呪縛からの開放:自分は何ものなのかを悟る

充電器

幸せへの充電器

充電。

人生における充電期間。

ようやく今、その充電を終えるときなのかもしれない。

充電。

充電でいいじゃあないか。

満タンかな?

今、更に変化を遂げる事の出来る時、その今と言う連続の瞬間。

哲学の知恵を必要とするとき。

求め続けなければならない。

どこまでも、いつまでも、謙虚に。

変化を求めるための哲学の正しさを証明するために。

現在の苦境をどのように乗り越えていくのか。

現実を乗り越えて行く力を引き出すこの哲学に求められるもの。

己の中の無限の力を引き出す秘訣。

自信と傲慢の本性。

寛容なる生命。

相対するいのちは、その己の生命を確認するためにある。

謙虚さの中で、どこまでも己の知恵を磨く。

確かな哲学を根本にして、どこまでもブレナイ、動じない自己確立のために。

人間社会と言う現実は、己のブレナイ生命を試されている己の生命を映しだす単なる鏡。

ただ、己の道がそこにあるのみ。

己の人生をひけらかすのがこの信仰ではない。

やって当たり前の信仰。出来て当たり前の信仰。

当たり前のことを、当たり前に出来る。

その当たり前のことを語ることの意味の無さ。

当然の、当たり前の哲学のその結果に、すごい事などあるわけが無い。

常に、未熟な人間として生きる。

謙虚と言う言葉を取り除けば、自分で無くなる。

必要なものは、それ以外に無い。

後悔の無い人生。悔いの無い人生。

そう、言って死ねる人生。

人間社会においては、相互の関係があって始めて成り立つ。

なにかなりたつかって? 

人間が人間に働きかける事。人間がはたらきかけられること。

そして、その双方を一人ひとりの人間が行うこと。

人間に対して働きかける事によって、働きかけてくれた者の人間を知る。

働きかけられる事によって、働きかける事の大切さを知る。

愚かな人間達の中で、光続ける事の困難。至難の業。

物事を成すためには、その方法を知ることから始まる。方法から知識、そして、知恵。

それぞれの色。人生いろいろ。それぞれの色に染め上げるのが宗教。

宗教に頼って自分の信仰を高めない人間は無価値に等しい。

批判することの簡単さ、認めることの、誉めることの難しさ。

狭量な心とその小さいな器。

祈りの無い願いに何一つ適うものなど無い。

願いの無い祈りはもはや観念のお経。

自分が見ている風景と、相手が見ている風景とは違う。

目に見えない努力が目に見える努力として結実する。

1つ苦労を乗り越えると、1つ楽が増える。

だから明るく生きる。

呪縛からの開放のために。

自分とは何か?

それは人間が生きる事の悟りである。

自分とは生命そのものである。

桜梅桃李。

今を生きる。





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