名字の言-日本国憲法

如何に妙法によって生命とこのくそ汚れた体と心を綺麗に洗ってやれるのか、

現実が変わらない、悪くなっているというのは、
このくそ汚れた体と心が、まだまだわかっとらんからに決まってる。

このくそボケの、言うこときかん奴め!

「もっといじめたらなあかんわな~」当然!

いじめ方がたらないから、いくら祈っても変わらないのじゃ!

今日の名字の言-5月18日(月)
「憲法週間」のある5月。あらためて国の根本法を考えたいと、一書を手にとった。大幅な加筆を経て20年ぶりに発刊された『日本国憲法の誕生』(古関彰一著、岩波書店)である

新たな研究成果も参考になったが、憲法の「口語化」に感慨を覚えた。草案が発表された1946年当時、日本のすべての法令は文語体の記述だった。95年に刑法が、2005年に商法が、ようやく口語表記になったことを思うと、実に画期的な出来事だ

口語化に積極的だった判事の三宅正太郎氏は、文語派の「威厳があり含蓄がある」との主張を敢然と論破した。一般の人が分からず、権力を持つ者だけが解釈の鍵を持ち、それを国民に押しつける危険は懲り懲りだ――と(『三宅正太郎全集』)

いつの時代も、権威・権力を誇示しようとする者は、“威厳”などという鎧で自らを飾り、他を寄せつけない。その点、われらの憲法は、国民に開かれた、まさに主権在民の最高法規である

戸田第2代会長は、憲法制定の意義を「個人の自由と尊厳を確立し、戦争のない平和な社会を建設する」ことと訴えた。「幸福追求権」(第13条)も保障されている。理想の実現へ、国民一人一人も、国家も、全力を尽くす21世紀を築いていきたい。(杏)
(聖教新聞 - 名字の言より)



■名字の言について~人生を前向きに生きる哲学の実践



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