社会の本質【貧乏人と病人の集まり】

今日の名字の言

・21年間日本に暮らしたフランス人社会活動家、アンドレ・レノレ氏も、「(日本社会から)見捨てられた部分」「底辺」にこそ希望があると言う。困っている時は助け合い、道を切り開く、「庶民」という「闘士たち」こそ
・かつて「貧乏人と病人の集まり」と言われた創価学会。しかし、それは逆境に向かい立ち上がる「英雄」「闘士」の集いであった。この活力ある限り、学会は社会の「希望」であり続ける。(哉)(一部抜粋)

名字の言より( 9月11日)


かつての学会は確かに、貧乏人と病人の集まりだったといえるかもしれません。

でも、今の世の中はどうでしょうか?

心あるものが、心の目で今の世の中を見てみれば、多くの人たちが心の「貧乏」と心の「病気」を抱えている。

更に、深い宿業である心の病を二重三重に抱えた人がどれだけ多いことか!

かつて学会の表面的に目に見える部分の「貧乏」と「病気」だけを見て非難していた人たちが、今己の見えない心の中の、心の貧困と精神的な病を解決出来ずに、のた打ち回っているのではないですか!

「貧乏人」と「病人」よりも「心の貧困と精神的な病」こそ、今、自身の中の信仰によって回復されていかなければならない必要性を感じます。

かつて「貧乏人と病人の集まり」の「かつて」という言葉も、人間の本質的な部分では、「貧乏」と「病気」という、姿かたちが見えるか見えないかの違いで、何一つ変わってなどいない根本的な宿命であり、命題なのだと思います。

【名字の言】人生を確かに生きるひとしずく

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