感謝の無い信仰は本当の信仰ではない~今日の【名字の言】

「報恩感謝は私自身に対するもの」~世界に一冊のメモ帳

信仰者として、世の中を通して、目に見えるものとして、また、心に生命に映るものとして感じ取ることは、全て、私の中を通してみた世界。現実とは、人それぞれの生命の傾向性によって全く違うものなのである。

たとえ、同じ信仰をしていたとしてもそれぞれ違う。信仰をしていても「感謝」を感じられない人もいる。感じる、感じないは、生命の問題。頭でわかっているだけではそれを理解しているとはいはない。

報恩感謝の精神は己の中の確かな信仰を確かめるための一つのバロメーター。私は、この妙法によって、現実から受け取るさまざまな情報を映し出し、その知恵によって、現実の生活の価値を高める事を、今を生きることから学ぼうとしています。

己を成長させてくれるものが「何」であるのか?それは、私が生きているこの「現実」に他なら無いわけです。ですから、究極、全てのありとあらゆる、「生きとしいけるもの」に感謝なのでしょう。

人に対して感じる感謝とは少し違う。己の生命を己の妙法という信仰によって高めることで気がつく、そして、更に、己を高めることが出来るというその感激に感謝できるという、根本的な感謝と報恩こそが、信仰者の中に築かれていって、初めて、他者への「報恩」、全てのものへ「感謝」が必然的生まれる。

「報恩感謝」とは、言ってみれば、妙法という哲学を通した、私自身への報恩感謝でもあるのだ。

2009年7月8日の今日の「名字の言」


 6月4日、池田華陽会として颯爽と進む女子部に、喜びと感動が広がった。「名誉会長夫妻が創価女子会館を訪問!」――朗報は全国はもとより、世界各国に即座に伝わった。

「飛び上がらんばかりに女子部と喜び合っています」と語るのは、太平洋に浮かぶミクロネシア連邦のロペス支部婦人部長。3日後の7日には記念の集いを開き、池田華陽会の歌「華陽の誓い」を合唱。「池田先生・奥様と共に歓喜の力強い前進をしていきます」と意気は高い。

「イケダカヨウカイ」は昨年に結成されたばかりだが、「ザダンカイ」「コウセンルフ」等と共に世界共通語となった感がある。イタリア、韓国の友も口々に述べていたが、師弟勝利の青春譜を綴ることを最高の誇りとしている。そして、彼女たちに共通するのは「感謝の心」だ。

東京・町田出身の青年詩人、八木重吉の言葉を思い出した。「感謝の無い信仰は本当の信仰ではない」「すべてはそこから出づる。感謝と報恩と」「自分のまわりを、感謝の海とせよ。感謝は強い。感謝は美しい」(全集第3巻、筑摩書房)。わが生命を感謝の心で染め抜きたい。

「仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや」(御書293ページ)。人間の真の生き方が、ここにある。(川)



【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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