「純粋な強さ」を支えられない「心の弱さ」 :生き方


悩み、迷い、苦しみ。

悩みのない人生。

悩みだらけの人生。

楽しく遊んで暮らすのも一生。

自由に生きることこそが人間らしさの最高の形かもしれない。

悩み、苦しみ、迷いの無い人生こそ最も素晴らしい人生といえる。

悩み、迷い、苦しみばかりの人生こそ、最も人として近づける最高の人生ともいえる。

この世でどちらの生き方に転ぶのかは、現実の世界がどのように映るのか、己を映し出す鏡によって決まる。

己の生命の傾向性と宿命。

幸、不幸は己自身が決めるもの。

悩みのない人生。

悩みだらけの人生。

どちらの人生も幸せな人生。

「純粋」であるが故に、そして、「心の弱さ」ゆえに、この世で生きることに苦しむ人。

人間の深いところに存在する、根本的なところに行き着く悩み。

強い生き方しか出来ない人は、弱い生き方の人を理解できない。

逆に、弱い生き方の人には、強い生き方の人を理解できない。

「母」と「私」の関係。

「純粋な強さ」と、その、純粋な強さを支えられない「心の弱さ」。

私自身が、私自身をを否定してきた人生は、理解されないことによって、芽生えたものかもしれません。

一番理解して欲しい人に、理解されない苦しさ。

それは、この世の中が、私の生きる世界では無いのだと思い続けて、生きてきた過去。

心の弱さゆえに、「弱い生き方」を更に弱くし、そして、心根の中の「純粋な強さ」ゆえに、更に苦しむ。

私も、否定的な人生を歩んできたものの一人。

「優しく生きたい!」という、本来の「純粋な強さ」。

しかし、優しくなれずに、辛く人に当たり散らかす「心の屈折」したもの。

今、思えば、子どもの頃に、どうしようもないほどの、私の「弱い生き方」に、理解されない心の中の「矛盾」と「葛藤」に、何一つ訳も分からず、苦しんでいたのかもしれません。

「心の純粋さ」は、素直に生きようと、正しいものを求める、本来の人間の持つ「正」の本能。

そして、強く柔軟に動く「心」と、最も大切な、強く生きる力を湧き起こす「生命力」。

「純粋な強さ」と「心の弱さ」を、合わせ持つ人が、この世で、生きることが辛いと感じるのは、当然のことだと思えます。

しかし、信仰には、、己の「心の弱さ」を己自身で、変えることの出来る生命哲学が存在し、

そして、弱い生き方の人の中にある最高の宝である「純粋な強さ」を、この世で、最も輝かすことが出来る生命哲学が存在する。

強く、そして、更に強く、生きていける推進力。

生命の深い部分で感じた喜びは、決して消えることはない。

いつまでも、どこまでも伝わっていく。「歓喜」というものの本質。

生命の奥底の一念を根本から変革する偉大な力。

「弱い生き方」からの根本的な脱却の実現の為に必要な「生命哲学」。

妙法。

桜梅桃李。

今を生きる。





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