名字の言 - 四苦八苦

今日の名字の言-6月1日(月)

 「創価学会の皆さんは、いつも元気ですね」「何でも率先して取り組んでくれて、本当に助かります」。地域の方々の声である。仕事や家事、子育てをこなしながら地域に尽くす。宿命に負けず、奮闘するメンバーもいる。先月23日付の体験談「地域に根差す美容室37年」にも、感動の反響が寄せられた

慢性の病を抱えつつも、笑顔を忘れず、友を励ます。「人に勇気を送るために、病と付き合っているんです。誰かを励ませば、自分も元気になりますよ」と。発心のきっかけは、小説『新・人間革命』の「重い病で苦しむということは、使命もまた、それだけ深いということなんです」(第10巻「桂冠」の章)との一節であったという

自分のことだけに四苦八苦していると、だんだん境涯も小さくなってしまう。人のために動いてこそ、人生も大きく開かれていく。近隣を見渡せば、さまざまな課題があろう。関係ないと背を向けるのでなく「誰もしない仕事は私の仕事」と決めて、一歩を踏み出す。

そういう人が「全体の一割、せめて七パーセント」いれば共同体は機能する、と語る識者もいる(内田樹氏=「潮」2月号)。私たちの笑顔と勇気の前進が、日本再生への鍵である。創価の勝利が、民衆の真実の勝利である。(順)
(聖教新聞 - 名字の言より)



「自分のことだけに四苦八苦していると、だんだん境涯も小さくなってしまう。」そんなことは誰でもわかっているはず。でも、それぞれの生まれ持った宿業で自分のことで精一杯の人もいるのは仕方のないこと、そんな人でさえ当然、そこから脱却したいと願う。

そのために、学会の信仰し、この妙法哲学を学んでいるのではないのか。私は学会を信仰しているわけでもなんでもない。確かな師の姿と、この妙法の正しさだけを信じて闘っている。

所詮、学会といっても世間の人間と何一つ変わりはない。逆に、「創価学会の皆さんは、いつも元気ですね」などというのは、かえってそれは、いい意味での偏見ではないか?学会の信仰をしていない人でも、素晴らしい人はたくさんいます。

だから、私達学会員は、普通の人間になれないから、信仰によって、自らを変えようとして、もがき苦しんでいる。学会に入ったからといって、何一つ世間の人間と変わることなどないのだ。良く言われることは、かえって迷惑なこと。

普通に生きようとしているとは、素晴らしいことでも何でもない。そこは、生きることのスターと地点なのですよ。当たり前のこと。


■名字の言について~人生を前向きに生きる哲学の実践



今日の「名字の言」 | Trackback:(0) | Comments:(0) |-
コメント
コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


Copyright © 桜梅桃李・世界に一冊のメモ帳 All Rights Reserved. Powered By FC2. 
skin:*cuteblog*