生命を生かす人間:個性と宿命を混在させた一人の宇宙の世界


私が現実に対して感じたことは、家族に対する無力感であったのかもしれません。

信仰を与えておきながら自らの宿命に翻弄され、その信仰の正しさを求めるよりも、現実にのしかかる己の宿命の深さ故に、盲目の如くに信じ、頼る、すがる信仰。

宿業の深き者から与えられたこの信仰。

それこそが私の背負うべき宿業の更なる深さの全てを象徴しているのかもしれません。

正しいもの正しいかどうかを疑うことなく信じることが出来るというのは、良く言えば純真。

しかし、皮肉にも盲信ですがるだけの信仰として拝んできた者には、己の言葉で与えたものにその信仰を伝えることが出来ない。

右から左へ確信の無い、意味の無い言葉で、与えたものに大切なものを与えてこなっか罪。

その罪を私が背負わされて、この信仰によって、目覚めた時に、悟ることのその意味の答えは宿命。

それでも、己の背負っているものは全て己が原因とする宿命か?

そのあまりにも深い罪の意味を問い続ける人生。

そして、人間として生きる人生の途中で、尚、私の中での戦いは続く。

同じ信仰をしていながら、宗教の操り人形として、無明の因を開くことが出来ない人。

それさえ気がつかず、己の中に宗教というものが芽生えない人。

なぜだろう?

私が生命で感じている信仰とあの人が授かっているものは同じであるのに違うのだ。

それぞれに中にある生命は、個性と宿命を混在させた一人の宇宙の世界。

桜梅桃李。

今を生きる。



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