イチロー選手に降りた「神」とは?-侍・ジャパンWBC連覇のヒーロー

「打っちゃいました、神が降りましたねえ。」(イチロー談)

前回の、ブログの記述の中で、
ヒーロー!「イチロー選手」の「苦悩の最高の結果」の中のイチローのコメントで、

WBC連覇の決勝戦の、
最後に決めた、イチロー選手の、2点タイムリーヒットを打った、
イチロー選手が、そのシーンを振りかえり、

「打っちゃいました、神が降りましたねえ。」という発言内容に触れました。

(前回の記事)
・イチロー選手の「苦悩からの最高の結果」-WBC連覇 侍・ジャパン

そのあとに、私は、『まさに、己の中に存在するその領域』、
という表現を使いました。

イチロー選手が、神に関わる宗教を、信仰しているかどうかは、
私には、関心の及ぶところではありませんが、

私の中で、その言葉は、私の中の信仰をもとに、変換されます。

その「神」とは、自分の外に存在するものでは、無い。
自らの中にある、自らの能力のなせる業なのだと。

『天才』と呼ばれる、努力の人。
イチローだからこそ発揮できる、その時、その瞬間の底力。

しかし、イチロー選手は、「己自身の力」であることを、当然、確信しながら、
謙遜の意味を込めて、「『神』が降りましたねえ」と、
表現したのかもしれません。

そんな風に解釈しました。

でも、私の中では、
私の外にある「神」という存在は、自動的に否定されるものであり、

否定されたものは、更に自動的に、
己の自身の中にある、「神」と呼ばれるものに等しい領域というものに変換されます。

それは、「己自身の力」以外の何者でもない。

用意された絶好のチャンス。
イチロー選手自身が、求めていたチャンス。

やはり、「運命的」なものを持っているのでしょう。
それは、自ら引き寄せた、必然的なのかもしれません。

その意味では、「ヒーロー」が、生まれるのは、
やはり必然の結果なのでしょう。

また、別の発言の中で、
「美味しいところだけいただきました。」(イチロー談)という言葉も、
先の「神が、降りましたねえ」という発言同様、

己の力のみを誇示しない、謙虚さとともに、
チーム中の一人の存在というものを、強く意識した、
気遣いのある言葉だとも感じます。

チームの他の選手に対する、少しの申し訳ない思いと、感謝の表現を、
「美味しいところだけいただきました。」に込めたのでしょう。

仮に「神」というものの存在が、見えない形で存在するというのなら、
イチロー選手の「神が降りましたねえ」という言葉を聞いて、
神様も、今頃、有り難く感謝されいることでしょう。

こんな有名人が、単なる、言葉のあやでも宣伝してくれるのですから、
「神」さんて、本当楽な仕事ですね。

だって、
『人間の本来持っている特別な力の領域は、
あなたの力ではない、わたし(神)の力だ』
というのでしょ?

:ちょっと問題発言じゃねえ?神様がいたら怒るよ!
(私):だって、こんな神さんもいるだよ!●こちら↓
「神世界」霊感商法事件で一斉に捜索、6都道県20か所・「そうかねっと」さんより
・ひとしずく幸せみつけた

今日の「名字の言」の言葉(09/03/26、木)

・人生には“試練”という厳冬の季節が巡ってくる時がある。その時、“絶対に負けない”との強い心で、目前の課題に立ち向かうことができるかどうか。それをなし得た人に、春は爛漫と咲き誇る。


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