きる道は死への満点大笑い - 名字の言

世界に一冊のメモ帳

己の過去の人生を振り返れば、
「嘘と偽と虚飾の廃人を生きる道」だったように思えます。

何一つ、確かな生きる指標の無い、見栄っ張りな人生。

本当に確かなものを見つけよう、求めようという、
そんな、少しの利口さがあれば、もっと前向きな人生を
選択する余地があったのかもしれません。

そのツケは、必ず、己自身で払わなければならない。

己の命をもってして。

精神世界における修行というものが、

現実を生きることより、楽なものであるならば、

修行の修行たる意味があるだろうか?

何の為の修行なのか?

精神(生命)修行において、苦しみの絶頂を味わうことによって、
現実に生きる醍醐味を味わうことができる。

『苦をば苦と開き、楽をば楽と開き、苦楽共に思い合わせて』、
この現実を己の生命で乗り越えてゆける。

現実より、負荷のかからない修行を好むならば、
生命哲学を学ぶことの資格取得試験には、合格できないかもしれません。

・評:言っておきますが、生命哲学を学ぶ為の資格試験はありません。


・ひとしずく幸せみつけた neo Zero.

今日の「名字の言」の言葉(09/03/11)

純真な信仰を貫く祖母からだった。

「あんまきぃもむなす(あまり、気をもむな)。おめさんには信心がある。おらも毎日祈ってる」。

心を磨き抜いた人の言葉が相手の心を打ち、自他共の幸福への原動力となる。その信念を忘れず、鍛錬の日々をと誓う。


今日の「名字の言」の言葉(09/03/11)
※今日の「名字の言」より、個人的に感じた部分を、抜粋いたしました。
全文は、【人間の機関紙・聖教新聞】コンテンツの 「SEKIYOnet」の、
◇名字の言よりご覧ください。



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