己を磨くためのぶれない絶対的な生命と哲学「名字の言」

現実を努力しながら人より一生懸命に生きているという己の自負。

しかし、その自負が己の幸福な生き方に反映されないということは、やはり、現実の生き方が生ぬるいということなのだ。

人より努力していると言い訳してみても、生命から己を変革できないのは、現実に、いかされるべき哲学が確かに備わっていないということ。

人より一生懸命に生きているということの自己満足は、この妙法哲学においては何一つ己を変革させるための答えにはつながらないのだ。

己の中の絶対的な変革は、常に、己の生きている課題を己の宿命として、目に映る現実を生きる力に変える知恵によって見つけ出すことの闘いの結果に生まれ可能とできることなのだ。

2009年8月20日:今日の「名字の言」

豊臣秀吉が淀川の治水のために建設した「文禄堤」。後に大阪と京都(伏見)を結ぶ最短コースの道「京街道」として整備された。今も石垣のようになった堤の跡が、大阪の守口市駅(京阪本線)の周辺に残っている。

この街道、江戸時代には道中奉行が管轄する幕府の主要路の一つに。守口市本町付近には、当時の街道の宿場の面影がある。文禄堤の完成後、守口は交通の要衝として栄えた。

広宣流布の前進においても、守口は関西の「要」である。平成元年(1989年)2月、関西を訪れた池田名誉会長は、守口こそ「常勝の守り口」、関西を牽引する要と讃えた。

その原点は、昭和54年(79年)4月24日。守口市内で行われた大阪本部長会。この日、突然の「会長辞任」。だが、皆の心は一つだった。「関西の私たちにとって、師匠は池田先生しかいない!」。守口の地で刻まれた正義の誓いから、学会の反転攻勢が始まったのである。

以来30年。「師弟共戦」こそ信心の要――この一点が決してぶれないのが「常勝関西」だ。広宣流布の激闘の中にあって、その魂は、世代から世代へと受け継がれてきた。ここに関西の強さがある。わが胸中に「師弟の誓願」が燃えている限り、「常勝の城」は永遠に不滅である。(芯)

【聖教新聞】 「名字の言」より



『名字の言』について~人生を確かに生きるひとしずく



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