この世では問い続けても問わなくても無の世界

人間が、問い続けるということは生きることの本能。
死ぬまでのゴールへ己の足を運ばせてくれる人間に与えられた本能。

人間が、人間らしさのゴールへ進めないのは、この必要な本能を、見誤らせ、混乱させ、退化させる社会に同化してしまう弱さと愚かさ。

人間というものは己に問い続けぬ限り「無」。

また、問い続けなくても「無」。

結局、この世では、「無」なのだ。

死の流転。生の流転。

人間が、人間らしく最上級に生き、人に近づける方法は、答えの無い現実の世界に答えを求め、「信じること」に足る哲学を己の生命に宿し、更に、問い続けることの先に、死というゴールに辿り着くことに集約される。

2009年8月4日の今日の「名字の言」

宇宙飛行士の若田光一さんが、日本人初となる宇宙での長期滞在を無事終えた。トラブルを乗り越え、実験棟「きぼう」を完成させるなど、日本の宇宙開発に新たな歴史を刻む活躍に心から拍手を送りたい。

若田さんが4カ月半を過ごした国際宇宙ステーションは“ミニ地球”と呼ばれる。太陽エネルギーから電力をつくり、尿や空気中の水蒸気を飲料水に再生。その水を分解して酸素を発生させる一方、吸着剤などを使って二酸化炭素を除いている。

宇宙では、このうちのどれ一つが欠けても、安全に生活できない。宇宙に“ミニ地球”をつくることは、「不可能への挑戦」の連続だったにちがいない。人類初の女性宇宙飛行士、テレシコワさんは「人間は、ひとたび何かを心の底からやりとげようと思い、この夢に向かって全身全霊でぶつかっていけば、必ず実現できる」と述べている。地球の恵みを実現できたのも、同じ夢を追う多くの人々の、あくなき挑戦への情熱があったればこそであろう。

かつて池田名誉会長は、日蓮大聖人の仏法を信ずる人を「生命の宇宙飛行士」と呼んだ。人間の“内なる宇宙”を開拓し、胸中に確かな「きぼう」を築きゆく。このロマンあふれる挑戦こそが、広宣流布の大偉業だ。(孜)

【聖教新聞】 「名字の言」より



■名字の言~人生を確かに生きるひとしずくの言葉


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